作品タイトル不明
18-26 屋敷持ち
「うあー……頭が痛い」
口当たりが良いため、貴腐ワインを飲み過ぎた仁は二日酔いになっていた。
「お父さま、大丈夫ですか?」
「……礼子、悪いが解毒の魔法を掛けてくれ」
「わかりました。……『 解毒(エントギフテン) 』」
礼子が使う解毒魔法はエルザから習得したショウロ皇国式の詠唱である。
これにより、頭痛の原因となっているアセトアルデヒドやアデノシンが分解される。
「……大分楽になったけどまだ頭が痛いな……」
「それでは『 治せ(ビハントラン) 』。……いかがですか?」
これにより、拡張した血管の炎症も治まる。
「……ああ、すっきりした。ありがとう、礼子」
「いえ」
仁はこの経験により、早めに解毒の魔導具を作った方がいいと思い知ったのである。
* * *
巨大ゴーレムの整備と解析が一通り終了したのはその日の昼過ぎ。
仁の提案で、骨格の鋼材にはニッケルメッキ、外装の鋼板にはミスリルメッキを施したため、赤錆びていた外観も一新され白銀色に輝いている。
「ジン・ニドー、エルザ・ニドー、ゲバルト・アッカーマン、マルカス・グリンバルト。皆、ご苦労でした」
作業が一区切り付いたので、女皇帝自ら視察にやってきてその出来映えに満足し、こうした褒詞が贈られたのである。
残るは操縦装置。
これについては仁から宰相へ、宰相から女皇帝へ、というルートで報告が上がっていた。
操縦装置を地下で探したのだが見つからなかった。そこで、城の別の場所に隠されているのではないか、という推測である。
「……心当たりがないわねえ……」
だが、女皇帝も操縦装置の存在は全くわからなかったのである。
ここで仁が提案をする。
「また地下に戻すことをお勧めします」
それは、昨夜エルザとも話していた危惧のため。
「操縦装置が見つからない以上、元通りに保管することが肝要かと」
「いえ、それには反対です」
仁の意見を遮ったのはマルカス。
「 古(いにしえ) の技術を今後に生かすため、更なる解析をしたく思います。また、この威容を公にすることは我が国の力を内外に知らしめすよい機会かと考えます」
「うーん、どうしようかしら」
女皇帝個人としては仁の意見を取り入れたいのだが、公人としてはマルカスの意見もよくわかる。それで魔法技術相に意見を聞くことにした。
「デガウズ、あなたの意見は?」
「は、ここはやはり整備の終わったかの巨大ゴーレムを期間を限定して公に発表することがよろしいかと。その後、また地下に保管すればよろしい」
折衷案とも言える。女皇帝は考えた末、それを採用する事にした。
「わかりました。10日間、中庭に展示し、国民に公表すると共に、解析することを許可しましょう。その後はまた地下に戻します」
決定が下された。仁もそれ以上は強く言わなかったのである。
これで当面、仁たちのすることもなくなったため解散と言うことになる。メンバーにはそれぞれ報酬が与えられたが、
「ジン・ニドー卿には、ロイザートに屋敷を与えます」
仁へのそれは何と住居であった。魔法を増幅する 魔導式(マギフォーミュラ) を見つけた功績だろう。
それも首都ロイザートに、ということで、仁にとってショウロ皇国での拠点もできたわけである。お金や爵位よりも仁に取って有益である。
場所はさすがに中心街は無理だったようで、やや街外れの感はあるが、その分静かでいい、と仁は思った。
石造り2階建て。なかなかの規模である。広めの庭が付いているのはありがたい。
仁がもらった家の敷地面積は500坪くらいで、300坪が庭となっている。建物の方は中古ではあるが、維持管理もしっかりしており、すぐに住めるようになっていた。
取り潰された男爵家の物だったらしく、家具調度の類も少し残っている。
部屋数は20ほどある。維持管理はなかなか大変だったろう。仁なら問題ないが。
「好きに改造してくれてかまわないわ」
とのお墨付きを直々にいただき、仁は内心驚喜していた。
女皇帝としては、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) がどんな改造をするのか興味津々なのが本音である。おそらく、いずれ訪問するつもりなのだろう。
「地下室があるのは嬉しいな、 転移門(ワープゲート) を設置できるぞ」
「庭があるからゴーレム馬車も置ける」
エルザは、ロイザートに屋敷を持つ、ということが貴族にとってどういう意味を持つのかよく知っていた。士爵位では前例がない。それだけ仁は信用され、認められているのだ。
であるならば、その信用に応えるような屋敷にするべきだ、と助言した。
「ふうむ、なるほど」
「もちろん、蓬莱島の館みたいにする必要は無いし、しちゃ駄目。でも、陛下の期待に応えられるような家にするのが望ましい」
女皇帝がそのうち様子を見に訪問するだろうことをエルザはちゃんと予想していたのである。
「やっと手が空いたからハンナを連れてきてやりたいしな。……よし、今日中に改造を終わらせる」
仁にスイッチが入ったようである。少し早い昼食を済ませ、いよいよ始動である。
まず、地下室に 転移門(ワープゲート) を設置するところから始める。
礼子をランドマークとして転送機で送り込ませ、仮設置。
その 転移門(ワープゲート) を使い、 職人(スミス) ゴーレムを10体呼ぶ。これで準備完了だ。
ロイザートのことをそれなりに知っているエルザにはエドガーと一緒に買い物を頼む。一般的な家財道具を購入するためだ。
全部作ってしまうこともできるが、近所の評判を考慮すると何も購入しないというのは不自然である。
また、経済のことを考えても、少し散財した方がいい。なにしろ褒賞金としてもらった100万トールが手つかずだ。
カーテンや食器、基本的な調理道具、絨毯などをエルザに頼むことにした。
「うん、任せて」
エドガーだけだと大変なので、 職人(スミス) 2体も運搬用に付けてやることにする。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) であることを隠す気はないので、多少ゴーレムが目立ってもかまわない。
「よし、こっちもやるぞ」
エルザが出掛けたあと、8体の 職人(スミス) と共に、仁は改造に取りかかった。
維持管理されていたとはいっても必要最低限であったので、掃除の必要がある。
8体の 職人(スミス) 総動員で大掃除。埃、ゴミ、住み着いた小さな害獣などを始末し、ようやくスタートラインだ。
まず地下室を拡張する。
食料庫、素材倉庫を新設し、 転移門(ワープゲート) を隠す秘密の部屋も増設。元々の地下室は工房とする。
邸内の石材には念入りに『 硬化(ハードニング) 』と『 強靱化(タフン) 』をかけ、傷んだ部分は修復しておく。
トイレはカイナ村のレベルに改造。つまり、大理石を使った洋式便座に、『 消臭(デオドラント) 』『 分解(デコンポジション) 』『 浄化(クリーンアップ) 』『 殺菌(ステリリゼイション) 』を備えた汚物処理機構。温水洗浄機能は無し。
下水処理も同様の機構を設ける。
ここまでやって仁が気が付いたのは、ロイザートの上下水道だ。
一般のトイレは『 浄化(クリーンアップ) 』を備えた地下浸透式だったが、下水は一旦沈殿池に貯め、上澄みを『 浄化(クリーンアップ) 』の魔法で処理してトスモ湖に流し込んでいた。簡単ながら効果は大だ。
ただ沈殿物が溜まっていくのでそれをどうする気だろう、と少し気になる仁であった。
閑話休題。
上水道は各家に設置した井戸。トスモ湖に近いので地下水は潤沢なようだ。
仁は試しに深井戸を一つ掘ってみた。すると、かなりの圧力が掛かっていると見え、自噴するではないか。
「汲み上げる手間が省けたな」
この井戸水を、2階屋根裏に作った貯水槽に一旦貯めておき、家内部に水道管を張り巡らせて2階でも水道を使えるようにし、同じくトイレと洗面所を1階と2階に設けた。
もちろん『 浄化(クリーンアップ) 』・『 殺菌(ステリリゼイション) 』された水である。
『 加熱(ヒート) 』の魔導具を応用した温水器も付けて、冬などは温水で手を洗えるようにした。
元の浴場はお湯を浴びる程度にしか使えそうもなかったので風呂も当然新設。シャワー付きである。当然汚水は処理されてから下水に流される。
職人(スミス) が大活躍。礼子はというと、必要な資材を老君とやり取りし、蓬莱島から送らせる役目。
このあたりで買い物を終えたエルザが帰ってきたので、絨毯を敷き、カーテンを取り付けていった。
「驚くほど印象が変わるものだなあ」
殺風景だった室内や廊下が一気に華やいだ。エルザのセンスが光っている。
「あとは各部屋と台所だ。手伝ってくれ」
「うん」
まずは台所からである。
流しや調理台は石造りだったので撤去。18ー12ステンレス製にする。
「 転移門(ワープゲート) を設置してあると便利」
普通では手に入りにくいような蓬莱島の資材を思う存分に使えるからである。付近で手に入るような素材は極力購入する様に心掛けてはいるが、今回は少々急いでいることもあり、半分以上を蓬莱島から持って来た。
「お布団はやっぱり 魔絹(マギシルク) 、これは譲れない」
エルザが拘る 魔絹(マギシルク) の布団を部屋に運ぶ。仁の寝室、エルザの寝室、それに客用に10組。それだけあればサキやラインハルトたちも泊まれるだろう。
「応接室はごてごてさせず、でも見栄えがするように」
なかなか難しいので言い出したエルザに任せる。エルザは一番高級な絨毯を敷き、元々あった重厚そうなテーブルセットに工学魔法で手を加え、更に立派に仕上げた。
ここまで仕上げると外が薄暗くなってきたので、明かりをどうするか考えることにした。
「『 エーテル発光体(AL) 』は止めておいた方が無難」
「……そうだな」
現在ある技術を組み合わせた装置はいいが、失われた技術をあまり見せびらかすのは得策ではないということで、明かりは素直にエルザが買ってきた魔導ランプとした。
「足りない分は明日買い足す」
客室の分がないので、それは翌日ということにして、この日最後の仕上げに自分たちの寝室を調えることにした。
「……畳が欲しい」
曲がりなりにも自分たちの持ち家、ということで、ベッドではなく畳の部屋に布団を敷いて寝たいと言うエルザ。仁も賛成である。
それで2人は、それぞれの寝室に畳を持ち込む。
元々の床から40センチほど高くした床を増設し、そこを畳敷きにした。イメージは居酒屋などの座敷である。
寝室とはいえ8畳ほどの広さがあるので、6畳分の床を持ち上げ、畳敷きとしたのだ。
仁は、もっと寒くなったら掘りごたつを作る気である。
押し入れがないので和室もどきに留まるが、まあ居心地良さそうである。
細かい道具類は使ってみてから揃えることとし、夕食にする。
「お父さま、エルザさん、ちょうどできたところです」
「ああ、ありがとう、礼子。今日は良くやってくれたな」
仁が気づかないところや、こまごました調整などの指示を 職人(スミス) に出してくれていた礼子。老君に資材の発注もしてくれていて、本日の陰の功労者である。
「いいえ、この程度のこと」
だが、その言葉とは裏腹に、仁に褒められた礼子は嬉しそうに笑った。