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作品タイトル不明

18-11 閑話32 マルームとビーナ

私はマルームと申します。

クズマ伯爵家にお仕えする侍女でございます。

今の伯爵、ルイス様のお父上がご健勝の時に見習いとしてお仕えし始め、今年で24年目になります。

お屋敷に来た時はちょうどルイス様がお生まれになったばかりの時でした。

旦那様も奥様も良い方で、仕事を覚えるまでは大変でしたが、辛いことはほとんどありませんでした。

私の実家は商人でしたが、父が事業に失敗し、一家は離散。幼い妹の面倒をみなければならなくなった私は、先代伯爵様の下、侍女見習いとして働くことになりました。

お仕えし始めたのが14歳の時。……これで歳がわかってしまいますね。はい、今年で38歳になります。

話を戻します。

3年ほど経ち、見習いから正式な侍女となることができました。当時の侍女頭はアルーナという方で、優しくも厳しい上司でした。

私の技能は皆、アルーナさんに仕込まれたものです。

その年の冬、奥様が病気でお亡くなりになりました。坊ちゃまのルイス様はまだ3歳。

それから坊ちゃまのお世話を私がすることになったのです。

理由は簡単。亡くなられた奥様と一番歳が近い侍女が私だったのです。奥様は19歳。当時の私は17歳。他の侍女は、若い者でも20代半ばを過ぎていましたから。

しばらくの間、ルイス様は母君がお亡くなりになったことが理解できず(まだ3歳ですから当然ですね)、夜になると泣いてばかりいらっしゃいました。

それで添い寝をする者を捜したところ、私が選ばれたというわけです。

私が添い寝をするようになってからルイス様の夜泣きは止みました。

けれどこのお役目に付いたため、私が行き遅れたのも間違いないところでございます。

女性の結婚適齢期は15歳から25歳。私はちょうどその期間をルイス様のために捧げたのです。

後悔はありません。こんな事を想うのは不謹慎でしょうが、ルイス様は息子のようなものと思っています。3歳から10歳までの7年間、私はルイス様付きの侍女として、いえ、乳母も兼ねていたわけですね、お仕えしてまいりました。

旦那様———先代伯爵様は、後添いを迎えることもなさらず、独り身でいらっしゃいました。奥様のことを忘れられなかったのだと思います。

同性の私から見ても、奥様は素敵な方でしたから。

ルイス様が10歳になられたばかりの頃、隣国セルロア王国との国境で紛争が起こりました。

それが不幸を呼び寄せました。

旦那様———先代伯爵様は中隊を率いる指揮官として戦場に向かわれ、命を落とされたのです。

その知らせが入った時、ルイス様は涙を流されることなく、事実を受け入れられました。

貴族の10歳は、十分に家督を継げる年齢。

その瞬間に、私の『坊ちゃま』は姿を消し、クズマ家の『旦那様』となられたのです。

新たな伯爵家当主となられたルイス様は毎日執務机に向かっておられました。

家令にいろいろと学び、1日も早く先代伯爵様の後を継ぐ立派な当主になれるようにと。

でも私は知っています。

皆が寝静まった夜、ルイス様が1人声を殺して泣いていらっしゃったことを。

それから瞬く間に時は流れ、ルイス様も立派に成人なさって、国政に参加されるまでにおなりです。

私もいつの間にか侍女頭として、侍女たちを束ねる役目を任されるようになりました。

アルーナさんですか? 50歳で引退なさいました。

そして幼かった私の妹はいつしか大人になり、商人のところへ嫁いでいきましたっけ。

* * *

ある時のことです。

坊ちゃま、いえ、旦那様が、若い女性をお屋敷に引き取られたのです。

ビーナという 魔法工作士(マギクラフトマン) です。

なかなかどうして、若い割にものの考え方がしっかりしていて、庶民の役に立つ物を作りたいと言っているとか。

それは良しとしましょう。

弟と妹がいて、彼等も一緒に引き取られ、屋敷内で働いて———真似事程度ですが———いるのもまあ良しとしましょう。

けれど、旦那様と親しげにお話をしています。

もしや、旦那様はあの方を奥方に迎えようというのでは……。心が騒ぎます。

旦那様のお幸せとは一体なんなのでしょうか。

先代様ご夫妻の事を知っている侍女がもう私しかいなくなった今、私の『坊ちゃま』のお幸せを考えるのは私の義務ですから。

首都でゴーレム 園遊会(パーティー) と言う催しがありました。

旦那様も伯爵家として、ゴーレムを用意することとなりました。

そして旦那様は、ジン・ニドーという若い 魔法工作士(マギクラフトマン) を雇い、ゴーレムを作らせたのです。

私にはゴーレムのことなどわかりませんが、そのジン・ニドーという方が作ったゴーレムは素晴らしい出来でした。唯一不満があるとすれば、あのビーナさんにそっくりだと言うことです。

しかしそれは旦那様の要望、私などが口出しできることではありません。

ですが、一つ嬉しいこともありました。

王家に献上するというそのゴーレム、外見はともかく、中身は私をモデルにして下さったのです。

そして更に、これは後日伺ったことなのですが、そのゴーレム『ロッテ』が身を以て王様と王子様をお守りしたとか。

モデルになった私も鼻が高いというものです。いえ、それよりも旦那様に対する王家のおぼえがよりめでたくなることを喜びましょう。

* * *

あのビーナさんが、旦那様の婚約者となりました。

庶民なので、そのままでは妾にはなれても正妻にはなれません。そこで、先代様のご友人、バーナード・ハムス・ロンズデール伯爵様が養父となられることとなったのです。

しかし、ビーナさんの振る舞いは、とても貴族の奥方といえるようなものではありません。

国政の一端を担う旦那様の奥方として相応しい振る舞いをしていただかなくては……。

奥方の振る舞い一つで夫君が軽んじられ、侮られてしまうこともあります。

残念ですが、貴族社会というものはそういうものなのです。

旦那様の、そしてお2人の幸せのために、私は心を鬼にしようと決心しました。

「違います、そんなにスカートの裾を摘み上げてはいけません」

「はーい」

「返事ははい、と短く!」

「……はい」

私は今、ビーナさんを特訓中です。

せめて彼女を伯爵夫人に相応しい女性に仕立て上げる、それが私の最後のお役目だと考えたのです。

「違います! テエエを飲む時は、左手でソーサー(皿)を持つのです」

「……はい」

「ああもう、カップは持つのではなく摘むようにするのですよ!」

「……はい」

私への不満がありありと彼女の顔に出ていますが、気にせず 扱(しご) きます。

「掃除はもっと静かに! 埃が立ってしまいますよ!」

ビーナさんは少々気が短いせいか、お掃除の仕方が雑なようです。

「貴族だからと掃除が出来ません、などと言ういいわけは通りません。それは夫君の評判を落とすことに繋がります」

朝6時から夜8時までみっちりと稽古をつけます。私も疲れますが、これも旦那様のためです。

「浴室では、他の貴族の婦人たちとご一緒することもあります。ちゃんとタオルで前を隠し、身体にお湯を掛ける時は周囲に気を配り、飛び散ったお湯を他人様に掛けないように」

「はい……」

すぐに音を上げるかと思いきや、意外にもビーナさんは私の 扱(しご) きに付いてきました。

「いいですか、寝室では、夫君より先に寝てはいけません。夫君が床に入ってから、『失礼します』と断って横になるのです」

「……」

でも、私に対しての感情が爆発寸前なのは見ていて良くわかります。それでも構わずに 扱(しご) き続けていきます。

ですが、ビーナさんは感情を爆発させることなく、1ヵ月、2ヵ月を耐えました。

その力になったのは、間違いなく旦那様———今はお仕事で王都へ行かれている———からのお手紙でしょう。

そして、やはり彼女の旦那様に対する愛情が根底にあるのを認めざるを得ませんね。頑張って下さい、ビーナさん。私のことはいくらでも憎んでもらって構いませんから……。

王都でのゴーレム暴走事件の後始末という大仕事のため、旦那様がお戻りになったのは予定を2ヵ月も過ぎた8月の終わりでした。

「今帰ったよ、ビーナ」

「ルイス様!」

5ヵ月間会えずにいた寂しさから解放されたビーナさんのお顔は、それはもう、見たことがないほどに輝いていましたね。

「寂しかったかい? 僕も寂しかったよ」

そして、そのビーナさんの手を握り締める旦那様のお顔も、見たことがないもの……夫君としてのお顔でした。

この時私は、私の『坊ちゃま』はもうどこにもいらっしゃらないんだということをあらためて思い知ったのです。

とは言え、寂しくはありませんでした。いえ、正直に言えば少し寂しかったですけどね。

私には夫も子供もおりません。不遜ではありますが『坊ちゃま』が我が子のようなものです。

我が子が一人前になってお嫁さんを迎えることを悲しむ親はおりません。

これで私は、素直にお2人を祝福する心の平穏を得る事ができたような気がします。

* * *

今日はお2人の結婚式です。

領主、ブルウ公爵様が立会人となって執り行われるそうです。一介の侍女が出席を許されるような場ではありません。

遠くからお2人のお幸せを祈るだけで満足です。

もう、私にできることは何もありません。

ゆっくりと荷物をまとめます。

若いお2人の邪魔はしたくありませんし、何よりも伯爵夫人となったビーナさんは私を許さないでしょう。

いえ、面と向かって非難をされることはないと思いますが、嫌いな、いえ憎んでさえいる侍女がおそばにいるというのは許せないことだと思います。

それならいっそのこと黙って出て行った方がお家のため。

あの日、14歳の私を見習い侍女として雇ったように、また新しく人を雇い入れればいいのですから。

今お仕えしている侍女たちがいれば、当分の間の家事仕事に滞りは出ないでしょうし。

24年間働いたお屋敷を離れるのは少し寂しいですが、新たな門出だと……

……いけない、涙がこぼれそうになってしまいました。

今日は若いお2人の門出。涙は不吉ですね。

ぐっと胸を反らして一歩を……。

* * *

「あ」

「マルーム?」

玄関を出ようとしたら、なんということでしょう、旦那様と奥様に鉢合わせしてしまいました。どうしてこんなに早くお戻りに……?

そんなことを考えていたら、旦那様から詰問されてしまいました。

「いったい……その格好は?」

大荷物を引きずった格好は、どう見ても家を出ていくようにしか見えませんものね。

「マルーム、いったいどうしたんだ? 何故出て行く?」

仕方なく、本当のことをお答えします。

「坊ちゃ……いえ、旦那様。今日からは奥様とお2人で、伯爵家の新しい歴史をお作りになっていくのです。そこに古い人間は不要。ですから私は……」

ですが、旦那様は私に皆まで言わせず、私の手から荷物を強引に奪い取ってしまわれました。

「許さないぞ? お前は僕の……母親のようなものじゃないか。結婚したからって母親を追い出す息子がどこにいる!」

何と嬉しいお言葉でしょう。でも、奥様が何と言うか……。

「そうよ、マルームさん。私みたいな庶民を奥様と呼ぶのが不満なのはわかるけれど、ルイス様の為にも、ここにいてあげてちょうだい。そして、これからも私の至らないところを教えて欲しいの」

意外な言葉が奥様から出てきました。

「今日、式に出てわかったわ。マルームさんがずっと私に厳しく躾けてくれたのも、このためだったんだ、って。……ありがとう。そう言わせてちょうだい」

ああ、若奥様はお優しい。旦那様が選んだ方だというのがよくわかります。

「よろしいのですか……?」

「私からもお願いするわ」

若奥様は私の手を取って頭を下げられました。そのお手は温かく、思わず涙が……。

そして今日も私は、クズマ伯爵家侍女頭として、若い侍女たちの束ねをしております。

今、一番の楽しみは、私の『坊ちゃま』のお子様をこの手に抱くことです。

この幸せがいつまでも続きますように。