軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-06 クズマ伯爵邸にて

それから待つ事10分ほど。馬車の音が聞こえてきた。紋章から見てもクズマ伯爵のものである。

2頭立ての中型馬車が2台。

「ジン!」

先頭の馬車が止まると、扉を開けて赤い髪の少女が飛び降りてきた。

「ビーナ、久しぶりだなあ」

「ええ、本当に、半年ぶり? いえ、もっとね」

今のビーナは無駄な装飾のないドレスに身を包み、淑女然としている。

「エルザ様も、お久しぶりです」

スカートをつまんで略式のカーテシーをするビーナ。

「もう私はランドル家を捨てた、今はジン兄の妹。だから様は付けないで。今まで通りに話して欲しい」

その言葉にビーナは目を丸くした。

「え? 家を捨てた……って、本当だったの? てっきり……」

が、その言葉は別の声に遮られた。

「ビーナ、こんなところで話し込んでも仕方ない。……ジン殿、エルザ嬢、ようこそ。昨日手紙をもらった時はびっくりしたよ」

なんと、クズマ伯爵自らジン一行を迎えに来ていたのであった。

仁はレグルス5を使い、ブルーランドを訪問する旨をクズマ伯爵に予め手紙で伝えていたのである。

「お久しぶりです、伯爵」

仁は日本式に、45度のお辞儀をした。

「この2人は俺の執事と侍女をしてくれているバロウとベーレです。それにエルザの 自動人形(オートマタ) 、エドガー。礼子はご存知ですよね。そして彼が」

「ビート、と言ったね。昨日、彼が手紙を持って来た時は驚いたよ。……っと、私が話し込んでしまってはビーナに怒られる。さあ乗ってくれたまえ」

仁とエルザ、礼子は伯爵と同じ馬車。バロウ、ベーレ、エドガーは後ろの馬車に乗り込んだ。荷物は手荷物だけなのでそのまま持ち込みである。

ビート=レグルス5は同行しない。

「ジン様、それでは私はこれで」

「ああ、ありがとう」

そして馬車が動き出し、ゴトゴトとブルーランドへの道を行く……と言いたいところだが、かなり乗り心地がいい。

「ビーナが試行錯誤してここまでにしたんだよ」

とはクズマ伯爵の言。仁は感心した。エゲレア王国で仁が作った馬車をちょっとだけ見たことがあったであろうが、それ以外は独力で、サスペンションとダンパーを開発したのだから。

城門をくぐり抜け、中央通りを奥へ、奥へ。

中心部近くにあるクズマ伯爵邸に着いた時には、元々の時間も遅かったこともあり、短い秋の日は暮れかかっていた。

「あらためて、ようこそ。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン殿。そしてエルザ嬢」

「ようこそいらっしゃいました、ジン様、エルザ様」

玄関ホールで、クズマ伯爵とビーナは、2人並んで仁とエルザに歓迎の意を表した。

そして部屋へと案内される。

4間続きの豪華な客間。リビングを別にすると1つは仁、1つはエルザ、そしてもう1つは従者であるバロウとベーレ用である。

「僕たちも一緒でいいんでしょうか……」

従者は従者用の宿泊棟があるのが普通である。バロウもそのくらいは知っていた。なにせセルロア王国では厳しい生活を強いられていたのだから。

「いいと思う。ルイス様……クズマ伯爵はあなたたちも……そう、お客に準ずると考えている」

エルザが推測を述べる。

はっきり言って、仁は国賓級の人物なのである。国が認定した世界に唯一人の『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』なのだから。その仁の従者を普通に扱えるはずはない。

ということでクズマ伯爵は、部屋にいる時はバロウとベーレに仁の身の回りを任せ、それ以外の時は全員が自分の客という扱いにしよう、と決めていたのであった。

「それに、ジン兄の作った家具や部屋に比べたら、劣ると、思う」

布団一つ取っても、『 魔絹(マギシルク) 』と『 魔綿(まわた) 』でできた蓬莱島謹製の布団に敵うものはないのだ。

デザインはともかく、家具類の品質も、生活用の魔導具も。『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』仁の作品より劣るのは当然と言えた。

それでも、バロウとベーレはずっとずっとひどい生活に耐えてきた過去があるので、この扱いは思いがけないものであった。

そんなこんながあって、部屋に落ち着いて10分くらい経った時。

ドアがノックされてクズマ伯爵家の侍女がやってきた。

「浴室の用意が調いましたのでお知らせに上がりました」

仁とエルザは手荷物の中から下着の替えを取り出した。バロウとベーレは部屋に残る。礼子とエドガーはもちろん付いてくことになる。

廊下を辿り、階段を下りる。

半地下室状になったそこが浴室であった。

「若奥様が旦那様にご進言なさって作られたのです」

つまり、崑崙島の温泉が気に入ったビーナが伯爵に勧めて作った温泉だということ。

ところで、ビーナが既に『若奥様』と呼ばれているのも微笑ましい、と仁たちは思った。庶民の出であっても、使用人から侮られたりはしていないようだ。

仁とエルザはそれぞれ男女別の浴場へと入った。

クズマ伯爵は心得たもので、入浴時の世話はそれぞれ礼子とエドガーに任せるようだ。

「あー、まさかここで温泉に入れるとは思わなかった」

調べたところ、泉質は食塩泉のようだ。湯冷めしにくい、温まれる温泉である。

近いとまでは言えないものの、エゲレア王国の中でも海寄りの都市だからであろうか。

「お父さま、お湯加減はいかがですか?」

仁が熱めの風呂が好きなのを知っている礼子が尋ねてきた。

「ああ、正直少しぬるめだけど、よそ様の風呂を勝手に加熱するのはやめておこう」

「わかりました」

ぬるめなのでその分のんびりと浸かった仁であった。

入れ替わりにバロウとベーレも使用人用の温泉に入りに行った。ちゃんと使用人にも温泉を使わせているようだ。こんなところにも伯爵の人柄が表れている。

「あー、あったまったな」

温泉から出て、寛いでいると夕食の仕度が出来たということで先程の侍女が迎えに来た。

「ジン殿、エルザ嬢、それにバロウとベーレだったね、まあ掛けてくれ」

一番下座にではあるが、バロウとベーレも一緒に座らせるクズマ伯爵。身分の上下にあまり拘らない彼らしい。

「あ、あああ、ありが、とう、ございます」

だが、他国の貴族、それも伯爵と同席するということでガチガチに緊張しているバロウとベーレ。

それを見てとった執事がクズマ伯爵にそっと耳打ちした。

「そうか。……バロウ、ベーレ、ここでは落ち着かないか。すまないな。それじゃあ、別の場所でゆっくりしてくれ」

侍女の一人が2人を案内して別室へと消えていった。

「やはり慣れないか……」

苦笑するクズマ伯爵。

「伯爵、すみません、気を使っていただいて」

仁も礼を述べる。だがクズマ伯爵は手を振ってそれを制した。

「いやいや、ジン殿は気にすることはない。ホスト側である私の思慮が浅かっただけだ」

「さあ、再会を祝して、乾杯しましょう」

少し気まずそうだった雰囲気を払拭するように、ビーナが明るい声で宣言した。

グラスにワインが注がれると、伯爵が音頭をとる。

「では、再びの出会いに感謝を込めて。そしてお互いの健康と幸せを願って。乾杯!」

「乾杯!」

グラスの触れ合う澄んだ音が響き、4人はワインを口にした。

「……いいワインですね」

食前酒なのでやや辛口の白ワイン。仁はワインには詳しくないが、これは美味しいと思えた。

「……オルセンの3450年?」

「正解です、エルザ嬢。大したものですね」

エルザが銘柄を当てた。仁もビーナも驚いたが、伯爵は手放しで称賛した。

「たまたま。この銘柄はよく飲んでいたから」

ちょっと聞くとエルザが飲兵衛のように聞こえるが、オルセンというのはショウロ皇国のワイン産地の一つであり、ラインハルトが好きな銘柄なので旅の間、機会があるごとに飲んでいたそうだ。

一緒に旅した仁が知らなかったのは、往路で飲み尽くしてしまい、復路では飲むことが叶わなかったからだそうな。

そんなことが切っ掛けになり、食事をしながらの会話は旅の話が中心になる。

蛇足ながら、エゲレア王国のテーブルマナーでは食事中の会話を禁止してはいない。むしろ談笑しつつ食べるのが常である。

旅の話の内容としては当然、エゲレア王国を発ってからの話が主である。

「エルザ嬢はそんな目にあったのか……」

「攫われて、助け出されて……まるで物語の中のヒロインよね」

クズマ伯爵とビーナが感心したような、呆れたような声を出す。普通の生活をしていたら絶対に無いような出来事だらけだったのだから無理もない。

「ジンも大概よね。初めて会った時はこんなすごい人とは思わなかったわ。あたしの作品にケチを付けてくるし」

「ああ、あれは悪かったよ。思ったことをいきなり口にしてしまって」

「なによ、それ」

明るい笑いに包まれる一同。

「そうそう、遅まきながら、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』受称、おめでとう」

ショウロ皇国での技術博覧会の話から、仁が 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の称号を受けた話になったのである。

「ありがとうございます」

仁がそう言うとクズマ伯爵は、

「ジン殿、いやジンと呼ばせてもらっていいだろうか? 友人として、どうか、ラインハルトに話す様に接してもらいたい」

仁に否やはなかった。

「『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』は世界で一人しかいないわけだ。その上、名誉士爵にもなれたこともお祝いさせてもらおう」

と、砕けた口調で言ってきた。

「……ありがとう、伯爵」

「ああ、その伯爵もやめてくれ。僕にはルイスという名があるんだ」

「わかったよ、ルイス。これでいいか?」

「うん、ありがとう」

『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』受称の話が出たあとは、アーネスト王子の話になる。

「クライン王国のリースヒェン王女と婚約されたのは知っているだろう?」

「もちろん。というかショウロ皇国でお会いしたし」

「ああ、そういえばそういう予定で向かわれていたのだっけ」

「とても仲が良さそうで、お似合いだったよ」

「それはめでたい」

こうして夕餉の会は和やかに進んでいった。