軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-05 ブルーランドへ

10月8日朝。

カイナ村に降り続いた雨は止んでいたが、空はまだ鉛色をしていた。

それでも雲の底は高く、かなり見通しは良くなっていた。

「さあて、準備はいいか?」

二堂城前広場には人が大勢集まっていた。集まった人々の顔は、皆同じように斜め上を向いている。

宙に浮かんでいる『飛行船』を見つめているのだ。

「……空を飛ぶのか……」

「またとんでもねえことを……」

「まあ、ジンだしねえ……」

皆、呆れたような、感心したようなセリフを口にしている。

「ジ、ジン様、これで行くんですか!?」

「ああ、そうさ。これならショウロ皇国まで2日あれば着ける」

「ふ、2日ですか!?」

仁が強化を施した飛行船。時速100キロくらいで飛行できる。カイナ村とショウロ皇国首都ロイザートの距離は900キロ弱。少し無理をすれば1日で飛べるが、それも面白くない。

なのでエゲレア王国で何泊かする予定である。久しぶりに会うビーナやクズマ伯爵、2人の結婚式が近いのだ。

仁がそれを再度説明するとバロウとベーレは頷いた。

「はい、承知しております。道中はジン様の執事と侍女として恥ずかしくないよう振る舞います」

先日も聞いたセリフだが、あらためて2人の成長を実感する仁。

「……でも、本当に飛べるんですか?」

だが、飛行船で飛んでいくことについては半信半疑であった。

「おにーちゃん、行ってらっしゃい」

今回は観光目的と言うよりも、旧交を温めること、それにバロウとベーレの里帰り。加えてラインハルトのところでの乾燥剤製造プラントの立ち上げということなので、ハンナには面白くないだろうと判断したのである。

「うん、そういうことならあたし、今回はおるすばんしてる」

ちゃんと聞き分けたハンナは少し大人びて見えた。

そんな健気なハンナを見て、仁は胸が痛んだ。それで、用事を済ませたら 転移門(ワープゲート) を使ってハンナをショウロ皇国へ呼んでやろう、と心に決めたのであった。

「行ってきます」

仁、エルザ、礼子、エドガー、バロウ、ベーレの6人(4人と2体)を乗せた飛行船はゆっくりと浮き上がった。

「おおー!」

「浮いた……いや、飛んだ!」

「すげえ、さすがジンだぜ」

「おにーちゃん、いってらっしゃい!」

地表が遠くなるにつれ、村人たちの声がだんだん小さくなっていく。

「ふわあ、と、飛んでます!」

バロウは少し震えながらゴンドラにしがみついている。

「わあ、いい眺めです!」

ベーレは初めての空から見る地上の眺めにうっとり。

「さあ、飛ばすぞ!」

仁は大声で宣言すると、推進器を起動させた。

飛行船はゆっくりと動き出し、少しずつ速度を増していく。そして時速80キロくらいになったところで加速を止めた。

「ジン兄、今回改良したところって?」

仁に寄り添いながらエルザが尋ねた。ショウロ皇国へ行くと決まってから仁は、2日ほどかけて飛行船を改良していたのである。

「ああ。いくつかあるけどな。実験的なものもある。まずは抵抗軽減結界かな」

「言葉の響きから、なんとなくどういうものかは想像できる。でもやり方が思いつけない」

小首を傾げて言うエルザ。その仕草に仁の鼓動が少し速くなった。

「え、えーと、空気抵抗、わかるよな?」

こくり、とエルザが頷くのを確認して、仁は先を続ける。

「今までは風の結界を利用して抵抗を軽減していたんだが、今回は違う。結界は使っていないんだ」

「え?」

「ほら、風をほとんど感じないだろう?」

「そういえば」

今までは結界で風を『軽減』していたため、若干の向かい風を感じたのである。

「風魔法で後ろから押しているんだよ」

「えっ? でも、反動が……ああ、そういうこと」

「わかったようだな? そう、飛行船をつつむ空気の塊全体を動かしているんだ」

セルロア王国南部の大商人、テクレス家で開発していた巨大船。その推進機関が風魔法を使って帆に風を吹き付けて進ませるというものであった。

それを仁は飛行船に応用したのである。

普通の風魔法には反動がない。どんな強大な風を吹かせても、術者は反動を感じないのである。

その仕組みは過去に説明したのでここでは割愛するが、仁はそれを逆手にとって推進力としていたのである。

「でも効率がそれなりに悪いから、せいぜい時速100キロ止まりだけどな」

「それでもすごい。やっぱりジン兄は 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 」

そう言ってエルザは、少し寒いのか更に仁に身を寄せる。仁はさっきから緊張しっぱなしである。

(今までエルザはずっと妹分だと思っていたし、事実何も感じなかったのに……まさか、これも活性化したからなのかな?)

その推測は当たっていた。

今まで、仁が枯れたような態度を取れたことも、女性に興味がないかのように見られていたのも、全ては再構成された細胞が不活性だったことに起因していたのである。

つまり、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどのホルモンや脳内物質の分泌及び身体への影響が僅かしかなかったことがその主な原因である(全く無かったわけではない)。

それが、身体が活性化し、全ての働きが正常化した結果、仁の年頃の男性なら当然あるべき感情や反応が戻ったわけである。

しかもあまりにも急激な変化だったため、付いて行けずに面食らっているというわけだ。

そんな仁の内心での葛藤を知るはずもないエルザは、業病を治してくれた感謝と、それまで育ててきた思慕の情をまとめて仁にぶつけていたのである。

礼子は礼子で、自分が召喚した際に補完された部分が不活性であったがために、今まで仁に不快な思いをさせていたのではないか、との誤認識から少々落ち込んでいたりもする。

とはいえ、乗っている人間の思惑とは関係なく飛行船は飛ぶ。

カイナ村からブルーランドまでは直線距離で約500キロ、7時間弱の空の旅となる。

南西へと向かう飛行船。バロウやベーレが航法に少しでも通じていれば、どうして迷い無く飛べるのか、と言う疑問が湧いたことだろう。

答えは、ブルーランド担当の 第5列(クインタ) 、レグルス5がランドマークとなり、礼子が舵取りをすることで迷うことなく向かえるのである。

昼も空の上。地上を見下ろしながら食べる昼食は最高である。魔法瓶のお茶も熱くて美味しい。

最初のうちこそ戸惑っていたバロウだったが、この3時間ですっかり慣れ、ベーレと一緒に地上を見下ろして歓声を上げていた。

「そろそろクライン王国を通り過ぎ、セルロア王国東部、リーバス地方上空だ」

仁が説明する。

リーバス地方は山岳地帯が大部分を占め、他の地方に比べて人口は少ない。

とはいえ、あまり友好的でない国であるから、仁は高度を少し上げた。と同時に、気圧が低くならないよう、風の結界を起動し、気圧を保つ。

今までは高度2000メートルほどだったが、3000メートルまで上げたのである。

元々標高の高い地方の上空なので3000メートルといっても地表との差はその半分以下、1200メートルほどしかない。

それでもそれだけの高度があれば、地上から見ても飛行船は点にしか見えないだろう。

そうやって2時間ほど飛べば、いよいよエゲレア王国に入る。ここまででおよそ5時間経過。

「あと2時間くらいで目的地だ」

ブルーランド郊外に着陸する予定である。

セルロア王国からずっと続いていた山岳地帯もその標高をすこしずつ下げていく。仁も飛行船の高度をそれに応じて下げていった。

「あ、あの高い山は何ですか?」

「ああ、ガラット山だな。いい目印になるんだよ」

エゲレア王国の首都アスントと、目指すブルーランドの間に立ちはだかるように聳えるガラット山。

その山が右手後ろになった頃、眼下には城塞都市ブルーランドが見えてきた。

「礼子、着陸地点はわかるな?」

「はい、お父さま。もうレグルス5が待っています」

仁には見えないほどの遠方でも礼子には見通せる。5キロほど先の空き地に立つレグルス5の姿を礼子の目ははっきりと捉えていた。

「高度を下げるぞ」

仁の飛行船の場合、通常の高度変更は、気嚢の角度を変えずに行う。

つまり、乗っているゴンドラの角度は変わらずに急上昇急降下できるのだ。

今はおよそ30度くらいの角度で目的地へと向け、高度を下げていた。

「あそこです」

広場の中央部でレグルス4と5の2体が手を振っていた。飛行船は過たずその脇に降下。ゴンドラが地に着く寸前、レグルス5が抑えてくれた。

「ようこそ、チーフ」

「ご苦労さん」

レグルス5はゴンドラが揺れないように支えてくれている。まず仁が、エルザが、エドガーが降り立った。

そしてバロウとベーレ。

「あ、あの、ジン様、この方たちは?」

「はい、ビートといいます。彼はマークです」

ビートはレグルス5、マークはレグルス4。

まだバロウとベーレには仁のことについて詳しくは話していないので仕方がない。

「そうですかビートさん、マークさん、よろしくお願いいたします」

そして最後に礼子が降りてきた。

「お父さま、機関チェック完了しました。全て異常なし」

「ごくろうさん。さて、マーク、しばらく飛行船を管理していてくれ」

「承知致しました」

マーク=レグルス4は飛行船に乗り込むと、森の方へとゆっくり移動させていった。

それを横目に、仁はビートに尋ねる。

「伯爵は?」

「はい、馬車で迎えてくれると言っていました」