作品タイトル不明
18-03 乾燥剤
「とはいえ、俺だってそれほど詳しいわけじゃないからな」
現実に使われている乾燥剤は3種類ほどか。
シリカゲル系、塩化カルシウム系、生石灰系。木炭も吸湿性があるが、今回は候補に入れなかった。
シリカゲルは二酸化ケイ素つまりSiO2らしいが、普通に見られる二酸化ケイ素は石英や水晶であり、それがどうして水分を吸収するかまでは仁にはわからなかったのでパス。
塩化カルシウムは海水に含まれる『にがり』成分の一つなので、仁にも分離可能。これは湿気を吸って溶ける『潮解』と言う現象を起こす。
生石灰は酸化カルシウムであり、貝殻を火で焼いて作れるらしいことを仁は知っていた。
こうしてみると、まず作れそうなのは塩化カルシウムと生石灰である。
それぞれにも欠点はある。
塩化カルシウムは、吸湿量が多いのだが、最後には水溶液となってしまうので取り扱いが難しい。塊をそのまま置いておくというわけにはいかないのである。
そして生石灰。吸湿することで水酸化カルシウム、つまり消石灰となり、これは酸性土壌をアルカリ性に改善する役に立つ。とはいえ、生石灰に水を掛けると、発火するくらいの急激な発熱がある。
生石灰の袋に雨漏りした雨が掛かって火事を起こしたということもあるくらいだ。
因みに、缶入りのセルフお燗酒はこの発熱を用いている。
「……というわけだが」
仁はエルザ、サキ、トアに向かって乾燥剤の案を説明していた。
「ふむ、一長一短があるもんだねえ」
トアが感心したように言った。
「そのシリカゲルはジンでも難しいんだろう? となると生石灰か塩化カルシウムの二者択一ということだね。ボクなら生石灰を選ぶね」
サキは生石灰押しのようだ。
「私も、生石灰がいいと思う。直接水を掛けなければ大丈夫。塩化カルシウムはこぼしたら、危なそう」
エルザの意見は真っ当なものだった。実際、現代地球でも塩化カルシウム系の乾燥剤は業務用だからだ。
「私も生石灰がいいと思うな」
トアも賛成した。
「よし、それじゃあその線で行こう」
蓬莱島は島であるが故に海産物が豊富である。アサリに似た貝がたくさん採れるので、味噌が量産されたら味噌汁を楽しみにしているほどだ。
シチューの具にもなるので、かなり貝殻は溜まっている。
魔法工学師(マギクラフト・マイスター) は素材になりそうなものは無駄に捨てたりしないのである。
「まずは実験だ」
貝殻や石灰石など、炭酸カルシウム(CaCO3)を摂氏1100度位で焼くと、二酸化炭素(CO2)が分離して酸化カルシウム(CaO)となる。
高校の化学でもたまに行われることのある実験である。
炭素で作ったるつぼに貝殻を入れ、工学魔法『 加熱(ヒート) 』で熱すると、貝殻が生石灰に変わった。
「ふむふむ、面白いねえ」
錬金術師トアは興味津々だ。
「ジンの工学魔法は便利だねえ。ボクも使えたらなあと思うよ」
そう言って仁の肩越しにるつぼの中をのぞき込むサキ。その髪が仁の鼻先を掠めた。
アアルが付いている上、蓬莱島では温泉に毎日入っているので、以前と比べものにならないくらい髪質がさらさらになったサキ。
その髪の香りを嗅いだ仁は珍しくもときめいてしまった。
「……ジン兄、これに水を掛けると発熱するの?」
仁の顔が若干赤くなったことを敏感に感じ取ったエルザは、サキとは反対側からのぞき込んで、半ば強引に仁の意識を自分に向ける。
「あ、ああ。じゃあ、これをこっちの皿に移して水を掛けてみよう」
出来上がった生石灰は湯気を立てて消石灰へと変化する。
「くふ、面白いね。これが化学というやつだね」
サキは純粋にその変化を楽しんでいたが、エルザはなんとなく胸の中がもやもやしていた。
そして仁はと言えば、2人に挟まれていつになく心臓の鼓動が速い事に疑問を抱いていたのである。
「ふむ、ジン君、作業工程自体は簡単だね。そうすると、安い材料を使い、安い方法で熱する、この2つが必要と言うことだねえ」
トアが簡単にまとめてくれた。蓬莱島以外で生産するとなれば当然考えなければならないことだ。
「確か、貝殻の代わりに石灰石でも大丈夫なはずですし、熱するのは……うーん、1100度だと薪じゃあ無理かな……」
コークスを使い、空気(酸素)を送り込むような方法を使わなければ、摂氏1100度という高温はなかなか得られない。
「ここだけは魔導具使う事になるかなあ……」
「個人で使うわけじゃないからうまくやれば採算は合うんじゃないかな?」
トアが賛成する。年の功か、トアはこうした対コストの勘定が上手い。これですぐ物欲に負けなければいいのに……と、サキは内心で父親を評していた。
「そうですね、トアさんの言う通りだ。……ヒーターはブラックボックスにしておいて、取り外そうとしたら自壊するようにして……」
仁には既に頭の中に構想ができているようだ。
「あとはその石灰石? がどこで採れるか、だろうね」
サキが補足を入れた。
「ああ。でもまあ、初めは貝殻や卵の殻を使うことでもいいと思う」
そう答えた仁は、海のないクライン王国ではこのプラントを立ち上げられないことに気が付いた。
「うーん……貝殻……貝……」
考え込んだ仁は、ふと思い出したことがある。
「エルザ、トスモ湖で貝の化石が採れた、って聞いた覚えがあるんだけど」
セルロア王国とショウロ皇国の国境の町、トスコシアで、ベルチェの兄マテウスがそんなことを言っていた気がする。
「うん、確かに採れる場所がある。……あ、そこに石灰石が?」
仁は頷いた。
「ああ。化石が出ると言うことは、大昔には海の底だったと言うことだ。ということは、石灰石が採れる可能性が高い」
石灰石は、太古の海でウミユリ、サンゴ、貝類などが堆積してできたもの。故に化石が出ると言うことは石灰石が存在する可能性が高いと言うことである。
「そういえば、最近ショウロ皇国へ行っていないな……」
そして更に思い当たったことがある。
「バロウとベーレも里帰りさせてやらないとな。それから魔族の件も報告しないと」
これで決まった。
「よし、ショウロ皇国へ行くことにするか。……ああ、行くとしたら 明明後日(しあさって) 以降だな」
「……なんでその日なんだい?」
「ジン兄の治療が終わるのが明後日だから」
サキの質問に答えたのはエルザだった。
「サキとトアさんも行きます?」
そんな仁の質問に答えたのはトア。
「いや、我々はけっこうちょくちょく実家帰りをしているからねえ。今回は遠慮しておくよ」
「そうですか」
そこで仁はエルザに向かって同じ質問をする。
「一緒に行く」
仁の服の裾をぎゅっと掴んだエルザは間髪を入れずに答えた。
「よし。それじゃあ2人に話をして、準備もしておかなきゃな。まずはラインハルトの所に行って挨拶して……そうか、ラインハルトにこのプラントもやらせよう」
仁の呟きを聞きながらまたアドバーグの苦労が増えそう、とエルザは思っていた。
* * *
その日、カイナ村も雨だった。
二堂城に移動した仁は、バロウとベーレを呼ぶ。
「え? 里帰り、ですか?」
2人は異口同音に叫んだ。
「帰っていいんですか?」
「ああ、いいとも。むしろ遅くなって悪いと思ってる」
だがバロウもベーレも興奮気味。仁の言葉を聞いているのかいないのか。
「一度帰ってみたいと思ってました! あ、ここが嫌と言うんじゃないです。むしろ、ずっと働いていたいほどです!」
「そ、そうか。それならいい。えーと、途中、エゲレア王国を経由して行くことになる。道中も楽しんで欲しい」
「ありがとうございます!」
実はつい先頃、ブルーランドに派遣している 第5列(クインタ) 、レグルス5からの報告で近々クズマ伯爵とビーナが結婚式を挙げることを知ったため、そのお祝いもしたいと思っていたのである。
仁はそのことも2人に言い添えておく。
「わかりました。その際は執事と侍女としてお仕えいたします」
随分としっかりしてきたものだ、と仁は感心する。
「3日後に出発するから。持って行きたい荷物とかお土産なんかがあったら用意しておくといい。どれだけあっても構わないからな」
「はい!」
仁の『どれだけ』は文字通りどれだけあっても構わないと言う意味だが、2人は仁の優しさから来る少々大袈裟な言い回しだと思った。
それで結果が変わるわけではないのだが。この事に気が付いていたのは相変わらず仁の服の裾を掴んでいるエルザだけであった。