軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17-11 伝授

「見事だ。ジンと言ったな。貴公の精神波は、 自由魔力素(エーテル) を操るのに十分な周波数と強度を持っている」

700672号は目を細め、嬉しそうに言った。

「つまり、貴公の作る 自動人形(オートマタ) は皆、同じ能力を持つということだ」

怪訝そうな顔をした仁に向かい、700672号は微笑みながら諭すように言う。

「離れた距離の 自由魔力素(エーテル) を操るには、どんな生物であっても精神波の強度は不足する。そのために『精神触媒』を使うのだが……」

なぜか言い淀む700672号。仁はふと頭に浮かんだ一つの考えを口にした。

「……もしや、『精神触媒』は、特定の生物の脳にも存在するのでは?」

その言葉に驚きを隠せない700672号。

「『欠片から全体を知る』とは貴公のことだな。……そう、『精神触媒』はとある生物の脳を集め、生成することで得られる。魔力を扱える者は全てそれを持っている、が……」

「……きっと、生物から集めても微量なのでしょうね」

先回りした仁の言葉に、更に驚きを深める700672号。

「その通りだ。少なくとも、この星の生物から集めようとしたら100万単位で脳が必要となるだろう」

そのような非道なことを仁はするつもりも認めるつもりもない。

「……この星の生物?」

そして、仁は700672号の言葉に隠された意味に気が付いた。

「察しが良いな。そうとも、吾の人工脳にはその『精神触媒』が大量に使われている」

そして『デキソコナイ』にもな、と言って700672号は探るような目で仁を見つめた。

「……どうする? 吾の脳を取り出せば、簡単に『精神触媒』は手に入り、その『 魔素暴走(エーテル・スタンピード) 』も防げるかもしれないぞ?」

ネージュが無言で仁たちの前へと移動してきた。

700672号の脳を取り出すと言うことはすなわち、殺すと言うことと同義であるからだ。

だが仁は睨み付けるネージュの頭を軽く撫でると、

「俺はそんな情けない人間じゃありませんよ。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) として、何とかして見せます」

そう言って笑ったのである。

700672号はそんな仁を見つめ、声を出さずに笑った。

「ふ、貴公は本当に面白いな。……ネージュ、心配はいらない。彼等は吾をどうにかするつもりはないようだ」

そう言われてネージュの緊張が解けた。

「……そんな貴公なら気付いているかもしれないが、『デキソコナイ』は、もしかすると他の11体から『精神触媒』を取り出して使っているのかもしれん」

仁の顔が険しくなった。過去、魔導大戦で何度『 魔素暴走(エーテル・スタンピード) 』が起こされたかはわからないから、あと何回発生させられるのかもわからないのである。

最悪、あと9回は使用可能という見方もできる。

「……あと何回、などと考えるよりも、もう2度と起こさせたくないですね」

その答えは700672号の気に入ったらしい。

「その言や良し。そんな貴公なら、話してもいいかもしれぬ」

「?」

「……吾をはじめとする 人造人間(ホムンクルス) は、低温に弱い。氷点より低い温度になると活動できなくなる」

「……」

思いがけない情報であるが、仁は首を傾げていた。

「どうした、ジンとやら?」

「……その情報の真偽を考えていました」

「ほう?」

「……この高緯度地方を拠点としているからにはそれなりの理由があるでしょう。 自由魔力素(エーテル) が豊富だというのはその一つでしょうし。逆に、それほど低温に弱いなら、もっと南へ移り住んでもおかしくないと思います。 自由魔力素(エーテル) を集めるくらいできるでしょうからね」

仁の説明を聞き、700672号は納得がいったように大きく何度も頷いた。

「その通りだ。試すようなことをして済まなかったな。貴公に吾を害する意志が微塵も無いことがわかったよ」

「俺を試したんですか?」

「その点は謝る。だが、おかげで貴公が信用に足るということがよくわかった」

そして700672号はネージュに命じ、何かを持ってこさせた。見れば、小さな箱である。金属製で、名刺入れくらいの大きさだ。

「これを貴公に」

「何です?」

仁はネージュからその箱を受け取りながら尋ねた。

「『精神触媒』だ。吾の持つ最後の、な」

「えっ!? そんな貴重なものを……」

だが700672号はそんな仁の目を見据えて言った。

「いや、『デキソコナイ』をなんとかするのは、本来なら主人たちから吾が引き継ぐべきことだった。それを貴公に委ねるのだから当然だ」

受け取った箱を眺めた仁は、やがて静かな声で謝辞を口にした。

「ありがたく使わせてもらいます」

700672号は一つ頷くと、使い方を説明した。

「生体でなく、 魔導機(マギマシン) で使用するならば光属性の 魔結晶(マギクリスタル) に添加するのだ。できるかな?」

「『 融合(フュージョン) 』もしくは『 添加(アッド) 』なら」

「ふむ、聞いたことはないが、できると言うならよい。 魔結晶(マギクリスタル) 100に対し、1の割合で添加するように」

こうすると、 自由魔力素(エーテル) 干渉に最適な魔力波を発生させられるようになるということだ。

「もうわかっているな。全属性の 魔結晶(マギクリスタル) は確かに万能だ。だが、それぞれの属性魔法を使うなら、同じ属性の 魔結晶(マギクリスタル) を使った方が効率がいい」

「わかります」

仁は、スピーカーを思い浮かべた。

フルレンジスピーカーは確かに利点が多い。しかし、音量に限界がある。魔法で言うなら強度の限界が低い。

とはいえ、礼子の場合などは、限界といっても人間に可能なレベル以上まで達しているのであるが。

スピーカーに話を戻すと、高音はツイーター、低音はウーハーに受け持たせるやり方があり、そのようなスピーカーシステムをマルチウェイという。

音質云々を議論するほどには仁のオーディオに関する知識は深くない。

が、こと魔法の場合はもっと単純である。

火属性魔法は火属性の 魔結晶(マギクリスタル) で、水属性魔法は水属性の 魔結晶(マギクリスタル) で発生させればいいわけだから。

「わかっているようだな。それでは最後の話になるが、理解できるかどうかは貴公次第だ」

そう前置いて、700672号は更に高度な説明を始めた。

「精神波や魔力波が伝わる媒質が何か、ということだ」

仁は黙って聞いている。

「吾の主人たちも完全に解明したわけではないが、 自由魔力素(エーテル) よりも更に小さい粒子があって、それを伝わると考えていたようだ」

「…… 下位(アンダー) 自由魔力素(エーテル) といったところですね」

「おお、そんなところだ。貴公はまことに理解が早いな」

下位(アンダー) 自由魔力素(エーテル) を空気分子に例えると、 自由魔力素(エーテル) は風船のようなもの。空気分子の流れすなわち風で、風船を動かすことができるわけだ。

精神波で 自由魔力素(エーテル) を操れるというのも似たような関係になる。

魔力もまたこの 下位(アンダー) 自由魔力素(エーテル) を伝わる。つまり、 下位(アンダー) 自由魔力素(エーテル) をどうにかすれば、あらゆる魔法に対処することができるわけだ。理論的には。

「どうだ、理解できたか?」

「はい、少なくとも、道は見えてきました」

「ほう」

「今、『デキソコナイ』に対抗するための方策を幾つか検討しています。その中で、転移して逃げられることを懸念していましたが、対策の目処が立ちました」

700672号は頷いた。

「ふむ、転移の妨害か。当然、転移マーカーは知っているな? 転移マーカーと同じ魔力を放射すればよい」

これまでの理論から、仁は望みの魔力波を作れる自信があった。

「ええ、そう考えています。どれが転移マーカーからの信号かわからなくさせるということですね」

「その通りだ。本当に貴公は素晴らしい。その様子だと、本当に『デキソコナイ』を何とかしてくれるかもしれん……」

「最初からそのつもりですよ」

700672号はわずかに顔を歪めた。笑ったらしい。

「貴公を見ていると、吾の主人たちを思い出す。意欲と行動力に溢れていた頃の主人たちを」

少し目を細めた700672号は、ここではない、どこか遠い場所を見つめているようだった。

「いろいろありがとうございました」

仁は礼を言い、そろそろ辞することを告げた。まだまだ聞きたい事はあったが、今は時間が惜しい。仁としても、研究所でやるべき事が山積しているのだから。

仁は踵を返し、部屋を出ていこうとしたが、その時、700672号から声が掛けられる。

「……済まないが、もう少しこちらへ来てもらえないだろうか?」

今までと少し違う硬い声で700672号が言った。

「何でしょう?」

700672号が横たわるベッドのそばまで行く仁。

「……」

700672号は無言で仁をじっと見つめた。

「?」

更に700672号は、右手を伸ばして仁の手を取った。

「あ、あの?」

が、すぐにその手を放し、ベッドに横たわる700672号。

「……呼び止めて済まなかった。ジン殿、『デキソコナイ』のことだがな、後始末を押しつけるようで恐縮だが処理をよろしく頼む」

「そのつもりですよ」

「……また来てくれるだろうか?」

「ええ、この騒動が片付いたら」

「楽しみにしている。貴公との語らいは楽しかった」

「それでは」

そして仁は部屋を出ていった。

後に残った700672号は横たわったまま天井を見つめ……いや、その先にあるはずの空を見つめていた。

「……父さま?」

白い少女、ネージュが、そんな父親の様子を見て、心配そうに声を掛けた。

「……ネージュ、吾は 一時(いっとき) 、昔に戻ったような気がしたよ」

「どういうこと、父さま?」

「……あのジンという若者は、かつてのご主人たちを彷彿とさせるのだ。容姿も体格も違うのにな」

そしてまた懐かしそうに目を細める700672号。

「吾は、吾を作ってくれたご主人から知識を授けられ、その知識をご主人の子供に、更に孫に伝えた。その頃を思い出させてくれたのだよ、彼は」

そして700672号はまた目を閉じた。ネージュはそんな生みの親を切なそうな目で見つめるのであった。