軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15-28 人口と食糧事情

ネトロスが自分の記憶を消してもらいたい、と言いだしたことに仁は驚いた。

「君の?」

「そうです。俺は……イスタリス様がどんな目に遭わされたか、薄々知っています。イスタリス様がその記憶をもうお持ちでないなら、俺も持っているべきではないのでしょう」

「そういう、ものかな。……だが、記憶とは経験だ。君は護衛だろう? 今回のことを教訓にできないというのはまずいんじゃないか?」

「それはそうですが……」

今回の記憶を消してしまった場合、同じ轍を踏むことは十分にあり得る。

「……では」

暫く考えたのち、ネトロスは再度口を開いた。

「先に痛めつけられたのは俺です。俺が何も話さなかったので、奴等はイスタリス様を……ですから、イスタリス様が受けた仕打ちの記憶だけを消してもらえれば」

「うーん……」

それから仁はいろいろ意見したが、ネトロスはそれ以上引こうとしない。

仁は全面的には賛同できなかったが、ネトロスが主人であるイスタリスを思う気持ちは良くわかった。

「最後にもう一度聞く。どうしても?」

「はい。どうしても、です」

「わかった。君がそう希望するなら」

「感謝します」

それで、礼子に指示してネトロスを麻痺させ、再びナース・アルファとベータが担ぐ担架に乗せ、仁は蓬莱島へととって返した。

「と言うわけで、老君、頼むよ」

『承りました、 御主人様(マイロード) 』

老君は、魔族の魔力周波数に関するデータも増えるため、この処置を歓迎していた。

魔力周波数を測定し、記憶確認後、記憶消去、そして確認。2度目なので効率良く行えたようだ。

『終了しました。8月5日朝までの記憶を残し、それ以降の記憶を消去』

「ご苦労。……だけど、この処理はあまりやりたくないな。老君、俺が指示したとしても、1度で承諾しないように。必ず理由を聞き、老君なりに判断し、少しでもおかしいと感じたときは再確認してくれ」

人の記憶を消すという行為に、仁は本能的に嫌悪を抱いた。

「記憶ってその人の生きてきた人生の証だものな。他人が気安く弄って良いものじゃないよなあ……」

そんな呟きも、老君はしっかりと捉え、記憶したのである。

ところで、記憶確認をした際に、老君は2人がどんな仕打ちを受けたか、どんなことを話してしまったか、の概要は掴んでしまっている。

(女性の尊厳を踏みにじるような行為をされていなかったのは救いですね。……双方にとって)

双方、というのは、イスタリスにとってはもちろんであるが、その事実を仁が知った場合のフランツ王国への報復措置を考えてのことであることを付け加えておく。

* * *

ネトロスも二堂城に戻り、あとは気が付くのを待つだけとなった。

2人を見つめるシオンは顔を顰め、不安そうだ。

そして……。

30分が過ぎ、イスタリスの目蓋が震え、目が開いた。

「姉さま?」

「シオ……ン? あなたなの?」

「はい姉さま、あたしです! 大丈夫ですか?」

横たわったまま、イスタリスは目をしばたたかせた。

「ええ、確か、食事を食べた後、気分が悪くなって、手足が痺れて……あとは覚えがないわ」

「姉さまは騙されて毒を盛られたんですよ。ネトロスと一緒に捕まって……でももう大丈夫です」

傍らでイスタリスの様子を見守る仁。今のところ、パニックを起こす兆候は見られない。上手くいったようだ。仁は胸を撫で下ろした。

「あなたが助けてくれたの?」

「ええ。あたしがというか、あたしが頼んだ人が、というか」

シオンは仁を紹介する。

「こちら、ジン・ニドー様。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) で、あたしを助けてくれたの。そして、姉さま達が捕まったという知らせを聞いたので、助けてもらったんです」

「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 2代目、ジン・ニドーです」

軽く頭を下げ、自己紹介する仁。

「まあ、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) でいらっしゃいますの?」

仁が 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) だと聞くと、尊敬の眼差しを向けてくるイスタリス。

先代と魔族との間に何があったのか、少し気にはなったが、まだ聞くのはなんとなく躊躇われた。

それに、イスタリス自身、まだ体力が戻っていないようである。

「姉さま、まだ無理しちゃだめですよ。もう少し横になっていて下さい」

「……ええ、わかったわ」

シオンの言葉を素直に聞いたイスタリスは少し微笑みを浮かべると、また目を閉じた。

結局、仁と話ができるまでに回復したのはその日の夕方。

ネトロスも気が付いており、2人とも布団に起き上がれる程度になったのを確認して、仁は話を聞くことに決めたのである。

* * *

「お助け下さり、ありがとうございました」

布団の上でだが、イスタリスは仁に頭を下げた。

「シオンの姉、『森羅』のイスタリスと申します。シオンから詳しく聞きました。この度はご面倒おかけしまして、まことに申し訳ない事でございました」

出会ったときのシオンのようにお淑やかな印象のイスタリス。こちらは地なのだろうか、などと仁は考えてしまった。

「ジン様、でよろしいのですよね? 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) でいらっしゃる。……もう私どもの事情はご存じだと思います。どうか、お助け下さい」

隣にいたネトロスも口を開く。こちらもまだ布団の上だ。

「……イスタリス様護衛役のネトロスです。俺からも頼みます。どうか、力を貸してください」

8月5日以降の記憶を消したため、仁とのやり取りも覚えていないわけで、改めて挨拶をするネトロスである。

こちらはルカスと違って丁寧な態度だった。

「元よりそのつもりだけど、シオンから聞いたこと以外に、何か明かしてもらえる情報はあるのかな?」

仁の言葉にイスタリスは少し考えていたが、やがて決心したようだ。

「……援助をお願いしているのにこちらの人数をお教えしていないというのは筋違いですわね」

「姉さま!」

「……いいのですよ、シオン。食糧を援助していただくなら、いつかはお話ししなくてはいけないことですから」

慌てるシオンを宥めたイスタリスは仁の目を真っ直ぐ見据えて答えた。

援助を依頼するなら当然のことである。どのくらいの量が必要なのか、わからないことには計画が立てられないからだ。

「……我が氏族はおおよそ50人。魔族全体ですと1000人と少しです」

「そんなに少ないのか」

仁は驚いた。確かに、これは種族内最上級の秘密と言っていいかもしれない。

「はい。元々、それほど多くはなかったようです。あなた方の言う『魔導大戦』前は2万、と言われていたようです」

魔素暴走(エーテル・スタンピード) はそれだけ魔族の命を奪ったということである。

食糧事情も詳しく聞く事が出来た。

昨年の麦の収穫量が平年の6割程度になり、今年に到っては半分以下になる見通しだというのだ。

「どう節約しても、9月いっぱいで蓄えは尽きてしまいます。そして今年の収穫量では冬を越せそうもないのです」

これを切羽詰まっていると見るかまだ余裕があると見るかは判断が分かれるところだろう。

が、当事者である魔族としては間違いなく切羽詰まった事態であった。

何しろ、食糧が尽きた後、補充するあてが全く無いのだから。

食糧が残っているうちに何とか方策を立てようとしたということになる。

「私どもと人類の確執は知っております。でも、今はどんなことをしても、朗報を持ち帰りたいのです……」

「うーん……」

仁は腕組みをし、考え込んだ。それを見たイスタリスは不安そうな顔になる。

「あの、ジン様? もしや、援助をお止めになるとかお考えなのでは……」

そんなことを言われた仁は考えるのを止め、イスタリスに向き直った。

「ああ、いや、そうじゃない。ただ、ちょっと不思議でさ……」

「不思議?」

「ああ、そうなんだ。……なあ、イスタリス、シオンと別行動したことはまあいい。2箇所で交渉した方が上手くいく可能性が高くなるからな」

「はい」

イスタリスは、いや、シオンも、仁が何をいわんとしているのかわからず、きょとんとした顔をしている。

「だけど、いきなり『魔族です』って名乗るなんて、どうかしてないか?」

「え?」

「そうなの?」

イスタリスとシオンは2人揃って呆気にとられたような顔をした。

「シオンの時はまあ、俺の方から聞いたんだけど、イスタリスは自分から魔族だと名乗ったんだろう?」

「ええ、そうです」

「人間と敵対していた過去を知らないはずはないのに、どうしていきなりそんなことを? 外交に疎い俺だってそんな真似はしないと思うのに」

「それは祖父……氏族長から言われたのです、交渉する際に嘘をついてはならん、と」

「嘘をつくとかじゃなくて、そんな事したら危険だと思わなかったのか?」

仁は少し呆れていた。穏健派の氏族長は何を考えているんだ、とさえ思った。

「実際、礼物は巻き上げられ、毒は盛られ……監獄へ運ばれかけていたんだぞ?」

仁が少しきつい調子で言うと、イスタリスは俯いてしまった。

「……それは……私も少しおかしいと、思いました。でも、祖父の言いつけだったので……」

「いや、嘘をつけと言うんじゃない。ただ、もう少し魔族であることを打ち明けるのは後でも良かったんじゃないかと思ってさ」

「……」

更に俯くイスタリスであった。