作品タイトル不明
15-21 情報その1
食事が済むと、香りのよいハーブティーのような飲み物が出された。
「ジン殿、お口にあったかしら?」
フランツ王国でのテーブルマナーは、エルザによると食事中の会話は基本的に厳禁で、食後のティータイムで初めて会話を行う、ということだった。
その知識は正しかったらしい。
「はい、どれもたいへん美味しくいただきました」
「そう、よかったわ」
それが雑談タイムの始まりだった。
「ジン殿はショウロ皇国からいらしたのですわね。行ったことないのですがどんなところなのかしら?」
「女の皇帝が治めているということですけど、不満とか出ないのかしらね?」
などという話に始まり、
「トスモ湖という湖は大きいのですってね。わがフランツ王国にもアスール湖という大きな湖があるのですよ。セルロア王国との国境にもなっています」
という観光の話。
「お連れになっているレーコちゃんとエドガー君ですか、素晴らしい出来ですわね」
と、まさしく雑談というに相応しい会話に花が咲いた。
そんな中、エルザはさりげなく話題を仁が欲しい情報へと向け始めた。
「……町の噂では、魔族が捕らえられた、とか。本当なんですか?」
「あら、やっぱり広まってるのね」
前公爵夫人、カトリーヌは少し困った様に微笑むと、話し始めた。
「今更隠しても仕方ないですね。ええ、そうなのよ。2日前だったかしら3日前だったかしら、イーナクの代官が魔族を捕らえた、と言ってきたのですよ」
* * *
彼等は北の山からやってきた。
フランツ王国北部には2000メートル級の山が連なって国境線をなしている。その向こう側からやって来た者がいたのである。
「私たちはあなた方が『魔族』と呼ぶ種族です」
イーナクはクライン王国を睨む砦にも近く、フランツ王国北部に領地を持つラファイエット公爵家の代官が治める町であった。
国境に近いため、始終ぴりぴりした雰囲気に包まれた町にいきなりやって来て、戦う意志はありません、と言っても俄には信じてもらえるものではない。
町長を兼ねている代官、クターガ・アクターはよく言えば思慮深く、悪く言えば狡猾な男である。そのくらいでなければ国境近い町の代官は務まらないのである。
そのクターガは、表向きは友好そうな態度を繕い、2人を迎えた。
「戦う意志は無いと言われるか。それは重畳」
その時、1人は、
「戦いは双方に憎しみをもたらし、土地は荒れ、人心は荒廃する。国力は落ち、人々は塗炭の苦しみに喘ぐことになる」
などという言葉を口にしたという。
その言葉を一顧だにすることなく、クターガは2人を歓待するように見せかけ、毒を盛ったのである。
さほど強い毒ではなく、手足を麻痺させる程度のものであるが、同時に呂律も怪しくなるので、魔導士にも有効な毒であった。
* * *
「今は多分サンジェルトンに送られているはずよ。途中まで代官がこれ見よがしに手柄を見せつけるようにして護送していたから、かなりの国民が知っているのよね」
それでカトリーヌの話は終わりであった。
仁が隣を見ると、シオンの身体が小刻みに震えている。
(落ち着け)
小声で囁き、肩をぽん、と軽く叩く。それではっと我に返ったシオンは俯かせていた顔を上げた。
「ルカス、大丈夫よ」
その短い言葉では何のことかは誰にもわからないだろう。だが、シオンとの付き合いが長いルカスにだけはその言葉の意味がわかった。
事ここに及んでも、ルカスは主人であるシオンの命令を守り、口を聞かなかった事は短気な彼にしては褒められてもいいことであったろう。
「あの、ラファイエット公爵家って……」
「ええ、私の息子よ。私はもう主人も亡くなって楽隠居の身。だからかしこまらないで下さいね」
そこでエルザはまたしても話題を転換。無口な 質(たち) ではあるものの、こういう場面は仁よりも場数を踏んでいるので頼りになる。
「あ、の、フランツ王国の公爵家って2家ある、と聞きました」
「ええ、そうよ。大まかにいうと国の東部を更に南北に分けて北がラファイエット家、南がオランジュ家。街道沿いは国のものね」
こうした情報はどこで役に立つかわからない。仁もエルザもシオンも、そしてルカス……はどうかわからないが、頭に入れておくことにしたのである。
「お身体はもう、どこも悪くないので、しょうか」
会話が一段落したときに、エルザが尋ねた。
「あら、ありがとう。怪我はもうすっかりいいわ。ちょっと膝が痛いのは前々からですしね」
「よろしければ、お診せください」
そんなエルザの厚意を前公爵夫人は有り難く受けることにした。
椅子を引き、向きを変えたカトリーヌの前にエルザは膝を突き、診察をする。
「『 快復(ハイルング) 』」
エルザの掌が淡い光を放ち、その光がカトリーヌの膝に吸い込まれていった。
「ああ、楽になったわ! ありがとう、エルザさん」
「いえ」
「今のはショウロ皇国式の詠唱ね? 素晴らしい効き目だわ」
この世界の治癒師は、膝の痛みに対し、『 痛み止め(ペインキラー) 』や『 回復(ヒーリング) 』などの内科的治癒魔法を施している。
実際は膝の軟骨が磨り減ったりして起きる痛みがほとんどなので、外科的治癒魔法の必要があるのだが。
エルザは現代地球の知識に基づき、最適な治癒魔法を使ったので効果がてきめんに現れたと言うわけだ。
これで更に心証を良くした前公爵夫人からの泊まっていって欲しいというたっての希望により、仁たちはその言葉に甘えることにした。
「エルザ、ありがとう。たいしたもんだな」
2間続きの豪華な客間に案内された仁はエルザに感謝の意を述べた。
盗聴などはされていないと思うが、一応礼子とエドガーが確認をし、それから思うところを話し合うことにしたのである。
「俺にはあれ程上手く情報を聞き出せなかっただろうよ」
「うん、役に立てて、何より」
「あの前公爵夫人はいい人みたいだな。……まあ、庶民のこと、どこまで気に掛けているかはわからないが」
仁たちのためとはいえ、豪華な食事を食べていた事に対する批判である。
「まあ、それを黙って食べていた俺がとやかく言えることじゃないんだが」
「それは、仕方ない。あの場面でそれを言ってもどうにも、ならない」
「まあ、な。……この国の政治も気になるが、今はシオンたちのことだ」
そんな仁のセリフにシオンが反応した。
「……エルザ、感謝するわ。それにしても、クターガと言う奴は卑劣だわ!」
憤るシオンを仁は宥める。
「怒りたくなるのはわかる。だが、人間側だって、どこまで信用出来るかどうかわからないと判断したんだ、それだけは理解してくれ」
「……う、わかってるわよ。聞くところによるとマルコシアスも人間に取り入っていろいろやっていたそうだし、お互い様、なんでしょうけど」
「ああ、それだけわかってくれればいいよ。個人的な怒りまでどうこういうつもりはない。だけどな、このエルザの父親もマルコシアスの被害者なんだ」
「えっ?」
「……」
正確には騙されていただけであって、毒を盛られたわけではないが、被害者であることに変わりはない。
「……そう、そうだったの。……許して、とは言えないけど、その、……なんか、ごめんなさい」
シオンはエルザに向かって頭を下げた。そんなシオンにエルザは軽く首を振って言う。
「いい。あなたの責任じゃない」
「それでもね、すっきりしないのは嫌だったから。それに、あなたのおかげでいろいろ知ることが出来た」
「痺れ薬、といったところかな。身体が思うように動かせなくては魔族と言え、逃げることも出来ないわけだな」
仁の呟きにシオンが食い付いた。
「ジン、これからどうするつもり?」
「ああ、明日あのフェルナンと言う奴から情報を買う。それ次第だが、おそらく首都サンジェルトンへ行くことになると思う。救出計画はそれからだな」
どこにどのように捕らわれているのかわからなくては計画の立てようがない。シオンもそれは理解できた。
「捕らえたのであって殺したのではないなら、それはきっと情報が欲しいからだろう。少なくとも生きていると思うよ」
心配そうに顔を曇らせるシオンを元気づけるように仁が言った。
「そう、ね。どんな毒なのかしら? エルザ、あなた、毒を治すこと、できる?」
「ん。少しなら」
「どんな毒かわかればなおいいんだがな」
症状からいって神経を麻痺させる毒の類らしい事は想像がついた。
仁としてはそこ止まり。あとは行動しなければわからない。
「せっかくだからゆっくりさせてもらおう」
心配顔のシオンに向かい、出来るだけ明るい声で言う仁であった。
* * *
『そこまで毒のことを考えられるのに、ご自分達のことは気になさらないんですね……』
蓬莱島では老君が溜め息にも似たぼやきを漏らしていた。出された料理を何の疑いも持たずに食べたことを老君は嘆いていたのである。
「それがごしゅじんさまのいいところでもあるんですよ。相手を信頼する、そんなごしゅじんさまだからこそ、相手も信用してくれるといいますか、気に入ってもらえると言いますか」
『ああ、そうかもしれませんね』
「そんなごしゅじんさまを補佐するための私たちでしょう?」
『アンの言う通りですね。まあ公爵家の料理に毒が入っていないということは 隠密機動部隊(SP) からの報告でわかっていましたが』
良く出来た配下達を持った仁は幸せである。