作品タイトル不明
15-13 在庫管理
8月6日。仁は 身代わり人形(ダブル) をカイナ村に送り込んだ。もちろん礼子同伴で。
「お父さま、くれぐれも蓬莱島からお出になりませぬように」
と釘を刺されたが。更に礼子はソレイユとルーナにも仁の事を頼んでいった。親に対して過保護な娘である。
二堂城にて。
昨夜、シオンとルカスに何も変わりがなかったことを監視のランド隊に確認した仁はバロウを呼んだ。
「おはようございます、ジン様」
執務室で仁の机に座り、バロウに対面する 身代わり人形(ダブル) 。バロウはそれと気付いてはいないようだ。
「うん、ちょっと尋ねるが、カイナ村の食料備蓄量は把握しているか?」
「あ、はい。ちょっとお待ち下さい」
バロウは本棚にあるファイルを取り出した。
「ミーネ先生に教わりまして、ここにそういった関係を記すようにしています」
「ほう」
仁は 身代わり人形(ダブル) の目を通してその内容を読む。
そこにはカイナ村における農産物の収穫高が記載され、収支も全て付けられていた。
「なるほど。夏前に収穫された冬小麦は15トンか。豊作だったんだな。うち4トンが税として倉庫に入ったか」
他にも参考になる数字が書かれていた。
「カイナ村の戸数は現在30戸(エリックの店含む。仁の二堂城含まず)、か。住民1人あたり、おおよそ150キロの麦を食べるんだな。住民は105人。年間の必要量は約15トン、か」
住民のうち、仁とエルザは村にいたりいなかったりするし、生まれたばかりのヘンリーも含めた人数だからこのくらいであろう。
「春小麦も順調、と。村の倉庫にある小麦と大麦は……」
別ページにそれを見つける仁。
「ああ、あったあった。村の食料備蓄在庫、か。小麦4トン、大麦4トン、丸豆(=大豆)が1トン、赤目豆(=小豆)が200キロ、黒目豆(=ササゲ)が100キロ、か」
城の備蓄、村の備蓄、村の収穫予定量から、シオンたちに援助できる量を考える。
「……やっぱり俺には向かないな……」
一応の案はできたが、それが果たして妥当かどうかに今一つ自信がない。そこで仁は、村長ギーベックに相談することにした。資料のファイルは礼子が持っていくことにする。
「シオンとルカスはどうしてる?」
執務室を出るときにバロウに尋ねると、
「はい、今朝はお二方ともすっかり元気になられてまして、ちょうど診察に来ていただいたサリィ先生も普通のお食事でいいと仰いましたので……」
「二堂城の標準的な朝食を出したんだな」
「はい、そうです。今朝の献立はトースト、野菜スープ、トポポサラダ、それにシトランでしたが全部残さずお食べになりました」
食欲が出て来たのはいいことだ。
「それで今は?」
「はい、少し身体を動かした方がいいと先生が仰いましたので、ベーレが案内役となりまして、少し村を見て回っているところです」
「そうか、よくわかった。ご苦労さん」
「はい、では失礼致します」
バロウも大分執事としての仕草が板についてきたようだ。
仁(= 身代わり人形(ダブル) )は城を出て村へと向かった。礼子は無言で続いている。が、内蔵した 魔素通信機(マナカム) で蓬莱島にいる仁とやり取りをしていたのである。
(お父さま、 身代わり人形(ダブル) はいい出来です。今のところ誰も気が付いていません。私から見ても自然です)
「そうか、とりあえず安心したよ」
身代わり人形(ダブル) はギーベック宅を目指して歩いて行く。と、声が掛かった。
「おにーちゃん!」
「やあ、ハンナ、おはよう」
受け答えは仁自身の肉声である。
「あのね、ハクがね、ねずみつかまえたんだよ!」
「ふうん、そうか」
「このまえからいろいろかじられてたから、これでだいじょうぶだろうって、おばあちゃんが」
ゴーレム猫、役に立っているようである。
「それでね、……あれ?」
「どうした、ハンナ?」
駆け寄ってきたハンナが、仁の 身代わり人形(ダブル) 直前で立ち止まった。
「おにーちゃん……ほんとうにおにーちゃん?」
「え? どういうことだい?」
「なんだか、いつもとちがう……」
少しずつ後じさるハンナ。
「あー、ハンナにはわかるのか……」
「え?」
子供の直感なのか、それともハンナが特別鋭いのか、これが仁本人でないことに気が付いたようだ。
少し不安そうな顔のハンナに、礼子が説明する。
「ハンナちゃん、これはお父さまの『 身代わり人形(ダブル) 』なんですよ」
「え? にんぎょうなの?」
「ええ。わたくしみたいな」
「レーコおねーちゃんみたいな……」
その説明で、ハンナはなんとなく納得がいったようであった。が、やはり違和感があるのか、それ以上近づいてこない。
「ほんとうのおにーちゃんは?」
これには仁自身が答えた。
「ハンナ、俺は自分の家にいるんだよ」
「ふうん……」
「今は村長さんにちょっと用事があるから、またあとでな」
「うん、じゃあね」
ハンナは手を振って駆けだしていった。その後ろ姿を見送り、仁はぽつりと呟いた。
「……ハンナには見破られたな」
(ハンナちゃんはお父さまと一緒の時間も長いですしね)
「仕方ないな」
そんな話をしながら歩いていると、村長宅に到着した。『ミレスハン診療所』の看板が目立つ。
「おはようございます」
ドアをノックすると村長ギーベックが出てきた。
「おやジン、おはよう。サリィ先生なら往診だよ」
「いえ、今回は村長さんにちょっと相談がありまして」
「ふうん? まあ中に入ってくれ」
村長宅に招き入れられた仁は、居間のテーブルを挟んでギーベックと向かい合った。
さっそく仁は訪問の目的を説明する。但し、食料を売る相手については説明せずに。
「ふんふん、すると、村で余った分の食料を欲しがっている相手がいて、ジンとしては売ってもいいと思っている、ということだね?」
「ええ。半分は援助目的もあるので、出来るだけ量を譲りたいんですが、今の村の状況だったらどのくらいまで売っても大丈夫かと思いまして」
仁は礼子に言って、持参した資料をギーベックに示した。それを手に取り、丹念に目を通していたギーベックは、考え考え口を開いた。
「そうだな、昨年は豊作だったし、今年前半も出来は良かった。8月を迎えて、春小麦や他の作物も順調だ。だから、来年の収穫期までの分を残して、全部売ることは問題無いだろうな」
「そうなんですか?」
「ああ。今、村の財政状況も好調だ。いざとなったら不足分くらいは購入することもできる」
仁は胸を撫で下ろした。
「もっとも、『援助目的』もある、と聞いたからだよ。そうでなく、純粋に商売のためなら、半分は手元に残したいところだがな」
「わかりました、ありがとうございます。そうしますと、最終的には……」
仁は、小麦を2トン、大麦を2トン、豆類少々、という量を売ることに決めた。
既に冬小麦6トン、大麦3トンが各家に分配されている以上、備蓄小麦は大麦・小麦併せて6トンあればいい計算だ。秋の収穫も見込めるし、二堂城には5トン近い備蓄があることだし、という根拠である。
「運ぶのは……まあ、ジンならどうとでもなるか」
「ええ、そっちは俺の得意分野ですから」
一番の懸念事項が解決した。仁としてはあと少し、村の食糧管理の考え方などを聞いておくつもりであった。
「おや、ジン君ではないか。おはよう」
ちょうどそこへサリィが往診から帰ってきた。
「ヘンリーも健康にすくすく育っているぞ。それにあと1月以内に多分2人、赤ん坊が生まれるだろう」
「それは朗報ですね。先生、ありがとうございます」
「いや私は何もしていないさ。ところで、散歩しているあの2人を見たぞ。随分元気になったようだね」
「ええ、それも先生のおかげですよ」
「ふふ、まあ、そう言う事にしておこう」
サリィは助手として連れ歩いているナースゴーレム、ナース・ガンマの肩を軽く叩いた。
「この子も役に立ってくれているしな。この村はいいところだよ」
「そう言っていただけてうれしいですね。是非定住していただきたいですよ」
「私としてはいつまでもうちにいて欲しいな」
仁とギーベックはそれぞれサリィに向けて己の思うところを口にしたのである。