軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15-01 飛躍

『打ち上げ10秒前。9、8、7、6……』

蓬莱島にカウントダウンの声が響く。

研究所の立つ中央台地隅には金属球が置かれていた。

直径は1メートル。軽銀製の外殻を持つ『 魔導機(マギマシン) 』である。

魔導機(マギマシン) とは『科学』を応用して作られた複雑な魔導具の総称だ。

『3、2、1、……0!』

球形の 魔導機(マギマシン) が宙に浮いた。そのまま、ぐんぐんと上昇していく。

速度は音速に近く、あっと言う間に見えなくなった。

「老君、追尾は出来ているか?」

『はい、 御主人様(マイロード) 。現在高度5000メートル。……6000メートル、7000メートル……』

3457年、8月3日午前9時。試作人工衛星、サテライト001が打ち上げられた。

推進器は魔導重力エンジン。魔族から得た『重力魔法』を解析して得られた最新の魔導具である。

大気圏を抜けるまでは2G、つまり19.6メートル毎秒毎秒の加速度を出す。風の結界で空気との接触を避けているから、外殻が過熱することもない。

同時に本体に別の重力魔法……実は慣性質量も変化させられる……を展開して、質量をほとんどゼロにしている。

その分、重力魔法に魔力を持って行かれるのだが、そこは『エーテノール』を使用して対応していた。

「エーテノールの実用性は高いな」

『はい、 御主人様(マイロード) 。短期間〜中期間での超高出力を得るには最適ですね』

魔素変換器(エーテルコンバーター) を使用すれば半永久的な動作が可能なのだが、その反面、重力魔法のような魔力を必要とする魔法を発動させようとすると、供給量に不安が生じる。

ここでエーテノール、すなわち『高濃度 自由魔力素(エーテル) 溶液』を利用する事で解決することが出来たのである。

一度消費してしまうと宇宙では補充できないが、軌道に乗ってしまえば 魔素変換器(エーテルコンバーター) だけで十分な魔力が得られるから問題は無い。

『成層圏。高度50000メートル。加速します』

空気が薄くなれば、速度が上がっても過熱しにくくなる。慣性がほぼ0なら加速圧の影響は無くなるのでいくらでも加速できるのだが、その際の問題は過熱である。それが無くなれば文字通り上限なく速度を上げる事ができる、というわけだ。

『10G、11G、12G……』

最終的には100Gの加速度を得る事が出来るはずだ。そのあたりのデータ収集も兼ねた打ち上げ実験である。

『高度35000キロメートルに達しました。加速切ります』

ほぼ静止衛星軌道に乗ったところで加速をやめる。慣性がほぼ0であれば、僅かな粒子に触れても止まるはずだ。その後、慣性を回復させ、安定させる。

慣性が回復すると、運動エネルギーなどは初期状態に戻る。つまり、発射地点に対して相対的に停止するわけだ。静止衛星に利用するにはもってこいの特性であった。

『軌道修正に移ります』

微調整用の推進器は超小型の重力エンジン。重力の働く方向を自由に指定することで、前後左右、3次元の移動を可能にしていた。

これらの試みはもちろん初めてなので、必要なデータが何もない。そこで仁と老君は相談の末、試作人工衛星サテライト001を作ったのである。

これにより、さまざまなデータが手に入り、今後の打ち上げはずっと楽になるはずであった。

それ以上に、宇宙空間のポジションデータが手に入れば、わざわざ地上から打ち上げずとも転送機でいきなり宇宙へ、という方法だってとれる。

いずれにせよ、これからの蓬莱島のありかたとして、宇宙空間の利用は必要なのである。

『軌道に乗りました。微調整開始』

「よし、あとは頼む」

常時監視しつつ微調整を行う。これは人間には荷が勝ちすぎるので全面的に老君に頼ることとなる。

このサテライト001が成功したら、同型機をあと8台打ち上げる予定である。

各衛星の役割は、まず転送機のポジションデータ作成。GPSと同じ考え方である。

数が揃えば、お互いの監視と地上の監視により、相対的な静止衛星になるだろう。

2番目は地上の監視。高出力のレーザー砲を積んでいるので、いざという時の抑止力になる。

3番目は宇宙空間の観察。より月に近い場所から月を調べることも出来るし、宇宙空間の 自由魔力素(エーテル) なども調査対象である。

4番目は何と言っても重力魔法の運用データ収集。航空機に、 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) 以外にも重力エンジンを取り付けていきたい。

「上手くいったな。ほっとしたよ」

「お父さま、おめでとうございます」

影のように寄り添っていた礼子が祝辞を述べる。

「ああ、これからが楽しみだ」

仁は雲一つない青空を見上げた。

* * *

「ジン君、上手くいったの?」

研究所に戻るべく歩いて行く仁に声を掛けたのはステアリーナ。

その彼女が出てきたのは研究所でも仁の館でもない。

セルロア王国ゴゥアにあった彼女の家である。

「お茶を入れたんだけど、寄っていかない?」

「ああ、じゃあ御馳走になるよ」

仁はステアリーナの家に入った。

「やあジン君、いらっしゃい」

ダイニングに行くと、そこにはサキの父トア・エッシェンバッハがいた。

「こんにちは」

トアはステアリーナと意気投合し、サキの勧めもあって『適性検査』を受けた。その結果、当然合格し、蓬莱島への出入りをする資格を得たというわけである。

ヴィヴィアンも同時に受け、やはり『ファミリー』となっていた。今はアンや老君と情報・知識交換をする毎日である。

「ああ、語り部として、昔話の裏付けが取れるというのはうれしいものねえ!」

とヴィヴィアン。今後はショウロ皇国で語り部を続けるという。

一方、ステアリーナとトアの急接近に対しての反応はといえば。

「そのうちあの2人、結婚するんじゃないかねえ。父のあんな顔初めて見たよ」

とはサキの言。

「まあ、母が亡くなって随分経つし、あんな父を好きになってくれるような奇特な女性なんて滅多にいないだろうし。それがステアリーナさんだったらまあ許せる、かな」

とまで言ってのけた。少し寂しげな顔であったが。

その言葉通り、ここ数日、トアとステアリーナの2人は蓬莱島に居続けである。

「ジン君、衛星は打ち上がったのかな?」

ステアリーナが淹れたお茶を飲みながらトアが質問してきた。

「ええ、なんとか。微調整は必要ですけど、概ね成功ですね」

「そうか、それはすごいな。娘から色々聞いてはいるが、君のやることなすこと、型破りだよ」

「あ、あはは」

まだトアには 知識転写(トランスインフォ) していない、というより、出来ていない。何故ならばこの魔法は自分自身と、自分自身が作った 制御核(コントロールコア) にのみ有効だからだ。

本人が 知識転写(トランスインフォ) を使えない限り、知識を得ることは出来ない。

このあたりは仁たちの課題でもある。今のところトアの知識は老君が作製した書物からによる。

「いやあ、知ることが多くて、帰るに帰れないよ」

だがトアはあまり頓着せずに、蓬莱島暮らしを楽しんでいるようだ。寝泊まりはずっとステアリーナの家。

仁はそのことについてとやかく言うつもりはない。

「しかし、この家をここで見つけたときはびっくりしたわよ」

トアの右隣に座ったステアリーナがしみじみした声で言った。

ステアリーナが亡命した後、夜陰に乗じて老君はファルコン2と 職人(スミス) ゴーレム数体を派遣。

建物を傷付けないよう注意しながら土台ごと地面から切り離し、そののち転送機でここ蓬莱島まで転送したのであった。

そして今ある場所に固定したというわけである。

セルロア王国では一夜にして家が一軒消えたわけだが、それによって生じる混乱などはもう仁や老君の知ったことではなかった。

いや、老君はむしろ人材の流出、つまり亡命を支援していたりする。今のところ、その主な亡命先はショウロ皇国である。

「あの時、ステアリーナが寂しそうな顔してたから、かな。やっぱり自分の家というものには思い入れがあるものだろうし」

「ええ、ホントにね。生まれ育った家というわけじゃないけれど、自分が初めて認められて、ようやく持てた家だったから」

そう、ステアリーナの出身地はヴィヴィアンと同じクゥプ。幼いときは一緒に遊んだりした2人だったが、ステアリーナが15歳、ヴィヴィアンが17歳になった時、王国の『スカウト』が2人を見出したのである。

『スカウト』とは、才能ある子供を見つけ、英才教育を施すための政策で、セルロア王国が技術的に優位に立てている理由の一つである。

その後、ステアリーナは 魔法工作(マギクラフト) の道に、ヴィヴィアンはその記憶力を買われて語り部になった。

一人前になったあと、技術者でないヴィヴィアンは故郷に戻れたが、ステアリーナは王都近郊に住むよう命ぜられたのである。

「10年住めば愛着も湧くわよね」

漁師だったステアリーナとヴィヴィアンの両親は、彼女たちがスカウトされて故郷を離れていた間に事故で亡くなっていたという。

スカウトされた者たちの縁者は未練を断つために謀殺されるという噂もあったがその真偽は定かではない。

「ヴィヴィアンの家も持って来ようか」

「あはは、ジン君はほんと、型破りだねえ」

仁とトアの話す声に我に帰ったステアリーナはくすっと笑い、少しぬるくなったお茶を一気に飲み干した。