軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-35 エルザの涙

巨大百足(ギガントピーダー) 騒動から10日。

ステアリーナは無事セルロア王国に入った。その間、昼間は毎日のように蓬莱島に来ていたのは言うまでもない。

「もう帰ったら屋敷は処分しちゃうわ!」

などと公言して憚らない。よほどセルロア王国に愛想を尽かしたようだ。

ラインハルトとベルチェは、領地であるカルツ村にいる時間が多かった。領主になったばかりなのでそれは致し方ないだろう。

「話によると、カイナ村の隣、トカ村だっけ? そこにも新領主が来たそうだね。一度領地経営について話し合ってみたいものだな」

などと言っている。

サキは、ようやく堅苦しい貴族生活から解放され、のびのびと研究三昧。好き勝手にいろいろ囓っている。

「くふふ、食事の心配は無いし、素材はいくらでもあるし、最高だね!」

アアルは心配そうな顔をしていたという。

ミーネはといえば、仁に示唆された『パン酵母』というものを再現すべく、ペリドたちと試行錯誤の毎日。

ワインやビールの発酵はイースト菌=酵母菌によるものである。酵母菌は沢山の種類があり、その中からパンに最適な酵母をイーストなどと呼んで使っているわけだ。

そのくらいまでは仁も知っていたが、その先がさっぱりわからない。

酵母の研究は味噌や醤油にも繋がるので、特に力を入れて欲しいと仁が思っている分野であるからペリドたちも懸命であった。

その成果として、まずパン用の酵母すなわちイーストが選別されたところである。

「これを使って焼いたパンはふんわりふっくらして、美味しさが違いますね!」

カイナ村の新しい名物ができそうである。

そしてもちろん、教師役も忘れてはいない。週3日、二堂城において勉強会を開いている。

村長宅でなくなったのは、村長宅にサリィが診療所を開いたからである。

通うのに少々遠くなったものの、『給食』として美味しい昼ご飯が出るので、さぼる子は一人もいなかった。

* * *

エルザはその間、実家とカイナ村・蓬莱島の間を行き来していた。

実家へは、寝たきりになった父親、ゲオルグに会いに行っていたのである。もちろんラインハルトの領地、カルツ村から来たという事にして。

エルザの治癒魔法を以てしても、父ゲオルグの様子はほとんど変わらなかった。無力感を噛みしめるエルザ。

そんなある日、思いがけない再会があった。

「……エルザ、お帰りなさい」

「……お母、さま?」

エルザが実家に行くと、エルザの義理の母、マルレーヌ・ランドル・フォン・ネフラが療養から帰って来ていて、夫ゲオルグの世話をしていたのである。

「少しだけ聞いたわ。あなたも苦労したのね。……ごめんなさいね、辛いときにそばにいて上げられなくて」

そう言ってマルレーヌはエルザをそっと抱きしめた。

「お、お母、さま……」

小さい時から実の子同様に可愛がってくれた育ての母。優しい腕、優しい声。懐かしい温もりに包まれて、エルザは泣いた。

「……あの人がおかしくなってきたな、とは思ったのだけれど、臆病な私は何も言えなかったの。勝手にあなたと侯爵との婚約を取り決めたときにも、 打(ぶ) たれるのが怖くて何も言えなかった……」

ゲオルグが、妻であるマルレーヌに暴力を振るっていたという事実をエルザは初めて知った。マルレーヌも被害者だったのだ。

療養というのも半分は口実で、ゲオルグから距離を置くのが目的だったことも。

「許してくれる? 逃げてしまった私を……。本当にごめんなさい、悪い母親で」

「……ううん、もう、いい、の」

育ての母マルレーヌの温もりに包まれたエルザは、しばし子供に戻って泣き続けた。

ようやく落ち着いたエルザは、マルレーヌと寄り添って話をしていた。主に話すのはエルザ。話の内容はラインハルトと旅に出てからの事。マルレーヌは微笑みながら聞いていた。

「……そう、いい経験してきたのね。旅に送り出してよかったわ。……そのジン、さん? 一度、会ってみたいわね」

「ジン兄なら、きっといつでも来て、くれる。……あっ」

口にしてからエルザは、仁を兄と呼んだことに気付き、頬を染めた。

「ふふ、エルザがそんな顔をするなんてね」

マルレーヌはそう言ってエルザの頬を指先でちょん、とつつく。

「お、お母さま」

びっくりして身を引いたエルザを見つめたマルレーヌは、真面目な顔になって告げた。

「エルザ、これからはあの人には私が付いていますから、心配しなくても大丈夫。あなたはやりたいことがあるのでしょう?」

「ありがとう……」

またエルザの目に涙が溜まっていく。

「まあまあ、大人になったかと思ったら、泣き虫さんなのね」

エルザの顔をハンカチで拭ってやるマルレーヌ、その時袖口から青い痣がちらりと見えた。

「お母さま、その腕は?」

マルレーヌは慌てて腕を引き戻す。

「……見られちゃったわね。これでも大分よくなったのよ。一月前はほとんど腕全体の色が変わっていたの」

「きっと、大きな血管が損傷して、いる」

「え? 大きな血管?」

「そう。任せて」

エルザは席を立ってマルレーヌの隣に座り直し、その右腕をまくり上げた。

「エルザ?」

「『 全快(フェリーゲネーゼン) 』」

治癒の魔法がマルレーヌの右腕を包み、見る間に治していく。青く色が変わっていた箇所は血色の良い肌色に戻った。

「エ、エルザ? あなた、工学魔法だけでなく、治癒魔法まで……」

「うん、まだ話していなかったけど、ジン兄のおかげで、こんなこともできるように、なった」

元通りに治った腕をさすり、マルレーヌは微笑みながらエルザに向かって言った。

「エルザ、あなたはあなたの道をお行きなさい。 魔法工作(マギクラフト) 、それに治癒。あなたのその才能を存分に生かすことです。私はいつでもあなたの幸せを祈っていますよ」

「お母さま……」

エルザは、この日何度目かの涙を流した。

* * *

仁はリシアの訪問を受けていた。

街道はかなり荒れていたが、トカ村駐屯の兵士がせっせと整備した結果、馬車は無理でも馬は何とか通れるまでになったのである。

特にゴーレム馬ならば何の問題もない。1日でトカ村〜カイナ村間を踏破してしまっていた。しかも余裕たっぷり。

朝6時にトカ村を出て、午後2時にはカイナ村に着くという健脚ぶり。今回は、リシアに説得され、グロリアもパスコーが借りたゴーレム馬に乗って同行。その乗り心地にびっくりしていた。

「ジンさん、この度、私、リシア・ファールハイトは準男爵となりまして、トカ村を領地にいただきましたのでご報告に伺いました」

「ジン殿、このグロリア・オールスタット、ファールハイト準男爵の警護として同行して来たものであります」

「ようこそ、お久しぶり、リシア。そしてグロリアさん」

二堂城執務室で仁は彼女等と会っていた。

「堅苦しいのは止めにして、今まで通りの調子でやりましょうよ」

仁がそう言うと、2人は顔を見合わせ、頷いた。

「はあ、ジンさんからそう言っていただけると助かります」

肩の力を抜いたリシアは、仁に包みを差し出した。

「ジンさん、クライン王国国王からの親書です。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) としての認定証です」

「ありがとう」

包みを受け取った仁が開けてみると、クライン王国が仁を 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) として認めた証明書と、魔力性消耗熱の時にリシアとパスコーを援助したこと、それに回復薬を融通した見返り。

それに、イナド鉱山を8月1日付でカイナ村所属とする、といった書簡と契約書。

最後に、先日バイヤー子爵が資源を不当に採掘していたことを詫びると共に、その間に採掘した資源を全て仁に譲ると言うことであった。

「あー……」

魔力性消耗熱の対策については、正直見返りを要求する気など毛頭無かった仁は顔を顰めた。

イナド鉱山は、例の 巨大百足(ギガントピーダー) 騒ぎのせいで完全に崩壊しているし、聞き及ぶ産出内容では欲しいとも思わない。

『面倒だからいらない』と言いたいのをぐっと堪えていた仁であったが、ふと坑道に潜っていたランドから聞いた話を思い出した。何か、見慣れない魔導具があったとか言っていた。

専用ゴーレムを作って地下を調べたら面白いかもしれない、と仁は思い返し、イナド鉱山を貰うことに決めたのであった。

仁が書簡を読み終えたのを見計らって、リシアは頭を下げた。グロリアもそれに倣う。

「私ごときが謝って済むことではないと思いますが、まずは謝らせて下さい!」

「ジン殿、私からも詫びさせて貰う。命じられてとはいえ、我が父もその計画に関わっていたのだから。誠に申し訳なかった」

仁としては文句を言うつもりはないが、あまり甘い対応ばかりしていても舐められそうなので、一言言うべき事は言っておこうと考えた。

「俺は別にこの国の資源なんてどっちでもいい。それよりも陰でこそこそやられるのは腹が立つ」

「は、はい、申し伝えておきます!」

珍しく仁が不機嫌そうな顔を見せたのでリシアはびくっとした。そしてそのことは間違いなく宰相に伝えようと心に決めたのである。

「……まあ、2人に文句言っても始まらないから、この件はこれまでとしよう。だけど、ちゃんと伝えてくれよ?」

「は、はい、必ず!」

リシアは、仁が怒っているとは言ってもそれは自分に対してではないことを知り、ほっと息をつく。そしてこの場の雰囲気を変えようと、一つの質問を思いついた。

「ところでジンさん、一つお聞きしていいでしょうか?」

「うん、俺にわかることなら」

「ありがとうございます。……あの、ジンさんは、先日ショウロ皇国で 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) に認定されたということですが、いつ、どうやって、お戻りになられたのですか?」