作品タイトル不明
13-09 説明
大きなテーブルの前に座る一行。上座はもちろん侯爵、その左手に仁、右手にラインハルト。仁の隣がベルチェでラインハルトの隣がエルザ。下手にサキとカレンが座る。
礼子、ノワール、ネオン、エドガーとリサはそれぞれの主人の後ろに立った。ミーネもエドガーと並んでエルザの後ろである。
全員が席に着くと、すかさず給仕がお茶を運んできた。香りのよい緑茶である。
「さて、早馬でもらった書状には詳しいことが書かれていなかったが、本日の用件は、私の見舞い、ということで良いのかな?」
「はい、侯爵。それが第一です。つきましては、エルザから贈り物があります」
「ふむ、なんだろう」
「まずはこちらをご覧下さい」
仁が目配せをすると、エルザはリサが着ていたコートを脱がせた。
「ほほう……」
侯爵が目を見開く。カレンや、その場にいた給仕や使用人たちも息を呑んだ。
「……リサ、といいます。私が作った 自動人形(オートマタ) 、です」
「リサと申します」
侍女 自動人形(オートマタ) ということで、カーテシーではなく普通のお辞儀をするリサ。
その仕草と容姿に、初めて見た者たちの目は釘付けであった。
「……身の回りのお世話をさせたく思います。気に入っていただけました、か?」
いつもよりも低い声で話すエルザ。やはり侯爵への苦手意識はまだ拭い切れていないようだ。
「お、おお、気に入った! リサと言ったな。この子を私に?」
「はい、お気に召しましたなら」
「気に入ったとも! 可愛いのう」
「旦那様、よろしくお願いいたします」
「リサ、しっかり、ね」
「はい、 製作主(クリエイター) 様」
こうして、リサは侯爵家の 自動人形(オートマタ) となった。
侯爵はその手を取って、
「よろしくな、リサ」
と言ったのだが、彼女の手が温かいことに気が付いて、エルザにそのことを質問した。
「……はい、リサには人間と同じくらいの体温が、あります」
「まあ、そうなの?」
驚いたカレンが声を上げた。まだまだ体温のある 自動人形(オートマタ) というのは一般的ではないのである。
「ふうむ、エルザ、お前は本当にいい 魔法技術者(マギエンジニア) になったのだな……ジン殿に師事した甲斐があったと言うことか」
お茶を一口飲み、喉を潤した仁は、もう一つの予定を実行することにした。
「閣下、報告したいことがあるのですが、お人払いをお願いできますか」
「ん? ……わかった。お前たち、呼ぶまで部屋の外に出ていろ」
「さっそく、ありがとうございます」
給仕や使用人は応接室の外へと出て行った。残っているのは仁、ラインハルト、ベルチェ、エルザ、ミーネ、サキ、カレン、そして侯爵。
「これで良いか?」
「はい、ありがとうございます。……それでは、報告させていただきます。閣下に毒を盛った犯人がわかりました」
「何? 皇国の保安騎士たちもまだ突き止めていないというのに? いったい誰なのだ?」
「マルカス・グリンバルトという者でした」
まずは結論を真っ先に述べた仁。
「マルカス……だと?」
侯爵の顔が険しくなった。
「はい。そしてマルカスはある者に操られていました。現在はっきりとしていることは以上の2点です」
「……どうやって知ったのだ?」
「まず、ゲオルグ・ランドル子爵邸にあるマルカスの部屋を調べました。そこには砒素と、侯爵がお好きだという酒、それに毒を入れたことを裏付けるような文書の一部が見つかったのです」
仁はそこまで説明すると、侯爵の反応を見るため、口を噤んだ。
その侯爵は目を瞑り、何かを考えている様子。代わって口を開いたのはサキだった。
「じ、ジン、本当かい? マルカスなら顔くらいは知っているが、あいつがお祖父様を?」
「ジン様! それが本当だとしたら、ゲオルグ・ランドル子爵が首謀者と言うことになるのですね? 許せません!」
カレンの発言は、仁とエルザが一番避けたい結論である。そのために仁はマルカスを調べたのだから。
「……待て、カレン」
仁が詳しく説明しようとした矢先、侯爵がカレンを止めた。侯爵は思い出すように目を閉じ、言葉を発した。
「……子爵が出世欲の塊だと言うことは私も知っている。が、それが国のためになるのなら、上手く使えばいいだけの話だ。私はそう考え、そのように扱ってきたつもりだ」
年の功か、侯爵は冷静である。
「……私がエルザを嫁に欲しがっているのを知って、子爵から婚約を持ちかけてきた。その時に持って来た酒が実に美味かったので、そう言うと定期的に届けてくるようになったな……」
目を開いた侯爵は結論を口にする。
「その使者は決まってマルカス・グリンバルトだった」
「その酒ですが、残っていませんか? 調べてみれば裏付けが取れるのですが」
仁の発言に、侯爵は首を振った。
「……残ってはいないな。私は酒好きだから、もらうとすぐに1人で飲んでしまうのだ」
仁はその発言を聞いて、アルコールによる肝硬変もあるんじゃないか、と思うのであった。
「エルザさんをお父さまに嫁がせておいて毒殺し、あわよくば侯爵家を乗っ取ろうとでも思ったのですね? ますますもって許せません!!」
今にも部屋を飛び出していきそうに見えるほど興奮するカレン。侯爵はそれを宥める。
「カレン、そう感情的になるでない。そんなことでは正しい判断ができなくなるぞ」
中将という地位に就いていただけあって、ここまできても、侯爵はあくまでも冷静を貫いている。
「子爵の発案にしてはおかしい。私を毒殺するなら、少なくともエルザが嫁いでから行わなくては意味がない。更に言うなら、エルザに子ができてからが望ましいはずだ」
侯爵の洞察は鋭い。いきり立っていたカレンも納得してしまった。
「そ、そうですね、お父さまの仰るとおりかもしれません」
「はい、そのとおりです。今回の毒騒ぎはマルカスの独断でした」
「ほう?」
どうしてわかった、と侯爵の目が雄弁に問いかけている。仁はどうしようか、と一瞬考えたものの、ここは正直に打ち明ける事にした。
「工学魔法に 知識転写(トランスインフォ) というものがあります。元々はゴーレムや 自動人形(オートマタ) に知識を与えるものなのですが」
「ほほう、それは面白い」
初めて聞く魔法に、侯爵も興味を持ったようだ。
「これを使うには希有な才能が必要でして、誰でもと言うわけにはいきません」
釘を刺すのを忘れない仁。
「そして俺はそれを使えます。ということで、マルカスの記憶を転写し、調べてみました。人の記憶というものは膨大なので全部はとても無理ですが、肝心なところだけはわかったのです」
「なるほどな。記憶は嘘をつかん、か」
「はい。ゲオルグ・ランドル元子爵はこの件に関してだけは無関与でした」
仁の説明を聞いた侯爵は暫く無言だった。やがてゆっくりと口を開く。
「……私にも付け込まれる隙があったことは反省しなくてはならんな。それで、マルカスとゲオルグはどうしている?」
「はい、マルカスは捕捉しましたが、現在意識不明です」
そして仁は、ゲオルグ・ランドル元子爵の容態も説明した。
「……その、脳? に出血があって、性格が変わってしまっていたというのですか?」
カレンはわかったようなわからないような、という顔だ。
「そうです」
「ふむ、ごくまれにだが、頭部に大怪我をした者などにそういう例があった気がするな」
長年の軍生活、侯爵は理解を示してくれた。
「子爵家は取り潰し、長男モーリッツは本家ランドル伯爵家預かり、次男フリッツはそのまま軍に。そしてエルザはラインハルト預かり、ということになりました」
最後に、国からの通達を説明して話を終える仁。
「……わかった。それで私のご機嫌取りに、リサを連れてきたというわけか」
「い、いえ、そういうわけでは」
全てお見通しらしい侯爵の物言いに、仁は慌てた。エルザは言葉も出ないようだ。
「はは、それは構わん。親子ならあたりまえの情であるしな。だがエルザ、お前はお前で幸せになるがいい。私としては、別の家を立てることを勧める」
別の家、というのはランドル家ではなく、と言う意味である。
「まあお前が望むなら、私の養女とすることも可能だが、おそらく望まぬだろう?」
「……」
無言のままエルザは頷いた。そしてぽつりと口を開く。
「……庶民で、いい、です。ただのエルザ、で」
だがその発言を聞いた侯爵は首を振る。
「いやいや、お前の実力…… 魔法技術者(マギエンジニア) としても一流、治癒師としても一流なのだ、庶民に落としては国の損失だ。おそらく陛下もそう思っていらっしゃるはずだよ」
「そう、でしょうか」
「そうだとも。……まあ、その辺は陛下にお任せするとして、話はそれだけか?」
侯爵は眼光鋭く仁を見つめた。
「いえ、あと一つ。『魔族』についてです」
「『魔族』、だと?」
「ジ、ジン、魔族だって? いったい……」
「魔族ですって! 大変!」
慌てるサキとカレンを抑えたのは侯爵だった。先日話をしてあるラインハルトたちは落ち着いて聞いている。
「サキ、カレン。まあ静まれ。ジン殿がこれから説明してくれる」
その声に二人は口を噤んだ。改めて侯爵は仁を促した。
「さあジン殿、話してくれ」
「はい、それでは。……」
仁は話し出した。
クライン王国を襲った『魔力性消耗熱』のこと。それを仕掛けたのが『 諧謔(かいぎゃく) のラルドゥス』と名乗る魔族であったこと。
ラルドゥスと共に現れた二人、ベミアルーシェとドグマラウドのこと。
そして今回のマルカスを操っていたマルコシアスのこと。
「……」
「…………」
一同は声もなく、仁の話に耳を傾けるのであった。