作品タイトル不明
12-41 忙しくも穏やかで平穏な日々
「なんとか準備も終わったな」
「うん、大丈夫」
6月16日、仁とエルザは技術博覧会に出品する作品を作り終えていた。
そして、エルザを帰国させ、ショウロ皇国に認めさせる計画も出来上がっていた。
「エルザ、段取りは憶えたな?」
「うん、間違いなく」
自信たっぷりに頷くエルザ。
「よし、あとは開催を待つだけだ」
仁は背伸びをした。蓬莱島の空は青く澄んでいる。
「さて、ここのところ、島のことは老君に任せっきりだったから、少し話を聞くか」
等と呟きながら仁は老君の移動用端末である老子を呼んだ。
「はい、 御主人様(マイロード) 、お呼びですか」
「ああ、ここのところ忙しさに紛れて島のことほったらかしだったからな、何か変わった事とかあるか?」
老子は老君の端末であるから、老君と同じ事を知っているし、答えられる。
「はい、 御主人様(マイロード) 。農業関係が充実したことはご存じですね?」
仁は頷いた。米が見つかり、田んぼを整備、田植えを済ませた話は聞いている。
「海産物では海苔の養殖が順調です。昆布の採取に少々問題があるくらいです」
「海苔はいいとして、昆布がどうした?」
「それが……」
仁に尋ねられた老子は珍しく言い淀む。
「……もしかすると昆布とは違う海草かも知れません」
「え?」
老子の説明によると、良く似てはいるが、昆布とは違う海草ではないかというのである。
出汁は一応取れる。とろろ昆布風にも加工出来る。だが、そこ止まりで、乾燥させると赤くなるというのだ。
「昆布は緑がかった黒だものなあ……利尻昆布とか日高昆布とか……あ!」
仁は突然思い出した。そもそも昆布は北海道など北の海で採れるもので、蓬莱島のような温かい海で採れるものではないことを。
「あー……すっかり忘れてた……」
見かけは似ていても違う海草だったようだ。それでは性質も異なるわけである。
「まあ、どんな調理法をすれば使えるか、引き続き調べてくれ」
ちょっとがっかりしながらも仁はそんな指示を出していた。
しかしこの先、老君は 空軍(エアフォース) 部隊と水中用ゴーレム部隊に命じ、北の海で昆布探しを続け、見事昆布を見つけるのであるが、それはもう少し先のことになる。
「他には何かあるか?」
気を取り直した仁が再度質問した。
「はい、カイナ村の水から重曹が抽出された件です」
「うん、それで?」
ちょっと前、仁はカイナ村の水の一部に、極々僅かな重曹すなわち炭酸水素ナトリウムが含まれている事に気がついていた。
カイナ村の温泉が炭酸水素塩泉であることからもわかるように、地下水の一部は重曹を含んでいる。
それがどこ由来もしくは何由来なのかを調べさせていたのである。
「氷河のかかる山、その一部から高濃度の重曹を含んだ水が流れ出していました。1リットルからおよそ10グラム、かなりの濃度です。現在、重曹の抽出プラントを建設中です」
「おお、それはいいな」
重曹はふくらし粉、つまり膨張剤として使われる。熱すると分解し、二酸化炭素を出すのだ。その二酸化炭素がパンやケ−キ生地を膨らませるのである。
重曹を入れれば、ホットケーキなどももう少しふっくらと作れるであろう。楽しみな仁であった。
「それから、養鶏場といいましょうか、卵の定期的採取の目処が立ちました」
「おお、そうか!」
卵は料理にもいろいろ使えるので、仁も嬉しい。
「蓬莱島に元々棲息していた鳥で、野鶏に近い種類のようです。柵で囲った広場で飼うと、3日に1個くらい卵を産みます」
「それはいいな。で、保存は?」
「はい、 魔力庫(エーテルストッカー) で保存すれば半永久的な保存が可能です。他の地域で購入した卵では駄目ですが」
自由魔力素(エーテル) を大量に含んだ蓬莱島産の卵だから保存が利くらしい。
「うーん、 自由魔力素(エーテル) について、もっと知りたいものだな……今度、サキとも相談してみるか」
この世界に有って地球にない要素、 自由魔力素(エーテル) 。
だが 自由魔力素(エーテル) に関してわかっていることはあまりにも少ない。先代から受け継いだ知識の中にも、 自由魔力素(エーテル) についての詳しい情報はなかったのである。
老子との話はそのくらいにして、仁はカイナ村へと戻った。今度は二堂城へ行く。なかなか忙しい。
シェルターから出て二堂城に足を踏み入れると、甘酸っぱい匂いが漂ってきた。と同時に、
「きゃああ!」
突然叫び声が聞こえた。
「あれは?」
「ベーレさんの声ですね」
礼子が声を聞き分け、ベーレのものだと言った。何事が起こったのか、と仁は訝しんだ。
「おーい、どうした?」
声が聞こえてきたのは台所である。足早に仁がそこへ向かうと、焦った顔のベーレがいた。横にはミーネが付いている。
「ジン様、お帰りなさいませ」
落ち着いて仁を迎えるミーネに比べ、ベーレはあわあわと落ち着きが無い。
「どうしたんだい、ベーレ?」
仁が再度尋ねると、ベーレは申し訳なさそうな顔をして白状した。
「そのう、先日作っていたマーマレードが美味しそうだったんで、こっちでも作ろうと思いまして、シトランで作っていたんですが……」
俯き、上目遣いでジンを見つめるベーレ。叱られている子犬のようだ。
「……焦げ付かせてしまったんですよ、ジン様」
言い淀んだベーレの代わりにミーネが答えた。
良く良く見れば、軽銀製の大鍋がコンロに載っていて、そこから甘ったるい匂いの中にもどこか焦げ臭い臭いが漂っている。
仁は理解した。油断して焦げ付かせてしまったのだ。
砂糖を入れてからはかき混ぜ方が悪いと、焦げ付いてしまうのだ。
「大丈夫だよ。中身を別の鍋に空けて、焦げ付いた鍋は俺がきれいにしてやるから」
涙目のベーレを慰める仁。礼子に指示し、できかけのマーマレードを別の鍋に移してもらった。
「うーん、これは……」
鍋の底に焦げ付いたマーマレードを見た仁は、あることに気が付いた。コンロのヒーター部分の形のままに焦げたマーマレードがこびりついていたのだ。
これは、鍋の材質の熱伝導性が悪い事に起因する。
仁も、その昔、ステンレスの鍋で何度か煮物を焦げ付かせたことがあったからわかる。熱伝導のいいアルミ鍋だと焦げ付きは起こりにくいのである。
「そうか、軽銀は熱伝導性が悪いもんな」
煮詰めていても、鍋の上の縁は何とか触れるくらいの温度である。という事実から、軽銀は熱を伝えにくい、ということがわかる。
「せっかく作った鍋なんだがな……」
使い勝手が悪いのは残念である。何とか改良できないかと仁は考えた。
「熱伝導が良くなりさえすればいいんだから……そうか、貼り合わせればいいんだ」
複合材とか積層材というあれである。
「えーっと、ダイヤモンドってたしか熱伝導性良かったんだよな……」
テレビショッピングで、ダイヤモンドコーティングしたフライパンのCMを見た覚えがあった。
「だったらダイヤモンドを軽銀でコーティングしたらいいんじゃないかな?」
ダイヤモンドは蓬莱島地下に沢山蓄えられている。
そもそもダイヤモンドは、熱と圧力によって作られるので、蓬莱島地下からかなり産出されていた。が、仁はあまり使っていない。というのも、硬すぎて他のものに傷を付けてしまいやすいことと、地球でのイメージ、つまりダイヤモンドは高価だ、という意識に引っ張られているのだろう。
「うん、常識に囚われていてはいい作品は作れないな」
そう自分に言い聞かせると、礼子に頼んでダイヤモンドを500グラムほど持って来てもらう事にした。
「はい、お父さま。お任せください」
一言礼子は答え、風のように駆け出した。ほとんど音もさせずに二堂城を飛び出し、シェルター経由で蓬莱島へ行き、老子が用意していたダイヤモンドを受け取ると、またすぐに戻ってくる。所用時間約3分という早業である。
「ありがとう、礼子」
仁はそう言って礼子の頭を撫でる。触覚を持ってから、礼子は一層仁に撫でられるのが嬉しいようだ。
「よし、これを使って鍋を作る。……『 変形(フォーミング) 』。……」
数工程を経て、ダイヤモンドを軽銀のごく薄い層でくるんだ鍋が完成。一体いくらになるのか見当も付かない。見かけは鈍い銀灰色の鍋である。
仁はベーレを呼んだ。さっきまでシトランマーマレードを煮詰めていたのだが、ようやく完成して火を落としたところだったので、ベーレはすぐにやってきた。
「はい、ジン様」
「こんどからこの鍋を使ってごらん」
仁は出来たばかりの鍋を手渡した。
「えっと、何か違うんでしょうか?」
マーマレードが焦げ付かないように一所懸命掻き回していたベーレは、仁が何をやっていたのか気付いていなかった。ミーネも同じである。
「うん、ちょっと改良して焦げ付きにくくしてみたんだ」
「わあ、そうなんですか。ありがとうございます!」
どういう構造か、と言うようなことには興味無いベーレは、ただ素直に鍋を受け取った。仁がわざわざ改良してくれた、それだけで嬉しいのである。
「頑張って美味しい料理作りますね」
そう言って微笑むベーレ。その笑顔に仁もほっこりするのであった。