作品タイトル不明
12-38 理論屋の日々
ラインハルト、ベルチェ、サキの3人を正式に蓬莱島ファミリーとして受け入れて3日が過ぎた。
その間、それぞれ楽しんでいることは言うまでもない。
ラインハルトは、かねてより作りたがっていた外輪船を完成させたし、サキはさまざまな素材についての知識を増やしていた。
エルザはといえば、掃除機、冷蔵庫、ライター、ポップコーン製造器、蒸留器、魔導ランプ……と、仁が今まで見たり作ったりした魔導具を製作して経験を積んでいた。
魔法工作士(マギクラフトマン) でも錬金術師でもないベルチェはどうしていたかというと、5色ゴーレムメイドのペリドリーダーに師事し、さまざまな料理を学び、レパートリーを増やしていたのである。
エドガーやアアル、ネオン、そしてノワールもただじっとしていたわけではない。
エドガーは老子に、アアルはバトラー1に、ネオンはソレイユとルーナに。そしてノワールはランド1にいろいろと教わっていたのである。
「うーん、ジン、ここの開発環境は最高だ!」
タツミ湾で外輪船のテストをして戻って来たラインハルトが嬉しそうに言った。とりあえず、外輪船を駆動するのはマリン50と51に頼んでいる。
「もう普通の工房では満足できそうもないよ……」
苦笑いしながら呟くラインハルト。昼間は工房に入り浸っているが、夕方から夜はベルチェに引きずられてちゃんと休息は取っているようだ。
「レーコちゃん、ちょっと相談に、乗って?」
エルザは礼子と何やらまた始めるようだ。最近の礼子はエルザの相談に時々乗ってやっていて、エルザも頼りにしていた。
「なんでしょう?」
「うん、今度は魔導具ではなく、アクセサリーを作ってみようと思うんだけど……」
「わかりました、デザインですね」
礼子には老君経由で、 第5列(クインタ) が調べてきた世界各地の情報が記憶されている。
その中には、貴族女性の間で流行りのデザインなども含まれていた。
「ジン、相談があるんだが、いいかな?」
サキは仁たち 魔法工作士(マギクラフトマン) とは異なる視点から物事を見るので、仁も面白いと思っている。
そんなサキが着ているのは白衣だ。仁が 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸で織られた布で作ってプレゼントしたもの。汚れもつきにくいし、丈夫である。
見た目はマッドな女研究者。眼鏡が似合いすぎている。
「何だい?」
「うん、工学魔法についてなんだがね。工学魔法というのはいったい何だろうね?」
「ん? ……そうだな、 魔法工作(マギクラフト) に使う魔法、だろう?」
至極あたりまえの答えであるが、それではサキは満足しなかった。
「いやいや、聞きたいのはそんなことではなくてだね、うーん、それじゃあ質問の仕方を変えるか」
サキは水晶製の窓から表を見ながら口を開いた。
「ジンやエルザ、ラインハルトたち 魔法工作士(マギクラフトマン) は、『 変形(フォーミング) 』という魔法を使えるだろう?」
「ああ、そうだな。あれは工学魔法だからな」
「 変形(フォーミング) を使えばアダマンタイトでさえ加工出来るよね?」
「うん」
「アダマンタイトは知られる限りで最も硬い金属だ。魔力に関して不干渉だし。その形を変えられるということは、ものすごく強力な魔法なのかな?」
「そういうことか……」
仁はサキの言いたいことを理解した。
例えば、アダマンタイトを曲げるには途方もない力を必要とする。だが、 変形(フォーミング) という魔法は僅かな魔力でそれを可能にしている。それは何故か?
「うーん、あまりそこまでは考えてはいなかったが……」
仁も、魔法についての仮説を立てたことはある。それを頭の中でもう一度まとめて、説明することにした。
「 変形(フォーミング) は、物質の原子や分子に働きかけて、その結合力を弱めてから形を変えているらしいんだ」
「よくわからないが、一旦軟らかくしてから形を変えている、ということでいいのかい?」
サキには原子や分子、結合力という意味が良くわからなかったようだが、概念は掴んでくれたようだ。
「そうしたら、ある意味 変形(フォーミング) というのは最強魔法の一つじゃないのかい? 剣でも鎧でも、城壁だって、その形を変えられてしまっては役に立たなくなるよね?」
「うーん、だがそう上手くはいかないんだ。まず、術者が手で触れている必要がある。そして、加工出来る大きさは術者の魔力に比例する」
「ふむふむ、つまり、要接触、そして対象が大きくなるほど魔力が必要になる、ということだね」
「ああ。そして、発動にやや時間がかかるんだよ。触れて、魔力を流して、形を変える。この手順が面倒でね。火魔法を放つようなわけにはいかないな」
仁は例外として、普通なら、斬りかかってきた剣を 変形(フォーミング) で曲げる、というような芸当は無理ということだ。また、城壁を加工して通路を作る、ということも同じく魔力量の関係で無理。
「なるほど、よくわかったよ。ありがとう」
こんな会話がちょくちょくかわされているのだ。
それが1日目のことだった。そして2日目には。
「ジン、生物には工学魔法が効かないというのは本当かい?」
これもまたサキからの質問である。
「ああ、そうだな。例えば、立木には 成形(シェーピング) は効かない。 風の刃(ウインドカッター) とかで切り倒すのはできるのにな」
「なら、どの段階から 成形(シェーピング) が効くようになる? 切り倒してしまえば出来るのかい?」
「うん、できる。枝でも幹でも、切り離してしまえば 成形(シェーピング) で加工出来る」
仁の答えを聞いたサキは俯き沈思黙考。たっぷり1分間考えた後顔を上げた。
「立木と材木の線引きはひとまず置いておくよ。……そうすると、立木に 成形(シェーピング) ができない理由は何だろうね?」
今度は仁が考え込む番だった。が、仁は30秒も経たずに一つの仮説を思いつく。
「 成形(シェーピング) や、この前話題になった 変形(フォーミング) は、 魔力素(マナ) でなく 自由魔力素(エーテル) に作用しているんじゃないかな?」
この世界の生物は例外なく 魔力素(マナ) を持っている。 自由魔力素(エーテル) を取り込んで、体内で 魔力素(マナ) に変えるのだ。
魔力素(マナ) は生物の中を循環しているらしい。この循環した 魔力素(マナ) があるうちは、工学魔法が効かないのではないか、と仁は自説を披露した。
「ほほう! すごいよ、ジン! それはまったく新しい説だ! すると、 魔法技術者(マギエンジニア) …… 魔法工作士(マギクラフトマン) になるには、 自由魔力素(エーテル) を操れるかどうか、という条件があると言ってもいいな!」
こんな調子である。
3日目のサキはといえば。
「ジン、一つ面白そうな実験を思いついた。協力してくれないかい?」
サキがそんな提案をしてきた。
「何だい?」
サキはいつも面白い発想をしてくれる。今回も面白そうだ、と仁は内心、期待しながらサキの説明を待った。
「 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を溶かせないかと思ってね」
「何!?」
地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸は強靱無比だ。但し、糸状であることは使いやすい反面、使いどころが限られる。
「なるほど……」
ナイロンという樹脂がある。正確にはポリアミド樹脂。『鋼鉄よりも強く、クモの糸より細い』といわれたポリアミド樹脂の一種、66ナイロン(ナイロン66)は有名。
そしてポリアミド樹脂は、繊維だけでなく、樹脂本来の使い方であるプラスチックとしても使われている。
「天然樹脂として使えないかと言うことか。気が付かなかったな」
仁も大乗り気である。
「 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸は普通の魔法は効かないんだろう?」
サキの質問は的を射ている。 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸は、最上級の炎魔法でも燃えないし、融けない。
「 地底蜘蛛(グランドスパイダー) は 自由魔力素(エーテル) を食料としていると言ったね? ということは、 地底蜘蛛(グランドスパイダー) は 自由魔力素(エーテル) の塊と言っていいんじゃないか?」
それは仁も思っていたことである。 自由魔力素(エーテル) だけで育つからには、その身体も 自由魔力素(エーテル) で出来ているに違いない。
「お父さま、以前ルーナが、死んだ 地底蜘蛛(グランドスパイダー) を調べたことがあると言ってました」
思わぬ時に礼子が、思わぬ情報をもたらしてくれた。
「 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の寿命はものすごく長いらしいですが、巣にしている穴が崩れ、押し潰された個体がいたそうです。で、素材に使えないかと持ち帰り、調べたそうです」
「そ、それで! 早くその先を!」
勢い込んで詰め寄ったのはサキである。礼子はそんなサキにも左右されず淡々と説明を続ける。
「それによりますと、身体の8割に 自由魔力素(エーテル) が含まれていたそうです」
蓬莱島のペルシカにも 自由魔力素(エーテル) は多量に含まれている。それと同じ事が 地底蜘蛛(グランドスパイダー) にも言えるらしい。
「 自由魔力素(エーテル) が形を変えて糸になっている、という例えが近いかもな」
仁がそう口にすると、サキもそれに賛成する。
「その可能性は高いな! 普通の魔法では不可侵であるということからも、それが裏付けられるんじゃないか?」
と、ここで、話が少し逸れている事に気付く2人。元々は 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を溶かす話だったのだ。
「くふ、ジンとの議論は楽しいからね。つい熱が入ってしまった」
「えーと、 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を溶かす、ということだったよな? 『 融合(フュージョン) 』で糸と糸をくっつけられるんだから、可能なはずだ。礼子、 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を少し持ってきてくれ。布の 端布(はぎれ) でもいい」
「はい、お父さま」
礼子が持ってきたのは、サキの白衣を作った時に出た 端布(はぎれ) 。
「ちょっと待てよ。……うーんと、ここをこうして、と……よし、『 融解(ディソルート) 』。『 変形(フォーミング) 』」
融合(フュージョン) を改造してオリジナルの 融解(ディソルート) にしてしまった仁を見て、サキは飛び上がらんばかりに驚いたが、なんとか抑え、今一番問題にしている、 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を溶かすという、その行為を注視した。
融けた 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸は半透明で、それを仁は 変形(フォーミング) で平たいシート状に延ばしていったのである。
「出来たね、ジン!」
「ああ、上手くいったな」
サキは自分の考えが実現したことに。そして仁は、 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸の新たな可能性を見つけたことに。それぞれはしゃぐサキと仁であった。
* * *
最後に蛇足ながら。
「ジン様、ここのお手洗い、是非我が家にも導入したいですわ!」
「ジン、ジン! あのトイレはいいものだね! 向こうに帰ったら早速取り付けて貰いたいよ!」
温水洗浄便座に加え、脱臭・殺菌・分解と揃ったトイレに夢中になる者が約2名増えていた。