作品タイトル不明
12-36 ファミリー
「あー、少しひりひりするかな」
館の温泉に浸かりながら、ラインハルトはそんなセリフをこぼした。
海から帰ってきた一行は、潮風でべたついた身体をきれいにするべく、まだ明るいが温泉に浸かっていた。
因みに、増設した男女別の露天風呂である。
蓬莱島産の御影石(花崗岩)で組まれた岩風呂に掛け流しのお湯が溢れている。
違う源泉から出たお湯で、この露天風呂は重曹を含む単純泉であったから、肌には優しい。
温度もぬるめで、日に焼けた後にも入浴出来る。
日焼けが酷ければ、『回復薬』等で治療できるのであるが、今回はそこまでではないので、特に何もしてはいない。
が、女性達が言ってきたら、いつでも用立てる準備は調っていた。
「気持ちいいですわね」
「まったくだね。温泉、というのはいいものだよね。バンネにも出ないのかな?」
「深く掘れば、大抵のところで温泉は出る、らしい」
それぞれベルチェ、サキ、エルザ。女性用露天風呂に仲良く浸かっている。
ベルチェは、露天風呂ということで最初は躊躇っていたが、一度お湯に入ってしまうと、その開放感が心地よく、すっかりリラックスしている。
「しかしいつ見ても、ベルチェ嬢、いやラインハルト夫人の胸は反則だと思うのだがね。いったい何が入っているのやら」
「えーと、脂肪と乳腺、だったと思う」
素でそんな答えを返すエルザにサキは聞き返す。
「しぼう? にゅうせん? 何だい、それ?」
「脂肪は要するに脂身のこと。乳腺はお乳を出す分泌腺」
「ぶんぴつせん?」
エルザが口にする専門用語に首をかしげるサキ。
「エルザさん、すごいですわ! お勉強されたのですね!」
ベルチェは素直に感心している。
「ジンはそんな事まで教えてくれるのかい……いったい何者なんだ?」
「ジン兄はジン兄。私の口からは言えない。詳しくは本人から聞いて」
一方、男湯。女湯と隣り合ったりしてはいないので、会話が聞こえてくることはないし、うっかりで覗いたり等もできない。
「エルザを帰国させるタイミングとしたら、やっぱり『技術博覧会』かな」
「『技術博覧会』?」
ラインハルトが口にした単語について、仁は詳しい説明を求めた。
「技術博覧会というのは、ショウロ皇国内や、交流のある国の技術者が集まって、その成果を発表し合う場なのさ」
この技術者というのは、 魔法技術者(マギエンジニア) に限らないという。錬金術師も含まれるし、普通の 造船工(シップライト) や 建築家(アルヒテクト) なども参加するそうだ。
もちろん普通の工芸家なども。
「それは面白そうだな。で、いつ行われるんだ?」
「開催日は夏至から3日間と決まってる。ここで、前に話に出た『 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) 』などの認定もされるんだ」
「なるほど……ちょっと期日が短いな」
何やら考え込む仁を見て、ラインハルトは助言をする。
「但し、だ。エルザとミーネを保護していたことを、なんで秘密にしていたのか、という理由付けが必要だと思うぞ」
「ああ、そうか……」
少なくとも、ショウロ皇国首都ロイザートでその話を持ち出さなかったというのは不自然である。
「ジンが何らかの意図を持って2人を拉致していたと思われたりする可能性がある。主に旧態依然とした貴族あたりから」
「なるほどなあ……」
ラインハルトに相談して良かった、と仁は思った。こういう政治的な判断が出来る友人は有り難い。
「老君とも相談するか……」
なかなか難しい問題ではあるが、仁は何とかするつもりである。
夕食にもお米のご飯を出してみたが、概ね好評だった。
「うーん、上手く炊くと 禾(のぎ) ……じゃなくて米はこんなに美味しくなるのか」
ショウロ皇国の味覚は和食寄りのようである。そんなところも仁には好ましく思えたのであった。
その夜はさまざまな話題に花が咲き、 和気藹々(わきあいあい) とした雰囲気で夜は更けていったのである。
* * *
朝食後は研究所の案内を簡単に行った。
ベルチェはともかく、ラインハルトとサキは目を爛々と輝かせて覗き込んでいた。
そして、その興味がないと思われていたベルチェが唯一興味を示したことがある。
「ジン様、いただきましたお布団ですが、材料は何ですの? お教えいただきたいですわ」
「え……」
仁は躊躇った。『 地底芋虫(グランドキャタピラー) 』の糸、と言って大丈夫なんだろうか、と。
それで、逆に質問することを思いついた。
「ベルチェ、あなた方が着ている服の多くは絹だと思う。その絹がどうやって出来ているかご存じかな?」
慌てたのでなんだかおかしな口調になってしまったが、ベルチェは口調についてはコメントせず、
「ええ、『糸虫』が出す糸でしょう?」
と答えた。更に仁は質問をする。
「虫の出す糸って気にならないか?」
「ええ、別に? 魔獣の革で服や靴を作る事もありますし、虫は嫌いではありませんわ。チョウとかのきれいな虫は、ですが」
その答えに仁はほっとし、ベルチェの質問に答えることにした。
「それを聞いて安心した。あの布団の素材は 地底芋虫(グランドキャタピラー) の出す糸だよ」
「 地底芋虫(グランドキャタピラー) ?」
聞き返したのはサキだ。
「ジン、君は 地底芋虫(グランドキャタピラー) を知って……いや、もしかしてここにいるのかい? もう絶滅したかと言われている魔獣なんだが」
「ああ、知ってるよ。というか、この島の地下に沢山棲息している」
「ほう! それはすごい! ボクをそこへ連れていってくれ! この目で見てみたい!」
興奮気味にサキが懇願する。が、仁は、以前地下へ行った時に、 地底芋虫(グランドキャタピラー) にのしかかられて以来苦手意識を持っていた。
「うーん、いずれ、な……。というのも、 地底芋虫(グランドキャタピラー) は明かりが苦手で、明るくすると逃げていくんだよ」
とりあえずそんな風に説明しておくことにした。
「ゴーレム達なら真っ暗でも動けるんだけどな」
「そう、か。残念だが、また今度にするしかなさそうだね。見えないんじゃしょうがない」
いかにも残念そうなサキ。が、すぐに気を取り直す。
「それじゃあ他の場所を見せてもらうとしよう」
工房、研究室、資料室、倉庫。極めつけは冷蔵室と冷凍室。
「うーん、改めてゆっくり見ると、やはりすごいとしかいいようがない……」
絶句するラインハルト。そしてサキはと言えば。
「ジン、ここに住みたいよ……」
「構わないぞ」
「えっ?」
元々この研究所は、先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、アドリアナ・バルボラ・ツェツィがここを 魔法工学(マギクラフト) の聖地にしようと作り上げたものだ。
野心に溢れた者や個人的な欲望に 塗(まみ) れた者はお断りだが、志を同じくする者なら、迎え入れるのに否やはない。
あっさりとOKが出た事に面食らうサキ。
「一般人にはここの事を秘密にしてもらえるなら、と言う条件が付くが」
「あ、ああ、それはもちろん、約束する! ジン、ありがとう!」
この日、蓬莱島の住人が1人増えた。
「ジン兄、私は?」
黙っていられなくなったエルザが、仁の服の裾を摘んで尋ねる。
「ん? エルザはもうとっくに住人だろ? 俺の妹分だし、弟子なんだから」
そう言うとエルザの頬がほんの少し赤く染まった。
「あらあらエルザさん、良かったですわね」
「……うん」
気が付いたベルチェにそう言われ、更に頬を染めるエルザであった。
「うく、くそぉ、僕もここに永住したいぞお!」
「あ・な・た?」
叫ぶラインハルトだが、ベルチェに睨まれて押し黙った。
「はは、ラインハルトも、いつでも来てくれて構わないからな?」
仁がそう言って慰めると、しゅんとしていたラインハルトはたちまち元気を取り戻した。
「そ、そうか! いやあ、持つべきものは友達だな!」
ということで、仁たちは1階の食堂に集まり、老君を交えてこれからのことを相談する。
『許可証になるような魔導具をお持ちいただいて、それを感知したら作動するように 転移門(ワープゲート) を調整しましょう』
老君がセキュリティについての案を述べていく。
『中継基地であるしんかい、そこであらためてチェックを行います。もしもサキ様、ラインハルト様、ベルチェ様以外の者が現れたら、しんかいは 転移門(ワープゲート) を破壊します』
「そ、それは怖いな」
ラインハルトはその結果を想像する。『しんかい』という物が何かはよく知らないが、中継基地に取り残されるというのは恐怖だ。
「わたくしも来てよろしいんですの?」
ベルチェの質問には仁が答える。
「もちろん、ラインハルトの奥方だからね。旦那様をしっかり支えて上げて欲しいし」
「ジン様、ありがとうございます」
蓬莱島の秘密を、関係者以外には漏らさないという約束を交わし、ここに蓬莱島ファミリーと言うべきものが誕生した。