軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-22 疲労宴

ラインハルトとベルチェの結婚披露宴会場は活気に溢れていた。

新郎側の親族代表ではラインハルトの兄、レオンハルト。新婦側の親族代表ではベルチェの兄、マテウス。

彼等がそれぞれ簡単な、しかし心のこもった祝いの言葉を述べたあとは、新郎新婦による列席者全員への給仕が始まる。

ラインハルトとベルチェは、2人でワインの瓶を持ちながら、列席者の手にするグラスに注いで回るのだ。

30人あまりの列席者にワインが行き渡ると、いよいよ乾杯である。

「それでは、若い2人の前途を祝して、乾杯!」

ラインハルトの父、ヴォルフガングによる音頭で、グラスが掲げられ、中身が干された。

以降は歓談の場となる。椅子も用意されているが、基本立食パーティー形式だ。

仁とサキは基本壁際で静かにしている。騒がしいのは苦手だからだ。

「これでラインハルトも領主様、か」

眼鏡を外し、ぼんやりと視線を彷徨わせながらサキが呟いた。

「ああ、そういうことになるんだな。外交官の方はどうするんだろう?」

「ベルチェ嬢……いや、夫人がしっかりしているからね、夫不在でも十分代官として務まるだろうさ」

ベルチェは経済観念もしっかりしているし、面倒見もいいからね、とサキは笑って言う。

「……ボクでは到底かなわないよ」

その言葉のあと、笑っているはずのサキの目から一筋の涙がこぼれた。

「……あ……れ……?」

サキは慌てて手の甲でそれをぬぐう。

「おかしいな……? 気持ちの整理は付けたはずなのに……」

拭っても拭っても後から後から溢れてくる涙。それを見た仁は、やっぱり、と思う。

そしてこっそりとサキを脇の扉から外に連れ出した。

「……ラインハルトの事、まだ想っているんだな」

「……うん……そう……みたいだ。……ジン、無様な所を見せてしまったね」

まだ涙を零しながらサキは途切れ途切れに言った。

「俺は一向にかまわないさ。だけど、ラインハルトとベルチェには泣き顔見せるなよ?」

「ふっ、わかってるよ。そんなことしたら、ずっと堪えていたのが無駄になってしまうしね。……エルザ嬢と、ジン、君だけだ、ボクのこの想いを知っているのは」

「え?」

エルザの名前が出てきたので仁は驚いた。

「昔、エルザ嬢にだけ、想いを打ち明けたことがあってね。まだ彼女が12か13の時のことだがね」

昔を思い出しているのだろうか、少し遠い目をするサキ。

「あの頃は、誰かに胸の裡を聞いてもらえるだけで良かった。エルザ嬢は黙って聞き役に徹してくれたしね。まあ、彼女もまだ小さくてどう返事をすればいいのかわからなかったのかも知れないが」

それはあるかも、と仁も内心で同意する。

「いつかまた会いたいものだね」

ようやく涙も止まったようで、サキはまた笑顔を浮かべられるようになる。それで2人はもう一度大広間に戻った。

「あー、サキさん、捜したわよ!」

そこにやってきたのはサキと同じか、少し下くらいの女性だった。プラチナブロンドでグレイの目。プロポーションもなかなかである。

「おや、カレン叔母さん」

「サキさんがラインハルト以外の男性と一緒とは珍しいわね。お見受けしたところ、エゲレア王国の方のご様子。紹介してくれませんこと?」

そういって仁を見つめてきた。

「ああ、こちらはラインハルトの親しい友人で、ジン・ニドー殿。見ての通り、 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) であられる」

「ジン・ニドーです」

ジンは軽く会釈をした。

「ジン、こちらはボクの叔母に当たる人で……」

「カレン・テオデリック・フォン・バナーズよ。よろしくね」

サキの叔母という、その女性はサキが紹介している途中から自己紹介をした。少しせっかちのようだ。

「それからサキさん、その『叔母』はやめてちょうだいな」

「くふふ、わかりましたよ、カレンさん」

「ああ、呼び方はそれでいいわ。それから、その不気味な笑い方、直っていないのね。さんざんお父さま……あなたのお祖父様に注意されたというのに」

「くふ、これはボクの癖みたいなものですからね。そうそう直せるものでもないのですよ」

「まったく、仕方のない人ね」

溜め息と共にそう言ったカレンは、今度は仁に向き直った。

「ジンさん、ご存じかもしれないけど、私は4女、サキは長女の娘。だから叔母と姪になるんだけど、私の方が年下になるのよね」

聞いてもいない事を喋り出すカレン。どうやらこちらも隠し事の出来ない性格をしているようだ。

それによると、サキの母親であるシャーリィ・テオデリック・フォン・モーリーは侯爵が16歳の時の子で、シャーリィが15歳の時、トア・エッシェンバッハと駆け落ち。彼女は16でサキを産み、18の時に他界したそうだ。

一方、カレンの母親は侯爵4度目の妻でエマというそうである。そのエマもカレンが12の時に他界し、侯爵は今独り身だとカレンは言った。

知りたくもない内情を聞かされた仁は少しばかりうんざりしていた。

そこへラインハルトとベルチェがやって来た。

「やあジン、サキ。今日はありがとう。おや、カレン嬢も一緒でしたか」

ラインハルトはカレンとも顔見知りなようだ。

「ラインハルト、ベルチェ、おめでとう。幸せそうで何よりね」

「カレン嬢もお元気そうですね。侯爵もお変わりないですか?」

型どおりの挨拶だが、カレンはちょっと眉をひそめた。

「ええ、最近具合が悪くて痩せちゃってちょっと心配だわ……その上、お父さまは最近機嫌が良くないのよ」

「何かあったんですか?」

「痩せたのはどこが悪いかわからないの。食も細いし……まあそっちはおめでたい席で話す事じゃないわね。機嫌の方は、エルザよ、エルザ。あの子がいなくなっちゃったから、お父さまったら機嫌悪いのよ。……私としては、あの子が母親になるなんて御免なんだけどね。同い年の母親なんて嫌だわ」

歯に衣着せない物言いにラインハルトも苦笑を禁じ得ない。

「姉上方は皆さん嫁いでましたしね、それならカレン嬢が婿を取れば、侯爵ももう新しい奥方の話はしなくなるのでは?」

「でもねえ、あの父の目にかなう殿方もそうはいないのよね。ラインハルトはいい線いってたんだけどね」

そのセリフに真っ先に反応したのはベルチェ。

「駄目です。ラインハルト様はわたくしの旦那様ですわ」

ラインハルトの腕をしっかりと抱き、ベルチェはカレンを睨んだ。

「あはは、わかってるわよ。人の旦那様を取ったりしないわよ。ジンさんもねえ、好みなんだけどサキに取られちゃってるし」

それを聞いたサキは珍しく慌てて否定する。

「カ、カレンさん、ボクとジンはそんな仲じゃ!」

「あら、そうなの? ……じゃあジンさん、私のお婿さんになって下さる? 侯爵家の後継ぎになれるのよ?」

悪戯っぽく笑って言うカレン。本気には見えないが、仁ははっきり否定した。

「残念ですが、権力とか興味無いもので」

「あら、珍しいわね。まあ、いくら 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) と言っても、平民じゃああの父が許すわけ無いものねえ。……サキさん、戻ってくる気ないの?」

平民と言うことで、サキの父親のことを思い出したのだろうか、カレンがそんなことを言い出した。

「ボクは今の暮らしが性にあっているから。侯爵にはそう伝えておいてください」

だがサキは侯爵家に戻る気はさらさらないようだ。カレンは少しだけ残念そうな顔をした。

「そう、やっぱりね。でもあそこは貴方の実家だということだけは憶えておいてね。何かあったら、いつでも頼ってくれていいのよ」

「ええ、そういうことになったら考えますよ」

カレンは、別の者達と話をするため、仁やサキとの話はそこで切り上げた。

「それじゃあまたあとで。まったく、挨拶回りも楽じゃないわ」

カレンが立ち去ったあと、仁は給仕に頼んでフレッシュジュースをもらい、一息に飲み干した。

「おや、お疲れかい、ジン?」

そんな仁を笑いながら見つめるサキ。

「ああ、お疲れだよ。庶民にこういう場所は荷が重いよ」

「うんうん、そうだろうそうだろう。だからボクも貴族なんてなりたくないのさ」

サキも仁と同じフレッシュジュースを貰い、喉を潤した。

その時、小さな声で、だがはっきりと聞こえてきた言葉がある。

「ふん、正妻の子でもないくせに、領地まで貰いやがって」

それを耳にしたサキはその言葉を発した男の元へ、文字通り飛んでいった。

「なんだと! 君、もう一度言ってごらん」

「な、なんだって言うんだよ」

詰め寄られた男はいきなりの事に面食らっていたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、

「ふん、本当のことを言って何が悪い。兄3人は正妻の子だが、あいつの母親は側室じゃないか」

そういって鼻で笑ったのである。

ぱあん、といい音が響いた。サキがその男の頬を思い切り平手で張り飛ばしたのだ。

「な、なにをーーー」

「君に何がわかるというのだい? ヴォルフガング様の奥方、ソフィア様は、16でレオンハルト殿を産み、19の時ウィルハルト殿を、そして21でエルハルト殿を生んだ後、22歳で没された。ヴォルフガング様は幼いご子息のためにも、再婚をお考えになり、ソフィア様の妹君、イゾルデ様を後添いにと希望された。だが、イゾルデ様は、正妻の座はソフィア様ただ1人のものと、敢えて側室という形で嫁がれたのだ。そして生まれたのがラインハルト殿だ。何も知らない癖に知ったような口をきくんじゃあない」

まくし立てるようなサキの言葉に相手の男も呆気にとられていた。が、最後の抵抗とばかりに、

「ふ、ふん、俺はギュンター・キルホフ・フォン・ダスト。キルホフ子爵家の跡取りだぞ? そんな口をきいていいのか?」

などと地位を持ち出した。

「ああなるほど、キルホフ子爵家の息子かい。くふふ、そういえば出来の悪い息子がいると子爵から聞いた事があったね」

「な、なに?」

サキはにやりと笑うと、

「君が名乗ったのだからボクも名乗ろうか。ボクはサキ。サキ・テオデリック・フォン・シルバだ」

はっきりと侯爵家としての名を名乗ったのである。慌てたのはギュンター。

「テ……テオデリックって……」

その家名を聞いて青ざめる。

「くふ、そうさ、ボクは君の主家筋の者だよ」

「し、失礼しました! 数々の暴言、お許しください!」

2メートルほども跳び下がり、床に着くほど深く頭を下げたギュンターだが、サキは冷たく言い放つ。

「君が謝るべきはボクじゃない。この場にいる全員だ。わかっているね?」

「は、はい!」

ギュンターはもう一度頭を下げると、

「み、みなさま! 先ほどは、何も知らない自分の暴言で不愉快な思いをさせてしまい誠に申し訳ないことを致しました!」

大声でそういって、そそくさと広間を出て行ったのである。

「……ふう」

その後ろ姿を見送ったサキは、ギュンターがいなくなると深い溜め息をついた。そんなサキに真っ先に言葉を掛けたのはカレン。

「サキさん、かっこよかったわよ。そうね、あんな時は堂々と家名を名乗っておやりなさいな」

次は仁。

「サキ、やるなあ。何と言うか……男前?」

「ああ、ジン、女性に対してそれは褒めているのかい?」

仁は笑うしかない。

「あ、あはは……」

そして最後はラインハルトとその母、イゾルデ。

「サキ、僕の代わりに言ってくれてありがとう」

「私は何を言われても平気ですが、サキさん、息子のために怒って下さってありがとうございます」

「い、いえ……」

今更ながらに照れて頭を掻くサキ。

そんな彼女を見て仁は、ラインハルトとその母の名誉のために怒り、あれほど嫌っていた家名まで出して貴族をやり込めたことに感心していた。

同時に、サキは信頼に足る人間だ、との思いを深めたのであった。