軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-21 閑話21 そのころビーナ

エゲレア王国南部の都市、ブルーランド。

ブルウ公爵が治めるこの城塞都市は、仁が初めて自分の意志で訪れた街であった。

そこで出会った赤毛の少女、ビーナ。 魔法工作士(マギクラフトマン) でもある彼女と知り合い、仁はしばらくブルーランド郊外で商売の手伝いをして過ごしたもの。

終いには、ガラナ伯爵の嫌がらせを仁がはね除け、そのままおさらばしたといういわく付き。

その後、ラインハルト一行と一緒に再訪した仁は、クズマ伯爵、ビーナらと共にエゲレア王国首都アスントへ行き、そこで開催されたゴーレム 園遊会(パーティー) にも参加した。

その際、クズマ伯爵はビーナに求婚。ビーナもそれを受けたのであった。

「違います、そんなにスカートの裾を摘み上げてはいけません」

「はーい」

「返事ははい、と短く!」

「……はい」

ビーナは今、行儀作法の特訓中であった。

エゲレア王国では、地方貴族のうち有力な者は国政にも参加している。

1年のうち3ヵ月間王都へ赴き、役割を果たすのが通例だ。

そしてこの年の4月から6月いっぱい、クズマ伯爵は王都へ行く予定であった。が、4月に起きた国家規模の争乱により、4月はまともに王都が機能していなかったため、5月、6月の2ヵ月間が事実上の任期となる。

因みに、ガラナ伯爵はまだ国政に参加できる実績を上げていない。

「違います! テエエを飲む時は、左手でソーサー(皿)を持つのです」

「……はい」

「ああもう、カップは持つのではなく摘むようにするのですよ!」

「……はい」

厳しい言葉でビーナを指導しているのは侍女長のマルーム。歳は30代後半、ルイス……現クズマ伯爵が幼いころからクズマ伯爵家に仕えている古株である。

普段の落ち着いた雰囲気とは裏腹に、ビーナへの指導は苛烈である。

「そんなに音を立ててカップを置いてはいけません!」

「……はい」

ビーナも我慢して指導を受けていた。

「……ああ、疲れた……」

夜、自室に戻り、ベッドに身体を投げ出すビーナ。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

隣の部屋から心配そうな声。弟のラルドである。

「うん、大丈夫よ。ちょっと疲れただけ。あなたたちも疲れてるんでしょ?」

「僕らは大丈夫」

ポップコーン製造器をガラナ伯爵に売却して以来、庶民の間で再販の声が高まったらしく、クズマ伯爵の肝煎りで、ポップコーン製造器をビーナが作製。

そしてポップコーンの販売をビーナの弟妹、ナナとラルドがやっていたのである。

「今日も全部売れたしね」

クズマ伯爵がバックに付いているということを公言しているため、まだ小さい2人でもやっていけている。

もっとも、ポップコーンを作るのは製造器があれば簡単なので、あとは販売と売り上げの管理だけだ。

販売用のテーブルや製造器を運ぶには2人では重くて無理なので、伯爵家から日替わりで侍女や執事、私兵たちが付き添っている。

このおかげでトラブルもなく、毎日それなりの売り上げを得ていた。

実は付き添いの者達の日給よりも売り上げの方が少ないのだが、これはクズマ伯爵が行っている領民へのサービスなので問題ない。

加えて、ビーナにベタ惚れの伯爵が、彼女の、まだ小さい弟妹に何かあったら拙いとの思いから同伴させているのである。

「まだ5日目だけど、お馴染みさんも出来たし、毎日が楽しいよ」

「そう、よかったわね」

かつて仁と一緒に始めたポップコーン販売。後を引くその味覚に惹かれてお客が大勢訪れ、同時に販売していたライターや温水器を買ってもらったのは懐かしい記憶である。

「……まだ4ヵ月くらいしか経っていないのにね」

それからおよそ1月後、再会した仁に、彼の拠点であり家である崑崙島に招待されたのもいい思い出である。

「ジン、今ごろ何してるのかしら」

* * *

「違います! ステップはもっと軽やかに、足裏を床からほとんど浮かしてはいけません。相手の足を踏んでしまいます」

「はい」

「そう、いい感じですよ。あとは視線ですね。足元を見るのではなく、相手の胸元を見つめるように」

「はい」

この日はダンスの稽古であった。ビーナは、運動神経はそこそこ良いのか、行儀作法よりは余程飲み込みがいい。

その日は1時間ほどの稽古を行った。

「掃除はもっと静かに! 埃が立ってしまいますよ!」

ダンスの稽古を終えると、次は掃除の指導である。

「貴族だからと掃除が出来ません、などと言ういいわけは通りません。それは夫君の評判を落とすことに繋がります」

執事も侍女もいない場合、奥方がすべて夫君の世話をしなければならない。ゆえに奥方は家事一切をハイレベルでこなせなければならない、とマルームは言った。

どちらかと言うとせっかちなビーナは、この掃除の指導の時が一番苦手であった。

「はい、そこでひっくり返して! ……ああ、駄目です、そんな強引にやっては。 ……ほら、形が崩れてしまいました」

掃除の指導が済めば、今度は料理である。今、ビーナが作っているのはプレーンオムレツ。奥が深い料理である。

作り損なったものは、全て使用人たちの口に入る(食べられる状態という但し書きが付くが)。

朝は6時に起こされ、夜は8時まで稽古、稽古。

若いビーナもくたくたである。

1日の終わりに入浴が許されるが、それもまた稽古の対象とされた。

「浴室では、他の貴族の婦人たちとご一緒することもあります。ちゃんとタオルで前を隠し、身体にお湯を掛ける時は周囲に気を配り、飛び散ったお湯を他人様に掛けないように」

「はい……」

「浴槽の中でははしゃいではいけません。入る時、出る時はお湯が飛び散らないように心掛けるのです」

「はい……」

疲れを取るために入浴しているはずなのに、余計に疲れるビーナであった。

「ああ、疲れた……」

そのうち、寝方まで指導されるのではないかと勘ぐりたくなるビーナである。

そして、それは現実となる。

「いいですか、寝室では、夫君より先に寝てはいけません。夫君が床に入ってから、『失礼します』と断って横になるのです」

「……」

寝方まで注文付けられたビーナは切れる寸前であった。

だがその日はなんとか堪え、自室に戻った。

その自室、テーブルの上に伯爵からの手紙が載っていた。

クズマ伯爵は、週に一度、こうして王都から、ビーナへ手紙を送ってくれていた。

『愛するビーナへ

元気でやっていますか。私は今、王国の年間予算の見直しで忙しい毎日です。

先日のゴーレム 園遊会(パーティー) 事件、それに 統一党(ユニファイラー) 騒動で、内情が厳しいのです』

……まずは自分の日常の紹介に始まり、王都での色々な出来事が綴られていた。

『ビーナも毎日、行儀作法などの習得で大変だと思いますが、7月には帰りますので、待っていて下さい。

私も、ビーナに会える日を心待ちにして、毎日の激務をこなしています。

それでは身体に気を付けて。

首都アスントより、愛を込めて。ルイス・ウルツ・クズマ』

「……ふう」

ビーナの枕元にある手箱には、こうした手紙の束が入っている。

辛い時、悲しい時、嫌になった時、手紙を読み返しては元気を貰っているのだ。

だが、何と言っても、届いたばかりの手紙を読むのが一番嬉しかった。

「……明日も、頑張ろう」

そう自分に言い聞かせて、ビーナは眠りに就いたのである。