作品タイトル不明
12-18 いちばんに
もうカイナ村では夕方になったころなので、仁たちは急いで戻ることにした。
まだエルザは単独で 転移門(ワープゲート) を使う許可をもらっていなかったから、エドガーは礼子と、仁はエルザと手を繋ぎ、 転移門(ワープゲート) をくぐった。
「あ、ほにーひゃん、エルサほねーひゃん、おかへりなはい」
歯抜けの声でハンナが出迎えてくれた。そのハンナは、礼子に手を引かれているエドガーを見てびっくり。
「……だれ?」
「ハンナ、この子はエドガー。エルザが作った 自動人形(オートマタ) だ。言うなれば、礼子の従弟さ」
その説明でハンナも何となく理解できたようだ。
「そうなの? エドガーっていうんだ。あたひハンナ、よろひくね!」
「はい、ハンナ様、よろしくお願いいたします」
その堅い言葉にハンナは顔を顰める。
「エドガー、『さま』ってつけらへるのなんかやだ」
エルザも同意する。
「エドガー、ハンナちゃんはハンナちゃん。そう呼んであげて」
「はい、わかりました。……ハンナちゃん。……これでいいですか?」
「うん、それでいい」
ハンナとエルザが同時に頷いた。
「お帰りなさい、ジン様。エルザも……その子は?」
「ああ、この子はエルザが作った 自動人形(オートマタ) でエドガーさ」
それを聞いたミーネは目を丸くした。自分の娘が、いつの間にかこれほど高度な 自動人形(オートマタ) を作れるようになっていたとは。
「エルザは才能あると思うよ」
仁は付け加えた。
「そ、そうなんですか?」
「うん、もっと早くから、と思わなくもないけど、今からでも十分な技術を憶えられるさ」
「……エルザの父親は、あの子が少し大きくなると、貴族としての教育ばかりさせて、才能を伸ばそうとかいう考えはこれっぽちも無かったですから」
切なそうな顔をしたミーネ。そこに当のエルザから声が掛けられた。
「母さま、ジン兄、どうしたの? 早くきて」
仁とミーネ以外、もう家の中に入ってしまっていた。
夕食後、あらためて仁とエルザはエドガーを紹介する。
「俺はほとんど手を出していない。そばで少し助言したのと、おかしな所がないか確認しただけだ。だからエドガーは間違いなくエルザの作品だよ」
「すごいね! エルザおねーひゃん!」
ハンナは手放しで称賛したし、マーサも感心した顔。
「そうすると、サラはもっとマーサさんやミーネの手伝いに専念出来るな」
今のところ、ミーネ自身が働き者なので、マーサ宅専用ゴーレムメイド、サラの出番は少ない。
まあ、半分は護衛の意味もあるので当分この体制は維持するつもりの仁であった。
* * *
明けて5月30日。
翌日はラインハルトとベルチェの結婚式である。なので、夕方にはショウロ皇国へ戻る予定の仁であるが、この日は時間いっぱいハンナと遊んでやるつもりだった。
「ほにーひゃん、こっひ!」
ハンナはミント、ジンはコマに乗り、山へ行ってみる。礼子は仁の前に乗っていた。
以前一緒に薬草を採りに行ったあの山だ。
「ほにーひゃんとくるの、ひさしぶりだね」
「ああ、そうだな」
眼下にカイナ村が小さく見える。初夏の風が心地いい。
仁とハンナは、ゴーレム馬を並べ、暫く無言で景色を楽しんでいた。
「……エルザほねーひゃんて、えらいよね」
「え?」
突然ハンナがそんなことを言い出したので仁は面食らった。
「むらにきたばっかりのときは、なんだかたよりないかんじだったけど。おりょうりもへただったひ」
それまでは子爵令嬢として過ごしてきたのだから無理はないだろう。
「でも、いっひょけんめいおりょうりおぼえて、おそうじとか水くみもやってくれて」
「……」
「おべんきょうもおひえてくれるひ、まほうだってつかえるひ。このごろ、ほにーひゃんのいないときでも、まいにちおそくまでこうぼうでれんひゅうひてるひ」
自分の知らないエルザの一面。それをハンナが語っている。仁は聞き耳を立てていた。
「あのね、ほにーひゃんのやりたいこと、やらせてあげてって言ったのもほねーひゃんなの」
それは何となく知っていたが、ハンナの口から聞くと、やっぱりその心遣いが嬉しい。
「……だから、ね」
ハンナはそこで考えを纏めるように、一旦言葉を切ってからもう一度話し始める。
「あたひも、がんばんなきゃなあ、って」
「ハンナ?」
「ただほにーひゃんにあまへるだけじゃなくって、ほにーひゃんをてつだってあげられるように」
そう言ってハンナは花のような微笑みを浮かべた。
「まだあたひちいさいから、なにができるかわからないけど、いっぱい、いっぱいべんきょうひて、もっとおおきくなったら」
ハンナの瞳には真剣な光が宿っていた。
「……ほにーひゃんのいちばんになれるように」
そう言うとハンナは真っ赤になり、ミントから飛び降りて走って行ってしまった。仁は呆気にとられるばかり。
「お父さま、ハンナちゃんを追いかけて上げてください」
礼子にそう言われた仁はコマを降り、ハンナを追いかける。
なだらかな山頂付近には草原が広がっている。ハンナはその中を走っていた。
「ハンナ!」
名を呼びながら追いかける仁。ハンナは振り向くと足を止めた。
「ほにーひゃん!」
そして今度は仁目掛けて走り寄り、仁の腕の中に飛び込んだ。そのまま二人は柔らかな草の上に倒れこむ。
「ほにーひゃん……」
仁はそんなハンナの頭を優しく撫でた。ハンナは頬を染め、嬉しそうだ。
「ハンナ、ありがとう」
そんな言葉しか言えない自分が少し残念だったが、仁は暫くハンナと一緒に、草の匂いと初夏の風を楽しんだのである。
礼子は遠くから、そんな2人を眩しそうに見守っていた。
* * *
カイナ村とショウロ皇国地方都市のバンネとは時差3時間くらい。仁が約束の時間に戻るには、夜の9時くらいにカイナ村を発てばいい。
それで仁は、昼間の間、目一杯ハンナと遊んだのであった。
そして夜の9時少し前。
仕度をすませた仁は家の前にいた。
「それじゃああとのことは頼んだよ」
「ジン様、ラインハルト様によろしく」
ミーネが仁の世話になっていることをラインハルトは知っているが、ベルチェは知らない。ラインハルトと相談の上、知らせる、ということになるだろう。
仁としては、出来ることなら新婚旅行がてらカイナ村に連れてきたいと思っているのだが。
「ジン兄、お祝い、お願い」
エルザの作ったマスコット人形はきちんと梱包して礼子に持ってもらっている。
「ジン様、帰って来たと思ったらまたお出掛けですかー」
バロウとベーレも見送りに来ている。今回、『 転移門(ワープゲート) 』の存在を2人に教えることにしたのだ。
仁と一緒でなければ使えない、とか、受け入れ側が特定の場所にしか無い、というような限定的な情報と共に。
「ジン、気をつけて行っておいで」
マーサは相変わらずの仁を見て笑っている。
「ほにーひゃん、いってらっひゃい」
そしてハンナも笑って仁を見送っていた。その抜けた前歯の後には、可愛らしい永久歯が生え始めていた。
「行ってきます」
仁は工房地下の 転移門(ワープゲート) から一旦蓬莱島へ(中継基地しんかい経由で)跳び、あらためてショウロ皇国にある馬車へと転移したのであった。