作品タイトル不明
12-01 トスモ湖へ
ショウロ皇国首都において、女皇帝陛下にも認められ、国賓となった仁。
彼は、カイナ村、ひいてはクライン王国、いやこの世界に広まっていたかもしれない『魔力性消耗熱』対策のために、ある計略を用いた。
それは仮病を使い、身代わり人形を代わりに寝かせておいてカイナ村へと一時的に戻って事態に対処するというもの。
それも無事済んだ5月20日朝。仁がカイナ村を離れる日である。
「こんどはちょっと長くなるかもな」
仁の私邸である工房前で、仁は『家族』に別れを告げていた。
「おにーちゃん、いってらっしゃい」
ハンナは素直に仁を見送った。
「それじゃあエルザ、スミスAを残していくから、 魔法工作(マギクラフト) でわからない事があったら聞いてくれ」
仁不在でも、エルザが 魔法工作(マギクラフト) を学べるように、 職人(スミス) ゴーレムを1体、カスタム製造して置いていくことにしたのである。
「ん。頑張って練習する。……いってらっしゃい」
エルザは若干寂しそうな顔で、それでも微笑みながら仁を送り出してくれた。
「ジン様、お気を付けて。バロウとベーレのことはお任せ下さい」
ミーネはそう言って、見習いの2人のことを引き受けてくれた。
「ジン、また時々帰っておいでよ」
マーサは笑ってそう言った。
「行ってきます」
そして仁はその言葉を残してカイナ村を後にした。
そして仁は、蓬莱島経由でショウロ皇国にある自身の馬車へと跳んだのである。
「やあ、ジン、お帰り」
「ただいま」
馬車はショウロ皇国首都ロイザート郊外、人目のない場所に出ていた。
「時間通りだな」
事前にラインハルトと打ち合わせした時間通り。仁はうまくやってくれたラインハルトに感謝する。
「身代わり人形は問題無かったか?」
そう尋ねると、ラインハルトは複雑そうな顔をした。
「ああ、何人か見舞いに来てくれたが、ほとんど問題無い。たった一人を除けばな」
「え? それってもしかして……」
仁も心当たりがあるのはたった一人。
「そうさ、皇帝陛下さ」
相手の本質を見抜ける能力がある『らしい』女皇帝。短い時間でも仁本人でなく身代わり人形であることを看破された可能性は高い。
「あとが怖いな……」
そう言いながらも仁の顔は笑っている。なんとなくではあるが、あの皇帝がこれをネタに無茶な要求をしてくる場面が想像できないのだ。
まあ、そうなったらなったでどうとでも出来る、と楽観しているのは否定しないが。
礼子に化けたミラ10が仁の身代わり人形を連れて 転移門(ワープゲート) に消え、入れ替わりに本物の礼子が戻ってきた。
「お父さま、滞りなく終了しました」
「ごくろうさん」
これですっかり元通りである。
* * *
翌5月21日。
仁はいよいよ、ラインハルトの実家へ赴くこととなった。
「ジン君、首都はどうだったかしら? まあ、寝ていた時間の方が長いから、あまりわからなかったかも知れないわね」
気さくな女皇帝は、非公式に仁を見送りにやってきた。非公式なので言葉もフランクである。
「もっとも、ただ寝ていただけじゃないみたいだけど、ね?」
そう言って片目を瞑った女皇帝を見て、仁は、
(ああ、こりゃあばれてるな)
と思ったものである。
「ラインハルト、それではジン殿を頼みましたよ。何かあったら連絡しなさい」
その一瞬、女皇帝は真剣な顔となり、ラインハルトは背筋を正して答えた。
「はい、しかと承りました」
そして仁とラインハルトはショウロ皇国 宮城(きゅうじょう) を後にしたのである。
ランドル伯爵領はトスモ湖の対岸であるので、ぐるっと迂回していくかそれとも湖を渡っていくかの2ルートがある。仁は湖を渡っていく方を希望した。
そうなると、まず向かうのはトスモ湖湖岸の町、コジュである。距離的には20キロもなく、半日コース。
その分、ゆっくり進めるので仁にとっても好都合。
「今日、コジュで船を手配して、明日の朝、船で湖を渡ろう」
ラインハルトが言った。仁も楽しみである。
コジュまでは本当にすぐだった。ロイザートを出たのが9時、昼食をロイザートとコジュの間にある町、イキシで摂り、午後2時にはコジュに到着できたのである。
コジュは、西のカム、東のラアアと共に、トスモ湖の水運と漁業を担っている町であった。淡水湖であるが故に、磯臭さはないが、漁業が盛んなため、多少の魚臭さが漂っていた。
仁とラインハルトは、礼子、スチュワード、そして 黒騎士(シュバルツリッター) 『ノワール』を連れてコジュの町を歩いていた。その組み合わせに、道行く人々は皆振り返る。
というのも、ロイザートまで彼等を護衛してきたマテウスが、本来の職務である近衛隊勤務に戻り、彼等の護衛がいなくなったからだ。
もちろん、ショウロ皇国内の治安がよいことと、ラインハルトと仁が、護衛はもう不要、と強硬に主張したからでもある。
だが、背の高い(その分ひょろっとしているが)若い貴族と、小柄な異国人、黒いゴーレムと銀灰色のゴーレム、そして黒髪の美少女。
これで衆目を集めないはずはないのだ。
「ほら、あそこが港だ」
引き込んだ堀割が桟橋となっており、(この世界の)大型船が係留されていた。
「ほう」
エリアス王国の港町ポトロックで見たものとはかなり形状が異なっている。波荒い外洋へ行く船と、穏やかな湖で使われる船の違いであろう、と仁は思った。
平底船が多いのである。浅い場所ではV字状の船底は海底や湖底に擦りやすいからだ。
このように一目で形状を見抜けるのも仁がこの世界でただ一人の 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) だからである。
「大きいもので20メートルくらいか」
馬車フェリーとでも呼びたくなる船がそれである。馬車や馬を運搬する専用船だ。動力はやはりゴーレムがオールを漕ぐ形式が多かった。
それプラス風力がトスモ湖の船の動力である。
「へえ、面白いな」
仁は大小の船が、帆とオールを使い分けて湖上を行くさまを興味深く眺めた。港町ポトロックではあまり帆が使われていなかったのだ。
「はは、興味を持ってもらえて光栄だ」
仁の横でラインハルトがそう言った。
「僕の生まれ育った家はこのトスモ湖の対岸、バンネというところにある。そこも水運が発達しているから、船はなじみ深い。それであのレースに出てみたくなったわけだよ」
「ゴーレム艇レースか、懐かしいな」
ラインハルト、エルザと初めて出会ったのはそのレースに出場する選手としてだった。
「だから泳ぐのは僕もエルザも小さい時からやっている。ジンはどのくらい泳げるんだい?」
「俺は、そうだなあ……」
プールでしか泳いだことがない仁である。
「50メートルくらいかな」
そう言うとラインハルトは微笑み、
「はは、それは僕らの間じゃ泳げるとは言わないな。僕らは何時間、とかそういう言い方をするからな。かく言う僕もエルザも、トスモ湖横断くらいは出来る」
と言い切った。
トロムとマハハマという2つの町の間がトスモ湖の一番くびれた場所になっている。その間およそ10キロ。地元の人間はここを横断できて一人前、というらしい。
「剛の者は往復どころか2往復する者もいるんだ」
地方地方で住む人間にも特色がある、と仁は感心した。
以前ラインハルトと『ギガース』を追って山に登ったとき、ラインハルトは確かに山には登り慣れていないようで、脚が上がらなくなってはいたものの、仁に比べて息を切らしてはいなかった。
水泳で心肺機能が鍛えられていたのだろう。
「ほら、あれは多分、明日乗ることになる船と同じ型だ」
ラインハルトが指差す方を見ると、いかにも安定の良さそうなデザインの船があった。
「10人乗りの快速艇だ。僕の船もあれを参考にしたんだ」
「そう言えば形も似ているな」
幅広で浅底。こういう環境で使われる船だからか、と仁は納得していた。
「マルシアとかどうしているだろうな。双胴船か……」
ちょっと思い出に浸るラインハルト、と思っていたら。
「……ジン、レーコちゃんが走らせていたあの船、作ってもいいだろうか?」
と、やっぱり工作バカの本領を発揮したのである。