作品タイトル不明
11-25 マエストロ
5月12日、仁たちはリアレ泊予定。ここからロイザートまでは40キロ足らず、1日行程である。
その日の午後は、仁は馬車の中でラインハルトの話を聞いて過ごしていた。
「おお、あれがリアレの町だ」
そして夕方、目指すリアレに着いたのである。
駐馬車場に馬車を向かわせる。
そこに一際目立つ、白塗りの馬車があった。大きさとしては小型の、2頭立て馬車である。
「あれは? もしかしたら……」
「ラインハルト?」
その馬車を目にしたラインハルトの呟きが気になった仁は、その馬車をよく観察したが、別に変わったところは無い。してみると、紋章……持ち主の方に心当たりがあるらしい。
「あ、あいつ……」
マテウスもそんな呟きを漏らした、その時。
「ラインハルト様ー!」
女性の声がした。そちらを見れば、ドレス姿の女性が駆けてくる所。
「ベルチェ!?」
「ラインハルト様! お会いしたかったですわ!」
もう目の前まで駆けてきたその女性は、ラインハルトに飛び付いた。
多少よろけたものの、ちゃんと受け止めたラインハルトは、
「ベルチェ、久しぶりだ! 元気そうで何より!」
そう言って抱きしめた。
「お帰りが遅すぎますわ! 随分お待ちしていましたのよ!」
ベルチェはそう口にしてはいるものの、自らもラインハルトをしっかり抱きしめている。
しばらくそうしていた2人だったが、
「あー、ベルチェ、ラインハルト。人前だ、もうそのくらいにしておいた方がいいだろう」
こほん、と咳払いをしたマテウスがそう言ったので、2人とも顔を赤くして離れたのである。
ベルチェと呼ばれた女性は姿勢を正すと、マテウスに微笑みかけた。
「お兄さまもお帰りなさいませ」
「うん、ただいま、ベルチェ」
そんなやり取りの後、ラインハルトはベルチェの肩を抱き、仁に向かい、
「ジン、紹介するよ。僕の婚約者で、マテウスの妹」
そう言うとベルチェがそれを引き継いで、
「ベルチェ・ガイスト・フォン・スカーレットと申しますわ」
と名乗ったあと、スカートの裾を摘んだ見事なカーテシーを披露した。
「ベルチェ、こちらはエゲレア王国の 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) 、ジン・ニドー殿。僕の客人だ」
「仁です」
仁は日本式に、腰を60度ほど曲げた挨拶をする。
「ラインハルト様のお客様でしたらわたくしのお客様でもありますわ。ジン様、ショウロ皇国にようこそいらっしゃいました。歓迎いたしますわ」
そう言って微笑んだベルチェは、軽くウエーブした肩までの金髪、緑色の目。背は150センチくらいだろうか、仁よりもかなり小さい。
が、ドレスの胸部は大きく盛り上がって自己主張しており、ラインハルトの婚約者だということが納得できる。
雰囲気はほわんとして優しげだが、ここまでラインハルトを出迎えに来るということは、活発な面も持っているのだろう。
「お宿はもう用意してありますのよ!」
そう言ったベルチェは、ごく自然にラインハルトに手を取られて、2人連れ立って歩き出した。
仁とマテウスもそれに続く。
「……あいつ、兄の俺より婚約者か……」
そんなマテウスの呟きを、仁は聞こえないふりをした。
宿はリアレの中心部にある豪華ホテルであった。
夕食は大広間のある食堂。貸し切りである。
「ラインハルト様、長い間大変でしたでしょう。今夜はうんと楽しんで欲しいですわ」
そう言ったベルチェは、ラインハルトの隣に座り、ワインを手ずから注いでいる。
「ありがとう、ベル」
「うふふ、そう呼んでいただくのも久しぶりですわ」
そんな2人の周りには独特の空気が漂っていた。それは朴念仁の仁ですら感じられるほど。
「なんだかあそこだけ空気が違うな……」
仁がそう呟くと、仁の隣に座っているマテウスが、
「あいつは昔からラインハルトにベタぼれなんですよ、ジン殿」
と小声で囁く。
「へえ……」
ラインハルトはにこやかに、というより若干やに下がってベルチェと話をしていた。
ラインハルトの意外な1面も見られて、仁は仁で結構楽しんではいる。
料理も、珍しいものはないが、きちんと手が加えられていて、同じ料理でも今まで食べた中で1番美味い。
そんな時、ラインハルトがベルチェに何か言ったのだろうか、
「ジン様、あなた様の 自動人形(オートマタ) 、紹介していただけませんこと?」
「え? ああ、いいですよ。……礼子、おいで」
仁は後ろに控えていた礼子を呼び、
「俺の娘、礼子です」
と紹介した。礼子はぺこり、と軽く頭を下げ、
「礼子です」
と一言言った。
それを見たベルチェは満面に笑みを湛え、
「ふわあ、可愛いですわ! レーコちゃんほどお見事な 自動人形(オートマタ) 、初めて見ましたわ! ラインハルト様がお招きになったのも当然ですわね」
と、手放しで褒めた。
「あいつは可愛いものが大好きなんですよ」
とはマテウスの言葉。
そのベルチェは更に、
「わたくしも連れてきているんですのよ。……ネオン! いらっしゃい!」
と、自分の物らしい 自動人形(オートマタ) の名前を呼んだ。
「はい、おじょうさま」
やって来たのは、10代後半くらいの外見をした 自動人形(オートマタ) 。髪の毛はベルチェと同じく金色、瞳も同じ緑色。というか、ベルチェそっくりである。
着ているものは紺を基調とした侍女服だが。
「この子がわたくしの 自動人形(オートマタ) 、ネオンですわ。ネオン、皆様に御挨拶しなさい」
「はい。……みなさま、わたくしはネオンともうします。いごおみしりおきを」
若干舌足らずな感じの話し方だが、十分人間らしい動作である。かなり腕のいい 魔法技術者(マギエンジニア) の作なんだろう、と仁は思った。
「良くできましたわ、ネオン。ジン様、この子は、ショウロ皇国で1番と言われている 魔法技術者(マギエンジニア) 、ゲバルト・アッカーマンの作ですの」
そう言われても仁にとっては『誰それ?』である。なのでそうですか、としか答えようがなかった。
それを見て取ったラインハルトが補足する。
「ジン、ゲバルト氏は僕の師匠の兄弟子にあたるんだ。共に先代の 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) と呼ばれたジークムント・グリンバルト師の高弟だったんだ」
「 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) ?」
「ああ、ジンは知らないか。 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) というのは我が国屈指の 魔法技術者(マギエンジニア) に与えられる称号なのさ」
ラインハルトの説明に仁は興味を惹かれた。
「ふうん、会ってみたいな」
「うん、ジンならそう言うと思った。大丈夫、僕がなんとかしよう」
ラインハルトが請け合う。横にいたベルチェはそれを見て、
「ラインハルト様は本当にジン様にお気を使ってらっしゃるのですね、ちょっと妬けますわ」
等と発言したものだから、仁はぎくりとした。が、深い意味は無かったようで、すぐにベルチェは話題を変えた。
「レーコちゃんは何かお出来になりまして? ネオンは歌と踊りが得意ですのよ。お目汚しにお見せ致しますわ。……ネオン!」
「はい、おじょうさま」
数歩下がって準備をするネオン。それだけでも、会話の流れから、何をすればいいか判断できるだけの知能を持つことが分かる。
「つたないげいですが」
そう言い置いて、ネオンはゆっくりと踊り出した。仁のイメージ的には東南アジア系のゆったりとした動きである。
一つには身体の構造的に、速い動きが出来ないのかもしれない。
やがて、踊りながら歌を歌い出す。歌詞は仁にも理解できない。おそらくメロディがあって、それに即興で声を当てているのだろう。
それでも、いつかのゴーレム 園遊会(パーティー) で踊りを披露した、ステアリーナ作の『セレス』に勝るとも劣らぬ動きであったし、歌声はあの時に歌を披露した『ズィンゲル』に迫るものがあった。
「おめよごしでございました」
踊りが終わると、ネオンは一礼してベルチェの後ろに控えたのである。
「ジン様、あなた様のレーコちゃんにも何かお見せいただければ幸いですわ」
キラキラした眼でそう懇願してくるベルチェ、仁は断り切れず、礼子に声を掛ける。
「礼子、何かやって見せてくれるか?」
「はい、お父さま、お任せ下さい」
礼子は軽く請け負って、ネオンが踊りを披露した場所へ歩いて行った。