軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10-08 グロリア・オールスタット

トレーニングであろうか、通りの奥から仁達の方へ向かって走ってきたのは、ベリーショートにした明るい茶色の髪の女性。

動きやすいようにパンツルックである。

ボトムはグレーのパンツ。ゆったりしていていかにも動きやすそうである。トップはラグラン袖のような仕立ての白いTシャツ。短いブーツを履いている。

服にいい生地を使っているであろうことはその色つやを見ればわかる。ブーツの革もしなやかで高級そうだ。

近づいて来たその女性の年の頃は20代前半、背も高く、すらりとしてはいるが痩せているわけでもなく、引き締まった印象である。

その女性は仁たちを見ると、走る速度を少し落とした。

「あの、すみませんが、お聞きしたいことが」

仁がそう言って声を掛けるとその女性は、

「何かな?」

と言って立ち止まってくれた。

「ファールハイト家をご存じないでしょうか?」

「ん、ファールハイト家か。うん、知っているぞ。そこの角を右に曲がって2軒目がそうだ」

と教えてくれた。仁は頭を下げ、

「ありがとうございます」

と礼を言う。するとその女性はなんでもない、というように手を振って、

「何、かまわん。ところで貴殿は、エゲレア王国の 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) のようだな」

仁が着ているハーフコートを見たその女性は確認するようにそう言った。

「ええ、そうです」

「ふむ、ファールハイト家にどんな用があるかは知らんが、当主のニクラスも、娘のリシアもおらんぞ? 残っているのは奥方と女中だけの筈だ」

ニクラスもリシアも、まだテトラダに残っているのである。ああそうか、と仁は思ったが口には出さない。

一番の目的はリシアに会う事ではなく、剣を返すことだからだ。

「そうですか、仕方ありません」

そう仁が言うと、その女性は何事か考え込むようにしていたが、

「もしや、貴殿はリシアの剣を修理してくれたという 魔法工作士(マギクラフトマン) ではないのか?」

「え、あ、はい、そうだと思います」

思うも何も、その剣が今ここにあるわけだが。

「おお、そうか! 私はグロリア・オールスタットという。一応近衛女性騎士隊副隊長などを仰せつかっている」

「あ、俺……私は仁と言います」

仁も本名を名乗る。 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) であることも知られているし、下手に誤魔化すと後々面倒になりそうだからだ。

「ジン殿、か。貴殿は外国の方なのだからそんなにかしこまらないで、私のことはグロリアと呼んで貰いたい」

「ありがとうございます、グロリアさん。この子たちは俺の妹です。そちらはこの街での知り合いのバーゴ。そして礼子」

「バーゴです」

「あたし、ハンナ!」

「エルザ、です」

「礼子です」

バーゴは普通に、ハンナは元気よく挨拶する。エルザはスカートをつまんでいわゆるカーテシーと呼ばれる挨拶。エルザの挨拶を見たグロリアはちょっと感心した様な顔をした。

「ほう、エルザ殿はきれいな礼をされるな。まるで貴族の子女のようだ」

元子爵令嬢であるから当然と言えば当然なのだが、そう言われたエルザは少しはにかんで頬を染めた。最後の礼子はちょっと頭を下げただけ。

「それでジン殿はこの国に何をされに見えたのかな? エゲレア王国と我が国では、間にセルロア王国があるから行き来は楽ではないだろう? まして今は戦時下であるし」

統一党(ユニファイラー) 戦が23日、 統一党(ユニファイラー) が 懐古党(ノスタルギア) になったのが24日。そして今日は27日、まだ十分な情報は届いていないようである。

「まあ、見聞を深めるため、と言いましょうか」

仁は当たり障りのない答えを返しておく。グロリアも一応それで納得したのか、

「ふむ、まあいい。ファールハイト家に何の用があるかは知らんが、その用が済んだら、私を訪ねてきてくれないだろうか。私の家は、そこだ」

と言って、仁たちの後ろにあるやや大きい家を指差した。

「今日は非番でな。今は習慣になっている朝練をしてきたところなのだ。だから身支度が済む頃、そうだな、8時に来てもらえないだろうか」

今がだいたい7時半過ぎくらいであろうか。それからすると8時というのはいかにも時間が無い気がする。そんな思いが顔に出たのであろうか。

「はは、騎士たるもの、食事や身支度に時間をかけてはおれん。20分もあれば必要にして十分だ。では、待っている」

そう言い残してグロリアは、仁の返事も待たずに自宅の扉を開け、中へ消えていってしまった。

「ふう、少し強引な人だな。バーゴ、知っているか?」

仁は溜め息を1つ吐くと苦笑し、そう尋ねた。

「はい、名前だけは。彼女は自分で言っていたように近衛女性騎士隊副隊長です。身分は男爵家、もちろん 騎士(リッター) です」

騎士は身分というより称号なので、男爵家で騎士、と言うことも十分あり得る。

「かなりお強いようで、女性騎士の教官もされているとか」

「ああ、それでリシアのことを知っているんだな」

見当を付ける仁。

「さて、それじゃあまず、用事を済ませるか」

仁はそう言って、教えられた家を目指して歩き出した。ハンナたちも後に続く。

「礼子、もしかしてお前、いや老君も、リシアがまだ帰っていないって知ってたんじゃないか?」

歩きながら仁は思ったことを口にする。礼子は頷いた。

「はい。ですが、その剣をお父さまが直接リシアさんにお渡ししたら、どうしてテトラダで無くしたはずの剣を? と思われるだろうと思い、老君と図った結果、黙っていたのです」

それを聞いた仁は確かに、と思う。マキナと仁の繋がりを知られるのは非常にまずいからだ。

礼子と老君が、仁のためを思って黙っていたのを知り、己の軽率さを反省する仁であった。

同時に、礼子と老君が、自分に盲従するのでなく、自らの意志で良かれと判断し、仕えてくれていることを知り、嬉しくも思った。

まあ、事前に教えてくれても多分言うこと聞いたと思うけどな、と思わないでもないが、それを口にしないのは今一つ自信がないからだった。

角を曲がって2軒目。確かに、門扉に『ファールハイト』と小さく刻まれていた。

「ここだここだ」

家を確認した仁は、バーゴに剣を手渡し、

「マキナという人から預かったと言って渡してくれ」

と指示を出した。

バーゴはドアに付けられたノッカーを使う。少しするとドアが開いた。

「はい、どなたですか?」

初老の、女中と思われる女性が顔を覗かせた。

「あ、こちらはファールハイト様のお宅で間違いないですよね?」

「はい、さようです」

「リシアお嬢様はご不在と思いますが、マキナという人から預かったものがあります。お帰りになったらこれをお渡しいただけますか」

バーゴはそう言って布に巻いた剣を差し出した。女中はなんの疑問も抱かずそれを受け取った。

「それじゃあこれで」

バーゴはそう言って身を返す。後ろからお名前を、とか言われたような気がしたが、構わずそこを離れた。

「さて、これで一番の用事は済んだ」

だが8時にはまだ大分ある。

「お父さま、あの人の家へ行くのですか?」

と礼子。

「まあな、何の話があるのかはわからないが、この国の近衛女性騎士隊副隊長で男爵家というなら無視したらあとあと面倒な気がする」

「確かに。貴族というのはそういう人が多い」

エルザもそう言うので、礼子もそれ以上の反対はしない。

「で、だ。どうする? ハンナとエルザは俺に付き合わなくてもいいぞ?」

だがエルザとハンナは、

「さっきも言った。一緒に来たんだから一緒に行動」

「おにーちゃんといっしょがいい」

と、先ほどと同じように、2人とも仁と共にいることを宣言した。

「わかった。じゃあ一緒に行動しよう。あとは、そうだな、バーゴもとりあえずご苦労さん。あまり接触が長くなって正体がばれたりすると厄介だから、お前はここまでにしておけ」

用があれば内蔵された 魔素通信機(マナカム) を通じて連絡できる。

「はい、わかりました。それではこれで失礼します。御用がございましたらいつでもお呼び下さい」

バーゴはそう言うと一礼して去っていった。

「じゃあ、そこらを一回りして時間潰してから行ってみるか」

ということで、下級貴族街をぐるりと回ってみることにした。

仁が持ったイメージは建て売り住宅。数坪の小さな庭があり、その奥に2階建ての家が建っている。

家ごとに特色があり、芝生だけの庭、草花でいっぱいの庭、果樹が植わっている庭、土が剥き出しで殺風景な庭、など様々である。

仁が驚いたことには、ポンプを据え付けてある家が何軒かあったことだ。

一方ハンナは、

「わあ、きれい! あ、あの花、クェリーに似てる! あ、あれってポンプかな?」

と、見るもの全て珍しいようでずっとはしゃぎっぱなしである。そんなハンナを見て、連れてきて良かった、と思う仁だった。

ほとんどの家は石造り。花崗岩が多い。たまに木を組み合わせた家もあった。

ぐるっと回って中央交差点に戻ると、日時計は8時少し前を示していた。

「お、ちょうどいいな。じゃあグロリアさんの家へ行ってみるか」

交差点から歩いて約5分。グロリアの家である。

家の前まで行くと、執事らしい初老の男が立っていた。

「ジン様のご一行でいらっしゃいますか?」

仁がそうです、と答えると執事は恭しく礼をして、

「お待ち致しておりました。お嬢様がお待ちです。どうぞお上がり下さい」

と言って玄関ドアを開いた。

「あ、それではお邪魔致します」

家の中は整然と片付けられていた。

「こちらです」

執事が仁たちを先導して、1階奥の応接間らしい部屋へと招き入れた。

「ようこそ、ジン殿と妹君」

そこには、身嗜みを整えたグロリアが待っていた。

控えめにレースなどの装飾が加えられたブラウスの胸部はかなりの盛り上がりを見せ、騎士の略装らしく短剣を提げているその紐が胸の谷間に斜めに食い込んでいる。

穿いている絹の乗馬ズボンは品のいい紫がかったグレイに染められ、落ちついた艶を見せていた。

明るい茶色の髪も綺麗に整えられており、ワンポイントとして金の髪留めが良いアクセントになっていた。

だがそれ以上に目を惹いたのは、その背後の壁に飾られた数十振りの剣である。

「お招きにあずかり、光栄です」

年長者である仁が代表して挨拶する。だがグロリアはそれを制して、

「ああ、さっきも言ったとおり、貴殿は外国の旅行者だ。もっと砕けてくれて構わん。私もこんな口調だしな」

騎士という仕事柄か、男っぽい口調である。執事は若干眉を顰めているが何も言わなかった。

席を勧め、仁たちが座ると、

「まずはお茶でも飲んで寛いでくれ」

そう言ってグロリアは執事に命じ、お茶とお茶菓子を用意させた。

クライン王国で普通に飲まれているお茶と言えば、カイナ村のものと同じお茶の木から採れる茶葉で淹れたお茶である。

馴染んだ味にほっとする仁、エルザ、ハンナ。だが礼子は飲まずにいた。

「ん、どうした? そちらのお嬢さん……レーコさんと言ったか、は飲まないのか?」

仁はあらかじめ打ち合わせていたので正直に答える。

「礼子は 自動人形(オートマタ) ですので食事は必要としません」

それを聞いたグロリアの目が見開かれた。

「な、何? 自動人形(オートマタ) ? ……素晴らしい出来だな! さすがに 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) となるだけのことはある!」

礼子が 自動人形(オートマタ) と聞いて驚き、褒めちぎるグロリア。だが仁はそれよりも背後の壁が気になっていた。