軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08-16 兄と呼ばれて

風呂から出て、朝食とも昼食ともつかない時刻に食事をする2人。

「今回は私が料理しました」

と言ったのは老子である。仁のために作る初めての料理に少し張り切ったようで、量が多めだったが空腹だった2人は問題なく全部平らげた。

「ごちそうさま」

お腹が膨れると、目蓋がたるんでくる。

「お父さま、少しお休み下さい」

礼子は仁の身体を心配している。

「ああ、そうだな。少し仮眠を取るか。エルザも眠いだろ」

「ん」

そこで、『館』にエルザを案内する。春のこと、北回帰線上にある蓬莱島は日中ともなると、標高1000メートル付近の館でもかなり暖かい。

「どうぞ」

「なに、これ。見たことない建物」

瓦屋根の日本風建築にエルザは目を見張る。

「まあ、少し休んでゆっくりしよう。その後でいろいろ説明するから」

「ん、楽しみにしてる」

南に面した部屋に布団を敷き、エルザを呼ぶと、

「ここも畳。うれしい」

そう言ってころんと畳に寝転んだ。それからごろごろと転がって布団へ。なんだか子供みたいだ。

「それじゃあ、俺も自分の部屋で少し寝るから」

そう言ってふすまを閉めようとすると、

「……待って。……お願い、少しの間でいいからそばにいて」

と切なそうなエルザの声に引き止められた。

「わかったよ」

仁はもう一度エルザの部屋に戻り、畳に横たわる。

「ここにいてやるから、ゆっくりお休み」

「ん。ありがと、ジン君」

今度こそエルザは心安らかに眠れそうであった。

「……心細いんだな」

仁は昔に思いを馳せる。

孤児院時代、両親を亡くした女の子が引き取られてきたことがあった。その子は小学3年生で、いつも誰かがそばにいないと眠れない子だった。

仁を初め、年長の子が交代で一緒に寝てやったものだ。仁は懐かしくその時の事を思い出していた。

「お父さま、そろそろ起きて下さい」

そうしていたらいつの間にか仁も眠ってしまったようだ。礼子の声に目覚める仁。

「ふああ、よく寝た」

起き上がって伸びをする仁。礼子は少し機嫌が悪そうな顔をしている。

「お父さま、ちゃんと布団でお休みになりませんと疲れが取れませんよ。それに風邪でも引いたらどうするのですか」

「ああ、すまん。でもエルザが心配でな」

そう謝ると、礼子は仕方ないな、という顔をした。

「そろそろ3時を回ります。ラインハルトさんに連絡しないと心配なさいますよ」

「ああ、そうだな。もういっそのこと、ラインハルトにもここの事打ち明けようと思うんだが」

と礼子に言うと、礼子は肯き、

「お父さまの思うとおりになさって下さい」

と言った。

仁はそっとその部屋を出て、館内にある端末を通して老子にも同じ事を聞いてみる。

「はい、 御主人様(マイロード) がいいと思うのでしたらその通りになさって下さい。私は全力でサポート致します」

と、老子も同じような事を言い、仁はいよいよラインハルトを連れてくる事を決めた。

その時、とたとたと廊下を走る足音が聞こえた。何事かと思って顔を出すと、エルザが走っていく所だった。

「エルザ?」

通り過ぎたエルザの背中にそう言うと、ぴたっと立ち止まったエルザはゆっくりと振り向いた。

「ジン、くん?」

「エルザ、ど、どうしたんだ?」

振り向いたエルザの目には今にもこぼれそうなほどに涙が溜まっていたのである。

「ジン君!」

そしてエルザは仁に飛び付いてきた。

「置いていかれたかと思った」

そう言って仁に縋り付く。仁は、少しエルザが幼児退行を起こしているような気がした。

(おそらく攫われた時の不安とか、激変した環境とかが原因だろうな)

エルザの背中を優しくなでながら仁はそう思った。

「さて、どうしよう」

推測通りなら、時間が解決してくれる筈である。今のままでは仁もおちおち出掛けられない。

「ソレイユとルーナに付いていて貰えば大丈夫かな?」

入浴の時はそうであったから、仁は2体を呼び、しばらくエルザを任せる事にした。

「はい、お任せ下さい」

そして仁はエルザに告げる。

「ちょっとラインハルトだけは呼んで来ようと思うんだ。だから待っていてくれるか?」

するとエルザは寂しそうな顔で肯いて、

「ん。でも、早く戻ってきて。……ジン兄」

と言った。

「ジン兄?」

ラインハルトと同じように自分を『 兄(にい) 』と呼んだエルザ。

「ん。……私はもうランドル家を捨てた。だから独りぼっち。出来ればジン兄の妹扱いにして欲しい。……だめ?」

ああ、と仁は理解した。エルザはもう、天涯孤独になってしまったのだ。だから不安で堪らないのだ、と。

「わかったよ。エルザは今から俺の妹分だ。それでいいな?」

「ん。ジン兄」

「よし。それじゃあ、ラインハルトを連れてくるから、おとなしく待っているんだぞ」

ようやく落ちついたエルザを置いて、仁は 転移門(ワープゲート) でテルルスの馬車へと跳んだ。

それで気が付いた。テルルスと蓬莱島は時差がある。3時間半くらい違うようだ。故にまだお昼前であった。

「まずミーネの容態を見てきておくか」

仁は宿に入らず、サリィの治癒院へ向かった。

蓬莱島は晴れていたがこちらは曇り。なんとなく湿っぽいような春の風を感じながら仁は街中を歩いて行った。

堤防にほど近い路地を曲がった先が治癒院である。

「こんにちは」

ドアを開けて中に入ると、3名ほど患者がいた。

「おお、君か。少し待っていてくれ」

サリィは仁を見るとそう言って、また患者の診察に取りかかる。15分ほど待って、患者を見終えたサリィは、

「ミーネと言ったか、彼女気が付いたぞ」

「本当ですか! それはよかった」

「だがな、体力が回復していないのに退院しようとしたりして手を焼いている。君からも注意してやってくれ」

それで仁はサリィと一緒に病室へ入った。仁の顔を見ると、横になっていたミーネは上半身を起こし、

「ジン様! エルザが、エルザが!」

と興奮して叫びだしたので仁はそれを手で制し、

「ミーネ、大丈夫。エルザはもう助け出したよ。どこも怪我していない、無事だから安心しろ」

そう告げると、ミーネの全身から力が抜けたようだった。

「あ、あ……そう、ですか……あなたが助けてくれたんですね? ありがとうございます、ジン様」

そう言ってまたベッドに横たわった。

「ミーネはエルザの実の母親なんだろう? 今エルザは絶対に見つからない場所に匿っている。その事を俺もラインハルト以外のランドル家に話すつもりはない。だから安心して養生するといい」

仁がそう言うとミーネは目に涙を浮かべて、

「ご存じでしたか……わたしは……あの子をもう少しで不幸にする所でした」

そう言ったのである。仁は、

「それがわかればいいさ。これからどうするか、よく考えよう。まずは元気にならないとな。でもよかった。これでエルザも安心するよ」

と仁が言うと、

「ジン様、お願いがあります。どうか、エルザには私が生きている事を教えないで下さい」

「え?」

「こんな目にあってようやく悟りました。私はあの子を不幸にするだけです。私みたいな者はいない方がいいのです」

死にかけて世界観が変わったのか、まるで人が変わってしまったようなミーネ。だが仁は、

「馬鹿だな。今、エルザは天涯孤独になってしまったんだ。ミーネはたった1人の肉親じゃないか。それも実の母親だろう? 守ってやらないでどうするんだ」

そう言ってミーネを元気づけた。だがミーネはまだ、

「そう……でしょうか。私なんかが母親でいていいのでしょうか」

などと言っている。仁は面倒臭い性格は変わらないな、と心の中で苦笑するのであった。