軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07-04 口笛吹いて

過疎の村に泊まった翌朝は快晴だった。

「あー、久しぶりにすっきりした青空を見たな」

爽やかな朝の空気を吸い込み、伸びをする仁。

「おはよう」

ラインハルトも起きてきた。

「これなら今日中に間違いなくデリード町へ行けそうだな」

朝食は保存食中心。それでも幾ばくかの新鮮な野菜を譲って貰えたので彩りにはなった。

いつもと比べて簡素な食事を済ませ、一行は名も知らぬまま過疎の村を発ったのである。もちろん、村長には十分なお礼をして。

今この村のために出来ることは異邦人である仁達には無い。後ろ髪を引かれる出発であった。

それでも空は青空、日射しも暖かい。もう春たけなわと言ってもいい季節である。進んでいくと気持ちも晴れてくる。

「風が気持ちいいな」

仁の馬車は天井にも換気口があって換気が楽に出来る。同乗のラインハルトも寛いでいた。エルザは珍しくうつらうつらしている。

仁はそんなエルザを起こさないように小声でラインハルトと話をしていた。

「なあ、ラインハルト。今度行く町には 互助会(ギルド) はあるのかな?」

仁が言う 互助会(ギルド) は当然 魔法工作士(マギクラフトマン) の 互助会(ギルド) である。

「ん? 多分無いだろうな。地方都市レベルでないと」

「そうか」

まだまだ組織としては小さいようだ。

「何か用事があるのかい?」

と問うてきたラインハルトに仁は、

「うん、『掃除機』を売り込めないかと思ってさ」

「ふむ」

仁はラインハルトに、掃除機は庶民貴族関係なく有用な魔導具であること、出来れば普及させたいこと、それも出来るだけ安く、といったことを説明した。

「手伝ってくれたラインハルトには悪いけどな」

そう言うとラインハルトは何だそんな事、と笑って、

「ジンの考え方は悪くないと思う。僕は応援するさ」

そんなラインハルトに仁は頭を下げ、

「ありがとう」

と言った。ラインハルトはそんな仁に、

「そうすると、ジンは庶民派を貫くんだね?」

「庶民派?」

聞き慣れない単語。いや、庶民派、というのは仁にも理解できるのだが。

「ああ、庶民派と選民派という分け方があってね。庶民派はもちろん魔導具を一般庶民に広く普及させようとする者達。で、選民派というのは」

「一部の選ばれた者で独占しようというわけか」

「その通り」

「で、ラインハルトは?」

仁はそう言ってラインハルトの返事を待つ。その答え如何ではこれからの仁の行動が変わってくるかもしれない。

「僕はもちろん……」

「ライ兄は庶民派。それで良く伯父様と衝突してた」

横からそう答えたのはエルザだった。

「おいおいエルザ、僕の台詞を横取りするなよ」

ラインハルトが笑ってそう言えば、

「2人で話ばかりしているからつまらない」

そう言ってちょっとだけむくれた顔を見せるエルザである。

「いや、エルザが気持ちよさそうに寝てたからさ」

そう言うとエルザはむきになって、

「うそ。寝てなんかいない」

と言うので、

「今日は陽気もいいし、『春眠暁を覚えず』って言うからな」

と仁が言うと、

「何、それ?」

と怪訝そうな顔でエルザは尋ねてきたのである。ラインハルトも興味がありそうな顔だ。

「えーっと、確か、『春は寝心地がいいので、朝になったのを知らずにまだ寝ている』っていうような意味だったっけな」

と答えた。実際は漢詩であるが、国語や漢文はあまり得意でなかった仁、それ以上の説明は出来なかった。

「ふうん、『春眠暁を覚えず』、か。確かにな。ねぼすけのエルザにはぴったりだ」

とラインハルトが茶化すように言うと、エルザは顔を赤らめて、

「今はねぼすけじゃない。ライ兄のいじわる」

と膨れてそっぽを向いたのである。

話がすっかり逸れてしまったので仁は、

「と、とにかく、『掃除機』の構造とか製法を公開しちまおうかと思ってさ。そうすれば誰でも…… 魔法工作士(マギクラフトマン) ならという意味だけど、作れるだろ?」

と言った。だがラインハルトは難しい顔。

「うーん、ところがそうはいかないんだ。情報を渡す先は 魔法工作士(マギクラフトマン) 互助会(ギルド) ということになるが、 互助会(ギルド) によって情報の扱いがまちまちでな……」

と歯切れの悪い返事。

「どういうことだ?」

と仁が問えば、

「つまり、 互助会(ギルド) によってはその技術を独占して利益を得ようとする所もあるという事さ。以前行ったブルーランドの 互助会(ギルド) はそんなことないけどな」

とのラインハルトの説明。つまり受け取った情報をどのように扱うかはその 互助会(ギルド) 毎で違うと言うことだ。

「うーん、そうなのか。難しいんだなあ」

と仁は溜め息を1つついた。

「…………」

この世界に自分がいる意味。それを見つけようとした矢先にもう躓いてしまった仁。

なんとなく力が抜けてしまい、なんとなく窓から外を眺め、なんとなく口笛を吹いてみた。

(そういえば、こっちに来て口笛吹くの初めてかもな)

余裕がなかったからか、それとも単純に忘れていたのか、とにかく仁は久しぶりに口笛を吹く。

メロディーは昭和後期のPOPS。院長先生が好きで良く聞いていた曲である。

吹いていると当時のことが思い出されてくる。

仁は定時制の高校生だった。

普通、高校にあがる歳になると孤児院を出るものだが、院長先生は仁を後継ぎにしたかったらしく、孤児院から通わせてくれていた。二堂という名字をくれたのもその顕れだろう。

その通学の途中、仁は良く口笛を吹いていたもの。曲は院長先生のコレクションであるカセットテープにある曲だった。

(あの頃の俺は希望に燃えていたっけ? それとも早く給料を貰えるようになりたがっていたんだっけ?)

いずれにしてももう帰れない世界、帰れない生活。今の仁はこの世界で生きていくしかない。

(この世界を住みよくするなんておこがましい。でも手の届く範囲でなら。そして俺にはそれが出来る)

当時の仁だって、孤児院をもっと立派にしたい、とか年少の子供達にいろいろおもちゃを買ってやりたい、とか思っていたものだ。

(先代は魔法と道具を結びつけようと研究していた。当時は受け入れられなかったが今は 魔法工作士(マギクラフトマン) と言う形で受け入れられている。俺は……)

そこまで考えた時、曲が終わり、当然口笛も止まった。

「ジン、今の曲は何だい?」

「はじめて聞いた。いい曲だった」

ラインハルトとエルザが褒めてくれた。

仁は、この2人にはいつか必ず、自分の正体を包み隠さず打ち明けよう、そう決心する。

今はまだ、そうする勇気が持てないではいたが。

先代が魔導士仲間から疎外されたように、仁もまたこの世界での友人達に異端扱いされて拒絶されるのを恐れていたのである。

仁が 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) を名乗らないのは、先代が迫害された記憶と経験をも受け継いだがための弊害であった。