作品タイトル不明
過去篇 伍 アドリアナの流離い篇 0001 流離
仁は語る。
「先代、アドリアナ・バルボラ・ツェツィは魔族領……当時はそう呼ばれていなかったようだが……に、計5年間滞在したらしい。そして、別れを惜しむ人たちと別れ、パズデクスト大地峡を通って、陸路で今のクライン王国に辿り着いたようだ」
* * *
「お父さまが求め続けた夢を、あたしが叶えるために」
その言葉を胸に、アドリアナ・バルボラ・ツェツィはF−002、003、M−002、003と共に山また山を越え、川を渡り峠を越えて、ようやく人の住む村を見下ろしていた。
「ああ、やっと人の住む場所に着いたわね。くたびれたわ……」
アドリアナ・バルボラ・ツェツィは一旦腰を下ろした。
眼下には小さな集落が見える。小さいながら畑もあって、自給自足できているようだ。
「泊めてもらえるかしらね……」
まだ日は高いので、少し休憩していこうと、萌え出たばかりの若草の上にアドリアナは寝転がった。
「……青い空……空はどの国の上にもあるのね……」
アドリアナは、お伴の4体に、休憩の邪魔をしないよう命じて、そのまま目を閉じた。
「……さむっ!」
少し休憩するつもりが、2時間以上寝てしまったようだ。日は傾き始めており、吹く風が冷たい。
「……起こしてくれないわよね……」
休憩の邪魔をしないよう命じたのは自分である。
「こういう時、臨機応変に主のことを気遣ってくれるといいんだけどな」
駄目人間の言い草にも聞こえるが、研究者としての発言である。
「いつか、そういうゴーレムを作ってみせるわ」
起き上がったアドリアナは、集落に向かって山を下っていった。
「わ、わああ! 山から魔物が下りてきたぞ!!」
4体のゴーレムを見て、集落はパニックになっていた。
夕闇の中迫り来る4体のゴーレムは、辺境の集落に住む人々にとっては恐怖の対象であったのだ。
「あ、あの!」
慌てて宥めるアドリアナ。
「ち、違うんです! これは私が作ったゴーレムです! 魔物じゃありませんから!!」
必死に宥めるアドリアナと、何もせずに立っているだけのゴーレムを見て、ようやく人々も落ち着きを取り戻してきた。
「……本当に魔物じゃないのか……?」
「あんたはいったい……?」
「あんたこそ、魔女じゃないのか?」
「ち、違いますよ!」
必至に否定するアドリアナだったが、疑心暗鬼に陥った人々は納得しない。
「魔女じゃないというなら、とっとと立ち去ってくれ!」
「ええ……?」
ようやく人里に辿り着き、屋根の下で休めると思っていただけに、この言葉は辛かった。
「わかり……ました」
ようやくそれだけ返事すると、アドリアナは、4体のゴーレムを率いて、とぼとぼとその集落を後にしたのである。
* * *
「なにそれ! 酷すぎるわ!」
話を聞いて、シオンが怒りの声を上げた。
「アドリアナ様が気の毒過ぎる!」
「落ち着け。だから話したくなかったんだ」
仁はシオンを宥める。一方、マリッカはしくしくと泣いており、エルザが慰めていた。
「ああもう、しょうがないな……もうこの話はやめよう」
仁がそう言うと、シオンは逆に、
「いえ、聞かせてちょうだい。尊敬するアドリアナ様が、どんな道を歩んでこられたのか、やっぱり聞きたいもの」
と懇願する。
中途半端に聞かされて止められたのでは、逆に気になってしまう、とも付け加えた。
その気持ちはわからないでもないので、仁はもう少し簡潔に説明することにした。
とはいえ、施設時代、年少の子供たちに物語を聞かせてやっていたこともあり、知らず知らずのうちに説明が物語風になってしまう仁なのであるが。
「その集落を出たアドリアナは、南下をしていくんだけど、うたた寝をしたせいか、風邪を引いてしまうんだ」
* * *
「……身体が怠いわ……関節も痛い。風邪を引いたみたいね。大人になって健康管理もできないのか、ってお父さまに怒られてしまうわね……」
間もなく夜になる時刻だったが、集落から離れた山の麓にちょうどいい洞窟を見つけ、アドリアナはその中に寝泊まりすることにした。
旅をするための資材や食料はゴーレムたちが担いでいるので、不自由はしない。
熱のため少しぼうっとする頭と気怠い身体に鞭打って、洞窟内に『 浄化(クリーンアップ) 』と『 消臭(デオドラント) 』の魔法を掛ける。
次いで毛布を敷き、寝床を作る。
入口には、葉の付いた木の枝を立てかけ、M−002とM−003に管理させ、獣の襲撃にも備えさせておく。
『 加熱(ヒート) 』の魔法で洞窟内を暖めるようF−002に指示を出す。
そして、病人食として麦粥を自ら作り、食べ終えると、アドリアナは毛布に倒れ込むようにして眠った。
目が覚めると洞窟の外は明るくなっていた。
「まだちょっと身体が怠いわ……」
もう一度麦粥を作り、食べたアドリアナはもう一度体を横たえ、目を閉じた。
これまでの旅の疲れが一気に出たようで、泥のようにアドリアナは眠った。
目を覚ましたときは真っ暗になっていた。
「ああ、よく寝たわ」
洞窟内の温度はちょうどいいくらいに保たれていた。
伸びをするアドリアナ。まだ少し怠さは残っているが、熱は下がったようで、節々の痛みは消えていた。
「この際だから、もう1日ここに留まるとしましょうか」
3度目の麦粥を食べ終わると、アドリアナはそっと溜め息をついた。
「麦があと2食分しかないわ……明日の朝食を済ませたらここを発たないと」
麦がなくなると、あとは非常食の乾パンだけである。
先の見通しが付かない今、非常食にまで手を付ける事態は避けたかった。
「明日はどこか、村に着けたらいいわね……」
独りごちてアドリアナは毛布に体を横たえたのである。
* * *
「それで? アドリアナ様はどうなったの?」
急き込んで尋ねるシオン。
「ああ。翌朝その洞窟を引き払って南下し、無事に別の村に辿り着けたよ」
しかも、今度は真っ昼間だったからなのか、ゴーレムたちを見ても怯えられることもなく、食料も分けてもらえたそうだ、と仁は、2人を安心させるように言った。
「それで先代はさらに南下を続けていった。そして、おそらく今のシャルルの町か、ラクハムの町付近にしばらく腰を落ち着けることになったんだ」
「そこに何かあったの?」
「うん、あまり詳しく書かれていないんだが、領主に気にいられて娘さんの家庭教師をすることになったらしい」
どういうわけか、アドリアナの日記は、詳しい部分とそうでない部分に差が出て来た、と仁は説明する。
「単純に辛いことを書かなかった、というわけでもなさそうなんだ」
そのあたりは本人にしかわからないことだろう、と仁はシオンに前置き、再度話を続ける。
「先代はそこでおよそ1年を過ごしたらしい……」
仁は続きを語り始めた。