作品タイトル不明
35-10 緊急連絡
10月22日、蓬莱島時刻で午前8時。
仁、礼子、エルザ、エドガー、サキ、グース、ヴィヴィアンらは『コンロン3』に乗り込もうとして……。
『 御主人様(マイロード) 、緊急の報告があります』
研究所前広場に、老君の声が響いた。
「珍しいな。どうした?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。西経100度、南緯20度付近に台風が発生しました』
「台風?」
仁がこの世界に来て初めて聞く言葉であった。
『はい。わかりやすく『台風』と言いましたが、巨大な低気圧です。暴風域を伴っております。それが時速20キロで北東に進んでおります』
「ちょっと待て」
仁は少ない気象学の知識を掘り起こした。
低気圧は基本的に低緯度から高緯度の地域へと移動する。
赤道より南で発生した熱帯低気圧は、南極方面へ進むはずだ。
「……ということだよな?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。明らかな異常気象です』
「だな……」
『ウォッチャー』からの情報なので、間違えようがない、という。
「この世界ではこんなことがあるのか?」
『それはわかりません。過去の観測データもほとんどありませんし』
「だな……」
仁はちょっと考えて、エルザ、サキ、グース、ヴィヴィアンらを見た。
「ちょっと気になるんだ。出発は一旦延期でいいかな?」
「ん」
「そうだね。ボクも気になるよ」
「ええ。私も、こんな話聞いたことないわ」
「もちろんだ。確認しよう、仁」
礼子とエドガーに異論はなく、一旦仁たちは司令室へと向かった。
『これが雲の映像です』
魔導投影窓(マジックスクリーン) には渦を巻く雲の塊が映っていた。
「右巻き……か」
地球では、北半球の低気圧は左回り、南半球では右回りとなっている。この低気圧は右回りであった。
「なのになんで北上するんだ?」
『それはまだなんとも。ですがそれ以上に問題なのは、このままですとショウロ皇国に上陸するおそれがあります』
これまでの進路と予想進路を合わせて表示する老君。確かにその延長線上にはショウロ皇国があった。
『推定最大瞬間風速150メートル。大災害級です』
「ちょっと待て。あの大きさで150メートル!?」
『はい。周辺の雲の動きからの推測ですが』
「……」
「仁、俺の知る限り、強風といってもせいぜい風速15メートルくらいしか吹いたことはないぞ」
『 賢者(マグス) 』が持っていた本の中に、気象に関することが少し載っており、それによると風力7『強風』は、『樹木全体がゆれる。風に向かっては歩きにくい。』とあり、風速にすると『13.9〜17.1メートル毎秒』となっていた。
比較的穏やかな世界であり、グースが内陸に住んでいたということもあるのだろうが、この差は大きすぎる。
『うねりも大きくなっており、小型の船舶は危険です』
蓬莱島の艦隊は撤退しているが、付近住民の漁船などが心配である。
「仁、俺の見た限りでは、一般庶民の家はそうした暴風にはとても耐えられないぞ」
渋い顔をしてグースが言う。
「城だって、風速150メートルに耐えられるかどうか……」
少し前まで富士山頂にあった、気象庁のレーダー。そのドームは風速100メートルに耐える設計と言われていたことを仁は思い出した。
その1.5倍となると、想像も付かない。人間など、簡単に吹き飛ばせるのだろうと思う。
「老君、ショウロ皇国に影響が出るまであとどのくらいだ?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。おおよそ1日後と思われます』
「1日か……」
未曾有の災害が起きることも考えられた。
「仁、何とかできるというのかい!?」
グースが怪訝そうに言う。
大自然の猛威を止めることができるかどうか。それは仁にもわからない。が。
「少なくとも、何かしないとえらいことになる」
それだけは間違いない、と仁は言った。
「だが……」
台風のエネルギーは、核爆弾の数千倍と言われている。これは現代日本の年間発電量と同レベル。それを止められるのかどうか。
「ジン兄、どうするの……?」
エルザも不安そうな顔だ。
「原理的には海水温を下げるんだろうな……」
台風は海水温の高い地域で発生する。そして水蒸気が供給されなくなると急速に萎んでいく……くらいの知識しか仁にはない。
「なら、『 冷凍(フリーズ) 』? それとも『 超冷却(アブソリュートゼロ) 』?」
「『 超冷却(アブソリュートゼロ) 』までは必要ないだろうな。せいぜい『 冷凍(フリーズ) 』で」
『 冷凍(フリーズ) 』はマイナス70度C、『 超冷却(アブソリュートゼロ) 』は絶対零度まで下げる魔法である。
「だけど範囲が大きすぎる……どこまで効果があるか。……とにかくやってみるしかないか」
仁は実行方法を考える。
「老君、『マーメイド部隊』500体出動だ」
『わかりました』
海中は比較的穏やかなはずと考え、仁はマーメイド部隊の出動を命じた。
「冷却用の魔導具はこれから考える。まずは現地へ送り込んでおいてくれ」
『転送装置』で近くの海域まで送り込み、後は水中を泳いで接近することになる。
座標は『ウォッチャー』から送られてくるので簡単に割り出せた。
* * *
「さて」
一方で仁は、対策を検討し始める。
「マイナス70度Cまで下げる必要はないと思うんだが、どのくらいが効果的かも見当付かないなあ……」
「お父さま、『長周期惑星』よりも厄介なのですか?」
難しい顔をしている仁を見て、礼子が尋ねてきた。
「時間がないという点では、間違いなく厄介だな」
準備期間がとれないというのは不利だ。それは間違いない、と仁は言った。
「じゃあどうするの?」
「まずは現地の海水攪拌かな」
波が高くなって海水が攪拌され、表面の温かい海水と深部の冷たい海水が混ざることで水蒸気の蒸発が抑えられ、台風が衰退する、という話をTVで聞いた覚えがあった仁である。
いきなり海水を冷却して、思わぬ影響が思わぬところに出たらまずいと思ったのだ。
『 御主人様(マイロード) 、マーメイド501から1000、現地付近深度30メートルに到着』
「海水温はどうだ?」
『はい、お待ち下さい。……報告来ました。海面付近で30℃、海面下30メートル付近で18℃です』
「いやに温度差があるな……よし、『 水の奔流(ウォーターストローム) 』で海水を攪拌してみてくれ」
『わかりました』
異常台風対策作戦が始まった。