作品タイトル不明
34-09 忙中閑あり
「ふう……」
蓬莱島の司令室で、仁は『 分身人形(ドッペル) 』の操縦席から立ち上がった。
外はもう朝である。
仮眠していたはずのエルザの姿はない。
「お父さま、もう朝の6時半です」
礼子が仁に時間を告げた。
「ああ、もうそんな時間か」
「エルザ様が朝食の仕度をなさってるはずです」
「そういえば腹が減ったな……」
仁は立ち上がって伸びをすると、
「少し外す。老君、あとを頼む。何かあったら知らせてくれ」
『はい、 御主人様(マイロード) 』
司令室をあとに、『家』へ向かった。
「あ、ジン兄」
台所では、エルザが朝食の仕度をしている真っ最中。
「もう少し掛かるから、お風呂に入ってきたら?」
「そうだな、そうするか」
仁は朝風呂も大好きなのだ。
二堂家の風呂は温泉なのでいつでも入れる。
「ふう、疲れが取れるな」
仁は浴槽で手足を伸ばし、首を回す。
「お父さま、とりあえず一段落したということでしょうか」
仁の背中を流すべく待機している礼子が尋ねた。
「そうだな。もう少ししないと、今回の処置がどれくらい効果を発揮するかわからないしな」
「それにしても、『オノゴロ島』の連中は、わけがわからないですね」
「そうだな。……しかし、あの長距離望遠鏡は参考になった。俺も作れないか、あとで試してみよう」
魔力波を搬送波として光波を送る、という原理だけは聞いた。
仁としても、電波を搬送波として音波を送る、つまりラジオの原理は学校で習って知っている。
それを光で、ということができるのかどうか。
ちょうどぽっかりと空いた時間に、やってみようかと思ったのである。
「ああ、味噌汁が美味い」
「よかった」
仁の好物、油揚げの味噌汁である。
梅干し、お新香、焼き魚。定番の朝食であった。
「ふう、なんとなく落ちついたよ」
食後のほうじ茶を飲みながら、仁は小さく息を吐いた。
「今日は、どうするの?」
「うん、事態は今、安定している。1日くらいは様子を見ないと手を出せない状況だ。だから、別方面の対策に掛かろうと思う」
「別方面?」
仁は、エルザに説明する。居ながらにして遙か彼方を観察できる『望遠装置』のことを。
「確かに、『オノゴロ島』の……ヘレンテ? はそんなことを言っていた、けど……できるの?」
いくら仁といえども、まったく新しいものを1日有る無しの短時間で完成させられるのか。エルザは懸念した。
「とりあえず、原理だけ……だけはなんとなくわかっているからな。考えるだけは考えてみるよ。もし完成できれば、かなり有効な装置だから」
「それじゃあ、手伝う」
「お父さま、わたくしもお手伝いします」
「よろしく頼むよ」
* * *
そして、午前が終わろうという頃。
「……ちょっと無理っぽいな」
さすがの仁にも、この短期間で開発するというのは無理だったようだ。
「これ以上やっても、今日中には無理だろう。ならすっぱりと諦めよう」
「残念」
「残念です、お父さま」
「まあなあ、だけど準備期間もなしだから、仕方ないな」
だが、諦めたわけじゃない、と仁は言って、作業を中断した。
「お昼にしようか」
「ん」
仁もエルザも礼子も手が塞がっていたので、この日のお昼はソレイユとルーナが準備してくれていた。
「お、三色そばか」
「そば湯もあります」
蓬莱島の三色は、『更科』『挽きぐるみ』『茶そば』。
ソバの実を石臼で挽くと、最初に出てくる一番粉は白く上品な香りを持つが、この一番粉を使用した蕎麦を『更科』と呼んでいる。仁のうろ覚えの記憶からの蓬莱島限定の命名である。
ソバの実の一番外側の殻を取り除き、甘皮が付いた状態のものを挽いたものを蓬莱島では『挽きぐるみ』と呼んでいる。殻を一緒に挽くと、さすがにぼそぼそするからだ。
茶そばは、更科をベースに、抹茶粉を混ぜ込んだもの。お茶のほのかな香りを楽しめる。
更に、ワサビも海苔もネギもあるので、味をいろいろと楽しめる。
「うん、美味い」
「美味しい。私、挽きぐるみが、好き」
そば好きの仁は、どれが一番とは言いづらいが、やはりソバらしい味と香りの楽しめる挽きぐるみかな、と思っていた。
そばを食べ終わったあとはそば湯で割った汁を飲み、そば茶で締めだ。
「ふう、堪能した。ごちそうさま」
「ごちそうさま」
エルザも満足したようだ。
* * *
「さて、老君に確認したところ、まだ事態は動いていないようだ。あと7時間くらい余裕があるらしい」
「じゃあ、どうするの? 望遠装置の続きをやる?」
「いや、別のことをしようかと思う」
「何するの?」
「防空体制の強化だ」
仁は、破片『極小』の一部がアルスに近付いた際の対策をしようと考えていたのだ。
「細かすぎて、全部はどうにもならないかもしれないが、減らせればと思う」
大気圏で燃え尽きてしまうならいいが、一部は地表まで達するかもしれない。それは避けたかった。
「具体的には?」
「『ウォッチャー』に転送砲を取り付ける。それから10メートル級の宇宙船を5隻から10隻増やし、警戒させる」
「……わかった。手伝う」
「ありがとう。でも無理はするな。どれも、老君がやってくれるから」
以前製作したものばかりであるし、『ウォッチャー』への取り付けにしても、仁が指示すれば済む。
というか、もう指示済みである。
「じゃあ、ジン兄は?」
「老君の機能アップだな」
『オノゴロ島』の地下にあるであろう、『 始祖(オリジン) 』が遺した『頭脳』。
それに負けない、いや、より優れた魔導頭脳にしてやろうと仁は考えていた。
そしてこれが、いずれ仁を救ってくれることになるのである。