作品タイトル不明
33-04 マナタンクの検討
「さて、南極の調査だが、おそらく海の底なんだよなあ」
上空からは何も見つけられないということは、海中しかない、と仁は言う。
「となると『シャチ』の出番なんだが」
『 御主人様(マイロード) がご自分で行かれる必要はございません』
「お父さまは行かないで下さい」
「……って言われるよな」
老君と礼子が止めるのはわかりきっていた。『仁ファミリー』の面々は苦笑いを浮かべている。
『まずは『マーメイド』を送り込まれることを進言いたします』
「やっぱりそうなるか……」
マーメイドなら、深海での調査は問題なく任せられる。まずは様子見から始めるべき、と仁は判断した。
「わかった。とはいえ、今のままでは不安があるな……」
南極の海中に何があるかはわからないが、 自由魔力素(エーテル) を奪われて停止してしまうのは困る。
「くふ、この前の『暴食バッタ』みたいになっては困るものねえ」
サキもその辺は承知しているようで、仁の考えに賛同した。
「と、なれば予備のエネルギーを持たせることになるが、『 魔素貯蔵庫(エーテルタンク) 』ではなく『 魔力貯蔵庫(マナタンク) 』にすべきだろうな」
魔力素(マナ) であれば、『 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 』を使われても平気である。
おそらく南極にあるのは『 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 』と同系統の働きをする魔導具だろうと仁は推測していた。
魔力素(マナ) を 自由魔力素(エーテル) に戻すには『 魔法無効器(マジックキャンセラー) 』を使わねばならないが、そのようなものが備え付けられているとは考えにくい。
「酸素ボンベみたいに 魔力貯蔵庫(マナタンク) を持たせれば、南極でも活動できるだろう」
さっそく検討を開始しようとした仁は、今日はヴィヴィアンの誕生パーティーだったことを思い出し、すんでのところで思いとどまる。
そんな仁を、皆は微笑ましそうに見つめていた。
「なんか、いろいろあったけど、最後の報告だ。『長周期惑星』についてなんだが……」
これも老君に説明を任せる。
『先日、『 月(ユニー) 』の魔導頭脳、『ジャック』が無人探査機を送り出しました。まもなく接近することになります。そうすれば、より詳しいことが分かるでしょう』
「今、どの辺にあるんだっけ?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。『長周期惑星』はまもなく5番惑星、『ペンゴルタ』に最接近します。アルスとの距離はおおよそ6億キロメートル』
「6億か……速度は?」
『秒速300キロ弱くらいでしょうか。太陽セランに近付けばさらに上がるでしょう』
「速いな……」
仁が建造した宇宙船『アドリアナ』でも、いまのところ秒速300キロが限界だ。
太陽セランに近付いたなら、秒速400キロオーバーになりそうである。
『『ペンゴルタ』はかなり巨大な惑星のようなので、『長周期惑星』の軌道に影響がありそうです』
「それが一番の懸念だな」
今のところ、軌道が変わった結果、アルスにどんな影響があるかわからない。
これは、仁が天文学に疎いというだけではなく、『長周期惑星』や『ペンゴルタ』の質量といったデータが不十分なこともある。
ゆえに700672号にも正確な予想はできていないというのが現状なのだ。
であるから、無人探査機からの情報が待たれるのである。
「それは今、我々が心配しても始まらないのだろうね……」
少し残念そうにトアが言った。
「まったくだ。ジン殿に頼らねばならないというのが悔しくもある」
ルイス……クズマ伯爵も悔しげな声を漏らした。
「そんなことないさ。みんながいてくれるから俺は……」
あれ、と仁は思う。つい最近、こんなセリフを口にした覚えがあったのだ。
だが、それは紛れもなく本心。
人は、誰かのために頑張れる。誰かのために、生きられる。その誰かがいることは幸いである。
院長先生の言葉が、不意に仁の耳に蘇ってきた。
(やっぱり院長先生は俺の親だもんなあ)
「仁?」
「あ、ああ、悪い」
グースの声に我に返る仁。
「と、とにかく、あと数日でいろいろと分かってくると思う。そうなると忙しくなるな」
それまでは準備を整えていよう、と仁は言った。
「今日はヴィーの誕生日ですものね」
ステアリーナがヴィヴィアンの肩を叩いて言う。
「そうそう。難しい話はそれくらいにして、今は楽しくやろう」
トアも陽気な声で言う。
「そうですね」
「そうね」
「そうだね」
皆、同意するが、心配という名の小さな棘が心の片隅に残るのは避けられなかったのである。
* * *
皆がそれぞれの国、それぞれの家へ帰った後、蓬莱島で。
エルザはエドガーとミーネを伴い、実家に里帰りということでラインハルト夫妻と共にショウロ皇国へ向かった。仁は久しぶりに礼子と2人きり。
「さあて、本当に、何から始めようかな」
司令室で、仁は腕組みをして考え込んでいた。
「まずは非常用 魔力貯蔵庫(マナタンク) からだろうな」
マーメイド用に限らず、他のゴーレムたちにも使用可能なものにしよう、と仁は考えをまとめていく。
「今までのよりも、もっと 魔力素(マナ) を蓄えられるようにできないものだろうか」
旧式技術ということもあり、あまりこの点では研究し尽くされてはいない分野である。
「要は、 魔力素(マナ) を圧縮できたらいいんだがな……」
「お父さまのいらっしゃった世界で、似たような技術はなかったのですか?」
珍しく礼子が助言をしてきた。これも自我の発展だろう、と仁は嬉しく思う。そして。
「まてよ……そうだ、『水素吸蔵合金』か!」
化学は苦手な仁であるが、金属工学に関しては、深くはないものの広い知識を持っている。
その中に『水素吸蔵合金』というものがあった。
「気体状態の水素を、結晶構造の中に取り入れるとかなんとかだったっけ」
正確な知識は持っておらず、記憶も曖昧だが、今はそれで問題はない。重要なのは考え方だからだ。
「 魔力貯蔵庫(マナタンク) に蓄えられる 魔力素(マナ) も、おそらく結晶構造の隙間に……」
仁は考えを巡らせていく。
「となると、 稠密(ちゅうみつ) な結晶構造よりも……稠密の反対ってなんて言うんだ? ……まあいい、稠密じゃない構造の 魔力貯蔵庫(マナタンク) を用意して実験してみれば分かるな」
独り言を呟きつつ、仁はおおよその方針を固めた。
「礼子、老君、結晶構造が稠密でない 魔結晶(マギクリスタル) ってあるかな?」
『 御主人様(マイロード) 、それは難しいと思います。結晶である以上、個体差はほとんどないはずですので』
「だよなあ」
自分でもあまり期待していなかった内容である。
「うーん、 魔結晶(マギクリスタル) 以外で 魔力素(マナ) を蓄えられそうな素材か……」
自由魔力素(エーテル) を蓄える素材ならばいろいろ思いつくのであるが、 魔力素(マナ) となると……。考え込む仁。
一般に、 魔力素(マナ) はそれを 自由魔力素(エーテル) から生成した術者のみが使えるが、例外的に最も『レベル』が低い、あるいは『ニュートラル』なものであれば『汎用性』を持つ。
現実にあるエネルギーに例えれば、静電気のようなもの、あるいは直流の電気であろう。
そのままでは使いづらく、交流に変え、さらに運動エネルギーや熱エネルギーに変えて利用することになる。
本来なら 自由魔力素(エーテル) から直接、望むエネルギー形態に変えて利用するのが魔法であるから、2段階を経るこの利用法の効率が悪いことは容易に想像できる。
しかし。
仁が作った子供たち……礼子をはじめとする 自動人形(オートマタ) 、ゴーレムたちは、仁と同じ魔力パターンを持つので、この限りではないわけだ。
ニュートラルな 魔力素(マナ) を蓄えられそうな素材を、仁は思い出そうとした。
「…… 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) の革、か」
魔力素(マナ) の運用効率がもの凄く高いことは、礼子の改造時にわかっている。
それはすなわち、 魔力素(マナ) を多く含み、 魔力素(マナ) が発する力、エネルギーを効率良く利用できるからに他ならない。
「その線で考えてみるか……」
仁は再び思索に沈んだ。