軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32-28 その夜の物語

その日は町長ファドン宅に泊めてもらうことになった。

夕食時。

「ああ、幸いにして『暴食バッタ』の被害はなかったよ。……そうだったのか。……二堂様が退治してくださったのですか」

グースから説明を聞いた町長ファドンは仁に頭を下げた。

「やめてくださいよ。俺は自分にできることをしただけです」

「いや、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』である二堂様にしかできんことです。心配はしていたのですよ。刈り入れの済んだ畑をかすめるようにして奴らが飛び去っていたのを見たときは背筋が寒くなりましたから」

この一帯では、幸いにして刈り入れ後の発生だったため、実質的な被害はゼロだという。

『暴食バッタ』の通り道が耕作地から少し外れていたことも幸いだったのだろう。

ナデだけでなく、タウロ、ロムネ、カイド、ウルンといった町や村も被害は軽微だったようなので、フソーで生まれ育ったグースもほっと胸を撫で下ろしていた。

ローレン大陸の北に位置するフソーは、冷涼というより寒冷な気候なので、作物は9月上旬までに収穫するものがほとんどである。

ゆえに、収穫が終わった畑を『暴食バッタ』は通過したわけで、刈り残した 陸稲(おかぼ) や麦、芋の蔓などが食い尽くされたのみ。

「 藁(わら) がなくなったのは少し困るが、それこそ他の村からただ同然で分けてもらえるからのう」

少し酒気を帯びて赤くなった顔でファドンが言った。

「納豆用は確保できたんですか?」

「ああ、刈り入れと同時に確保したからな」

彼等にとって稲藁の一番の用途は『納豆作り』だ。

納豆菌の胞子は稲藁に付いており、藁を熱湯に通すことで目覚める。同時に他の菌は殺菌され、納豆菌だけが残る仕組みだ。

それを使って、蒸すもしくは茹でた 丸豆(ダイズ) を包み、一定温度で保温することで発酵が行われ、納豆になる。

こうした昔ながらの製法で納豆を作っている。

そのため、虫食いや傷みの少ない稲藁を納豆用に確保するのが通例となっていたため、この年も納豆作りに支障は出なかった、という。

「それはよかった」

グースは納豆好きである。

仁も好きなのだが、エルザが苦手としていて滅多に食卓に上らないため、実はここで食べるのを密かに楽しみにしていたりする。

「……」

美味そうに納豆を食べる仁を、エルザは横目で見ていた。

サキはそこまで嫌悪することなく、普通に食べている。

「ハンナちゃんは今回連れてこんかったんね」

「ええ、今回は短期間だったので」

フレーデはハンナのことも覚えていてくれたようだ。

そんな会話を交えつつ、夕食の席は和やかに終始した。

相変わらずナリーは無口で、グースに引っ付いている。そしてその様子を、サキが複雑そうな顔で見ている、という構図。

「サキ姉、やっぱりグースさんのこと……」

小声でエルザが仁の耳に囁いた。

「だろうなあ。グースもまんざらじゃない……と思うんだが、あいつは朴念仁だからなあ」

「それ、グースさんもジン兄だけには言われたくないと、思う」

「何でだ?」

「……そういうところ」

さらに仁が何か聞こうとしたところへ、ファドンが話しかけてきた。

「それにしても、空を飛ぶ乗り物とは凄いですなあ。さすが二堂様です」

「あ、はあ」

「祖父の祖父の祖父の……何代前かは忘れましたが、『 賢者(マグス) 』様が空を飛ぶ乗り物のお話をされたことがあると、家伝にあったことを思い出しました」

「え、『 賢者(マグス) 』が」

シュウキの時代に飛行機は既にあったわけなので不思議ではない。

「そういえば、『 賢者(マグス) 』様の手掛かりは見つかったのですかな?」

以前はここで『フニシス山』のことを知り、そこからアドリアナ・ティエラとシュウキ・ツェツィのことを知ることができたのだった。

「そうですね、見つかりましたよ」

「おお! 是非、お聞かせください!」

仁は、『 賢者(マグス) 』が異世界からの迷い人であることを隠しつつ説明しなければならないのでどうしようかと考えていたら、

「そういうことなら俺に任せてくれ」

とグースが言い出した。

「仁は、俺の説明で間違っていたところがあったら訂正してくれればいい」

「わかった。頼む」

仁よりもグースの方が、余程こういった話に向いているのだ。まして、ヴィヴィアンと共に『 賢者(マグス) 』や『先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』の物語をまとめていたこともあるので尚更である。

「まず、フニシス山の麓で、『 賢者(マグス) 』は生涯の伴侶となる女性、『アドリアナ・ティエラ』と巡り会った……」

それからは、ぼかすところはぼかした話が続く。

ナリーも興味を覚えたのか、目を輝かせて聞き入っていた。

「……で、『 賢者(マグス) 』は、この世界に知識を広めるために旅に出たそうだ。……フニシス山の麓にある遺跡でわかったことはこのくらいだな。……仁、補足はあるかい?」

「いや、それでいいと思う。ファドンさん、そういうことなんです」

「ううむ、『 賢者(マグス) 』様にはそんな過去が……いや、ありがとう、グース。ありがとうございました、二堂様。長年の疑問に終止符が打たれましたよ」

ファドンは少し興奮気味に仁とグースの手を取り、頭を下げた。

ナリーとフレーデも感激しているらしく、少し目を潤ませていた。

仁としては、まだ小さいナリーも、『 賢者(マグス) 』のことを知って感激したことに驚いていた。

「我等フソーの住民は皆、『 賢者(マグス) 』様に日々感謝して暮らしておりますからなあ」

とはファドンの言葉である。

確かに、半ば神格化された『 賢者(マグス) 』であるから、それも無理からぬことか、と仁も納得したのである。

その晩はかなり遅くまで話し込んでしまい、寝たのは午後11時を回っていた。

「お休み、エルザ」

「おやすみなさい」

もちろん仁とエルザは同室。

「俺は久しぶりに家に帰ってみるよ。何も残ってないけどな」

グースはそういって、元住んでいた家に帰っていった。

そしてサキは。

「あの、その、グース……。ボクも、君が住んでいた家を、見てみたいんだ、けど」

と言って付いて行ったのである。

その時グースは、

「物好きな奴だなあ。何も面白い物なんてないぞ?」

と言っただけだが、その顔が少し赤くなっていたのは、暗闇の中なので誰にも見えなかったのである。

* * *

「さあ、ここだ」

町外れに建った、木造2階建てのこぢんまりした家。それがグースの実家であった。

「盗まれて困るものもないけどな」

そう言いながらグースは玄関の鍵を開ける。

「……へえ、そういう鍵なんだ」

その鍵は、言うなれば『組み木細工』のように、一定の手順で部品をスライドさせていって初めて開く形式であった。

20回以上の複雑な手順を経て玄関のドアが開く。

「それじゃあサキ、どうぞ」

「……おじゃまします」

2人は家の中へと入っていったのである。