作品タイトル不明
32-13 9月12日旅行四日目 天花粉
グースとサキの報告はまだ続く。
「それから、これも見つかった」
濃い黄色をした柱状結晶。
「トパーズだそうだ」
「くふ、この島は宝石類が豊富なようなんだ。コレクターが知ったら大挙して押し寄せてきそうだね」
冗談半分のサキの言葉に、仁が真面目に返答した。
「かもしれないが、そうそうこんなところまでは来られないだろう」
「まあそうなんだけどさ」
そこへ被せるように、グースがさらに見つけた鉱物を示す。
「最後に、これだ」
白い塊。
「ものすごく軟らかい。爪で傷が付く」
グースが引っ掻いた跡が幾つも付いている。
「滑石か……そりゃあいい!」
仁は目を輝かせた。
なぜか、既知の鉱山では滑石は産出していないのだ。
「ん? こんな軟らかい鉱物、何に使うんだ?」
「汗知らずさ」
「あせしらず?」
汗知らず、というのは施設時代に院長先生がそう呼んでいたもので、本来は商品名らしい。
一般的にはタルカムパウダーと呼ばれている。シッカロール、 天花粉(てんかふん) 、ベビーパウダーも同系統のものを指している。
タルク=滑石の粉に、デンプンやホウ酸、それに香料などを加えて作られる。
「これを粉にして、あせもができやすい赤ちゃんのお尻につけるんだ。あ、大人も腋の下とか襟首につけるといいんだぞ」
「へえ……初めて聞いたよ。ジンのところではそうするのかい? カイナ村では、アレマメの根を擂って水にさらして作った粉を使うことがあるけどねえ」
仁の説明を聞いたマーサが村での習慣を口にした。
「アレマメ、ですか? でも俺は聞いたことなかった気が」
マーサの言葉に疑問を挟む仁。
「そりゃあそうさね。温泉ができてからというもの、あせもで悩むこともなくなったからねえ」
「ああ、なるほど」
元々カイナ村は標高が高く湿度も低いので、あせもはできにくい環境だったところに加えて、温泉で体表面を清潔に保っているため、あせもをはじめとした皮膚の疾患が激減しているのだ。
さらに、サリィという治癒師がいるため大人はもちろん、子供や赤ん坊もあせもにならなくなっていたのである。
「でも、作っておくのはいいね」
「うんうん、ジン、あたしの所は暑いしべたべたするから、あると有り難いかも」
サキとマルシアは是非に、と言う。
「わかった。後で滑石を採掘するよう指示を出しておこう。それからアレマメの根も採取したいな」
実はこのアレマメ、というのは現代日本で言う『 葛(くず) 』である。
根から採ったデンプンは 葛粉(くずこ) となり、高級和菓子の原料となるのだ。
透明感の高いゼリー状の『くず』ができ、特徴として、ゼラチンや寒天と違って水加減で硬さや弾力を調整できることが挙げられる。
また、葛湯は風邪を引いたときなどに効果があると言われる。
アレマメの根から採った『アレマメ粉』で新たな菓子が誕生するのはもう少し先のことである。
「うまくいけば、新しい産物になるかもな」
「あ、そのアレマメでしたらトカ村の周辺にもあるみたいです。救荒植物なんだとか」
「それはいいな。戻ったら、掘り上げてもらえると助かる」
「ええ、わかりました」
仁の提案にリシアが答えた。これで、また一つトカ村の産物が増えた。
「あと1つ。鉱物じゃないけれど、こんな植物を見つけた」
黄色く長い果実が房状になって付いている。
「……バナナ?」
どうやら野生のバナナらしい。
「仁はこれをばなな、というのかい?」
「いや、似たような果物が俺のいた世界にあったんだ」
「ふうん。まあ、見てくれ。変わった実なんだ」
皮を剥いてみると、種が入っている。
「でかい種だな。俺の知っているバナナは種なんかなかったぞ」
元々、現代地球で食べられているバナナは品種改良されたものだ。
原種は果実も小さく、大きな種が入っていたらしい。
それが突然変異で種なしバナナができ、それを株分けで増やしたのが今普通に食べられているバナナだという。
「なるほど、探したらそういう『種なし』もあるかもな!」
これもまた、今後の課題となる。
もしそういう株が見つかれば、また1つ、美味しい果物が増えるだろう。
それでグースたちの報告は終了した。
仁たちはそれからも少し他愛のないお喋りをしたあと、それぞれの部屋へと引き上げていったのである。
* * *
「いろいろと実り多い旅行になってるな」
「ん」
夜、『吾妻』の寝室で、仁とエルザは語り合っていた。
「でもエルザ、本当にこれでよかったのか?」
「どういう意味?」
仁の質問の意図が掴めず、きょとん、とした顔のエルザ。
「いや、この新婚旅行ってさ、ほとんど俺の趣味で企画して実行したからさ。もしかして、エルザはもっと違った形での旅行がよかったんじゃないかと……」
その言葉に、エルザは微笑みながら首を左右に振った。
「ううん、そんなことない。私はジン兄が計画してくれたこの旅行、本当に楽しいと思ってる。私じゃこんな楽しい旅行は企画できない」
そう言い切ったエルザの目に嘘はないようで、仁としてはくすぐったさを覚えてしまう。
それを誤魔化すために、部屋の明かりを一段暗くした。
「礼子、今何時だ?」
「はい、午後9時を過ぎたところです」
「そうか。そろそろ休む。警護は任せたぞ」
「はい、お任せください」
礼子は一礼して寝室を出て行き、ドアの前で不動の姿勢を取った。
実際、『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』で身体を固定しているため、船がひっくり返っても微動だにしないはずだ。
とはいえ、その夜は波も穏やかで、船の揺れは僅少であったが。
* * *
「……夢みたい」
『江戸』の一室で、リシアは窓から外を見つめていた。
空には満天の星。穏やかな波の音が聞こえてくる。
「少し前までは、こんな世界があるなんて思いもしなかったのに」
仁が途轍もない 魔法工作士(マギクラフトマン) だということは出会った時から知ってはいたが、まさか世界を変えるほどだとは思わなかった。
「でも、お仲間の末席に加えてもらえたのは嬉しいな」
何の取り柄もない自分だけれど、できることがあったなら、精一杯努めよう、と決意を新たにするリシアであった。