作品タイトル不明
31-32 屋上庭園にて
約束の午後2時少し前に、仁たちは王城へと戻ってきた。
行きも帰りも使用人の通用門を使ってである。
「ここのセキュリティってどうなっているんだろう?」
ちょっと気になる仁である。
「門の所にいる衛兵は、出ていった者と帰って来た者の顔を皆覚えているそうです」
特技のようなものなのだろうか、と仁は思う。
どちらかというと仁は人の顔を覚えるのが苦手な方だ。
保険の外交員にはなれないな、とかつての級友に言われたことがあるほど。
それはさておき、通用門をくぐったあとは城の一番外側の区画にある、言わば『三の丸』を通って『本丸』へ向かう。
(ふんふん、お互いに監視し合ったりもしているのか)
行きには、ただ黙ってベロニカの後を付いて行くだけだったが、帰りにはかなり観察する余裕ができた仁であった。
そして王城中央区画、貴賓室へと戻ってきた仁たちを待っていたのは総務省主席のバルフェーザ・ウォーカー。
「『崑崙君』、楽しまれたかな?」
「ええ、なかなか興味深かったですよ」
「それはようござった。それでは、まずは浴室で湯浴みをどうぞ」
町中を歩いてきたので汗もかき、埃っぽくなっているだろうという気づかいであった。
一応男女別の小浴場を使わせてもらい、汗を流し、着替えた仁とエルザは、ほぼ同時に更衣室から出て来た。
外で待っていた侍女がそんな2人を案内し、お茶会の行われる場所へと導いていった。
「わあ……」
「……へえ」
そこはいわゆる『屋上庭園』であった。
赤、白、黄色。夏の草花が今を盛りと咲き競っている。
葦簀(よしず) のような日除けが掛けられて夏の日射しを遮っており、涼しい。
そこに円卓が置かれ、お茶の用意が進められていた。
「ようこそ、『崑崙君』、奥方殿」
セザール王が立ち上がって2人を出迎える。
その場にいるのは王と親衛隊隊長のカーク・アット、それに侍女数名。
あともう1人、20代半ばの美女がいた。
「……メルフェ、さん?」
エルザの口からその名がこぼれる。
そう、前王リシャールの愛妾、メルフェであった。
「エルザ殿、彼女は自らお祝いを述べたいと言いましてね」
セザール王が、彼女がここにいる理由を説明する。
「エルザ様、ジン様、このたびはご結婚おめでとうございます」
立ち上がり、深々とお辞儀をするメルフェ。
彼女は、慕うリシャールを治療してくれたエルザに恩義を感じており、今回の来訪時に是非直接会ってお祝いとお礼を述べたいと思っていたのである。
「エルザ様、おかげをもちまして、我が 主(あるじ) は、なんとか人並みに動けるようになりました。誠にありがとう存じます」
「い、いえ、それはメルフェさんの献身的な介護があってこそ。私はその手助けをしただけに過ぎません」
「そんなことはございません! エルザ様がいらっしゃらなかったら、きっと今でも……」
メルフェの感謝は留まる所を知らないようだった。
「いや、本当に、感謝している」
セザール王も言い添えた。
「あ、ありがとうございます」
エルザは照れて真っ赤になった。
5分後、お茶会が始まる。
「今回はお疲れさまでした」
メルフェは、仁やエルザがこうした派手な催しが苦手なことを察していた。
「はは、それでも仕方ない面がありますし」
仁も苦笑しつつ答える。
「うむ、こうした催しは必要悪ともいえるな」
セザール王も半ばは同意のようだ。
セルロア王国でこんな言いたいことが言えるようになったということはいいことなのだろう、と仁は思う。
「1月もしたら、『モノレール』を試走させられるようになると思う」
「それはいいですね」
「うむ。是非見に来て欲しい」
「といいますか、依頼されたことですから来ますよ」
「よろしく頼む」
というような話も弾む。
仁も、いろいろな所で頼られているのである。
「明日……いや、明後日はショウロ皇国ですな」
そして話題は次の披露宴の話に。
「その予定、です」
「奥方の母国ですからな。盛大な催しになることでしょう」
「……」
内心、ちょっと辟易しているものの、それをなんとか顔には出さないで済ませたエルザ。
仁も隣で苦笑いしていた。
そんなこんなで時間も過ぎ、いつしか日は傾いて夕暮れが迫っていた。
「さて、名残惜しいが、そろそろお開きかな」
セザール王が、そばにやって来た秘書官の顔を見ながら言った。
「『崑崙君』、そして奥方、この3日間、いろいろとありがとう」
「いえ、それはこちらが言う言葉ですよ」
仁が反論する。
「いやいや、本来なら夫婦水入らずでゆっくりしたいはずなのに、国の面子などというもので呼び立ててしまい、申し訳なく思っているのだよ」
さすが庶民派の王と思わせるセリフであった。
* * *
その日の夕方、暮れゆく空に向かい、上昇していく『コンロン3』。
このままショウロ皇国へと向かう予定だ。
「あと半分か……」
「……ん。ショウロ皇国、クライン王国、フランツ王国」
「本当なら魔族の所にも行くべきなんだろうな」
「それは、こっちが全部済んだら、非公式に行けばいい」
「だな」
『仁ファミリー』に、シオンやイスタリスを加えてもいいと仁は思っていた。
そもそも2人とももうかなりのところ、仁の力を知っているわけでもあるし。
「でもまずは目先のことか」
「……ん」
アルスの自転と逆方向に飛んでいく『コンロン3』。
ゆえになかなか空は暗くならない。
そして薄暮の空の下、見えてきた首都ロイザート、そして仁の『屋敷』。
既に連絡が行っているので、屋上の誘導灯は点灯されていた。
ゆっくりと着陸する『コンロン3』。
バトラーDが出迎えた。
「おいでなさいませ、ご主人様、奥様」
この屋敷で1日寛げば、いよいよエルザの母国、ショウロ皇国での披露宴である。