作品タイトル不明
05-22 チーター
「ジン君!」
何度目かのエルザの叫び。
そしてようやく仁は顔を上げた。
「エルザ、ラインハルト、迷惑かけてすまん。バレンティノ、けりを付けよう」
「ふふん、覚悟が決まったか?」
ふんぞり返って勝ち誇るバレンティノ、対して仁は自然体で立っているだけ。礼子は何もしない。
「よし、『アルバス』、そいつの首をねじ切れ」
バレンティノが冷酷な命令を下す。
「やめろ!」
ラインハルトが『アルバス』を止めようとするが、生身の人間がかなうわけもなく、振り飛ばされてしまった。
「ジン君を傷付けさせたりしない!」
更にはエルザが仁をかばうように立つ、が、仁はそのエルザの肩を優しくそっと押しのけ、
「ありがとう、エルザ。ありがとう、ラインハルト。だがここは俺がけりを付ける」
そう言って仁は一歩を踏み出し、
「来い」
そう言って『アルバス』を誘った。
「死ねえ!」
そのバレンティノの叫びと同時に、『アルバス』が襲いかかった。
「きゃあ!」
エルザは目を閉じてしまう。ラインハルトも目をそむけようとしたが、その後の光景に目を見開いた。
「バリア」
「な、何……?」
『アルバス』の両腕は、仁の頭を掴もうとしてはいたが、50センチほど離れたまま、触れる事も出来ずにその場に留まっていた。
「何だ! 貴様! 何をした!」
仁は淡々とした声で、
「単なる物理防御の結界だよ」
だがバレンティノはにやりと笑うと、
「ふ、ふん、何か魔導具を使って防いだらしいが、いつまで保つかな? 『アルバス』は2日や3日、補給しないで動けるんだぞ!」
それを聞いた仁はふ、と笑い、
「なんだ。やっぱり 魔素変換器(エーテルコンバーター) を持っていないのか」
「何だと!?」
そして仁は礼子に向けて指示を出す。
「礼子、俺がこいつを無力化したら、バレンティノを逃がすなよ?」
「何だ貴様、何を言って……」
仁の態度と言葉を理解できないバレンティノは混乱する。
仁はかまわず先ほど解析した 魔法語(マギランゲージ) の応用を口にした。
「 消去(イレーズ) 」
その一瞬後、『アルバス』の動作が停止する。
「 書き込み(ライトイン) 」
『アルバス』が再度動き始める。だが、その向かう先は仁ではなくバレンティノ。
「な、ど、どうした!? 『アルバス』、奴は向こうだ! こっちじゃない! く、来るなあああ!」
いくらバレンティノが命令しても『アルバス』は止まらず、ついにバレンティノを捕まえる。
べきべきという音がして、『アルバス』に捕まれたバレンティノの両腕の骨が砕けた。
更に『アルバス』はバレンティノの右足も踏みつけていた。
「ぎ、ぎぃゃああああああ!」
「あ、まずい」
慌てた仁が、
「 停止(スタンドスティル) 」
と 魔鍵語(キーワード) を言わなければ、そのまま腕をもぎ取られていたかも知れない。
それでもバレンティノは、両腕と右足の骨を砕かれた痛みで泡を吹き失神していた。
「ふう、少し疲れた」
大きく息をついた仁は、
「エルザ、悪いけどあいつに簡単でいいから何か治療魔法掛けておいてくれないか?」
そう頼んだ。だがエルザは、
「なぜ? あいつはジン君を殺そうとした。だからジン君に殺されても文句は言えない」
だが仁は、
「うん、単なる俺の我が儘だから。それに、これくらいで死なれても困る。ちゃんと罪は償わせてやりたい」
と言った。小首をかしげていたエルザだったが、
「わかった。治してまた傷付ける。繰り返せば罰になる」
等と恐ろしい事を言い出した。
それを聞いた仁は、ああ、やっぱりこっちの世界の人間だなあ、と思いつつ、
「エルザ、君みたいな可愛い女の子がそんな殺伐とした事を言うもんじゃないよ」
そう言って宥めると、エルザの顔が一瞬赤くなった……気がした。
「……わかった。とりあえず痛み止めをしておく。 痛み止め(シュメルツミッテル) 」
とりあえず痛みは感じなくなったようだが、腕が変な形にねじれている。
「礼子、腕に添え木をしてから縛り上げてやれ」
ようやく、出番が来たと、礼子は張り切って指示をこなしていく。
張り切りすぎて折れた腕を強引に動かし、 痛み止め(シュメルツミッテル) がかかっているにもかかわらず、バレンティノが痛みに呻いていたが。
猿轡まで噛ませ、バレンティノの捕縛は完了した。
「さて、こいつの処遇だが」
ラインハルトがその場を仕切ることになった。
「国家間指名手配なんだから、エリアス王国へ護送するべきだと思う」
「うん、それがいいだろうな」
しかし、今の一行にはそんな余裕は無いため、とりあえずエゲレア王国のしかるべき筋に任せることが次善と言うことで、その方向で行くこととなった。
「あー、馬車が一台ばらばらになったな」
食料や水を積んだ馬車をゴーレムに破壊されていたのである。
散らばった食料のうち、無事だったものは回収。水はほとんどが駄目であった。
「今日中にファントル町へ行こうと思ったが無理そうだ。今日はここからすぐのルファート村で水を調達しよう」
黒騎士(シュバルツリッター) はこの場では直せないので、拿捕した『アルバス』にルファート村まで担がせる。
黒騎士(シュバルツリッター) の乗っていた馬車にスペースが空いたので、無事だった食料はそちらへ積み込んだ。
そういうことだ。
最後に、道を塞いだ岩をどうするかの議論が始まりそうだったので、
「あー、もう面倒くさい。礼子、ぶっ壊せ」
と幾分投げやりに仁が命じると、
「はい、お父さま!」
今回活躍できなかった礼子が、喜々として岩へと歩いて行き、無言で殴りつけた。
すると差し渡し3メートルほどもあった岩が砕け散る。それを見ていた仁以外の全員の顔が引き攣ったのは言うまでもない。
その礼子は砕けた岩の破片を掴んでは、ぽいぽいとまるで紙くずを放り投げるかのように崖の向こうまで放り投げて片付け始めた。
砕けた岩の破片を礼子が片付けている間、ラインハルトは仁に向き直り、
「さて、ジン、あの魔法について詳しく話してくれないか?」
するとエルザも寄ってきた。別に秘密にするような内容でもないし、むしろ今後の事を思えば、対策を立てるためにも広めなければならないので、
「わかった。まず、あの『アルバス』が使ったのは工学魔法の一種、 重ね書き(オーバーライト) だ」
制御核(コントロールコア) に上書きすることで、元々の命令が正しく行われないようにするのが目的だ、と説明する。
そして更に、その方法を解析した結果が、あの『 消去(イレーズ) 』と『 書き込み(ライトイン) 』だ、とも。
「し、しかし、 魔結晶(マギクリスタル) に触れずにそんなことが出来るのかい!?」
ラインハルトが驚くのも無理はない。 魔結晶(マギクリスタル) への 魔導式(マギフォーミュラ) 書き込みは精緻を極めるため、接触つまり手に持っていないと出来ないというのが常識だったから。
「ああ、それが不思議だ。ちょっと調べてみようか?」
ラインハルトと協力して、『アルバス』を調べてみることにした。すると、
「おい、ジン! これだ!」
ラインハルトが見つけたのは、水色に光る宝石。いや、 魔結晶(マギクリスタル) 。
「これは『エルラドライト』だ」
それは魔力を増幅するという宝石だった。その特性を利用して、普通なら不可能な魔力強度を生み出し、非接触で 重ね書き(オーバーライト) をしていたと考えられる。
「なるほどな、こういう使い方をするのか」
納得がいった2人。だがラインハルトは、
「増幅してようやく可能な芸当をよくもジンは出来たものだなあ」
と感心する。
「簡単じゃなかったさ。やり方を解析した上、魔力を溜めに溜めなくちゃならなかったからな」
仁がなにやら呟いていた時の事を説明する。
腕輪による 障壁(バリア) があったから安心して時間を稼げた、と言うと、
「でも、心配した」
いつの間にか近くへやって来ていたエルザがそう言ったので、仁はごめん、と素直に謝っておいた。
「で、やり方がわかったんで、『アルバス』に向かって逆に掛けてやったんだ。まず 消去(イレーズ) で 魔導式(マギフォーミュラ) を消し、 書き込み(ライトイン) でバレンティノを捕まえるように命令を書き込んだわけさ」
距離が離れているので細かい 魔導式(マギフォーミュラ) が書けず、結果として骨を砕くことになったけどな、と言って締めくくった。
「まあ、骨については自業自得と言うことだな」
ラインハルトがそう言い、仁に気にするな、と暗に匂わせる。
「お父さま、岩が片付きました」
ちょうど、礼子も岩を片付け終わり、街道が通れるようになったので、
「よし、出発しよう」
もうここはエゲレア王国。
一行はルファート村目指して出発したのである。
空は薄い雲がかかり、春が近いことを教えていた。