作品タイトル不明
29-29 書斎
調査行から帰った翌日、仁はエルザ、サキ、ハンナを先代の書斎へと案内した。
先頭に立つのは礼子だ。
「来るのは何年ぶりかな……」
それも不思議だ、と思いながら仁は廊下を辿った。
この世界で目覚め、礼子の前身である 自動人形(オートマタ) と出会い、先代の書斎へと案内されたのだった。
そして、その扉、礼子の前身である 自動人形(オートマタ) には開けることを許されていないというそれを、仁は開けたのである。
そこにあったのは、本で一杯の本棚、簡素だがしっかりした机と椅子、その上に置かれた本と水晶玉だった。
思い出に浸りつつ、仁は扉に手を触れた。
「ん……あれ?」
その瞬間、仁は軽い立ちくらみのような感覚を覚えたのである。
「これは……」
当時は、引いて開ける扉を押して面食らったものだが、今回もそういった『気の迷い』が生じたのだ。
振り返り、エルザたちを見てみると、ぼーっとした顔をしている。
「やっぱり」
このあたりに、精神的な防御結界のようなものがあるのだろう、と仁は当たりを付けた。
召喚された時に比べたら、魔法のある世界で経験を積んだ分、察しがよくなっていたのである。
「荒らされたくないという、最後の予防線なんだろうな」
そこで、仁は老君に指示して、3人の持つ『仲間の腕輪』の機能の1つ、『 魔法障壁(マジックバリア) 』を展開させることにした。
自分も同じく『 魔法障壁(マジックバリア) 』を張る。これにより、魔法攻撃は効かなくなる。
「……」
「あれ?」
「……寝てた?」
3人が正気に戻ったようだ。
「ああ、今気付いたんだが、この付近に、精神的な防御結界のようなものがあるらしいんだ。それでみんな、無気力になったらしい」
仁は説明しながら、扉を調べていく。
「あった。……これは……」
扉の裏に刻まれた 魔導式(マギフォーミュラ) 。それは、仁も初めて見るものであった。
「何か文字も書かれているな。……なになに……」
仁はゆっくりと文字を読んでいった。
「『この 魔導式(マギフォーミュラ) は私にも解析できなかったが、近付くものの関心を低下させる働きがある』……礼子、知っていたか?」
だが、礼子は済まなそうに首を横に振った。
「いえ、お父さま。わたくしは存じませんでした。覚えていないだけかも知れませんが」
おそらく覚えていない、という方が正解だろう。
礼子の前身である 自動人形(オートマタ) はこの結界がある中、先代のお世話をし、また仁を案内したのだから。
「こんな 魔導式(マギフォーミュラ) があるなんて……」
仁には使われている文字に見覚えがあった。それはおそらく『 始祖(オリジン) 』が使っていた文字。
現在のアルスで使われている文字の原型になったものだ。
例えていうならギリシャ文字とローマ字くらいの差がある。仁にも辛うじて読める程度だ。
「先代も、どこかでこの 魔導式(マギフォーミュラ) を知って、丸々写し取ったんだろうな」
読める箇所を拾ってその効果を推測するに、『 暗示(セデュース) 』に似ているが後遺症などはなく、単にこの場所への関心を低くしてしまう効果があるようだ。
『 隠身(ハイド) 』という魔法がある。気配を消す魔法だが、声を出したり攻撃を受けたりすると効果がなくなるのだ。
それと同系統らしい、と仁は推測した。さらにこの結界は 自動人形(オートマタ) やゴーレムにも有効のようだ。
かつてエリアス王国をエルザやラインハルトと旅をした時、『 隠身(ハイド) 』の効果を持つアミュレットを身に着けていた賊の気配を礼子も感知できなかったことがあったのだ。
だが、しっかりと意識してしまえば、最早効果はなくなる。
前回訪れた時、礼子の前身である 自動人形(オートマタ) はここのことを熟知していたので、迷わず仁を案内できたのだ。
だが、仁は、引いて開ける扉を押して面食らう、という程度には影響を受けたのだろう。
この結界は非常に有用である。これを蓬莱島の周りに張り巡らせば、発見される可能性を、今より更に減らすことができるだろう、と仁は思った。
「それでジン兄も、つい最近までここのことを思い出さなかったわけ?」
考え込んでいるとエルザの声が聞こえ、仁は我に返った。
「そうらしいな。この部屋を出たあと、もうここには用がなくなった、というような感じかな」
「先代は、どうしてこんな結界を……?」
サキが首を傾げる。仁は推測を述べた。
「要は、『自分の部屋に他人が近付くことを望まない』ということだろう。晩年の先代は人嫌いだったんだな……」
「……」
これまでの記録では、明るい性格だった先代に何があったのか。知りたいような、知らない方がいいような気がする仁であった。
ずっと廊下でそうしているわけにもいかない。顔を上げた仁は、礼子の手を取って、部屋の中に足を踏み入れた。他の面々は廊下に残って待っている。
「これで2度目だな、先代の書斎に来るのは」
前回と同じく、足を踏み入れると明るい光が溢れた。
「あの時は驚いてばかりで、ゆっくりと見せて貰うことをしなかったなあ……」
仁は部屋の中を見渡した。
あの時と変わらぬ簡素だがしっかりした机と椅子。
そしてぎっしりと詰まった本棚。
「……あれ?」
その本を1冊手に取って見たところ、中は白紙であった。つまりダミーの本である。
なぜわざわざこんな手のこんだことを、と今更ながらに仁は思った。
それで、本棚にそっと手を触れてみた。
と、微かに本棚が動いた気がする。
「……? おかしいな、これだけ重厚な本棚が」
そこで調べてみると、すぐにその理由は分かった。
本棚は横にスライドするのである。仁は、ゆっくりと本棚を動かしてみた。
「おお」
本棚に隠されていたのは1枚の扉。
そこには『アドリアナ・バルボラ・ツェツィ』の名が金文字で書かれていた。
「こっちが本当の意味での私室なんだろうか」
仁はそっとその扉を開いてみた。そこにも同じような部屋があった。いや、手前の部屋がダミーで、こちらがオリジナルなのだろう。
同じように重厚な本棚と棚一杯の蔵書、机と椅子。だが、違うものが一つ。
「折り鶴……」
本棚の中央部に、水晶製と思われる透明なケースが置かれ、その中に黄ばみ、古びた折り鶴が一つ置かれていたのである。
「お父さま、これって、お母さまがお祖父様からいただいたという、あれですね?」
先代が大事にしていた『折り鶴』を見た礼子から質問が。
おそらく、礼子の前身である 自動人形(オートマタ) のときは覚えていたのだろう。だが、劣化した 制御核(コントロールコア) の破損と共にその記憶は失われてしまっていたようである。
そういう意味でも、この訪問は礼子にとって非常に意義があるものだ。
「そうだな。まず、間違いない」
「お母さまの、宝物なんですね」
シュウキに貰ってから、どれほどの年月を共に過ごし、そしてここに飾られて千有余年。
アドリアナ・バルボラ・ツェツィが、どれほど大事にしていたのかわかろうというもの。
しばし感慨に 耽(ふけ) っていた仁と礼子は、エルザ、サキ、ハンナがまだ廊下にいることを思い出した。
「ああ、ごめん。みんな、中へ入ってくれ」
「……お邪魔します」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
3人とも、静かな声で一言断りを入れてから足を踏み入れてくれた、そのことが仁には嬉しかった。
「……これが、先代様の書斎」
「ここが、先代『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』の部屋なんだねえ」
「おにーちゃんのお師匠様に当たる人なんだよね? この人のおかげで、おにーちゃんと出会えたんだね」
質問というよりも確かめるようにハンナは呟き、『折り鶴』に向けて黙祷を捧げた。
それを見て、エルザとサキも同様に黙祷をする。仁も彼女等に倣い、目を瞑った。そして礼子も……。
「ありがとう、みんな」
およそ1分の後、目を開けた仁は礼を言った。
「さて、ここが先代の本当の書斎なわけだ。おそらく、こちらの本棚に何らかの記録が残っているだろうと思う」
「そうですね、お父さま」
黒い革の背表紙に金文字で記された本が多数。
半分くらいは日本語で書かれていた、ただし平仮名、だが。
「シュウキさんは漢字までは教えなかったんだな。いや、教えることが多くて教えきれなかったのか、優先度が低かったのか……」
いずれにせよ、先代が構成した 魔導式(マギフォーミュラ) には漢字が使われていなかったのも道理だ、と仁は思った。
そして1冊の本を手に取る。
保存のための魔法が掛けられているのだろう、出来上がったばかりの新品のようだ。
もちろん、この部屋全体が魔法で密閉されていたこともあってのことだろう。
「これが、きっと先代の遺した記録だ……」
その本の背表紙には、『我がふみあと 一』と書かれていた。ふみあと、つまり歩いて来た 足跡(そくせき) =日記、その1冊目という意味であろう。
同じ革製のベルトで、簡単には開かないように閉じられている。
そのベルトを留めている金具を外せば、日記は開かれる……のだが。
仁は開くことを躊躇していた。
「お父さま、どうなさいました?」
そんな仁を見て、礼子が不思議そうに尋ねる。
仁は少し困った様な顔をしてそれに答えた。
「いや、他人様の日記を盗み見るような気がしてな……」
「お父さま、でしたらわたくしが。娘が母の日記を見るなら、許されるのではないでしょうか」
「なるほどな……」
詭弁かも知れないが、その方が気が楽である。仁は、日記を礼子に手渡した。
受け取った礼子は、留め具を外そうとし、そこに書かれた文字に気が付いた。
「お父さま、ここに注意書きのようなものが書かれています。……『我が志を受け継ぐ者のみに開くことを許す』と」
「……そうか」
改めて仁は、礼子から日記を受け取り、留め具を外し、ゆっくりと開いたのである。
* * *
「……冒頭部は、これまで見てきた『 賢者(マグス) 』の軌跡と同じようだ」
ページをめくりながら仁が言った。
「ああ、ここにシュウキが亡くなったことが書いてある。ここからが未知の部分だな」
『敬愛する父、シュウキ・ツェツィを葬った私は、一人旅立つことにした』
仁は、小声で読み始めた。