作品タイトル不明
過去篇 参 24 2358年6月29日
「『 知識転写(トランスインフォ) 』、か……。やったな、アド!」
シュウキは手放しで娘を褒めた。
この工学魔法があれば、1つの『 制御核(コントロールコア) 』をコピーし、いくらでも増やすことができる。
ただ1つ、問題があるとすれば。
「『 知識転写(トランスインフォ) 』を行った本人しか、それを別の 魔結晶(マギクリスタル) に 知識転写(トランスインフォ) できないのよね」
おそらく、魔力パターンが関係してくると思われる。
とはいえ、それは大きな問題ではない。修練を積んだ 魔法工作士(マギクラフトマン) なら、大抵の者は『 知識転写(トランスインフォ) 』を使うことができたのである。
「大元になる情報を蓄えた 魔結晶(マギクリスタル) が1個あれば、それをそれぞれの 魔法工作士(マギクラフトマン) が一旦コピーし、それを使えばいいのだからな」
シュウキは笑いながら補足した。
「うん、そうだね」
アドリアナも笑った。この魔法は、人間の知識も 魔結晶(マギクリスタル) に転写することができるのだ。
「もう少し研究すれば、人格も転写できるようになるかも……」
そこでアドリアナはシュウキの顔をちらっと見た。
「ああ、そうかもしれないな。だが、私は、それを望まないよ、アド」
「え……?」
シュウキにはわかっていた。アドリアナは、シュウキの人格をコピーし、 自動人形(オートマタ) に移し替えることで、彼を延命させたいと思っていたのだ。
「哲学的な話になるが、そこまでされたなら、それはもう私ではないと思う。私はもう、十分生きた……」
シュウキがこの世界に迷い込んだのが2156年、既に200年の歳月が流れていた。
「お父さん……」
「それは遺される者のわがままだと思うよ、アド」
「……」
「命は一つだから、本当に大事にできるんだ。わかってほしい」
シュウキの言葉に、アドリアナは返す言葉がなかった。
「アド、一緒にいられるこの時を、精一杯幸せにすごそう」
「……うん」
涙を一杯に溜めた目で、アドリアナは頷くことしかできなかった。
その翌日、シュウキは『講義』を弟子たちに任せ、隠遁した。
* * *
それからの3年間、シュウキとアドリアナは海辺でひっそりと過ごした。
海岸の村、フトラ。
以前、2人で訪れた村は廃村になっていた。
発展した近くのガラクロの町へと、皆移り住んだのである。
だが、2人にはかえって都合が良かった。
アドリアナが作ったゴーレムが身の回りのことは代わりにやってくれていたし、シュウキがこれまで稼いだ金があったので日々の糧を手に入れるにも困らない。
2人で、魔法工学を更に充実させようと相談する。
2人で、これまで出会った人たちの噂をする。
2人で、これまで発見した工学魔法をまとめる。
2人で、新しい魔導具を試作してみる。
2人で、海辺を歩いてみる。
2人で、ご飯の仕度をする。
2人で過ごせること、それがアドリアナにはただただ、嬉しかった。
シュウキとて寝たきりというわけでもなく、調子のよい日には自分の足で散歩に出掛けることもあった。
そのような時は、必ずアドリアナが彼を介助していた。
* * *
その間、シュウキとアドリアナは『船』も開発した。
全長10メートルの、この世界では大型船だ。
動力はスクリューである。ゴーレムが手回しするものだ。
2基取り付けられ、2体のゴーレムによってそれぞれ反対方向に回されることで反トルクを打ち消す。
試運転の結果、時速30キロほどは出るようだった。
「私にもう少し時間が残されているなら、海に出てみたかったなあ」
今のシュウキは、お気に入りの岬から見える小島へすら行けないほど弱っており、とても長い航海には耐えられそうもなかった。
見かけは若いままのシュウキであるが、内臓、特に心臓がぼろぼろだったのだ。
治癒魔法のおかげでここまで延命されているが、いくら高度な治癒魔法でも寿命はどうにもならない。
「もっと乗り心地のいい船を造るわ。そうしたらお父さん、いっしょに海へ行こう?」
アドリアナは努めて明るく答えたのである。
* * *
「私も、死ぬ寸前で偶然この世界にやって来て200年あまり、いろいろなことをしてきたな……」
今、シュウキはお気に入りの岬の上から海を眺めていた。
その先には小さな小島が点々と見える。うまくやれば、10キロほど離れた一番大きな島まで浅瀬を伝って、泳がずに行けるかもしれない。
だが、そんな体力は、シュウキにはもう残っていなかった。
海を見つめながら、幼い頃過ごした土佐の海を思い出すシュウキ。
「あの海は今も変わらず青いままだろうな……」
そしてまたシュウキは、隣に立つアドリアナの肩に縋りつつ、
「最愛の妻と巡り会い、そして同じく最愛の娘を持つことができた。そして、最高の 魔法工作士(マギクラフトマン) を育てることができた。いや、お前はもう、マイスターだな。『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』だ」
と言って、繋いでいる手をしっかりと握り締めた。
「ありがとう、アド。私の人生が佳きものであったことを誇れるのは、お前がいてくれたからだ」
「お父さん……」
アドリアナの引き結んだ唇が震えている。
何かを言えば涙声になってしまいそうなので、彼女はそれ以上言葉を紡ぐことを止めた。
「人生に意味を見出そうというのは、きっと老人になった証拠なんだろうと思う。それを自覚した上で、やはり言いたい」
シュウキは隣にいるアドリアナの横顔を見つめながら告げた。
「アド、ありがとう。お前のおかげで、私の後半生は充実していた。……いや、幸せ、だったよ」
「お父さん!」
たまらなくなったアドリアナはシュウキに抱きつき、涙を流した。
「いつまでも泣き虫だな、アドは」
「……あたしが泣くのは、お父さんのことでだけ」
涙声でアドリアナは言い切った。
「ありがとう、アド」
何度目かの礼を口にするシュウキ。その目にも光るものがあった。
アドリアナは目に涙を溜めながら、それでも笑って言い返す。
「お父さん、もういいよ。あたしはお父さんの娘だもん。娘が親孝行するのは当たり前でしょ?」
* * *
2358年、6月29日の朝。
「お父さん、ご飯できたよ。そろそろ起きて」
アドリアナがシュウキに声を掛けた。
「……お父さん?」
だが、何の返事もない。
「お父さん!」
駆け寄るアドリアナ。
「お父さん……」
シュウキはその日の朝、帰らぬ人となる。
その顔は安らかで、いつもアドリアナに向ける透明な微笑みが浮かんでいた。
「お父さん…………もっといろいろ教えてもらいたかった。もっといろんなところへ一緒に行きたかった。もっといろんなものを一緒に作りたかった。もっと……もっともっと、一緒にいたかったよ、お父さん……」
冷たくなったシュウキの身体を抱き締め、アドリアナは静かに涙を流した。
* * *
シュウキが好きだった岬に記念碑を建てたアドリアナは、船で海へ乗り出した。
岬から見える最も離れた小島に、シュウキを葬ろうと思ったのだ。
作り上げたゴーレム、 自動人形(オートマタ) と共に、アドリアナはシュウキの墓所を作り上げたのである。
墓所には、父シュウキと己の姿とをうつした 自動人形(オートマタ) 2体を墓守として置くことにした。
他に、晩年のシュウキと共に記した日記帳を残し、アドリアナ・バルボラ・ツェツィはいずこへともなく消えたのである。