作品タイトル不明
29-05 圧力鍋、実演
1時間半の昼食と休憩時間を挟んで、会議は続けられた。
「では、『モノレール』に関しての話し合いは午前中で一旦区切りとして、次の議題に移りましょう」
司会のデウス・エクス・マキナが宣言する。出席者に異論はないようだ。
「では、『生活向上のための魔導具と新システムについて』とだけ言っていたものにつきまして、詳しい説明をさせていただきます」
仁が合図をすると、ペリド1が圧力鍋を、ルビー1が改良型魔導コンロを、アメズ1が 魔力素(マナ) スタンドの模型を、それぞれ持ってやって来た。
「『システム』というのは、個々が互いに影響しながら、全体として機能する仕組みのことです」
まずは前置きである。
「今回、中心になるのは 魔力素(マナ) スタンドの提案です」
アメズ1が運んできた模型を指し示す仁。
「これは模型ですが、小さいだけで実物と同じように動作します」
「ふむ、 魔力素(マナ) スタンドとな。つまり、 魔力素(マナ) を供給する 魔導機(マギマシン) ということだな」
ショウロ皇国魔法技術相、デガウズはどのような物かをすぐに察した。
「ええと、これは『 魔力素補給機(マナサーバー) 』と名付けました。 魔力素(マナ) スタンドはこれを備えた……店のようなものでしょうかね」
仁の中ではガソリンスタンドのイメージなのである。
「そして、この『 魔力素補給機(マナサーバー) 』は従来の 魔力素(マナ) 供給機の4倍くらいの効率があります」
「なんと!」
仁の答えに驚くデガウズ。
「それで、これをどうしたいのかといいますと、規定の料金を払いさえすれば誰でも、 魔力素(マナ) を買うことができるようにしたらどうかということです」
「どういうことかね?」
「ジン殿、それは?」
今の説明だけでは不十分だったとみえ、質問が飛んできた。だがそれは織り込み済みである。
「一つ、 魔力素(マナ) タンクの標準化。二つ、 魔導機(マギマシン) の普及。三つ、新たな雇用の発生、ですね」
「ふむ、少しわかってきたぞ。ジン殿、続けてくれ」
これに関しても、いち早く理解を示したのはクライン王国のアーサー王子であった。
「はい。分かりやすくするため、こういう魔導具を用意しました。……『圧力鍋』といいます。鍋、つまり調理用器具です」
ペリド1が持っていた圧力鍋を仁の前に置いた。
そしてルビー1は改良型魔導コンロをエルザの前に置いた。
「こちらは、魔導コンロです」
鍋とコンロであるから、何に使うのかは一目瞭然だ。
「……何が違うの?」
これに反応したのはショウロ皇国女皇帝である。仁が時々変わった、でも美味なものを作ることを知っているからだ。
「簡単に説明しますと、短時間で軟らかく煮ることができます」
それではあまりにも簡単すぎると、エルザが補足をする。
「多くの硬い食材は、高温で長時間煮ると、軟らかくなります。このお鍋は、短時間でそれを行えるもの、です」
「……ほう?」
だが、まだ列席者の多くはよく理解できていないようだ。
エルザが更に続ける。
「このお鍋の中には、『 牙猪(サーベルボア) 』の肉が入っています。……フリッツ中佐、 牙猪(サーベルボア) の肉の食感はどうですか?」
名指しされたフリッツは、予め打ち合わせをしてたのか、戸惑うことなく返答する。
「行軍中に退治した 牙猪(サーベルボア) を食べることはままあるが、食えな……食べられないこともないが、硬くて不味いな」
「長めに煮込んでも、駄目なのですか?」
「ああ。長いこと煮込んでも肉は軟らかくならない」
エルザは更に、クライン王国首脳陣の護衛に来ているグロリアにも同じように尋ねた。
「フリッツ殿の言うとおりです。先日、旧レナード王国で食する機会がありましたが、いくら工夫しても駄目でしたね」
牙猪(サーベルボア) 、というより 牙猪(サーベルボア) に擬態した怪物にひどい目にあったことを思い出したグロリアは少し顔を 顰(しか) めた。
エルザはそんな2人に礼を言う。
「お二方、ありがとうございました。……と、いうことで、普通の手段では 牙猪(サーベルボア) の肉は軟らかくならないことがおわかり頂けたことと思います」
エルザは、魔導コンロの上に鍋を置き、起動した。
「まだ蓋はしません。最初は『茹でこぼし』をします」
ギトギトの油や固まった血、アクなどが浮いてくるので、さっと一煮立ちさせて茹で汁は捨てる。
待つ時間が退屈にならないよう、仁が説明をしていく。
「ええと、高い山の上ですと、お湯が沸く温度が低くなるんです。温度が低いと、よく煮えなくなります」
「うむ、行軍でそういう経験をしたことはある」
フリッツをはじめとした軍関係者が頷き、仁の言うことを裏付けてくれた。
「逆に、低い場所ではお湯が沸く温度は高くなるのです」
「確かに、頷ける話ではあるな」
これもまたアーサー王子である。彼の理解力は高い。
「この原理を利用するのです」
この時、エルザの方では、ペリド1の補助によりちょうど茹でこぼしが行われていた。
そこで、説明はエルザにバトンタッチ。
「下拵えをしましたら、いよいよ圧力鍋の本領、です」
水を入れ、塩を適量加えるエルザ。
「今回は、塩だけで煮てみますが、各種香辛料や香味野菜などと煮ることで、より一層味がよくなるはず、です」
詳しくは料理担当者にお尋ねください、と付け加え、いよいよ調理だ。
蓋を閉め、コンロにかける。
「蓋を閉めると、この取っ手の部分に仕込まれた魔導具が作動します。すると、煮えてくるにつれ、内部の圧力が高まって温度が上がります」
「ふむ、そういうものか」
このあたりは詳しく説明していると日が暮れそうなので、『そういうもの』と思ってもらえればいい、と仁は割り切った。
「内部の圧力が高まる仕組みは単純です。蒸気……湯気が出にくい結界を張っているだけです」
正確には気体(水蒸気)と液体(湯気)なのだが、そこまで細かくは説明しない。
そうこうするうちに、シューシューと湯気が出てきた。沸騰したようだ。
「この状態で10分ほど煮れば、硬い肉も軟らかくなっています」
「ほう、 牙猪(サーベルボア) の肉は最低でも30分は煮ないと食え……食べられるようにならないのだが、そんな短時間で済むわけか」
説明を聞いたフリッツが感心している。
「吹きこぼれないよう、大きめの鍋を使い、水は3分の1くらいで抑えるのがコツですね」
その他にも、使い方の応用や、取り扱い上の注意などを説明しているうちに10分が経ったようだ。
「湯気は通さない結界ですが、固体は通しますので、蓋を摘むことはできます」
仁は蓋のつまみを掴んで見せた。大きめの断熱性素材でできているため持っても熱くない。
持ち上げると結界が弱まり、湯気が噴き出すが、一気に吹き出て火傷をしないよう、制御されている。
「余熱でさらに美味しくなったりもするのですが……今は、これでよしとします」
ぶしゅう、と噴き出した湯気を見て、一同はおおっ、と低い声を上げた。
「さあ、試食して見て下さい」
ゴーレムメイドたちが手分けして、肉を小皿に取り分けていく。
その様子を見ただけで、肉が軟らかくなっているのがわかる。護衛や付き人・使用人の分もあるのでほんの一口ずつだ。
「さあ、どうぞ」
昼食後とはいえ、休憩もはさんでいるので1時間以上経っているし、ほんの一口なので問題はない。
まず仁とエルザが口に入れてみせる。
「うん、上手くできた」
「まあまあ」
それを見て、まずは護衛が食べてみる。
「うむ、なんと軟らかいのだ! これはうまい! 牙猪(サーベルボア) の肉とは思えん!」
真っ先に食べ、感想を述べたのはフリッツだった。
「ええ、確かに軟らかくて美味しいです。塩だけでなく、香辛料も使ったら一流料理になりえます」
これはグロリアだ。
それからは続々と感想が述べられていく。
「うむ、ジン殿、これは確かに美味!」
「ジン君、美味しいわ!」
「まさに珍味といいますか美味ですな」
「 牙猪(サーベルボア) の肉がこんなに美味く食べられるとは!」
「これで、圧力鍋の効果の程をおわかり頂けたことと思います」
「うむ、お見事!」
「よくわかった!」
小皿を回収した後、仁が言うと、全員から拍手が行われた。
「ありがとうございます。この圧力鍋を使えば、多少品質の落ちる食材も美味しく食べることができるでしょうし、また料理の幅も増えると思います」
「例えば、野菜。これを使えば軟らかくなりますので、食べやすく、なります」
エルザが補足してくれた。
「子供やお年寄り、それに病人にもいいかもね」
フィレンツィアーノ侯爵がその意図を汲んでくれる。
「トポポもこれで煮ると短時間で軟らかくなりますよ」
「あら、そうね。これはいいと思いますよ」
こうして、『圧力鍋』は各国首脳陣に受け入れられたのであった。