軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05-13 仁の講義

翌日、朝食を終えて1時間くらい経ったあとに仁はフィレンツィアーノ侯爵の部屋に呼ばれた。ラインハルト、エルザ、そして礼子も一緒である。

「おひさしぶりね」

仁達がソファに座ると、開口一番、侯爵はそう言った。もちろん仁にである。

競技後のゴーレム騒ぎで報告した時には他に気を取られていて気付かなかったがあらためて侯爵を見ると、暗めの金髪をアップにまとめ、わずかにつり上がった青い眼は理知的だ。

眼鏡でも掛け、スーツに身を包めば女教師か秘書が似合いそうだが、現実は白い革のズボン、白いブラウス、青いベスト、そして薄紫の上着を着た侯爵である。

とても40代半ばには見えない、と仁は思った。

その侯爵は続けて、

「ゴーレム艇競技で活躍したジン君がまさかショウロ皇国に引き抜かれるとはね。まったく、うちの連中は何を見ていたのかしら」

優秀なフリーの 魔法工作士(マギクラフトマン) はどこの国でも欲しい。侯爵は半ば冗談めかしてそれを残念がったのである。

そして給仕に命じてクゥヘを淹れさせると、

「まあ、ゆっくりしてちょうだい。今日は、ジン君達が捕まえてくれた賊についてと、そのゴーレムについて話を聞きたいのよ」

まず初めに侯爵の口から、捕らえた賊についての説明がなされた。元々は東のイスド州にいた賊らしいが、最近になってこちらへ流れてきたようだという。

首領はそこそこの魔導士なので手下のほとんどを魔法による『 催眠(ヒュプノ) 』と『 意識下誘導(サブリミナル) 』を使って操り人形同然にしていた。

この『 意識下誘導(サブリミナル) 』の魔法の恐ろしい点は、本人が自分の意志で行動していると思いこんでいることだそうだ。

「とにかく、手下を使い捨てにするような奴なのよ」

吐き捨てる様に侯爵が言った。

「はっきりはしないけど、首領はセルロア王国の下級貴族だったらしいわ。逃げる時、追っ手をゴーレムで皆殺しにしたという話よ」

そのへんはこれからの取り調べで詳しいことがわかるでしょう、と言い、

「それよりも、あのゴーレムなんだけど、 制御核(コントロールコア) をまず調べたところ、とんでもないことがわかったわ」

「とんでもないこと?」

「ええ。あのゴーレムは『試作11型』だったの」

その意味がわからず、首をかしげたのはエルザだけ。仁とラインハルトは、その意味するところを正確に理解していた。

「どういうこと?」

そんなエルザの問いに答えたのは仁。

「つまり、ああいったゴーレムが少なくともあと10体はあること、そしておそらくはもっと作られていること」

そしてラインハルトが引き継ぎ、

「『試作』ということは、目的があってあんなゴーレムを作っているということだ。そしてその目的も見当がつく」

「ええ。間違いなく『戦闘用』ですからね。目的は戦争、でしょう」

侯爵がそう言ってまとめた。

「戦闘用のゴーレムを、どこかで、だれかが、準備しているということ?」

と、エルザ。

「そうよ。情報によると、ポトロックで拘束していたバレンティノを脱走させたのも同型のゴーレムだったようですから」

「バレンティノもどこかでそいつらと繋がっているというわけですか」

ラインハルトがそう言うと、フィレンツィアーノ侯爵は、

「ええ。ですが、残されていた屋敷を捜査しても、汚職の証拠以外は何も出ては来ませんでしたし、3人の夫人、2人の妾も何も知らないようでした」

と、ポトロックでの調査結果を簡単に述べた。

「あいつ、気障男の仮面を被っていたのか……」

と仁が言えば、

「いや、気障なのは地らしいですけどね」

と侯爵が締めくくった。

「いずれにせよ」

仕切り直すフィレンツィアーノ侯爵。

「この問題は我が国の問題ですので、ラインハルト殿、エルザ嬢、そしてジン君はこれ以上関わる必要はありません」

これはフィレンツィアーノ侯爵及びエリアス王国首脳のささやかな矜恃からくるものだったが、結果から言えばミスであった。

この時、仁やラインハルトにも協力を依頼していれば、この先に待つ混乱は避けられたかも知れない。

が、神ならぬ身、それを言うのは酷であろう。

何しろ、この時点ではまだ、仁が倒したゴーレム本体は首都に到着していなかったので、どのようにして倒されたのかを知らなかったのである。

昨日の時点では、 制御核(コントロールコア) と賊だけが首都に送られてきていたのだ。ゴーレムは重いこともあり、現場の判断で後回しにされていた。

もしも、倒されたゴーレムを見るものが見ていたら、どうやって倒したのか何としてでも知りたがった事だろう。

その後は、ポトロックを中心として、町の印象や、良かった点悪かった点などを尋ねられたので、仁は一つ気が付いた事を口にした。

「そうですね、ポトロックは港町、海が近いので水が悪いですね」

潮風でべたついた身体を洗えないのは観光の上では欠点となるだろう、と言った。侯爵はそれを聞いて、

「ああ、確かにそうですわね。入浴できるのは一部の高級宿だけですからね」

そして仁を見、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「でもそういう話をしたということは、ジン君には何か考えがあるのかしら?」

そう言われた仁は苦笑する。

「なかなか鋭いですね。ええ、考えていることはありますよ」

「まあ、やっぱり? 是非聞かせて欲しいものですね」

「もちろんです。それは、『蒸留』ですよ」

「『じょうりゅう』?」

「なんだい、それは?」

侯爵とラインハルト、2人して仁に尋ねてきた。ラインハルトにいたっては身を乗り出しながら。

仁は、水を浄化する魔導具ですよ、と答える。

「だがジン、あそこの井戸水は、どんなに細かい目の布で濾しても、塩辛いのが抜けないんだぞ? 見た目には澄んでいるのに、だ」

それを聞いた仁は、水に溶け込んだ塩分は布じゃ濾せないだろう、と言った。

「んん? それはどういう意味だ?」

食いついたのはやはりラインハルト。それに対して仁は、

「なあ、海の水を皿に取って、ほっぽっておくとどうなるか知ってるか?」

と聞き返した。ラインハルトはすぐに、そりゃあ、皿に塩が残る、と答えた。

「じゃあその時、水はどこへ行ったんだ?」

との問いを発した仁に、

「え? ええ? うーむ、乾いたんだから消えてしまったんだろう?」

と、考え考え答えたラインハルト。

「半分正解で半分間違いだ。乾く、ということは消える事じゃない。目に見えない粒、空気と同じような物になって、空気中に散らばったのさ」

「…………?」

よくわかっていないらしいラインハルトに仁は、

「いいか、水で言うと、冷やすと氷。これを固体という。溶かせば水。これを液体という。熱して沸騰させると湯気になる。これを気体という」

本当なら湯気は厳密には気体ではないのだが、わかりやすくするためにこう説明した。

「な、なるほど……」

で、と仁は説明を続ける。

「どんな物にもこの固体、液体、気体という状態は存在する。ただ、物によって、冷やし方や熱し方が違うだけだ」

そこで言葉を切る仁。ラインハルトは腕を組み、ふーむ、と唸りながら今聞いた事柄を咀嚼している。

侯爵とエルザは半分もわからなかったようだが、仁が革命的なことを口にしたと言うことだけは理解したようだ。

「で、塩というやつは、水よりもはるかに高い温度にしないと気体にならないんだよ」

そう仁が言うと、ラインハルトはすかさず、

「そうか! だから水が気体になって無くなった後に塩が残るのか!」

仁は肯き、

「そうだ。じゃあ、気体になった水を集めるとどうなる?」

ラインハルトは少しだけ考えたが、

「混じりけのない水になるんじゃないのか?」

と正解を口にした。

「正解。その原理を使えば、海水から真水を作る事が出来る」

「なーるほど、わかったぞ。塩を作るのには海水を煮ているが、同じようなことをしながら、水も作れるというわけか!」

さすがラインハルト、どんな魔導具を作ればいいか、構想が浮かんだらしい。

工学魔法で不純物を分離する方法もあるが、必要な魔力の桁が違う。

仁の示唆した方法なら、一般にも普及する魔導具が作れるだろう。

そんな様子を見ていたフィレンツィアーノ侯爵は、

「ジン君、ラインハルト殿。ザウス州領主としてお願い致します、その『じょうりゅう』が出来るような魔導具を是非作って下さい」

と頭を下げたのである。

侯爵に頭を下げられては嫌とは言いづらい。仁とラインハルトは会談はそこまでにして、さっそく魔導具を作る事にした。

「ジン、僕の考えでは、下に鍋を置き、そこに海水を入れる。で、その鍋に蓋を被せ、その蓋に小さな穴を開けておけば、気体になった水が出てくるんじゃないか?」

ラインハルトが鋭いところを見せる。仁はその通り、と肯いて、

「その穴に管を付けて、別の鍋へ導くんだ。気体だった水は、その管の中で冷やされてまた液体の水に戻るわけさ」

「なるほどなあ。ジン、それも君のお師匠様の教えかい?」

そう聞かれた仁は、

「ま、まあな。住んでいたのが孤島だったもんだから、そういう道具が必要になったのさ」

と誤魔化しておくのだった。