作品タイトル不明
28-20 発想の転換
「うーむ」
「……」
仁とエルザはまだ悩んでいた。
「形が決まっているなら比較的簡単なんだがなあ」
プラズマソードなどは、形状を決めているからこそ、剣の形に結界を維持できているのだ。
「バリアか……まてよ?」
「ジン兄、バリアクッションカー」
2人とも何か思いついたようである。
「病原体から守るだけならできるかもしれない」
「やわらかバリア」
「え?」
「え?」
2人とも、それぞれちょっと違うことを考えついたようだった。
「ええと、エルザからどうぞ」
「……ジン兄から」
「そ、そうか?」
ここで押し問答しても仕方ないので、仁はアイデアを口にする。
「既存のバリアにこだわる必要はないんだ、と思ったんだ、つまり、『 滅菌結界(ステリライズバリア) 』を作ればいい」
つまり、効果範囲の中に入って来たものを滅菌する結界である。
「なるほど、わかる」
頷いたエルザに、今度は仁が質問した。
「エルザのアイデアは?」
「バリアクッションカーで使ったような、柔軟性のあるバリアを、縮めていく」
「なるほど……そうすれば、設定にもよるが、体の表面に沿ってバリアが形成されるな」
「ん」
仁とエルザは再度協議を始めた。老君も参加する。
『当初の目的である、ミロウィーナさんをアルスに招く、という目的に限定するのでしたら、 御主人様(マイロード) の『 滅菌結界(ステリライズバリア) 』がよろしいでしょうね』
実現性が高く、確実である、という老君。
それについては仁もエルザも異論はない。というより、それでいくつもりだった。
問題は、エルザのアイデアの応用性である。
「……そうやって、体表面に沿ったバリアを基準にして、もう一層、バリアを発生させれば……」
「さすが、ジン兄。私の言いたいことはまさに、それ」
『 御主人様(マイロード) 、その方法でしたら、どんなバリアでも、体表面に沿って発生させられますね』
つまりは、発想の転換である。
強度の弱いバリアは変形する。バリアクッションカーはその性質を利用して、地面の凹凸を吸収しているわけだ。
対象者を包んだバリアの大きさを縮めていけば、いずれは対象者の身体に接触することになる。
更にバリアを縮めたらどうなるか。
バリアが空気を通す種類のもので、かつ固体は通さないものであれば、バリアは変形を始める。対象者の身体に沿って。
もし服を着ているなら、服の表面にも沿うだろう。
「このバリアはもちろん、『 自由魔力素(エーテル) 』の作用で発生しているわけだ」
仁は自分でも確認するように、エルザに説明していく。
「ん。だから、別の結界の起点にすることが、できる」
「いやあ、エルザ、すごいな! その発想はなかったよ」
この考え方を応用したなら、多層結界……いや、複合結界が簡単にできそうだ、と仁は考えた。
『ですね。今現在は、起点が結界発生用の 制御核(コントロールコア) ですから、2種類以上の結界を同時展開しようとすると、微小な誤差が出てしまい、完全一致はできませんから』
「それが、エルザ様の考え方を応用すれば誤差をなくせるというわけですね」
礼子も感心する。
仁とエルザ、礼子、それに老君は、この方法の可能性をしばし語り合ったが、まずは当初の目的を追求することにした。
「まずは『 滅菌結界(ステリライズバリア) 』からだ」
「ん、それはジン兄の考え方が、適している」
同じ結果を出せるならば、よりシンプルな方が優れている、という考えである。
「オータムの剃刀、だったっけ」
正解は『オッカムの剃刀』である。別名を『ケチの原理』ともいう。
同じ結果を出せるなら、より単純なものの方が優れている、という考え。
法則などを説明する際、不要なものをそぎ落とすという意味での『剃刀』である。
閑話休題。
ミロウィーナを連れて来たいが、おそらく彼女にとってはアルスは、耐性のない病原菌だらけのはずだ。
そのため『 滅菌結界(ステリライズバリア) 』を開発しようとしているわけである。
「固体内部の菌も考慮する必要があるかな」
食べ物、という意味合いである。
『でもやりすぎると味が落ちませんか?』
老君がいうのは発酵食品のことだ。
「それは大丈夫だろう。食べても腸内細菌が増えることもないが」
液体も同じ。ただ、生体内部には効果がないようにしないと、ミロウィーナ自身の腸内細菌などまで滅菌してしまうことになる。
「エルザ、どうだ?」
「……ん、できる、と思う」
エルザはメモ用紙に 魔法制御の流れ(マギシークエンス) をさらさらと書いて見せた。
「うん、なるほど。これなら大丈夫だな。元々、治癒魔法なんかを除いて、魔法は生体内に影響を及ぼせないんだし」
「そう。治癒魔法は特別。でも、工学魔法としての『 殺菌(ステリリゼイション) 』は……」
元々、人体内には影響を及ぼさないのであった。
こうして、『 滅菌結界(ステリライズバリア) 』はその日の夕方には完成した。
ペンダント型で、首から提げるタイプ。
「これって、外科的手術にも有効そう」
「ああ、確かに。サリィ先生のところにも持って行こうか」
「その場合は、もう少し汎用性を持たせて、部屋の中を滅菌できるようにするのがいいかも」
「なるほどな」
さらに応用した魔導具、『 滅菌結界発生機(ステリライザー) 』までもが完成したのであった。
「これでミロウィーナさんを呼ぶ目処が立ったな」
「『 滅菌結界発生機(ステリライザー) 』はサリィ先生も喜ぶと思う」
満足した仁とエルザは、夕食にすることにした。
「……今夜も用意できなかった」
代わって、今夜の担当はミーネである。
「母さま、ありがとう」
「いいのよ。ジン様と何やら忙しそうだったしね」
献立は大麦の粥、オムレツ、白身魚のフライ、野菜のスープ、フルーツサラダ。
「母さまの味、やっぱり美味しい」
本人から習っているエルザであるが、同じ味が出せない、という。
「やっぱり年季の差、というのはあるのかな」
「ふふ、そうかも知れませんわね」
仁の呟きに、ミーネは笑って同意した。
「……頑張る」
「ええ、頑張りなさい」
年長者の余裕を持って、娘をいなすミーネ。そこには母と娘の絆が感じられた。
そんな2人を見た仁が、少しだけ羨ましく思ったのは秘密である。