作品タイトル不明
33.姫様はなんでもしたい
数日後、ボワルセルの街に戻って来た俺は、庁舎に行って、ローズと会った。
話があると申し出たら、ローズは俺を奥の応接間に通してくれた。
応接間の中で、ローズと二人っきりで向き合って座る。
「なんだい、話って」
「郊外に拠点を作りたいんだ」
「へえ」
ローズはちょっとだけ目を見開かせ、面白そうだ、って顔で俺を見た。
「もうそこまで来てるのかい?」
「ああ、クリス――姫様から預かった中型のフェニックス種もいるし、ドラゴンの数も五人まで増えた。街中オンリーじゃ狭く感じてね」
「なるほどねえ」
ローズは頷き、納得した。
竜騎士ギルドが、街の中じゃなくて、郊外に拠点を持つことは決して珍しくない。
むしろある程度の規模になってくるとそうすることの方が多い。
中型種大型種が入ると、どうしても街中には入りきれなくなってしまうのだ。
だから俺が「郊外に拠点を持ちたい」と相談したのは至極当然の話だ。
だが、本当はそれが理由じゃない。
本当はガリアンの栽培のためだ。
ユーイが加わって、栽培の現場を隠蔽できるようにはなったが、それでも今やろうとすれば庭で家庭菜園という形になってしまう。
いわゆる危ない橋だ、どうせ渡るならちまちまやってもしょうがない。
ならば郊外に拠点を持って、広い土地を使って栽培しようって訳だ。
この話の発端となったネアルコ砦の連中も、それが理由で郊外にいるんだろうな。
「話は分かったよ。それには金が大分かかるけど、大丈夫なのかい?」
「どれくらいかかるんだ?」
「むしろどれくらいの土地がいるんだい?」
「ああ……」
そりゃそうだ、って納得しつつ、考える。
馬鹿正直にガリアン栽培っていうわけにも行かないから、もっと別の表現を考えた。
「大型種がいてもストレス感じないくらいの広さ、かな」
「となると、軍用の砦と同程度ってことだね」
ローズは頷き、そう言った。
上手く包み隠せたイメージで伝わって俺は満足した。
「そうなると、年間で50万リールはいるね」
「そんなにいるのか?」
「国の土地は全部王の持ち物だから」
ローズは肩をすくめた。
「郊外であってもそう、これはその使用料さ」
「そうか……」
50万リールなんてとても無理だ。
「そういえば」
「え?」
「あんたは姫様と懇意なんだろ? そっちから頼んでみたらどうだい?」
「……いや、いい」
俺は首を横に振った。
今回の一件は、竜涙香のいわゆる密造だ。
権力者の一方的な都合に反抗するのだからそれを悪いことだとは思ってないが、それでも姫様は巻き込みたくない。
「そうかい?」
「ああ。ありがとうローズさん、まずは金策を考えてみる」
「ああ、またなんかあったらいつでも相談にきな」
俺は「ありがとう」といって、席を立って庁舎を出た。
☆
家に帰ってきた。
竜舎の中で、ドラゴンたちと向き合う。
家の中だから、ドラゴンたちはみな、幻術による人間の姿ではなく、本来のドラゴンの姿だ。
あの幻術は体にこそ影響はないが、見た目と実際の感覚が違うから、どうもいまいち調子が微妙になるらしい。
それを聞いて、普段はやっぱりドラゴンの姿がいいなと俺は思った。
「さて、まずは一回、最初から最後まで育ててみようか」
俺はそう言いながら、手にもっているガリアンの種に視線を向けた。
郊外の広い土地はしばらくは無理だが、そもそも、一度ガリアンの種から、最終的な竜涙香になるまでのサイクルを体験しておきたい。
「ユーイ」
『……なに?』
竜舎の隅っこで、丸まっているユーイが顔だけあげた。
「これから外でこれを植える。それの芽がでたら隠蔽をたのむ」
『わかった』
『心友よ、種の数が少ないようだが?』
クリスが聞いてきた。
「ああ、まずはテストって所か。一つ二つ植えて、ちゃんと種から最後の竜涙香になるかどうかのテストだ」
『なるほど、であれば竜舎の中に植えるとよい』
「竜舎の中? それだと日に当らなくて育たないんじゃ?」
ガリアンというものにそれほど詳しくないが、それでも植物、だっていう事くらいは知っている。
そして植物は太陽の光を浴びないと育たない、ということも知ってる。
『くははははは、それならば問題はない』
「問題ない?」
『うむ、さあとくと見よ』
クリスはそう言って、普段の「寝っ転がって」る姿勢から、居住まいを正した。
そして胸のあたりから、燃えさかる火球を出した。
小さな火球だが、その小ささからは想像もできない位の光が竜舎の中を照らし出す。
「こ、これは……」
『フェニックスの炎は再生の炎、つまり命の炎だ』
「命の炎……」
『作物程度ならなんなく育つぞ』
「そうなのか!? すごいな!」
『くははははは! そうであろう、何しろ我なのだからな』
「いや本当にすごいぞそれ」
俺は感心して舌を巻いた。
その話が本当なら、屋内でも作物が育つ。
そして「夜」がない分、作物も倍の速度で育つ。
「あっ、でも」
『なんだ?』
「それ、つらくないのか? そんな生き物が育つ程の炎を出すのは」
『……ぐわーはっははははは』
一瞬きょとんとした後、クリスは更に上機嫌になって――。
普段の高笑いよりも数段上機嫌な感じで大笑いした。
『面白い、実に面白いぞ』
「え? なにが?」
『忘れたか心友よ、我は唯一にして不死の存在』
「ああ、知ってるよ?」
『不死なる我に「つらくないか?」と心配してきたのは、この三千年の間で心友ただ一人だ』
「むっ……」
そ、そうなのか?
『そりゃ、ゴシュジンサマは私達にやさしいから』
『ドラゴン・ファーストですから!』
これまで黙って話を聞いていたルイーズとエマがそう言った。
『うむ、そうだったな。案ずるな心友よ、炎を出すのは我にとって人間が息をする様なもの。この炎もせいぜいが、座るとき背筋を伸ばす程度の労力でしかない』
「それはそれでつらそうだけど……なるほど」
要するに大丈夫だってことか。
「じゃあ……頼むな、クリス」
『うむ、任せるが良い』
クリスが鷹揚な感じで引き受けた。
これで、「屋内」+「隠蔽」の二段構えで、秘密にガリアン=竜涙香の製造が試せることになった。
無事に行くといいな。
などと、思っていると。
「ごめんくださいー」
「ん?」
家の方の、玄関の外から女の声が聞こえてきた。
『客のようだな』
「そうみたいだ。行ってくる」
竜舎から 上がって(、、、、) 、家に入った。
そのまま玄関に一直線で向かって、扉を開けた。
そこに――姫様がいた。
「姫様? どうしたんですか?」
彼女の向こうに馬車が止まっていて、馬も御者も息が上がって汗だくになっている。
急いでやって来たのがはっきりと分かる。
「あっ、立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「はい!」
姫様は笑顔で頷いて、家の中に入った。
そのまま彼女を連れて、応接間にやってきた。
姫様だから、上座に通して、向き合って座る。
「えっと、何かお仕事ですか?」
「水くさいです、シリル様!」
「え?」
「この街の役人から連絡を受けました。ギルド拠点の土地を必要としているのだと」
「ああ、まあ……」
俺は曖昧に頷き、微苦笑した。
ローズが姫様に連絡してくれたのか?
「大きめとのことなので、そこまでご迷惑をおかけするのもどうかと思って」
「それが水くさいです!」
姫様は強い口調でいい、恨めしそうな目で俺を見つめてきた。
「土地の事ですよね。土地なんて有り余ってますから、いくらでも差し上げます!」
「いや、いくらでもって訳にも……」
さすがにそれは……って思ったが。
姫様は更に強い視線で、体を乗り出す程の勢いで言ってきた。
「わたくし、シリル様のお役に立ちたいのです! シリル様のためならなんでもします」
「なんでも?」
さすがにこれには驚いた。
そんなにか、ってびっくりして。
『わー……王女にそこまで言わせるゴシュジンサマすごい』
『くははははは、我の心友よ、これくらい当然であろう』
後ろの竜舎で、ドラゴンたちが大盛り上がりしているのが漏れて聞こえてきた。