軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

91:一番弟子の思い出

エペは名前のない子供だった。

山奥の小さな村の出身で、親も兄弟もいた。

だが、生まれてすぐ判明した魔法の得意属性が「闇」だったため、名前も与えられず奴隷のようにこきつかわれ――揚げ句、八歳で生贄として山深くに捨てられた。

五百年前の世界では今のように魔力持ちは差別されていなかった。

しかし、地域によっては闇魔法を忌避する信仰が根付いていたのだ。

不幸なことにエペが生まれたのは、そういう村の一つだった。

そもそも、闇魔法が得意な人間は、他属性が得意な人間に比べて極端に数が少なく、非常に珍しい。そのことも、差別を助長する一因となっていた。

当時、エペたちの暮らす村の近くには、知性のある魔獣が生息しており、定期的に近隣の村から生贄を捧げられていた。

魔獣は普段は山で他の魔獣を食べたり、月に一度供えられる家畜を食べたりしていた。しかし、特に子供の肉を好んだ。

だから、持ち回りで年に一人、村から子供を出す慣習が続いていた。

見返りとして、魔獣は村の人々に山の恵みを与えた。

迷信深い村でエペが生まれてすぐに殺されなかったのは全て生贄となるためだったのだ。

最初から運命を知っていたから、生け贄にされるときもエペは抵抗しなかった。

どのみち、家族の奴隷として過ごす日々は楽しいものではない。諦めた顔で縄につき、鬱蒼とした木々に覆われた山奥へと連れて行かれた。

この辺りは村人も立ち入らない場所で、村の中でも危険な区域に指定されている。

「戻って来るんじゃないぞ」

父だった男は険しい顔でエペに命令した。

エペはうつろな目で男を眺めたあと、太い木の幹にもたれかかって目を閉じる。

齢八歳にして、家族に、村人に、世界に疲れ切っていた。

ここにいれば、そのうち村の者が言う「魔獣」がくるのだろう。エペの人生を終わらせに。

エペにとっては、村の者も魔獣もさほど変わらない。どちらも自分を傷付ける者たちだ。

立場上早熟にならざるを得なかったため、これから自分に起こることも、それが自分だけでは回避できないことも悟っている。何をしても無駄だ。

日々の生活の疲れもあり、エペはすぐに眠り込んでしまった。

ぐらり、ぐらりと地面が揺れ、魔獣の近づいてくる気配を感じ、眠っていたエペは目を覚ました。

連れてこられたのは朝だったが、夕方になっていた。

横を向き、木々の隙間から空を見上げていると、ぬっと目の前に影が差し、近くに魔獣の息づかいを感じた。ついに、生贄となるときがやって来たのだ。

やられる前に、件の魔獣を見てやろうと、エペは横を向いたまま視線を動かす。

すると、予想通り巨大な蜥蜴形の魔獣が涎をたらしながらエペを凝視しているのが目に入る。噂に違わぬ、恐ろしい魔獣だった。

こんな時になって、「逃げればよかった」などと考え始める自分を嫌悪しながら、自分に訪れるときを待った。しかし――

ドォンと土煙を立て、魔獣はその場に倒れ伏した。

エペは訳がわからないまま、動かなくなった魔獣を見つめる。

「どうなっているんだ?」

うっかり純粋な疑問を声に出してしまうほど、それは不可思議な光景だった。

「ん……?」

よく見ると、魔獣の向こうに誰か人がいる。村の者だろうかと思い、エペは身を乗り出した。

だが、そこにいたのは……自分より少し年上に見える一人の少女だった。

「ふう、つまらぬものを倒してしまったわね」

パンパンと手を払いながら魔獣を踏み越え、少女はエペの方へ近づいてきた。この辺りでは見ない顔だ。

着ている服だって、村人たちのものよりずっといい。

シャツに半ズボンという軽装に洒落たローブ、頑丈そうなブーツを履いた少女はエペに目を留め微笑んだ。満開の花のように明るい、屈託のない笑顔だった。

生まれてこのかた、エペが向けられたことのない表情だ。

「討伐完了っと。師匠が適当に目的地を伝えるものだから、探索に苦労しちゃったわ。助けるのが遅くなってごめんなさいね。私はアウローラ、魔法使いよ」

アウローラは今回の魔獣退治の事情をエペに説明した。

彼女は王都付近の森に住んでいて、師の指示により訓練として討伐に参加したとのこと。

別の村で暮らす村人が、町の役人へ魔獣の件を報告したようだ。

エペの住んでいた村から山を越えた場所に辺境の街がある。

持ち回りで生贄を出さなければならない村のうちの誰かが、町の役人に魔獣の話を訴えたようだ。

これは、全ての村の村人たちにとって裏切りに等しい行為だった。村人は生贄と引き換えに魔獣の恩恵を受け続けていたからだ。

訴え出たのは、エペの次に生贄を担うことが決まった子供の父親。

今は役人の力を借りて、家族揃って村を出て街の片隅で慎ましく暮らしているという。

エペは自分の父の態度を思い返した。彼は嬉々としてエペを生贄に指名し、他の村人から感謝され、誇らしげにしていた。

「……とまあ、そんな感じで辺境伯が何人か魔獣退治に人を送ったけれど、全員返り討ちに遭っちゃったのよね。で、最終的に私の師匠に依頼が来たってわけ」

少女は、木にもたれて座っていたエペの前にしゃがみ、ためらいなく片手を差し出す。

「一緒に行きましょう。この山には他にも魔獣がいるのよ、今までは強い魔獣がいたから大人しくしていただろうけど、それがいなくなれば狩りが活発になるはず」

手を取らずにエペがもたもたしていると、彼女は子供とは思えない強い力でエペを無理矢理引き上げ立たせる。

てっきり村へ返されるのかと思ったが、少女はエペの家族について一言も口に出さなかった。

「私はアウローラ、あなたは?」

「…………」

エペは答えられなかった。名前がなかったからだ。

アウローラは困ったような笑顔を浮かべ、片手の人さし指で頬を掻く。

「えーと、喋れる?」

問われ、エペはこくりと頷いた。

「名前、なんて言うの?」

「…………ない。名前はない」

それだけ伝えると、アウローラはなんとなく事情を察した風に口を開いた。

「それじゃあ、私が素敵な名前をつけてあげる、あなたは今日からエペよ。実はね、私の名前は師匠がつけてくれたの。私を引き取って弟子にしたときに決めたんだって」

聞いてもいないのに、アウローラはベラベラと自分の事情を話し始める。

そして、最後に突拍子もない理不尽をエペに突きつけた。

「そういうわけで、今日からあなたは私の弟子ね」

なぜそうなる?

どう見てもお前は、自分と年の変わらない子供だろう?

アウローラに言いたいことはたくさんあったが、反論する前に彼女は魔法を展開してエペごと転移してしまった。