軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十三章 決して越えられない壁

死後の世界。もし、そんなものが存在するのであれば、きっと今のように何も見えず、何も聞こえない世界なのだろう。霧がかった意識の中で、鏡はふいにそう思った。

自分が想像する死後の世界と違う部分があるとすれば、こうして物事を考え、身体にほんの少しばかりの感覚があるくらいだろう。

だがそれだけで、自分が生きていると充分に判断できた。

『ここは……どこだ? どれだけの時間が経過した?』

声を出す力もない中、鏡は思考する。

そこは、光の届かない真っ暗な空間だった。

全身を覆うとても冷たく硬い物質が、力の入らない肉体から体温を蝕むように奪っていく。

そして、いつまで経っても体力が戻る気配はなく、力が入らない状況が続いた。

密閉された空間にも関わらず、なんとかまだ生きていられるのは、腕に巻き付けた空間管理装置が作動しているからだと鏡も最初は考えたが、そうなると、この状況はどこかおかしい。

『もしかして……壊れてるのか?』

仮に、空間管理装置が正常に作動しているのであれば、鏡の持つ不死者が如き回復力を得るスキル『イモータルリカバリー』の力によって、時間が掛かってもいずれは動けるようになるはずだった。

なのに、身体に力が戻る気配が一切ない。

それどころか、徐々に身体から力が失われつつあるくらいだった。

元より、無限に回復し続けるスキルではないのか、既に命が尽きかけで、そのスキルを発動するだけの余力も残されていないのかはわからなかったが、どこか納得感はあった。

アースと同サイズの化け物が撃ち放った、巨大な魔力の塊をその身に受けて、むしろまだ生きている方がおかしいからだ。

『ここで、終わりなのか?』

どちらにしろ、助かる見込みはなかった。

自力で脱出できない以上、助けを待つしかない。しかし、ここがどこなのかもわからず、この場所を仲間に伝える手段もなかった。

つまり、このまま命が尽きるのを待つことしかできない。

『皆は……無事だろうか?』

デミスは、想像通りの規格外の化け物だった。

サルマリアでメシアに単体で挑んだ時よりも、ダークドラゴンと戦った時よりも、1万人の到達者たちを前に戦った時よりも手強い相手。

現に今、たったの一撃で、再起不能な状態にまで追い込まれている。

そんな化け物を相手に、残された者たちだけで何日も耐えられるほど、準備が整っていないこともわかっていた。

『レックス、ティナ、タカコちゃん、パルナ、クルル…………アリス』

あれから、どれだけの時間が経過したかはわからない。

今の鏡にできたのは、皆がまだ無事でいるのを、祈ることだけだった。

『無事だったら……なんだって言うんだ?』

だが、鏡はすぐに祈るのをやめた。祈ったところで、結末は変わらないからだ。

鏡も、「大丈夫」、「仲間がなんとかしてくれる」と言葉にしてはいたが、自分がいなければどうしようもないことは理解していた。言葉にすることで、そう信じたいだけだった。

デミスを倒すためには、鏡という対抗手段は必要不可欠。

それこそ、鏡がいなければ、デミスの放ったマジックバーストによって人類は終わっていたくらいに、鏡でなければデミスの首元にまで刃は届かない。

そもそも、デミスを倒そうと決断したのも、全ては鏡がいたからである。

その鏡を失った人類に、反撃のチャンスは残されていない。遅かれ早かれ、いずれ滅びゆく。そして、その考えは鏡の驕りではなく、単なる事実だった。

『俺は……ここにいる。ここにいるぞ……!』

念じたところで、その想いが届くことは決してない。

わかってはいる、だが、それでも念じずにはいられない。

こんなところで、終わるわけにはいかないから。

どれだけ辛くても、死しか待っていない絶望的な状況であろうとも、魂の燃え尽きる最後のその瞬間まで、絶対に諦めるわけにはいかない。

『奇跡でもなんでもいい……俺をここから出してくれ』

それが、鏡がここに至る道のりで学んだ答えだった。

仲間と出会い、共に苦難を乗り越え、物語の果てに辿り着いた結論。

故に、鏡は抗う。動かない身体に鞭を打って、必死に動こうともがき続ける。

『……動け、動けよ』

だが、奇跡は起きない。

力の入らない身体で出来ることは何一つとしてないからだ。

冷たい物質に身体を押しつけるだけで、身動きのとれない状況が変わることはない。

「奇跡は起きない。起きる出来事は全て、起きるべくして起きる」

その時、どこか懐かしい声が響いた。

「あの男は……そう言っていたぞ?」

そんな言葉と共に、正面を覆っていた物体が取り除かれ、瞳にほんの少しの優しい光が差し込む。しかし、鏡の視界は長い時間、光を当てていなかったせいか霞がかり、正面にいる声の主の姿を鮮明に認識できない。

すると、正面にいた声の主は、何が起きているのかわかっていないのか反応の薄い鏡を見て「……なるほど」と声にだすと、ゆっくりと手を差し伸ばしてきた。

鏡は、僅かに残った力を振り絞って腕を動かし、震えながらも差し伸ばされた手を掴む。

「…………は?」

その瞬間、何が起きたのかわからず、思わず鏡は声を上げて困惑した。

先程まで、小さな声すら出せなかったのに声を出せたことにも驚いたが、それ以上に、微塵も動かなかった身体に力が一瞬にして漲ったからだ。

まるで、身体のダメージがリセットされたかのように。

「万が一にと持たされていたが、どうやら役にたったようだな」

声の主の言う『それ』が何か、鏡にはすぐにわかった。声の主は鏡の手を掴むと『それ』を渡してすぐに手を放したからだ。

「あとはもう……一人で出てこられるだろう?」

気付けば、声の主は鏡の正面に開かれた小さな穴から姿を消していた。姿を見たければ、その中から早く出てこいと伝えている、鏡はそう考えると、力を籠め、強引に触れていた硬い物質を押し上げるように全身を動かした。

すると、爆発したかのような勢いで身動きを封じていた硬い物質は吹き飛び、鏡の全身が外へと晒される。

その瞬間、鏡は視界に映った光景が信じられず、目を見開いた。

そこは、夜のように暗く、先の見えない真っ黒の空間が広がる世界だった。その世界の中央には、青く輝く大きな星と、その星と同サイズの化け物が浮遊している。そして、自分が立っていたのは、灰色の石が敷き詰められた荒野のような場所。

鏡は、すぐさまそこがアースという星の外、宇宙空間であることに気付いた。

そして、渡された手に握りしめていた物体を見て、どうして急に力が戻ったのかを理解した。

握っていたのは、自分も身に着けているはずの空間管理装置だった。

仮に、身に着けていた空間管理装置が壊れていたのだとしたら――ずっと身体に力が戻らなかったことにも、ダメージを受け続けていたことにも、声を出そうとしても出せなかったことにも説明がついた。

本来なら生物が耐えられるはずもない空間にずっとさらされていたからなのだと。

同時に、鏡はこう思った。

どうして、自分は生きているのか? と。

不死身と錯覚させる恩恵をもたらすスキルとはいえど、不死身ではない。いくら『イモータルリカバリー』であっても、死の空間に耐えられるはずがない。なのに、鏡は生き長らえていた。

鏡はどうしてなのか理由を考えようとする。しかし、それよりも先に考えなければならないことがあった。

「……ここは、どこだ?」

視界に映る青く輝く美しい星から目を離さず、鏡は呟くように問いかける。

「來栖とやらが言うに、月……だそうだ。無論、アースクリアの作られた月ではなく、現実世界の本物の月の上だ。まあ鏡殿のことだ、私が言うまでもなく、目の前に巨大な化け物が見えている時点で察しはついているのだろうがな」

すると、鏡の背後からすぐに答えは返ってきた。

すぐさま振り返って『それが誰なのかわかっていながら』も、目で確認しようとする。

そこに立っていたのは、この世には既にいないはずの、気品のある白銀の美しい髪をなびかせた、サーコートに身を包んだ一人の青年だった。