作品タイトル不明
バッドエンド-13
「頼まれても……何もできることなんてありません」
だが、鏡はできるだけでいいと言ってくれた。諦めるなとは最後の最後まで言わなかった。
思えばいつも、逃げてばかりだった。
いつも強気な口調で鏡と言葉を交わすことで、強くなった気になっていただけだったのだ。
メノウが亡くなった時も、クラスチェンジの試練を行う時も逃げてばかりで――でもそんな自分に、鏡はいつも気さくに声をかけては、馬鹿話をしてくれた。責めることもなく、むしろ感謝すら言葉にするくらいに、いつも、自分のことを気にかけてくれていた。
なのに、そんな鏡一人に責任を押しつけようとしている自分に反吐がでた。嫌悪した。
「……私には諦めずに立ち向かい続ける勇気すらも……ありません!」
そう言葉にしながらティナは立ち上がる。
ここから未来へと切り開けるかどうかは、自分たち次第。なのに、端から諦めていたのでは切り開ける未来も切り開けない。そしてティナは考える、自分にできることはなんなのかと。
「私には…………諦めないで戦い続ける根性だってない……負けて再び立ち上がるような心の強さだってない……でも!」
それを自覚した時、ティナの身体から溢れんばかりの光が溢れだした。
「私はもう……現実から目を背けない! 仲間を置いて逃げたりなんかしない! 同じ過ちは……もう繰り返さない!」
祈るように、神にその御霊を捧げるかのようにティナは空を見つめる。そして、今もなお空を覆いつくす敵を勇ましく睨みつけると、全身から溢れた光を空へと打ち上げ、雪が降っているかのように光の玉を周囲へとまき散らした。
「バッドエンド……それでもいい! それでもいいから私はもう……逃げません!」
その光は、エデンにいる敵を除く全ての者へと纏わりつくと、ティナと同じように全身を光の輝きで覆った。
「……責任ならいくらでも受け付けてやる! これがたとえ絶対に負ける戦いだったとしても、私のせいになったとしても! もう他人の目なんて気にしない! レックスさんのような勇気なんて私にはないけれど……大切なものをもう失いたくない!」
その光には見覚えがあった。ティナのダメージを百分の一に抑えるスキル『淑女の施し』、その恩恵を今受けているのだと、ティナの力を知る全員が瞬時に理解した。
「もう逃げるな……! これは、私の人生だ! 私が決めるんだ!」
エデン全体に行き渡るほどの効果範囲に、見ていた一同は驚愕の表情を浮かべる。スキルの発動のさせ方が、これまでとは違っていたからだ。また、これほどまでの広い範囲に影響を及ぼせる力ではないはずだった。
しかし、これこそがティナの持つスキルの、本来の力だった。
ティナはこれまで、守りたいと思った人間を強く意識して、周囲にバリアを描くイメージでスキルを発動させていた。そもそも、それが間違いだったのだ。
本来このスキルは広範囲の人物を同時に守れるだけの力がある。それを、ティナは、守らなくてもいいはずの空間そのものを守ろうとしていたため、効果範囲を自分で狭めていたのだ。
そして、本来の力を無理やり抑え込み、力を付与するための道筋を捻じ曲げ、不要な部分に力を注ぎこんでいたが故に、無駄に大きく体力と魔力を消費してしまっていたのだ。
「私は立ち向かう……あの怪物に! デミスに! あの人が逃げることなく立ち向かったあの怪物に……私も立ち向かうんだ!」
どうして今まで力を無意識のうちに抑え込んでしまっていたのか? その理由をティナは理解して、頬に涙を伝わせた。
怖かったのだ。頼られるのが、また、助けてくれなかったと責められるのが怖くて、目の前にいる人だけを助けようと、無関係な人間を切り捨てようとしていた。
全ては、自分の心が弱かっただけだったのだ。
涙がでてくる、もっと早くに立ち向かっていれば良かったと。自分にもっと勇気があれば、鏡を助けられたのかもしれないのにと。
「やれるものならやってみろ! そしてとくと見ろこの化け物共! これが……これが――」
だが、泣き言はもう言うつもりはなかった。犯した過ちはなくならない、ならば、自分たちがこれからやるべきは、鏡が繋げた未来を繋げることだったから。
そして、ティナのスキルの加護を受けた一同は顔を見合わせると頷き合う。まだ終わってはいないと、鏡が作った希望の道筋を必ず切り開くと胸に闘志を燃やして。
「私の生き様だぁぁぁああああああああああ!」
ティナの叫び声を音頭に、一同は再び空に敷き詰める無数の敵へと立ち向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
静けさが漂っていた。
意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのかわからず、座りながら何かに寄りかかっている体制を変えずに、ティナはきょときょと周囲を見渡す。空は、アースディフェンダーのバリアが展開されたのか、青白く光る薄い膜のようなもので覆われていた。
しかし、未だ内部には数えきれないほどの敵が漂っていた。エデンの地上のどこかで、諦めずに奮闘しているのか、レックスの叫び声が微かに響き渡る。
だが、声がしているのはレックスだけで、その他の者たちの声は一切聞こえない。
すぐ傍の地面には、変異体の攻撃を受けて気絶してしまったのか、パルナとアリスとフラウが倒れていた。少し離れた場所には、木に寄りかかって力なく目を瞑っているタカコとクルルの姿がある。
「やっぱり……駄目でしたか」
悔しかったが、どこか清々しい気持ちになりながらティナは呟く。
「いいや? 駄目ではないさ。戦いは……これからが本番だ」
だがすぐに、背後からティナの言葉を否定する声が聞こえ、ティナは慌てて背後を振り返った。
そして、そこにいた自分が背中で寄りかかっていた予想外の人物に驚き慌てふためき、ティナは勢いよく立ち上がる。
だがすぐに、力を全てを出し尽くしてしまっているせいかティナはふらついて足を崩した。
そんなティナを、「まだ無理はしない方がいい」と肩を掴んで支える。
「どうして……ここに?」
見覚えのあるシモンやデビッドとはまた違った渋さのある初老の男性の姿にティナは目を見開いた。
その姿には見覚えがあった。ただ、自分が知っているその存在とは違い、角がないだけで。
直後、エデンの地上から空に向かって無数の爆破魔法が一斉に放たれる。爆破魔法はレックスを巻き添えにして変異体たちを包み込むと、一気に地へと落としていった。
「おい! 僕もいるんだから撃つタイミングを考えろ! もうちょっと連携をだな……!」
変異体と一緒に地へと落ちたレックスはすぐさま立ち上がると、既にそれらと顔を合わせたのか文句を垂れながら詰め寄った。
レックスが詰め寄った先にいたのは、アリスやメノウと同じく、頭の角がなくなった魔族たち。
そしてティナは安堵の溜め息を吐いた。
タカコたちが倒れているのは気絶しているのではなく、任せてもよい人物が現れたから休んでいるだけなのだと理解して。
「元々、私たちはこの日のために作り出されたのだろう? そして……この戦いを乗り越えれば、我ら魔族に長年振りかかっていた呪縛は解かれる。ならば、この命をお前たちのために使うことなど……惜しくはない」
そして、ティナの肩を支えていたのは他でもない、魔王だった。
「そういうことですね。まさか私も、現実の世界に来る日がこようとは思っていなかった……やはり、來栖様はすさまじい力をお持ちだ」
隣には、見覚えのある凛々しい顔立ちをした緑髪の男性――エステラーが立っていた。
「いや、確かにお前が私よりも崇拝する來栖という男とやらの力も凄いが、その來栖も我らの心までは操れまい。真に称賛すべきは……私たちとの絆を作りあげたあの男だ」
「否定はしませんよ。あの村人は……來栖様も認めた男ですから」
空に浮かぶ敵を次々に強力な爆破魔法で撃ち落としていく光景を眺めながら、魔王とエステラーの二人は微笑を浮かべる。
それと同時にティナは思い出し、理解する。一度アースクリアへと戻る際、メノウを蘇らせる否かを聞いてきた來栖が吐いた不可解な言葉『僕が聞いたのは……ただの義理でしかない』を口にした意味を。
ここにいる。つまりはそういうことだったのだと。
「いつから……こっちに来てたんですか?」
「入れ替わり……というやつだな」
ティナの質問に、魔王は笑みを浮かべて答え返す。
「さて、この場は凌いだとはいえ……圧倒的な不利な状況には変わりはない。どうする? お前は…………諦めるのか?」
次に、今度は魔王から問い返される。
「いえ……」
その問いにティナは鼻で軽く笑うと、聞くだけ無駄だといった顔を浮かべ――、
「諦めませんよ」
ハッキリと、そう答え返した。