軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

繰り返す-9

「アースへと出てきたはいいが、することがほとんどないな。クラスチェンジとやらもワシには無理だったからな、スキルもこれ以上工夫のしようもない」

薄暗く、橙色のライトに仄かに照らされた機械の稼働音だけが静かに響き渡る一室。

カプセルの並ぶ広大な空間の中央にある、アースクリアのメインシステムが置かれた場所で、ヘキサルドリア王国の元国王が退屈そうに溜息を吐いた。

「いざその時がいつ来てもいいように、予め準備を終えておくのが真の強者です。今更戦い前になってあがくのは弱者のすること……王は何も間違っておりません」

「ミリタリアよ……それを鏡たちの前で言えるか?」

「…………殴り飛ばされるのはもう御免ですね」

シモンの隣では、点滅を繰り返すアースクリアのメインコンピューターに視線を向けて、同じく退屈そうに呆けた顔を浮かべるミリタリアの姿があった。

「しかし、することがほとんどないとはいえ、こうして右も左もわからないアースクリアの住民を王が導いているだけでも、私たちは充分に貢献していると言えるのではないでしょうか?」

「こんなのはやって当然だ。……ワシが言っているのは、ワシにしかできないことがあまりにもなさすぎるということだ。まさか、フラウ以上に何もしてやれぬとは」

回復魔法は心得ていたが、僧侶の役割ではないシモンにはフラウのような回復力は発揮できない。今までその高慢な性格も相まって役に立たないと思っていたフラウに負けているのは、自分の娘ではあったがどこか屈辱に感じた。

「フラウ様は僧侶ですから……適材適所というものがあります。王はこの仕事で充分その責務を果たしているかと思います」

「こんなのでは足りんよ。ワシも……フラウと同じように料理でもするべきか?」

「お戯れを……王がそこまですることもないでしょうに」

「いいや、ワシはせねばならんのだ。來栖様たち以上に……な。あの村人をこの世界に送りだしたのはこのワシなのだぞ?」

まるで、鏡を育てたのは自分とでも言いたげな口ぶりだったが、ミリタリアは何も言わずに耳だけを傾ける。

「送り出したのはお父様かもしれませんが、鏡さんを見込んだのは私の方が先ですよ?」

「そんなこと言ったらボクが最初に鏡さんの凄さに気付いたんだよ?」

「いいえ、あなたじゃありません。タカコさんです」

「えぇー……」

その時、クルルとアリスの二人が転移による光のサークルに包まれて姿を現した。

「なんだ? もう交代の時間か? ワシたちと違ってお前はやれることが他にあるだろう? ここは任せていいのだぞ?」

「だとしても休息は必要です。もう丸一日お勤めになっているでしょう? お父様もミリタリアも、ここは私たちに任せて休んでください。後で私たちもタカコさんと交代する予定ですから」

優しい微笑み浮かべながら放たれたクルルの言葉に、シモンは面食らう。

「あの日以来……お前とは接触も会話も極力避けていたが、まさか……お前からそんな優しい言葉を言われるとは思わなかった」

「どうしてそう思ったのですか?」

「お前はきっと……どこかでワシを恨んでいると思っていたからだ。だから、今お前がこうして気にかけてくれるのが不思議でな」

かつて、クルルに洗脳を施し、無理やりにでも魔王討伐に向かわせようとした日を思い浮かべながら、シモンは遠くを見つめる。

「……辛かったのは確かです。少しだけですが……憎悪だって抱いたかもしれません」

「なら何故?」

「私が辛い想いをして、憎悪を抱いたのは過去のお父様に対してです。こうして、立場を捨ててまで私たちと共に戦ってくれることを決意してくれた……今のお父様に対してではありません」

本心で言っているのか、真っ直ぐな瞳で直視してくるクルルに、シモンは目を丸くした。

「ミリタリアよ……覚えておるか? あの村人と初めて対峙した時のことを? ワシは……今でも鮮明に覚えている」

するとシモンは、懐かしむように自分の開いた手を見つめながら語り始める。

「奴は……ワシの中の常識を破った。その世界の仕組みしか本当の救済は訪れないと逃げ続けていたワシに……立ち向かってな」

今と昔の自分を比べて、あまりの考え方の変わり様に「……ふ」と微笑を浮かべる。

まさか王の役割を捨ててまで、見届けようとする自分が未来に待っているとは、過去の自分は思っていなかっただろう。

「奴はきっちり筋を通した。強い奴を生み出す負の連鎖を、『自分で打ち止めだ』と言っていたのを実現し、來栖様すらも認めさせて今こうして……世界を救わんとしている」

そして、そうまでさせた一人の男を、純粋に尊敬せずにはいられなかった。

「ミリタリア……あの日、殺されても文句は言えなかったお前に止めを刺さなかったのも、この日を想定してなのかもしれないな」

「どうでしょう? 結果的に私という戦力が加わったのは事実ですが、そこまで想定していたかは怪しいですね」

「多分だけど……鏡さんは想定してなかったと思うよ」

シモンの考えを、髪の毛をくるくると回して弄っていたアリスがハッキリと否定する。

「鏡さんは悪戯に人の命を奪わない。もちろん悪さをした人はそれなりに懲らしめるけど……命までは絶対に奪わない。根っからの悪人じゃなければ、考え方次第で変われるって信じてる。人の可能性を誰よりも信じてるんだよ」

人は良くも悪くも変わる。どちらに転ぶかはわからないが、それでも鏡がミリタリアを殺さなかったのは、ミリタリアが変われる可能性を信じているからだった。そして、信じているからこそ、ここまでたどり着いたのだとアリスは考えていた。

「……鏡さんはシモンさんとミリタリアさんに来てくれてって頼んでないでしょ? なのに、来てくれた。それこそ自分を殺そうとした相手のために来てくれたんだよ? それってさ……ね?」

笑顔で問いかけられて、シモンとミリタリアの二人は顔を見合わせて目を丸くする。その後、納得がいったような大きな笑い声をあげた。

「そうか……奴はワシたちを変えたのではなく、変わるチャンスを与えただけだったのだな」

それが運命であると全てを諦めて機械のように生きていた。自分の娘すらもそれが世界の在り方であると利用し、使命にだけ従っていた。そんな自分に、可能性と希望を信じたい一人の人間であることを思い出させてくれたのは鏡だった。

そして、信じたくなった可能性を実現しようとしているこの瞬間を、見逃せるはずがなかった。何故なら、シモンは世界を管理する国王である前に、一人の男だからだ。

「確かに、あの時の自分の考えは凝り固まっていたのだと思います。常識破りの男……あの男のおかげで、私の中の固定観念が崩れたと言っても過言ではない」

それしかないと思っていた常識を覆された、鏡が乗り込んできた日を思い返して、ミリタリアは感慨深く笑みを浮かべる。

「あの日のワシが間違っていたとは思わん。だが、ワシは間違っていたということにしたい。間違っていたと言える可能性にかけたい。だからこそ、今、命を張る価値がある」

ここで負ければ、あの日信じた自分が間違いだったことになる。しかし、男として、希望と可能性にかけた自分が間違っていたなどということにはしたくはなかった。故に、シモンはこの地へと訪れた。

願わくは、その可能性が実現した時、自分が手にかけてきた全ての犠牲になった者たちの贖罪となるように。そう考えられる自分が今ここにいる。

「クルルよ……あの村人を必ず射止めるのだぞ? ワシも、この戦いが終わったあとの奴がどんなことをしでかしていくのか見てみたい。できれば近くでな」

「お父様に言われなくても……そのつもりです」

「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでクルルさん! 鏡さんに結婚を申し込んだのはボクが先なんだから!」

「返事はもらえてないんでしょう? まあ……アリスちゃんの気持ちもわからないでもありませんから、側室としてなら認めてあげてもいいですよ?」

「最近クルルさん、鏡さんのことになるとボクに対して冷たくない⁉」

「私はもう、遠慮している立場ではないことを悟ったので、これでも大賢者ですから」

ギャーギャーと言い合いを始めた二人を前に、シモンとミリタリアはやれやれと優しい笑みを浮かべながらため息を吐いた。まさか、過去に殺そうとした魔族の娘と、洗脳して支配しようとした娘とこうして和やかに話し合う場が訪れるとは考えてもいなかった。

「そういえば、お主はパルナと仲直りはしたのか」

「いえ、ほとんど言葉を交わしてはいません。ことが終わったあとも、避けられていましたから」

「……ならば、戦いが始まる前にきっちりと清算しておくのだな。今のお前ならできるだろう?」

「どうでしょう? 清算できるかはパルナ次第かと」

「何故だ?」

「私は、認めることしかできませんから。清算するかしないかの権利は……パルナにしかない」

意外な言葉だったのかシモンは目を丸くする。その後、納得したのか鼻で軽く笑ってみせた。

その言葉にプライドなんてものはなかった。自分の立場なんてものは関係なく、全ての罪を認め、許しを求めて彷徨っているだけの一人の人間がいるだけだった。

「今ので確信した。なんだかんだと言っているが、お主がワシについてきたのは……ワシのためではなく、ワシと……そう変わらん理由なのだろう?」

「……ご想像にお任せ致します」

かつて、鏡が目指した可能性を信じずに犠牲にした息子を想いながら、ミリタリアはゆっくりと目を瞑る。そして、自分たち以外には誰もいないはずの部屋に、何かが落下した音を耳にすると、ゆっくりと、かつ冷静に目を開いた。

「今……何か音がしませんでしたか?」

「どこかのカプセルが開いたのかな?」

クルルとアリスにもその音は聞こえたのか、言い合いをやめて冷静に音の発信源を探る。

「いや、どうやら違うようだな」

すると、シモンが至って冷静にアリスが言葉にした可能性を否定した。同じ意見なのか、ミリタリアもすぐに「そのようですね」と賛同し、音が聞こえた方向へと視線を向ける。

「ふむ…………さて」

それを視界に入れて、アリスは口元を手で押さえると目を見開き、クルルに至っては険しい表情を浮かべて武器を構えた。

しかし、シモンとミリタリアは取り乱すことなく目の前に降り立った存在を見つめる。

「この異常事態、どう対処するか。ワシたちが過去の罪を清算できるかが掛かっておるぞ?」

「そのようですね……あれだけ犠牲にして、ここで何もできなかったでは……示しがつきません」

慌てることなく、これからを考えてシモンとミリタリアは言葉を口にする。

そこにいたのは、スライムに酷似した、ゲル状の身体に覆われた細胞のような朱色の核が中央に浮いている化け物――デミス細胞だった。

「ここにいるということは……ここ以外も?」

「それはわからんが……一つ、ワシたちに他を気にしている余裕はないということだ」

何故そこにいるかはわからなかったが、いるという現実は変わらない。そしてその現実を前にして一々慌てふためいていては、この戦いには勝利できない。

アースクリアの出身者において、誰よりもその認識が深い二人は、静かに武器を構えた。