作品タイトル不明
全てをぶち壊して、ただ前に -7
「僕の考えが……間違っていたのか?」
「さあな……どっちにしろ、落とし前はつけさせてもらうぜ? アリス!」
鏡がアリスを呼びかけると、アリスはすぐにその真剣な眼差しから何を要求しているのか理解し、来栖へと向かって走り出した。そして、走りながら大きく右手を振りかぶると、そのまま勢いよく来栖の頬を引っ叩く。
「どうしてアリスちゃんが殴るのかな?」
「そっちの方が効くだろ? あんたが殺そうとして刺した相手に反省しろってビンタされたんだ。俺だったら……泣いちゃうね」
「なるほど……これは確かに効く」
「これはお前のせいで無残に死んで行った人たちが味わっただろう痛みだ。そいつらの痛み……生きたかったという想い……それを背負ってこれからお前は生きていくんだな」
「やっぱり……僕を殺さないのかい?」
「お前を殺したら、それこそ、その目的のために殺されていった人たちが報われないだろう? 死んで行った人たちの死が無駄になる。何が起きてるのかは知らないけど……お前もこの世界のために今まで人を見限ってきたんだろ? そうじゃないと、油機やバルムンクが従うわけもないからな……だから、全て教えろ。俺が、お前の目的を果たしてやる」
「……君でも果たせなかったら?」
「お前は俺に賭けたんだろ? だからこんな大掛かりなことをして、俺を試したんだ……違うか? 自分が殺されることをその賭け事の達成条件にしてな」
既に考えを見抜かれている以上、これ以上続けても無駄と考えたのか、来栖は大きなため息を吐くと、終わりを告げるように大きく背を伸ばした。
「やれやれ……殺されるつもりでいたのに……こんな結果になるなんてね」
その様子を見て、全員が明るい表情を浮かべる。
「あなた自身はこの人に任せても大丈夫と考えている……その認識でいいんですね?」
そこで、ロイドが来栖の意志を確かめるように問いかける。
「逆に聞くけど……彼以外に出来ると思う? 鏡君みたいな存在が、この先も現れると思う? 僕は思わないな、というか鏡君で無理だったらもう無理だ。諦めよう」
あっけらかとした表情で言い切った来栖を見て、ロイドも鼻で軽く笑って肯定する。その手足はまだ、鏡と戦った時の恐怖で震えていたから。
「でもあなたの研究が進めば、この村人のような存在もいずれは作れるようになるのでは?」
「作れる……かも、だ。保証はない。それに……作れたとしても僕一人では更に何千年掛かるかわからない。ハッキリ言おう……僕はもう疲れた。ゴールの見えない目標に向かって戦う日々はもうたくさんだ。それに……無限に時間があるとも思っていないからね」
「来栖……」
同じ境遇を味わってきたからこそ、ライアンにはその気持ちがよく理解できた。
「俺たちだって同じ人間だ……ようやく見つけた希望にすがりつきたいという考えは、お前たちとさほど変わらないということさ」
確かめるようにライアンが来栖の顔を窺うと、肯定するように来栖は瞼を閉じる。
「……最後に確認したい。君自身の意志を今一度教えて欲しい。僕は確かに君に賭けるつもりだが、君の想いが僕の考えに達していないのであれば、僕も考えを改めなければならない……この世界のために、命を投げ捨てる覚悟はあるかい?」
そして最後にその意志を確認したいのか、来栖は真剣な顔つきで鏡を鋭く睨みつける。
対する鏡は、来栖の顔を数秒無表情のまま見つめたあと、上を見て、下を見て、大きな欠伸を一回漏らしてから――、
「ない」
ハッキリと、来栖が確認したかった覚悟を否定した。
その答え返しに、「っぶ!」とパルナとライアンは噴き出して笑い。信じられないとロイドとフローネが驚愕の表情を浮かべ、「またなんか言ってる」と冷めた視線でティナとクルルが、その他は呆れた表情で鏡に視線を向ける。
「俺は死ぬつもりなんて一切ない。仮に何かと戦うのだとしても、絶対に生きて帰る。死ぬつもりで戦ってたまるか、生きたいから戦うんだ。皆と一緒に平和に暮らしたいから戦うんだ。この……俺が大好きな連中とな」
だが、その真意を聞いて、全員が納得したように笑顔を浮かべた。
「でも……だからこそ俺は全力で戦う。力の全てを一切惜しまずに戦ってやる。それで、俺が負けたなら多分もう本当にダメなんだろう。その時は諦めてアースクリアに引き籠るか俺と一緒に全員死んでくれ」
面と向かってはっきりとそう言われ、来栖は一瞬呆けた顔を見せる。だがすぐに、パルナとライアンが笑った以上に大きな声を出しながら、腹を抱えて笑い始めた。
「ふはははは! ふは! 素晴らしい答えだ」
「いいのですか? 彼は今死ぬつもりはないと言いながら、駄目だった時は一緒に死ねと言ったんですよ?」
「物事に絶対なんてないんだよロイド君?」
実際、絶対にありえないと思えるような存在がすぐ傍にいたため、ロイドはその言葉を否定せずに素直に受け止めた。
「死ぬつもりはないから全力でやる。その結果死ぬのであれば、多分誰が戦っても負けるから諦めろ。わかりやすいじゃないか、自分以上の存在はいないという自信ある言葉だ。そもそも勝てる保証なんてないんだ……安易に『絶対勝ちます! 俺にはそれだけの力がある』なんて言葉を使わずに、『力はあるけど、負けるかもね』なんて、駄目だったら全員死ねなんてストレートに言ってくれた方がむしろ僕は信用できるよ」
「なるほど……これが英雄と呼ばれる者の心構えということですか」
言われて気付く。余程の自信がないと言えない、もしくは全員の命を背負う覚悟がなければそこまで自身満々に言えないことに。
「そういうことだよ。まさしく全てを背負って生きる男。決して諦めない心を持っているが故に不可能へと躊躇わずに挑戦し、全てを覆す存在だ。まさか……村人の役割を持った男から現れるとは思ってもいなかったけどね。いいだろう全てを教えてあげるよ……」
直後、来栖は指をパチンと鳴らして合図を出す。
すると、ノアの地下施設で来栖がアースクリアについて説明をした時と同じように、部屋中が真っ暗となり、そこから、その部屋の壁全体をモニターとして映像を映し出した。
「ここは……?」
青色の球体が近くで回転する不思議な空間が映し出され、鏡は困惑したかのようにここがどこなのか来栖に問いかける。
「この星の外だよ。人工衛星からこの映像を映し出している……つまり宇宙空間という奴だね、それくらいは君たちでも知っているだろう?」
「それがなんだっていうんだ?」
「僕たちは、この世界……アース上に住む人類の九割と、大半の生物とを引き換えに……『奴』を眠らせることに成功したのさ」
「奴……って?」
「君たちが見ているこの青い星がアース……僕たちが住んでいる世界だ。そして、そこから少し離れた地点に存在する、アースとほぼ同サイズの赤い球体……これのことさ」
カメラが拡大させた映像を映しているのか、その圧倒的な存在を視界に映して、鏡とそれを既に知っている者を除く全員が驚愕の表情を浮かべた。
そこに映っていたのは、自分たちが住んでいる星、アースとほぼ同サイズの一体の巨大な生物だったからだ。月のように丸く、脈動する赤い光りを放つそれは、身体全体から触手のようなものを伸ばしてウネウネと動かしている。
「これが……僕が全てを犠牲にしてでも倒さなければいけない敵。星喰い……デミスだ。これに、この世界と同サイズの化け物に勝たなきゃいけないんだよ……僕たちはね」
自分たちが住む星と同サイズの化け物。その圧倒的な存在を前にして、全員が言葉を失う中、特に驚いた様子もなくボーっと眺めていた鏡は――、
「うわ……でっか」
恐怖を抱いた様子もなく、それだけしか感想を述べなかった。そしてその言葉を聞いて、来栖とライアンだけが笑みを浮かべ、大きな希望を抱かせた。