作品タイトル不明
敗者への現実-2
『よーし、あんた呪術師なら魔法で体温操作できるだろうし凍死はしないだろう? 全てが終わって俺たちか、他の仲間が助けに来るのをそこで待ってるんだな。ちなみにそのロープを燃やそうと思っても無駄だぜ? なんか魔法使い対策で燃えない素材で出来てるらしいからな』
『ちょ、ちょっと待ってください。私を……殺さないんですか?』
『何で?』
『何でって……私は少なくとも皆さんを騙そうとしてたんですよ?』
『でもあんた……関係ないじゃん。そうしなきゃいけなかったから、そうしただけなんだろ? 俺は別にあんたに恨みなんてないし。少なくとも……来栖のやり方を良くないって思ってるのは本当なんだろ?』
言葉を失った。さもそれが当たり前かのような表情で、敵の命を見過ごそうとしている鏡の行動原理がわからなかったからだ。自分に仇なす敵であるならば、どんな事情があろうと処分するのがフローネにとっては当然だった。
なのに、騙していた敵とわかった後でも、そうしなければいけないから付き従っているだけで、直接の恨みには関係ないからという理由だけで見過ごそうとしている。それがフローネには優しさではなく甘えに見えて、嫌悪した。
ましてや自分が来栖のやり方を良くないと思っていたことを本当の言葉であると信じているのが、カッコつけて綺麗な自分を演じているようで反吐が出た。
『甘いですね。そんなことで、本当に現状を打破できると思っているんですか? 確実に敵の戦力を削っていかなければあなたの不利は変わらないんですよ?』
『そうだな。でも、お前らの力が来栖たちのいう「世界を救う」のに必要なんだろ? だから強い存在を作ろうと躍起になってるわけだしな。じゃあ迂闊に殺せねえよ……だって、俺たちの力になるのかもしれねえんだからさ』
一見普通の言葉なのに、どこかピリついた雰囲気を放つ鏡にフローネは怪訝な表情を浮かべて困惑する。同じく、鏡の言葉にアリスも不穏な表情を浮かべた。
その物言いは、殺したくないから殺さないのではなくて、殺す以外の利用価値があるから生かしているだけだと言ってるように聞こえたから。
『ならば……あなたは来栖を許すと?』
それを確かめるために、フローネは更に問いかける。
『まあ……あいつ等がどうなるかは知らないけどな』
だが、時折見せていた鋭く恐ろしい形相を再び浮かべた瞬間、鏡が甘いという考えはすぐに変わった。その表情が、周囲にいた仲間たちすらも不安な表情を浮かべさせるほどに、殺気に満ち溢れていたからだ。
そしてフローネは悟る。鏡にとって、ここで自分を殺すか殺さないかなど大した問題ではないのだと、身動きさえ取れなくしておけば、後で何をしようがいつでも捕まえて殺せる自信があるのだと。今邪魔しなければ、「殺さないであげるよ」と言ってくれてるのだと。
「不思議な方でした」
仲間に頼られ、ふざけた態度を時折見せる。優しい笑みを浮かべる鏡が本当の姿なのか? 憎しみに囚われ、内に秘めた膨大な力で相手を屈服させようとするのが本当の姿なのか? どちらが、本当の鏡という存在なのかが単純に気になり、フローネは納得したような笑みを浮かべる。
「あれがレベル999の村人。村人という概念を超えた存在……なるほど、試したくなるのもわかります。色々とわからなさすぎる……実力だけではなく、彼という人間性の本当の姿さえも。いや……ぶれているからこそ、まだ大きな可能性の残しているのでしょうね」
雪が降り積もる中、顔だけを出して魔法で体温を維持する以外に何もできない情けない姿で、フローネは小さく笑みを浮かべた。
「これが……希望というものなのですね。何となくわかりましたよ来栖さん。あなたがノアの地下施設を放棄してまでそれに縋りつこうとした理由が」
かつて、全てを知って絶望を体験し、フローネはどうしようもないものだと全てを諦めた。
絶対に掴めない未来、どうあがいても無駄だと心を閉ざし、せめていつの日か、自分じゃない未来の人々が幸せになればと、あらゆることに協力してきた。
でももしかしたら、掴めないはずだった未来を自分も掴めるのかもしれない。そんな淡い希望を鏡から感じ取れた。どれだけ非道なことをしようが、どれだけ残酷な目に合わせようが、もう駄目だと思っていたそれを掴むために試さずにはいられない来栖の気持ちを理解した。
無論、その可能性は低く、今回のこの試練で終わってしまうかもしれない。試練を乗り越えても、結局駄目な可能性だってある。
しかし、不可能と言われていたものが、可能になるかもしれないと思わせられるだけで、こんなにも心躍り、期待に満ち溢れさせられるものなのかと、フローネは久しく忘れていた暖かい気持ちに包まれた。
同時に、その暖かい気持ちに浸るために来栖の非道に協力しようとする自分に秘める人間の醜い性に嫌悪した。
「愛情の裏返しというやつなんでしょうね。正直……快くは思わなかったですが……そうしてでも、その希望が本物なのかどうか試したいのですね。私も……あなたも」
その時、フローネはチラッと視線を落とす。そこには呪術を掛けた者にだけが見える、術式がまだ残っている証である魔力の糸が、ガーディアンの位置する方向へとスルスルと伸びていた。
「まさか、全てがフェイクで……私と対面した段階で罠に掛かっているとは予想もつかなかったようですね。どう転んでも来栖の思惑通り……あの人もあの人でよくもまあこうも人を利用する方法を考えつきますね」
仮に、フローネを連れて行く判断をしても、フローネを連れて行かない判断をしても、フローネを殺していたとしても、どう転んでも来栖の掌で踊っている状況は変わらない。それを打破する力があるのか? 村人への試練はこれから始まる。
たとえ、どんな手段でガーディアンに乗り込もうがその試練の難易度に影響はない。
「仕事はしました。この後どうなるかは知りません。彼のぶれた心が一体何へと変化することになるのか……願わくば」
フローネはこの先の展開を案じて祈るように瞼を閉じる。暫くして「クシュンッ」と可愛らしいくしゃみを漏らし、他人よりもまずは自分のことかと、自分の体温を保っている魔力がいつまで持つか不安になりながら、まずは身体を温めることに専念した。
「寒すぎて笑う。いや、これマジで日本の比じゃないんだけど。家の中にいるのに寒すぎ」
「笑っている場合か師匠。早く中に入る手段を見つけないと凍死するぞ……! っく、こんなことなら体温維持のためにクルルにはついてきてもらうべきだった!」
フローネを埋めてから一時間後、ラストスタンドを放棄した鏡たちは要塞となったガーディアンの周辺にあった家屋の中で待機していた。というのも、どう中に入ったものかと、今一度考え直すためだ。
ラストスタンドの位置がもろバレの以上、鏡たちが接近しているであろうことは既にばれている。なのに、向こう側から何も仕掛けてこないのは、明らかに鏡たちが中に入ってくるのを待っているとしか考えられなかったから。