軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疑心暗鬼の夜-4

「武闘家には魔法は使えまいと、逃げる手段はないと余裕をこいていたのだが……人間が扱うアイテムの存在をその頃は考えていなくてな。そろそろ止めを刺そうとした頃合いで煙玉と呼ばれるアイテムを使われて逃げられてしまったのだ」

今でもそれを悔いているのか、メノウは歯を噛みしめて暗い表情を見せる。

「だが私は……逃げられたら逃げられたで、どうでもよいと楽観視していた」

「報復にきたんだろ?」

「……わかるのか?」

「昔の僕だったら迷わずそうする。危険な魔族を処理するためにな……まあ変わったのはお互い様ってことさ」

昔を思い出してか、レックスは苦笑する。メノウと同じように、レックスもまさか未来の自分が魔族と裸の付き合いをするとは夢にも思っていなかったからだ。

「ならば結果はわかるだろう? 惨敗さ。当時の私は自分の力に酔っていたが……思い知らされたよ。人間の強さと……数による力をな」

仮に、魔族が群れを成して行動したところで、人間よりも連携力は遥かに劣る。それは、魔族に役割というものが存在しないからだった。魔族の欠点は等しく全員の欠点となる。個人での性能は遥かに人間よりも勝る魔族であっても、人間にそれぞれの長所を生かされ、補うように行動されれば魔族以上の力を発揮できる時がある。

メノウに報復に来た武闘家が引き連れてきた連中は、まさにそれだった。

「まだ私だけなら良かった……だが、ひっそりと平穏に暮らそうと隠れ住んでいた魔族の村の者たちまで、報復にきた魔族たちの巻き添えを受けてしまったのだ」

「村? それなら他の魔族も合わせて手数があっただろう?、対抗できたんじゃないのか? 元々人気のない山奥なら……人間の討伐体が結成されても7、8人くらいだろう?」

「確かに報復にきたときの人間の数は8人だけだったが……元々、その村は魔族の中でも戦いを好まない弱い者たちが集う村でな。成す術がなかった……私だけではな」

その日を思い出してか、メノウの手は震え始めた。まるで、自分のしでかしてしまった過ちを激しく後悔するかのように悲愴な表情で。

「皆……殺されたよ。私のただの憂さ晴らしが、皆の命を奪う結果へと繋がってしまったんだ」

今でも鮮明に思い返すことが出来るその光景を脳裏によぎらせ、メノウは表情を変えず、ただただ起きてしまった悲劇を後悔した。その悲劇を作り出した人間のせいにするわけでもなく、己が過ちと認めて。

「一人残らずか? お前は生きてるんだから……何人かは生き残ったんじゃないのか?」

「ほとんど亡くなったさ……もしかしたら私のように生き残った連中がいたのかもしれないが……わからん話さ。とはいっても……私も瀕死状態で、そのまま放置されていれば恐らく今頃ここにはいなかっただろうがな」

「……アリスに助けられたか」

「どうしてわかる?」

「そこまで話されれば馬鹿でもわかる。それに、アリスの性格が昔と今とで変わらないなら、死にかけの仲間を放って自分だけ逃げだすような真似はしないだろうからな」

「……アリス様が好きなのか?」

「なんでそうなる。僕を師匠のような幼女ハンターと一緒にしないでくれ。僕は心身共に大人な女性が好きなんだ、子供に興味はない」

妙に仲間を知り尽くしたかのような雰囲気を出すレックスに、メノウは思わず肩の力を抜いてふっと一息つき、「貴殿は本当に変わったな」と、笑顔を見せる。

レックスの言葉通り、人間の報復を受けて命尽きようとしていたメノウを救ったのはアリスだった。

『メノウ……! 死んじゃ駄目だよ……まだ、やりたいことがたくさんあるんでしょ?』

その日、後悔と憎悪が渦巻くメノウの途切れかけた意識の中で、声をかけ続けた者がいた。

魔王のご息女という理由で、人間が村に襲撃を行った時いち早く村の中の隠れ倉庫の中へと避難していたはずの少女が、安全な場所から飛び出し、まだ生き残っている者がいる可能性を信じてメノウの元へと駆けつけた。

『なん……の……用です? 早く……逃げ……』

『良かった……生きてる! 早く、人間が来ない内に早く逃げよう! ほら、薬草食べて!』

力なく横たわるメノウを引っ張るようにして、アリスは懸命にメノウの命を繋ぎ止めようとしていた。その行動が、メノウにはまるでわからなかった。

自分が蒔いた種にも関わらず、自分だけが生き永らえるために逃げ出そうとする選択はその時のメノウにはなかった。そして、その種を蒔いた張本人であり、ずっと冷徹な態度を取り続けていた相手を助けようとするアリスの行動も理解しがたかった。

きっと知らないのだろう。そう思い――、

『あの人間は……私が呼び寄せました。私が戦いを挑み……逃がしてしまい……報復に』

メノウははっきりと真実を告げた。だが――、

『……知ってる』

返ってきたのは、それすらも承知で助けようとしているという、不可解な意志表示だった。

『この村が人間に見つけられても、山奥にあるおかげで害がないってわかれば人間もむやみに手出ししないから……もし、襲われるなら、こちらから手を出したときだって、皆言ってた』

そして仮に、手を出す好戦的な者がいるとすれば、それはメノウ以外ありえなかった。

『なら何故……不幸をもたらした私を助ける? 他にまだ……生きてる者がいるかも……』

『関係ないよ! メノウが魔族に手を出したわけじゃないでしょ? メノウは魔族で……ボクたちの仲間のはずでしょ? メノウだったら……仲間を見捨てるの?』

メノウにとっても、その質問の答えは否だった。

人間をゴミと思ってはいるし、自分の力を他の魔族より優れていると考えてはいる。だが、だからといって他の魔族が目の前で殺されかけているのならば、メノウは間違いなく魔族として、魔族を助ける行動に出る。

それは理屈じゃなく、自分が魔族だから。

『……仲間が死ぬのは悲しいよ。皆、そう思ってたはずだよ。だから皆、戦いとは縁のないこの村に集まって……暮らしてたんだ』

今にも泣きそうな声色で、それでも必死に感情を抑えて、アリスはメノウの身体を引っ張って逃げ出そうと頑張っていた。頑張って仲間を救おうとしていた。

でも、メノウはそれに応えなかった。

『なら……尚更私は今ここで救われるべきじゃない! その者たちの命を私が……奪った!』

『奪ったのはメノウじゃない……奪ったのは、人間と魔族の悲しい……この関係性だよ。ボクたちはちゃんと理解してる……人間が憎かったり、倒すべき敵って思ってる魔族がいることくらい。でも、それは……決してその魔族が悪いわけじゃない。今のこの関係性が全部悪いんだよ?』

『なら……何故、皆戦わない? その関係を打ち砕くために人間を滅ぼせば済む話のはずだ』

命尽きそうな死に際に、メノウは自分がずっと気になって仕方がなかったことを、幼い少女であるアリスに聞くのは不毛であるとは考えつつも、問い詰めた。

ずっと、自分以外は皆腑抜けで、戦うことに怯えていると考えていた。だが、実際の答えをメノウはまだ知らなかった。きっとこうなのだろうと、勝手に決めつけていた。

だがその答えは、アリスによってもたらされた。

『確かに、どちらかがいなくなれば済む話かもしれない。でも……たくさん失うのは、戦いを望んだ人じゃなくて、戦いを望まない人たちだって……皆も、お父さんも言ってた。ボクたちは仲間を失いたくないから……皆生きててほしいから……』

涙目で気丈に振る舞おうとするアリスの姿を視界に映し、その言葉を聞いてメノウは全てを悟った。そして、如何に自分がちっぽけだったかを理解した。

この幼き少女よりも、自分がはるかに劣っていたと思えるほどに。

『そうか……そういうことだったのか』

魔王が人間に戦いを仕掛けなかった理由、自分をアリスと共にこの村に滞在させていた理由もメノウはその時理解した。

魔族は人間よりも強く、人間に戦争を仕掛ければ勝つ可能性は高いかもしれないが、それには大きな犠牲が伴い、敵も味方も、たくさんの命を散らすことになる。

そして一番辛い思いをするのは、戦いを望んだ者ではなく、望まない者であると、己が驕りで大勢の仲間を死なせ、今回の事件を起こしてしまったメノウには、それが痛いほど理解できた。