作品タイトル不明
第79話:その名は
『花コン』でもこの世界でも『召喚器』は使用者の魂の具現と呼ばれている。
形状や能力、『召喚』が可能となって初めて発現する年齢、『活性』や『掌握』、『顕現』に至る年齢は個人によって異なり、人によっては死ぬまで『召喚器』を発現できないこともあるらしい。
その辺りを教わることができて時間も確保しやすい貴族階級の者で、『召喚』が可能となる年齢はおおよそ十歳から十五歳程度。
『活性』に至るのが二十歳前後で、『掌握』に至るのは四十歳前後。死ぬまでに『顕現』まで到達できる者は一握り――いや、 一(・) 摘(・) み(・) 程度と言われている。
その点から考えると『花コン』の三年間でメインキャラ達が成長し、『顕現』に至って必殺技を使えるようになるというのがどれだけすごいことか。入学のタイミングと年齢的に、コハクやモモカは二年間で『顕現』に至る可能性があると思えば更にすごさが増す。
そんな『召喚器』だが、形状や能力は本人の資質や性格に因るところが大きいらしい。
『花コン』でミナトが使っていた『召喚器』、『 陰我押法(いんがおうほう) 』なんかはいい例だろう。
名前自体が酷いというか、返ってくる 因(・) 果(・) が重すぎるというか、 本人(ミナト) になってしまった俺からすれば物申したいところだが。中身は別人で『召喚器』も別物になったから言えることだが、下手すると人類滅亡につながりかねないことを仕出かすミナトに応報があったのは当然かな、なんて。
もう一つ例を出すなら、モリオンの『召喚器』である『五剋放杖』――これは四字熟語の五穀豊穣が元ネタだったはずだが、意味は穀物が豊かに実ること。転じて、モリオンの豊かな才能が実ることを指していた。
将来、『花コン』のルートによってはパエオニア王国という大陸一の大国の宰相にまで登り詰めるのである。その才能の豊かさは推して知るべし、といったところだろう。
そんなわけで、『召喚器』というものは割と未知数なところがありつつも、大体の場合で持ち主に関連する何かがある。
もちろん『召喚器』によっては例外のパターンもあるし、ほぼ確実に 例(・) 外(・) に(・) な(・) る(・) こともある。
それは、他者の『召喚器』を使う場合だ。
ランドウ先生が想い人であるオウカ姫の『召喚器』を求めてダンジョンに挑むように、ダンジョンで命を落とした者の『召喚器』がそのダンジョン、あるいは別のダンジョンで見つかることがある。
必ずしもアイテム化してダンジョンで見つかるわけではないが、ランドウ先生が長年ダンジョンに挑み続ける程度には確率が高いことだ。
宝箱に入っていたり、どこぞの伝説の剣よろしく岩に刺さっていたり、地面に刺さっていたり、ダンジョンの 基点(コア) になっていたりとパターンがあるが、ダンジョンを探索すると見つかることがあるらしい。
死者が使っていた物とあって縁起が悪いと考える者もいるが、『召喚器』だけあって普通の武器よりも能力が高く、使い手との相性によっては『召喚器』が持つ能力を引き出すことができると言われていた。
俺がランドウ先生から 半(・) 人(・) 前(・) の祝いだと渡された剣も、その類である。
頑丈で切れ味も鋭く、剣として振るうには一級品。『王国北部ダンジョン異常成長事件』では雑に扱っても 刃毀(はこぼ) れすることもなく、汚れを落として布で拭うだけで切れ味を取り戻すというありがたい代物だった。
――そんな『召喚器』と、たしかに つ(・) な(・) が(・) る(・) 感覚があった。
(こ、れは……)
己の本の『召喚器』とは異なり、剣の『召喚器』はあくまで剣でしかなかった。他の真剣を使う時と変わらない握り心地で、ただ頑丈さと切れ味が優れているだけの剣だった。
そんな『召喚器』を握る両手から、たしかに伝わる違和感がある。魔力を剣に通す時と似たような、まるで剣から根が伸びて俺の体、いや、魂や精神につながったような違和感があった。
(っ……なんだ、この、気持ち悪いような、悪酔いしたような違和感は……)
俺はリンネの挙動に必死に意識を向けつつ、体内に生じた違和感をやり過ごす。これまでになかった内臓が一個増えたような、あるいは内臓から手が生えて自分の意思で動かせるような、得体の知れない気持ち悪さがあった。
ダンジョンで入手できる他者の『召喚器』は、言わば既に『召喚』された状態に在る。それを他者が能力込みで使うのは、別人の腕を背中に移植して神経を接続させて自在に扱うようなものなのだろう。
そしてソレは同時に、声なき声で俺に訴えかけてくるようでもあった。
(なる……ほど……オリヴィアさんが言っていたことが理解できた……『召喚器』の方から教えてくれるってのは、 こ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) か……)
――自分を こ(・) う(・) 使(・) え(・) 、と。
言葉で語りかけてきたわけではない。脳裏に文字が思い浮かんだわけでもない。だが、不思議とソレが理解できた。
「っ!」
「なっ!?」
地を蹴り、一瞬でリンネに肉薄。驚く顔を見ながら剣を振るえば、これまでにないほどの速度で刃が奔る。
それでもリンネはギリギリのところで反応し、こちらの斬撃を防ぎつつ自ら後ろへと跳んで勢いを殺す。そして石畳の砂埃を巻き上げるように着地して衝撃を受け流すのが見えた。
「…………」
追撃をしようとしたものの、体の感覚と意識の違いがそれを押し留めた。今の動きは動体視力や脳の認識のギリギリ上限一杯、おおよそ俺が出せる速度の最大限で、なおかつ振るった斬撃の重さも予想を遥かに上回っている。
(これは援護系の能力……それも速度と攻撃力の増加……か?)
まさか、リンネに勝つためにはもっと速度が必要だと考えたからだろうか。必要だと思った分よりも更に速く、そして強く力を 発(・) 揮(・) で(・) き(・) て(・) し(・) ま(・) え(・) る(・) 。
「突然動きが変わりましたね。その『召喚器』の影響ですか?」
たった一度の斬撃だったが、こちらの変化に気付いたのだろう。リンネが警戒するように剣の構えを変え、防御の意識を強めたのが伝わってくる。
「……ああ……脳が、痛ぇ……」
そんなリンネを見ながら、思わず呟く。いきなり脳が認識できる上限の速度を叩き出したせいか、脳がズキズキと痛みを発していた。気のせいでなければ目も痛い。いや、痛んでいるのは視神経か? それに思わぬ威力の斬撃で、腕にも負担がかかっている感じがした。
本の『召喚器』が俺の体に合わせて身体能力を強化してくれるのだとすれば、剣の『召喚器』は俺の体のことを一切考慮していないように感じられる。慣れるか、あるいは体が成長すればノーリスクで使えるようになるのかもしれないが。
(でも―― そ(・) れ(・) だ(・) け(・) だ)
だけど、多少の痛みと違和感だけで身体能力を強化してくれるのなら使わない手はない。今はアレクがいるから良いが、攻撃だろうと援護だろうと魔法が苦手な俺にとっては非常に助かる能力だ。
心臓を刺されたわけでも腕を折られたわけでもない。俺の思考と動きを止めるには些細な痛みで、俺からすればデメリットというほどのことでもなかった。
(……これが『召喚器』の『掌握』……か? 『活性』を飛び越えた感じが……)
本の『召喚器』と比べれば身体能力の強化の度合いが大きく、また、『召喚器』の方から色々と伝わってきたため『活性』ではなく『掌握』に至ったのだろうと判断する。
もしかすると更に超えて『顕現』にまで至ったのかもしれないが、必殺技を使えるような感覚はしない。元々は他人の『召喚器』だからそこまでは力を発揮できないのかもしれないが。
(……ん? そうか……これでもまだ不完全なのか)
痛みを堪えていると、握った『召喚器』から何かを訴えるような感覚が伝わってくる。この程度でその様とは大丈夫か? まだ上があるぞ、と言わんばかりに。
俺は両手で握っている剣の『召喚器』を強く意識する。何がどう作用して俺に力を貸そうと思ったのか、気付かなかっただけで俺と相性が良い『召喚器』だったのか、それはわからない。
わかるのは、リンネを倒すための 一(・) 手(・) が転がり込んできたことだけだ。
限界ギリギリの速度で踏み込み、防御を固めたリンネに向かって剣を振るう。思考の速度も限界だが、体も限界ギリギリだ。踏み込みが強すぎて右膝や足の甲からピキリと音が鳴り、ヒビが入るような感触と痛みが伝わってくる。
明らかに、能力の強さに体が追い付いていない。筋力ではなくそもそも成長が、体の規格がまだ足りていない、というべきか。
――それがどうした?
痛いだけなら耐えられる。構わず剣を振るい、リンネに受け太刀をさせて少しずつ逃げ場を奪っていく。
「なぁにが出るかしら――っと。大当たり!」
そして、俺の状態に気付いたのだろう。アレクの声が聞こえたかと思うと、痛む体が一気に楽になる。おそらくは『三面碌秘』を使い、 笑顔(かいふく) の面を引き当てたのだ。
「も、『猛火』っ!」
「こっちも『猛火』に『浸食』っと」
更にアレクがカリンに指示を出してくれたのか、攻撃力を増加させる援護の魔法が飛んでくる。アレクは相手の防御力を下げる『浸食』も一緒にかけてくれたが、速度系の魔法を使わないのは俺が限界だって気付いているからだと思われた。初陣だっていうのに大した観察眼である。
「っ! くっ!? 『疾風迅雷』!」
一気に速く、重くなった俺の剣に対抗するためか『疾風迅雷』を使うリンネ。ただし攻撃力を上げ下げする魔法は使えないのか、『疾風迅雷』以外を使う様子がない。
それでも速度が増せば手段も増える。それは俺も理解するところだが、使うには少しばかり遅かった。
こちらの剣は普段と比べて荒い。威力と速度が大きく向上しているためそれも当然だ。暴れ馬のように大暴れする身体能力を御し、普段通りの剣筋に抑え込んで斬撃を繰り出す才能なんて俺にはない。慣れるための時間も当然ながら存在しない。
だが、剣を受けるリンネからすればその ブ(・) レ(・) が邪魔になる。こちらの剣を弾くか受け流すかしようにも速度と威力が安定しないのだ。我がことながらやりにくいだろうと思う。
(偶然頼りの結果オーライみたいで嫌になるけどなぁっ!)
使いこなすと呼ぶにはほど遠く、しかしながら完全に手放しかと言えばそうではない。自分の体が時折限界を超えて痛みを発するデメリットを飲み込みつつ、思い描くよりも荒々しい軌道ながら斬撃を繰り出せる。
そして幾度、幾十度と斬撃を交えればリンネの体勢を崩すに至る。下段から振り上げた剣がリンネの剣を跳ね上げ、かち上げるようにしてその体を浮かす。
体重と膂力の差がもたらしたその好機。一秒にも満たない僅かな間に俺は敢えて距離を取りつつ鋭く息を吸った。
体を前傾姿勢に。両足に力を込めて地面を蹴りつけ一気に加速。一度開けた距離を瞬く間に潰しながら、俺は剣が訴えるままに言葉を紡ぐ。
「剣よ。 悠(とおい) 敵を 瞬(またた) く間に 伐(き) るための力をこの身に宿せ」
同時に長い年月、数えきれないほど繰り返してきた型の通りに踏み込み、ブレそうになる剣の軌跡を気合と根性で押さえ込み、振り上げた剣を袈裟懸けに繰り出す。
「――『 瞬伐悠剣(しゅんばつゆうけん) 』」
加速する速度と力と魔力と、『召喚器』の名前。
それらを合一させて繰り出した『二の太刀』に対し、リンネもまた、刃を返してきた。
「――『二の太刀』」
弾き飛ばしたことで乱れた姿勢を強引に戻し、俺と比べれば不格好な形になった『二の太刀』がぶつかり合う。
だが、こちらはアレクとカリンによる援護込みでの一撃だ。こちらの『瞬伐悠剣』と相手の剣が接触した瞬間、押し切れると瞬時に理解できた。いや、押し切るどころか剣を叩き折ることさえ可能だ、と。
そしてそれはリンネも理解したのだろう。こちらの斬撃に合わせるように体勢を変え――。
「何っ!?」
それは、予想外の行動だった。
リンネは敢えて力を抜くことで剣を弾かせ、俺の斬撃をそのまま受けたのである。それはまるで自身の剣を庇うようでもあり、同時に、『瞬伐悠剣』越しに俺の両腕に違和感が伝わってきた。
(……斬れてない……だと?)
剣ごと押し切るつもりだったため、リンネが力を抜いたことで僅かに逸れた斬撃。それはリンネの面を叩き割り、そのまま胴体に直撃したものの人体を斬った手応えがなかった。
面だけでなくリンネが着ていた服を斬った感触はあったが、その下にある肉体には傷一つついておらず、出血することもなかったのだ。
「ぐっ……」
だが、完全に無傷とはいかなかったのか。リンネは割れた面を右手で押さえつつ、斬りつけた場所を左手で押さえている。
そのまま即座に俺から距離を取り、弾き飛ばした剣のもとへと移動して剣を拾い上げた。そして剣の状態を確認するような仕草を見せたかと思うと、剣を鞘に納める。
「ここまで……ですね」
割れた面を押さえつつ、リンネが言う。それを聞いた俺は表情を変えないよう、 冷(・) や(・) 汗(・) が(・) 浮(・) か(・) ば(・) な(・) い(・) よ(・) う(・) 注意しつつ、無言で相手の出方を待った。
(追撃は……くそ、無理か……)
動くに動けない。それはリンネの行動を警戒したというのもあるが、全力で踏み込んで『二の太刀』を繰り出した結果、踏み込みに使った右足――正確には右足首が砕けたため、瞬時に動くことができなかったのだ。
リンネに悟られないよう剣を構えてこそいるが、どんなに痛みを堪えようとも物理的に使い物にならない右足ではどうしようもない。
体重をかけないようにしつつ、どうにかポーションで治せないか、治すにしてもどうにか時間を稼げないかと、激痛を訴える体の悲鳴をなだめながら必死に思考を巡らせる。
「余興にしては十分楽しめましたし、思わぬものが見れました。この辺りで失礼しようと思います」
「……王都に侵入しておいて、このまま逃げると?」
なんだそれは、と怪訝に思う。こちら側を警戒させるだけで『魔王の影』としては何の利益もない行動だ。負の感情を煽るにしても他にやりようがあるはずだが。
「逃げる? ふふ……ええ、そうですね。ここは逃げるとしましょう」
それは一体どんな魔法によるものか。逃げると言うなり、リンネの体が徐々に薄く、透けるようにしてその場から存在感を消失させていく。
それを見た俺は咄嗟に短剣を引き抜いて投擲する。避けにくいよう胴体のど真ん中を狙い、狙い違わずリンネの腹部に刺さる――が、そのまま貫通してリンネの背後にあった民家の壁へと突き刺さった。
「――それでは、また」
最後にそんな言葉を残し、リンネの気配が完全に消える。それと同時に周囲から消えていた喧騒が戻り、遠目に王都の民達の姿が見えるようになった。
「チッ……相手が殺す気なら死んでたな」
『瞬伐悠剣』が助けてくれなければ、果たしてどうなっていたことか。俺は剣を鞘に納めつつそんなことを呟き。
「ぃ、ぐぅっ!?」
頭と全身、更に右足首からの激痛でその場に崩れ落ちた。我慢に我慢を重ねていたが、少し気が緩んでしまったらしい。全身から冷や汗が溢れ出て、咄嗟に悲鳴を噛み殺す。
「ちょっとミナト君? 大丈夫……じゃ、なさそうねぇ」
倒れた俺の傍にすぐさまアレクが駆け付け、体を起こしてくれる。そして懐からポーションを取り出したかと思うと、コルクを抜いて俺に飲ませてくれた。
「若様! カリン様! どこですか!? 一体何が!?」
続いて、遠くから聞こえてきたのはゲラルドの焦ったような声である。ゲラルド達がどうなっていたのかは話を聞かなければわからないが、護衛対象である俺やカリンが姿を消したとなれば焦るだろう。
(リンネのことといい、どう説明したもんかな……)
俺は追加で中品質のポーションを一本開けて半分を右足首にかけ、残った半分を飲みつつ、そんなことを思いながら遠くを見るように目を細めたのだった。