作品タイトル不明
第78話:リンネ その4
アレクから放たれた援護と妨害の魔法は、状況を打破するには至らないが拮抗状態へ持ち込むには十分に機能していた。
リンネが使う『疾風迅雷』は速度を三ターンの間80%上昇させる魔法だ。そこから『泥沼』で30%下がり、『疾風』が俺の速度を30%上昇させ、最後に残った結果は ほ(・) ぼ(・) 互(・) 角(・) に収まった。
元々は『召喚器』込みで俺の方が速度で優れていたため、援護と妨害の魔法によって速度だけ見れば互角の状況に持ち込むことができたのだ。
(チィッ……『魔王の影』だから外見通りの年齢じゃないだろうけど、見た目が小さい女の子に技量で負けるってのはさすがにきっついなぁオイ!)
速度は互角で――技術は相手の方が上。
この点に変わりはなく、幾十、幾百に渡る斬撃の交差で得られた有効打はなし。逆に俺の方が細かい手傷を負っているが、戦闘に支障を生じさせるほどの深手はない。
『花コン』の情報が正しいならオウカ姫が命を落としたのは精々十三歳から十四歳程度。ランドウ先生の技をずっと間近で見ていたとしてもそこまでの再現は不可能なはずだ。
それだというのに技術で負けている。いくら俺が凡才だとしてもこの事実は中々にキツイものがあった。
(いや、 俺(ミナト) と『魔王の影』の 肉体(スペック) を比べたら逆に健闘している方か……ははっ、なんだよ。そう考えたら上出来か)
頭を割りにきた振り下ろしを弾いて逸らし、返す刃で首を薙ごうとするが弾かれ、左手首を斬り落としにきたため柄から左手を離して回避し、右手一本で袈裟懸けに刃を奔らせるが体捌きと足捌きで回避される。
そして互いに同じタイミングで地面を蹴って間合いを離すと、気息を整えるように息を吐いた。
「ふぅ……複雑だ……ああ、複雑だよ。見て覚えたか手解きを受けたかはわからねえが、ここまで 噛(・) み(・) 合(・) う(・) ことが複雑でならねえよ」
ランドウ先生相手に立ち会ってもらい、木剣で打ち合うぐらいならやったことがある。だが、同門の技をぶつけ合うとこうなるのか、と新鮮な驚きと無念さがあった。
「ふふっ……わたしは楽しいですよ? こうして教えてもらったことを実践できるんですから」
「……それなら是非とも教えた本人のところに行ってほしかったよ」
そう言いつつ、僅かに構えを変えて左手を後ろへ回す。そしてリンネに見えないようアレクにハンドサインを送ると、すぐさまアレクから反応があった。
「まあまあ。アタシが相手だと話してくれないのに、ミナト君が相手だとお喋りになるのね? オネエさん、悲しいわ……アタシともお話しましょうよ」
「…………」
リンネは俺から視線を外さず、アレクからの言葉には無言を貫く。何をそんなに警戒している? 仮にアレクのことを知っていたとしても警戒が過剰で、仮にアレクのことを知らなければここまで警戒する理由は……あー、まあ、外見だけで警戒するには十分か?
「り、リンネさん! どうしてこんなことを……する、ん、です……」
アレクに促されたのか、俺の背後からカリンの声が上がった。自分が相手なら話さないというのなら、別の人に話してもらおうと思ったのだろう。
だが、カリンの言葉は途中から途切れ途切れになる。何故かといえば、リンネが殺気のこもった視線をカリンへ向けたからだ。お面で隠れて目が見えないものの、それがわかるほどに鋭い殺気だった。
そのため俺は即座に移動し、カリンへの視線を遮る。
「俺にはよく喋るのにアレクは無視、カリンには怒る。何がしたいのかいまいちわからねえな」
「あなたは…… あ(・) の(・) 人(・) を思い出すから」
時間稼ぎを兼ねて言えば、ポツリと呟きが返ってきた。その返答に俺は眉を寄せる。
(あの人……やっぱりオウカ姫でランドウ先生のことを覚えているのか? 本物のオウカ姫ならどれぐらい意識が残っている? もしかしたら『魔王の影』にこそなったけど、『花コン』の『魔王の影』みたいに人類を滅ぼす気はない……とか?)
もしもそうなら助かるんだが、なんてことを思う。
そう考えればわざわざ王都に侵入した割に、こうして俺と剣を交えるだけで済ませている現状にも納得ができた。もしかすると『魔王の影』として動かざるを得ないものの、被害を極力抑えるようにしているのかもしれない。
(……いや、それなら俺やカリンの認識や記憶を曖昧にした理由は? 王都への侵入や被害を抑えることとは別問題だぞ)
『魔王の影』に求めるものではないのかもしれないが、リンネの行動原理がわからない。俺が知る『魔王の影』なら『魔王』の発生を目指すはずだが……俺が思い至らないだけで『魔王』の発生につながるんだろうか?
やっぱり王都に『魔王の影』が侵入したっていう事実を広めることで、負の感情を発生させようとしているだけ? どこからともなく侵入してきた 危険人物(テロリスト) による襲撃で被害が発生し、今後も同じことが起きる危険性があると思わせようとしている?
(……なんで俺、『魔王の影』に心理戦を仕掛けられているんだろうな?)
本当に『魔王の影』だとして、オウカ姫の意識もあるとして、何故俺がこんな状況に置かれているのかと頭が痛くなる。それでも最低でも撃退しなければと気合いを入れ直すが、耳を澄ませて僅かに眉を寄せた。
(救援が駆け付ける音は……しない、か。まだ時間を稼ぐ必要があるのか、それとも駆け付けることができないのか……)
『魔王の影』には大なり小なりダンジョンやモンスターを操る力があるが、もしかするとこの場がダンジョンと化していて救援の突入を躊躇させている可能性も……いや、それなら周辺の人達はどこに行ったんだよ。
(おそらくは人の意識に何かしらの影響を与える能力……しかしそれならアレクが駆け付けられた理由が……でもアレクだからな……)
リンネの一挙手一投足を警戒しつつも思考を回転させる。現状を打破するための方法を見落としていないか、何かしらの情報がないかを思考していく。
本来は戦闘中にやるべきことではないが、リンネの能力をどうにかしなければ救援が駆け付けることはできないかもしれないのだ。そしてそれは俺達がこの場から脱出できない可能性を示唆しており、この状況を打破するにはリンネを倒すか撃退すれば良いのでは、という結論に戻ってくる。
(……俺が考えても限界があるし、父さんやアレクに任せりゃいいか。そうなると、だ)
考えるのは向いている人に投げようと思考を着地させ、 根(・) 本(・) 的(・) な(・) 部(・) 分(・) へと立ち返る。要は、どうすればリンネを倒せるかだ。
技量はこちらがやや劣る。
身体能力は援護の魔法抜きならこちらが有利。『召喚器』の上乗せなしならこちらが劣り、魔法込みでほぼ互角。
戦いの経験値は……不明だ。大きく劣るものではないと思うが。
装備は互いに軽装で防具もなく、有利も不利もない。
体格や体重はこちらが有利だが、決定打にはならない。
それらの有利不利を踏まえ、リンネに勝つためには何が必要か。このまま救援を待っても勝てないとすれば、 何(・) を(・) す(・) れ(・) ば(・) 勝てるのか。
(普通の相手ならスギイシ流の技が決め手になるけど、相手も使える……ポーションは効かない……他に『魔王の影』が相手で使える手段は……『召喚器』?)
オリヴィアが語っていた、人間と『魔王の影』の違い。それこそが『召喚器』の有無だが、他の者ならいざ知らず、俺が使う本の『召喚器』は使用方法が理解できていない代物だ。
そして、身体能力こそ引き上げてくれているが、武器や防具としては使えない……ボスモンスターになったデュラハンの斬撃を防げるぐらいだし、使おうと思えば防具として使うことはできるけどさ。
(本を開いて、相手の斬撃を受け止めて、そのまま閉じて白刃取り……いけるか? いや、あの速度なら本を閉じる前に斬られるか……ものすごい馬鹿な案を検討したな、今)
一瞬本の『召喚器』で真剣白刃取りをしようか、なんて馬鹿な考えが浮かんだがさすがに却下する。
オリヴィアは言った。『召喚器』は己で使い方を見つけるか、『召喚器』の方から教えてくれるのを待つしかない、と。
俺は盾にするといった物理的な使い方しか思い浮かばないし、『召喚器』の方から教えてくれる気配は微塵もしない。何かある度に勝手に『花コン』のメインキャラ関連のページを増やし、身体能力を強化してくれるが そ(・) れ(・) だ(・) け(・) だ。
『召喚器』を発現できたことから『召喚』の位階を超え、身体能力を強化してくれることから『活性』に至り、しかし名前はまったくわからないことから『顕現』はおろか『掌握』にも届いていない。
つまり、『召喚器』の力を更に引き出すには『掌握』の段階に至る必要があるわけだが。
(どうやれば至れるんだって話だよ……っと!)
踏み込んできたリンネが繰り出す刃を剣で弾き、受け流し、再び膠着状態へと持ち込む。このまま状況を膠着させ続けることはできるが、それもアレクのMPが尽きるまでだ。それまでに救援が来る保証がない以上、どうにかしなければ。
命がかかった殺し合いの状況だが、初陣の時のような浮ついた感じはしない。『王国北部ダンジョン異常成長事件』で一週間近く死線に潜り続けた影響だろうか。もしくはボスモンスター化したデュラハンの方が威圧感があったからか。
――これが本当に『魔王の影』か?
ふと、疑問が過ぎる。
『花コン』なら『魔王の影』は中ボスと呼ぶべき存在で、間違っても今の俺が勝てる相手ではない。こうしてほぼ互角の戦いを演じられていること自体、奇跡に思えるほど実力差があってもおかしくないのだ。
『王国北部ダンジョン異常成長事件』を経て、俺も強くなった? 仮にそうだとしても『魔王の影』に太刀打ちできるほど劇的に強くなるものか。俺の『召喚器』が身体能力を高めたとしても、どの程度強くなったかは既に調べている。
もちろん、リンネがかつてアレクが評したように『魔王の影』にしては幼く、他の『魔王の影』と比べれば弱い可能性もある。全力を出していない可能性もあるし、リンネが語ったように余興……あくまで手加減して遊んでいるだけという可能性も否定できない。
しかし俺が知る中で最も強いランドウ先生や、出会っただけで格上の強者だと感じ取れたオリヴィアやネフライト男爵のような強さは感じ取れないのだ。
それでもリンネに勝つにはあと一手、 何(・) か(・) が必要で。
「さっき言った あ(・) の(・) 人(・) っていうのは、君の大切な人かい?」
もしかすると動揺を引き出せるかもしれない、と思いながら尋ねる。逆に逆鱗に触れる危険性もあるが、今の状況を打破するには切っ掛けが必要だった。
可能性は低いかもしれないが、ランドウ先生のことを話題にすればオウカ姫としての意識が強くなり、何かしらの変化が表れるかもしれない。隙が生まれるかもしれないし、我に返って撤退してくれるかもしれない。
「……気になりますか?」
「ああ、そりゃもちろん。多分だけど、俺の剣の先生のことだろうしな。なんであの人のところじゃなく、俺のところに来たのか……気になっても不思議じゃないだろ?」
今頃は東の大規模ダンジョンで元気に刀を振るっていることだろう。そんなランドウ先生のところに最初から向かっていてくれれば、強化イベントになった可能性が高いし俺も苦労せずに済んだんだが。
(『花コン』の主人公ならまだしも、『魔王の影』を誘導してどうこうってのはさすがに無理だろうしな……ただ、ランドウ先生なら大丈夫だと思うけど、『魔王の影』が複数で襲う可能性もあるからさすがに危ないか?)
そんなことを考えながら言葉をぶつけるが、リンネの反応から判断する限り状況を打破する切っ掛けにはならない……か。時間を稼いだことでリンネが使った『疾風迅雷』の効果は消えたけども。
もちろんこっちもアレクが使ったバフとデバフが消えてしまったんだが……こっそりとハンドサインで指示を送る。何の魔法が使えるかわかったし、とりあえず速度を上げてくれればこっちでどうにかする。
(リンネが『疾風迅雷』を使う度に時間を稼いで無駄撃ちさせて、MPがなくなったタイミングで攻勢に出る……それで勝てるか?)
こちらはまだ余力があるが、リンネはこちら以上に底が見えない。上級の補助魔法を使えるということは、他の属性の上級魔法を使えてもおかしくないのだ。
ゲームなら相手のMPがなくなるまで同じ行動を繰り返せばどうにかなるかもしれないが、現実でそんなことは起こり得ない。途中で何かしらの手を打たれるだろう。
どうすれば良いのかと思案していると、ふと、リンネの雰囲気が変わった。
「 あ(・) の(・) 人(・) のことはとても……ええ、とても思い出深いから。今でもすぐに、いくらでも思い出すことができます。ずっと一緒にいましたから」
「…………」
その言葉に込められた想いは、どれほどのものか。思わず無言で受け止めたが、そこまで想うなら何故ランドウ先生のところに行かないのか。
(……いや、逆か)
仮にリンネがオウカ姫だと断定して、逆の立場になって考えてみるとどうだろうか。『魔王の影』という立場もあるが、死に別れたランドウ先生のところに顔を出せるか? もう一度顔を合わせて、言葉を交わしたいと思っても、本当に会えるか?
ランドウ先生からすれば、自分の力が足りなくて守り切れなかった大切な相手。オウカ姫がランドウ先生と想い合っていたのは『花コン』で知っているが、オウカ姫からすれば 置(・) い(・) て(・) 逝(・) っ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) 相手だ。
それが『魔王の影』として復活して会いに来た、なんて聞けばランドウ先生はどう思うか。
「ふぅー…………」
俺は深く、長い息を吐く。それはため息に聞こえるほど重くもあった。
(会わせられないわな。可能なら倒すつもりだったが――弟子として、ここで斬る)
後々、ランドウ先生に恨まれるかもしれない。だけど会わせられない、会わせてなるものか、と思った。
初陣だから、軍役だから、モンスターが襲ってくるから。そんな、これまでとは異なる明確な理由が胸に宿る。『魔王の影』だから、王都の民に被害が出るかもしれないから、なんて そ(・) れ(・) ら(・) し(・) い(・) 理由は蹴り飛ばす。
リンネが本当にオウカ姫だというのなら、ここで討ち果たす。
そんな決意を胸に、剣の柄を握る両手に力を込めて。
――ドクン、と。
これまでに感じたことがない、脈動みたいなものを自分の体から感じたのだった。