軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第70話:王立図書館 その3

「それは」

「その反応、何かご存知なんですね?」

オリヴィアの反応からまずいと判断した俺は、相手の言葉にかぶせるようにして尋ねた。

「なんとも不思議な雰囲気の子でしてね? 格好は……」

そこまで口にして、あれ? と首を傾げる。

メリアは『花コン』では王立学園の制服を着ているが、今は俺と同じで十二歳のはずだ。外見は年齢よりも幼く見えるタイプだが、先ほど着ていた服を思い返して疑問を覚えた。

「俺も実物は見たことがないんですが、あれは噂に聞く学園の女子生徒用の制服だったような……」

そう、メリアは『花コン』で見たままの外見だったのだ。着古したのか少しボロさが目立つものの、『花コン』で数えきれないほど見てきた衣装である。

ブレザータイプの紺色の上着に黒と緑のチェック柄が施されたスカートと、前世の女学生が着ていてもおかしくないデザインだった。

『花コン』でもメリアは攻略可能になるまでは図書館に常駐していたが、登場した時からずっと制服を着ていたため主人公には最初から学生だと思われていた。

実際のところ主人公がフラグを立てるまでは学園に通う生徒ではなく、攻略可能にするためのイベントを起こすと王立学園に現れるようになるのだ。周囲から止められることはなかったため、正式な手順を踏んで入学してきたのだろう。

(この時期から学園の制服を着ていたのか……でも着古してたし、実際に通い始める頃にまた新調するのかね?)

俺も前世で学生をやっていた時は家で体育のジャージを着ていたことがあったし、着慣れてしまうと私服より楽だっていう気持ちもわかる。そのため少しだけ親近感を覚えてしまった。

ただ、一つ疑問がある。

(なんであの子、冬服を着ていたんだろ……)

メリアが着ていた制服は冬用のもので、『花コン』だと夏用の制服が別に存在したはずだ。今は真夏とは言わないが夏に近いため、女子だと半袖ブラウスに薄手のスカート、男子だと半袖シャツにズボンと季節に合わせたものになるはずだ。

「…………」

そんな疑問を抱く俺の正面で、話を聞いたオリヴィアは口元に手を当てながら沈黙している。眉を寄せながら怪訝そうに、おかしな話を聞いたといわんばかりに。

「教主殿?」

「ん……ああ、いえ。今の時間だと学園の制服を着た子がいるとは思えませんし、多分見間違いでは?」

俺は僅かに目線をずらし、机の上に置かれた呼び出し用のベルを見る。いくらなんでも見間違いってことはないだろうし、こちらの質問に対して ズ(・) レ(・) た(・) 答(・) え(・) を返したことからオリヴィアが『真実の鐘』が鳴るのを回避した可能性が高い。

メリアはオレア教にとって決戦兵器にして秘密兵器だ。辺境伯家の嫡男が相手でも隠すべきだと判断した、と思えばおかしな話ではない。

「教主殿、さすがにそれは無理があります。それでは私が不審な気配を読み違える、未熟以前の腕前だということになってしまいますよ」

俺は苦笑しながらツッコミを入れる。

自分の腕を過信するつもりはないし、『花コン』のミナトみたいに俺は強いと喧伝するつもりもないが、今度国王陛下から勲章をもらう身として、ランドウ先生の教え子として、あまり自分の実力を卑下するわけにはいかないのだ。

「……そう、ですね。失礼しました。それではきっと、噂に聞く図書館に出るという幽霊ではないかと」

すごい、嘘をつかないようにしながら強引に誤魔化しにかかってるぞこの人。きっととか多分とか、曖昧な表現を使うことで『真実の鐘』の判定に引っかからないようにしているのだろう。

(というか幽霊って……この人、得体が知れないと思ったけど案外面白い性格してるな)

死霊系モンスターが存在する以上、幽霊が出てもおかしくはない。ただしここはオレア教が管理している施設で、幽霊が出現すれば即座に排除されるだろう。

オリヴィアもそれをわかっているはずだが、『わたし、嘘はついてません』と言わんばかりに澄まし顔だ。

「ほう、幽霊。それはつまり、この場所には銀髪の少女の幽霊が出ると?」

「わたしはその幽霊を見たことがありませんけどね」

そりゃあ幽霊は見たことないだろう。その幽霊、きっと普通に生きている人間だし。

(しかし、この反応だとメリアは実在する……でも俺に会わせるつもりもメリアの素性を教えるつもりもない、と)

俺としては会えるとは思わなかった相手が、向こうの方から見に来るなんて思いもしなかった。それでもオリヴィアの反応と併せてメリアが実在すると確認できたため、大きな収穫だといえるだろう。

(これで仮に『魔王』が発生しても、最低限どうにかできる目途が立つな。主人公が召喚されない可能性を考えると、できればランドウ先生の強化イベントを発生させたいけど……女性の主人公が召喚されないとやっぱり無理か? イベントに必要なダンジョンがランダムで発生しないかな……)

不確実な要素に頼っても仕方がない。そうは思うものの、『花コン』の主人公が召喚されなかった可能性を考えると打てる手は打ちたいところだが。

「ところで、あなたは少々不思議な『召喚器』をお持ちだそうですね? 英雄の卵となれば『召喚器』も特別なものになるのでしょうか?」

「どこでそれを……ああ、ラレーテの教会からの報告ですか?」

「それもありますが、王都で流れる噂の中にデュラハンと戦った時に本を盾にして攻撃を防いだ、というものがあったもので。外見が本で実際は盾、つまり防御用の『召喚器』なのですか?」

「いえ、やたらと頑丈なので攻撃を防げるんじゃないかな、と思って盾に使ったといいますか……」

そう答えつつ、俺は内心で首を傾げる。話題を変えるにしても何故俺の『召喚器』に関して触れたのか。以前疑われたように、『魔王の影』の再来とでも思われて――。

「っ!?」

そこまで考えて、俺は表情を強張らせる。それまで千切れて散らばっていたいくつもの紐がくっ付いてつながったように、 理(・) 解(・) が(・) 追(・) い(・) 付(・) い(・) て(・) 脳裏に衝撃が走った。

(陛下の提案、レオンさんの質問、いきなりうちに来たアレク、キドニア侯爵が持っていた『真実の鐘』、さっき顔を見せたメリア、そしてこのオリヴィアさん……本当に、オレア教から『魔王の影』だと疑われている……?)

初めて『召喚器』を発現した際、俺は『魔王の影』だと疑われ、『真実の鐘』を用いて俺が人間だと、『魔王の影』ではないと証明した―― そ(・) の(・) つ(・) も(・) り(・) だった。

俺の『召喚器』は相変わらず謎な代物だが、俺にとってはなんだかんだで大切なものである。もっと能力がわかりやすくて説明書きがあれば最高だったものの、その望みは贅沢だろう。

だが、他人から見れば意味が分からない『召喚器』だろう。特定の人物を紙面上に描き出して何をしたいというのか。本に描かれたのが『花コン』のメインキャラクターだと俺は知っているが、他人からは知る由もない。

そんな『召喚器』を持つ子どもが、いくらランドウ先生という高名な剣士から教えを受けていたとはいえ、異常成長したダンジョンで防衛戦の指揮を執り、自分が守った村は死者数ゼロで切り抜け、なおかつ向こうから襲い掛かってきたボスモンスターを仕留めた。

特に死者数がゼロというのは俺にとっても都合が良すぎると思っていたが、それを周囲から見ればどう思われるか。

「――どうしました?」

焦る俺を、オリヴィアが覗き込むようにして見つめてくる。片眼鏡越しに見えた瞳は相変わらず無機質なもので、何を思っているのかわからない。

そしてその問いかけの仕方は、先日のキドニア侯爵を彷彿とさせるものでもあった。

「表情が優れませんよ? 何か、気になることでもありましたか?」

「……今、この状況に置かれている理由を遅まきながら理解しましてね」

そう言いつつ、俺は自分自身を落ち着かせるために深呼吸をする。そんな仕草すら怪しく思われるだろうが、問答無用で殺されていない以上、 最(・) 終(・) 的(・) な(・) 判(・) 断(・) はまだされていないのだろう。

(でも、どうして俺も気付けなかった? キドニア侯爵の時はまさかと思ったけど、こんな状況になるまで気付けないなんてさすがにおかしい……いや、周囲からの評判はともかく、中身はこんなもんか……)

小さい頃から貴族として教育を受けてきたが、 外見(ミナト) も 中身(おれ) もどちらも凡人だ。俺の言動その他で疑われたのだろうけど、ここに至るまで気付けなくとも無理はない――。

(いや、さすがにそりゃないわ。いくらなんでも気付くって。それなのになんで気付けなかった? たしかにここ最近、プレッシャーが積み重なってきつかったけど……こんなことを見落とすぐらい追い込まれてたのか?)

自分のことは自分が思う以上にわからないものだ。それは理解していたが、ここまでまずい状況になるまでわからないのはさすがにおかしかった。

そもそも、一大宗教の教主とこうして 一対一(サシ) で話している状況自体おかしい。前世でたとえるならローマ教皇にお茶に誘われるレベルであり得ない。

まるで自分の中の常識や感覚が狂い、 曖(・) 昧(・) に(・) な(・) っ(・) た(・) かのように。

(……曖昧? あれ? それってたしか、カリンも似たようなことを言っていたような……)

軍役の際、突然領地に帰ると言って俺達を追いかけるようにして移動し、ダンジョンの異常成長に巻き込まれたのがカリン達だ。その原因となったカリンはそんなことを言い出した理由を曖昧にしか覚えていなかった。

てっきり、従者であるエミリーがカリンを庇って命を落とした衝撃で記憶が混濁したのかと思っていたが。

(待て俺、今はそんなことはどうでもいい。後に回せ。今はそう、この状況をどうにかする方が先だ。ここまで用意周到に準備したんだ。返答次第じゃ殺され……ん? でも、それだとさっきのメリアは顔を見せる必要がないよな)

『魔王の影』だと疑われているとして、メリアが事前に顔を見に来た意味がわからない。俺が『魔王の影』だと断定して殺すのなら、今、オリヴィアと共に並んで俺を殺そうとしている方が自然だ。

『花コン』で知る限り、最初の頃は殺す相手を悼んで顔を見るようなこともなかったはずだが。

あるいは俺が本当に『魔王の影』だった場合、暴れ出したら不意打ちを仕掛けるために近場に潜んでいるのかもしれない……いや、それならなんで顔を見せる必要があったんだ?

「誤解は解けたと思っていたのですが、また『魔王の影』だと疑われているんですね」

メリアに不意打ちを仕掛けられたら俺には対処できない。『花コン』を基準にして考えれば最終的に最上級の光属性魔法を使えるようになる実力者だ。

条件を満たしてパーティに加入した直後でさえ上級の光属性魔法を使えるため、現状でも既に使える可能性が高い。更に『召喚器』を使った攻撃は『魔王』や『魔王の影』にも通じるため、俺が『魔王の影』ならオリヴィアとあわせて確実に殺せる布陣と言えるだろう。

「ええ。貴方が『魔王の影』なら 私(・) がこうして直接対峙している意味……それを理解できないわけではないでしょう? 今回は随分と上手く化けていましたが、その若さで防衛戦の指揮を執って死者数ゼロにボスモンスターの討伐など……さすがに や(・) り(・) す(・) ぎ(・) です」

こうして問答を交わしている以上、まだ確定ではないのかもしれない。だが、ほぼ確定と見られているのか。『真実の鐘』を作り出したオレア教、その元締めが出張ってきた以上、ここを乗り切れば完全に疑いが晴れるのかもしれないが。

(どうやって疑いを晴らせばいいんだよ……)

やっぱり今からでも『花コン』に関して伝えるべきか? いや、今はタイミングとしては最悪だろう。現状から逃れるための嘘としか思われないに違いない。『真実の鐘』を使って真実だと伝えても、おそらくは――。

「最初からそうだったのか、途中で入れ替わったのか……『真実の鐘』すら欺けるのなら捨て置けません」

(やっぱり、そうなるよな……)

カリンの婚約者候補の件か、あるいは他の件か。どれが原因なのかはわからないが、たしかに『真実の鐘』を鳴らさずに切り抜けたことがある。

そ(・) れ(・) が引っかかったのか、あるいは『王国北部ダンジョン異常成長事件』のせいか、それ以前からなのか、最初に疑われた時から継続して疑われていたのか、それら全部が原因か。

何か打開策を、と思うもののすぐに思い浮かぶものがない。情に訴えても無駄だろうし、辺境伯家の嫡男という立場を持ち出しても無意味に違いない。ここまで用意周到に準備していたってことはレオンさんも一枚噛んでいるはず。

つまり、この場所が俺の終着点だ。

(……『花コン』が始まるまで、辿り着くことすらできなかったか)

そうか、終わりか、終わりだ。そう思ってしまえば、全身から力が抜けてどうでも良くなる――わけ、ないだろ。

「教主殿、これが最期なら俺の話を聞いていただきたい」

俺は、俺自身が『魔王の影』ではないと理解している。もしかすると自覚がないだけで『魔王の影』だった、なんて可能性もゼロではないが、それを言い出せば実は『魔王』だったって可能性すら否定できなくなるから捨て置く。

そんなことよりも、今は未来のことをどうにかしなければ。少しでも可能性を残さなければ、死ぬに死ねない。コハクやモモカ、レオンさん達家族に、ウィリアム達家臣。これまで出会った人々が『魔王』に殺される未来を、少しでも覆せる可能性を残さなければ。

「これは父上……いや、 父(・) さ(・) ん(・) にも話せなかった話だ」

最期だと思えば、口調を飾る気も失せた。椅子に背中を預け、先ほど用意してもらった紅茶で口を湿らせる。末期の水ならぬ、末期の紅茶だ。

「聞きましょう」

オリヴィアが小さく頷く。誤解で殺されることに思うところはある。むしろ暴れてやりたいぐらいだ。ただ、どうせ元々は死んでいた身。二度目の死は大往生が良かったが、最早ここに至っては仕方ない。

……少しだけ、今からでも暴れて切り抜けられないだろうか? なんて考えたけど無理か。オリヴィアに本気で対峙されたら数手で殺されそうだ。メリアだけでなくさっきの従者も姿が見えないし、運が味方してここから逃げ出せたとしても、王立図書館の敷地から出る前に殺されるだろう。

「今から二年半後……正確にはアイリス殿下が学園に通い始めたら、彼女の『召喚器』から一人の人間が召喚される。男女どちらかはわからない。だけどどちらの性別でも『魔王』を倒し得る存在だ」

そう言いつつ、俺は無抵抗を示すように剣を鞘ごと引き抜き、予備の武器である短剣と一緒に机に置き、自身の『召喚器』を発現してオリヴィアへと差し出す。既に何度も死地を踏み越えてきたからか、この場に至っても思ったより平静でいられた。

「この本に載っている人物を覚えてくれ。まだ載っていない人もいるけど、この人達との絆が鍵だ。自然な形で上手く誘導して召喚された人との仲を深めさせてほしい。そうすれば『召喚器』が 解(・) 放(・) さ(・) れ(・) て(・) い(・) く(・) 。それが無理ならアイリスとの仲を深めさせてくれ。そのルートなら『魔王』を長期間『封印』して時間が稼げる」

そこまで話した俺は、小さい頃に『花コン』に関して情報を書いたメモ帳もあればおおよそは大丈夫か、と結論付ける。

「詳しくは実家の……サンデューク辺境伯家の屋敷の俺の部屋の本棚にメモ帳が隠してあるから、それを見てほしい。縦読みだったり絵だったりで情報を残してあるから……しかし、そうか」

「……なにか?」

「いや、大したことじゃないよ」

思わず口にしてしまったが、サンデューク辺境伯家の屋敷を実家だと、 自(・) 分(・) の(・) 居(・) 場(・) 所(・) だと思えていたんだって気付いて、思わず微笑んでいた。

「今の話は未来予知、あるいは予知夢によるものですか? かつて『魔王の影』が似たようなことをやったと知っていますよね?」

「教会で聞いたから知ってるよ。でも未来予知、予知夢とは別の……なんて言ったらいいんだろうな? 知識として知っていたんだ」

この世界にテレビゲームはないし、なんて伝えればいいんだろうか? 物語性がある本はあるから、それを例えに出せば大丈夫か?

俺は転生していて、この世界は前世で遊んだゲームの世界だから知っているって説明しても通じないだろう。そもそも転生云々は伝える必要性がないし、この場で重要なのは『魔王』をどうにかできる存在が現れることと、『魔王』を倒すための方法だけだ。

――でも、ああ、そうだ。 夢(ゲーム) みたいな世界ではあったのか。

「転生してどうこうってのは通じないよな? でも、ああ……今まで黙っていたこと、最期に話せてすっきりしたよ。全部が全部ってわけじゃないけど、まあ、 余(・) 計(・) な(・) 変(・) 数(・) は入れすぎない方が上手くいくだろ」

そう言って俺は肩の力を抜く。ミナト=ラレーテ=サンデュークという存在がいなくても……まあ、なんとかなるだろ。どうせ脇役で、悪役とも呼べない小物だ。この世界だと色々と影響が残ってしまいそうだが……。

俺はオリヴィアを見て、自分のことながら多分だけど、へにゃりと、力が抜けた笑い顔を向けた。

「色々と言いたいことがあるし、このまま死ぬことに関しては恨むけど……家族と、この世界を頼みます」

疑いを晴らすことができそうにないのなら、あとは託すしかない。ここまで話せればあるいはってところだ。俺が結果を見ることはできないけど、幽霊が本当に存在するなら見届けることぐらいはできるかもな。

俺はそう思いながら、オリヴィアの沙汰を待つ。あるいは断罪の刃か。殺すなら一撃で楽に殺してほしいところだ。間違っても刃物で刺してジワジワと殺すのは止めてくれ。アレは一回経験すれば十分だ。

そう、色々と考えが脳裏を巡っていたんだが。

「…………?」

いつまで経ってもオリヴィアは動かない。片眼鏡越しに俺を見て、俺が渡した『召喚器』を見て、もう一度俺を見て。それまで感情を感じさせなかった瞳に、何かしらの色を宿らせて。

「予想外……と、言うべきなんでしょうね。九割方『魔王の影』だと思っていたのだけど……」

そう言いつつ、オリヴィアは俺が渡した本の『召喚器』を指で弾く。

「さっきのてんせい? とやらはわからないけど……知ってる? わたしもあとになって調べてわかったのだけど、かつて『魔王の影』が仕出かした あ(・) の(・) 事(・) 件(・) で使われた未来予知の『召喚器』はただの本で、『召喚器』としての機能は何もなかったということを」

「……いや……それが?」

時間をかけると決心が鈍りそうだからやめてほしい。そう思いつつも問い返すと、オリヴィアは苦笑しながら自分の片眼鏡を指で持ち上げる。

「わたしのこの『召喚器』の名前は『 巧視魂動(こうしこんどう) 』……貴方が推察した通り、見た相手のおおよその情報がわかるわ。正確には相手の魂を見ることで わ(・) た(・) し(・) が(・) 理(・) 解(・) で(・) き(・) る(・) 範(・) 囲(・) で(・) 情報を得ることができる」

「…………」

それがどうかしたのだろうか。そう思って無言で視線を向けるが、オリヴィアは苦笑を深めるだけだ。

「こんなに驚いたのは何十年ぶりかしら……ううん、感情が動いたのが何十年ぶりかっていうべきかしらね?」

そして、オリヴィアは噛み締めるように呟きながら俺に『召喚器』を返してくる。

「『魔王の影』はね、『召喚器』を持っていないのよ。人間の負の感情の塊……つまり存在自体が魂の具現みたいなものだから『召喚器』を持っていないの」

そう言われて俺は思い返す。たしかに『花コン』でも最上級の魔法を使うことはあっても、『召喚器』を使うことはなかった。

「……オリヴィアさん……俺は」

「待って。それ以上は何も言わないで」

俺が『魔王の影』ではなく、ただの人間で。『花コン』の舞台が幕を上げたら主人公を誘導して『魔王』を『消滅』させようとしている。

そう告げようとしたものの、オリヴィアはそれを制した。

「それが『召喚器』によるものか、何か理由があってのことかまではわからないけど、おおよそ察しがついたわ。でも、それ以上は何も言わないで。この場所はオレア教の監視下にあるけど、 ど(・) こ(・) か(・) ら(・) 何(・) が(・) 漏(・) れ(・) る(・) か(・) わからないの。『魔王の影』はそれだけ狡猾で、何をしてくるかわからない相手だから」

「それは……わかった。でも、俺のことを信じてくれる……のか?」

アイリスが『花コン』の主人公を召喚するという、致命的な情報は既に漏らしてしまったんだが……オレア教やオリヴィアの協力があるなら守り抜くことは可能だろう。

「全てを信じるわけにはいかない。それでも貴方が『魔王の影』ではなく、自分なりにこの世界を良い方向に導こうとしているとわかった……ただ、一つだけ聞きたいことが……」

そこまで言って、オリヴィアは首を横に振る。

「……いえ、なんでもないわ。わたしと顔を合わせたんだもの。もしも そ(・) う(・) ならあなたの方から言うわよね」

どこか悲しげに呟くオリヴィア。そんな反応を前にした俺は何事かと首を傾げる。

(この人を見て、何かある? 完全に初対面だよな? 俺の方に何かあるとすればこの世界に転生したってことぐらいだけど……)

つまり、別の何かがオリヴィアにとって引っかかっているのだろう。ただしそれは俺に関わりがないことで。

オリヴィアは一度だけ目を閉じたかと思うと、出会った時のように感情を感じさせない表情へと戻る。そしてどこからともなく一通の書状を取り出した。

「王都の屋敷に戻ったらこの書状をサンデューク辺境伯へ渡してください。御子息が人間で、『魔王の影』ではないと伝える書状になります」

「……たしかに、受け取りました」

こんな書状が用意されているってことは……今回の件、やっぱりレオンさんも一枚噛んでたのか。まあ、それも当然だろう。以前馬車の中で俺を疑っていたし、今日俺を送り出す時も表情がおかしかったしな。

(やっぱり、 あ(・) の(・) 嘘(・) は通じてなかったか……)

そもそも、俺が本当に『魔王の影』だったらこの場で殺されていただろうし、生きて帰った時点で『魔王の影』じゃないと証明されたようなものだろう。それでもこうして書状に残すってことは、オレア教の教主が俺を人間だと証明したってことでもある。

書状を渡したオリヴィアは僅かに躊躇したように目線を彷徨わせたが、再び俺の瞳をじっと見つめてくる。

「聞くまいと思ったけど、これだけは聞いておきましょうか……貴方が知っている情報では、『魔王』が発生するまであとどれぐらいの時間が残されているの? 我々オレア教としては、十年はもたないと見ているのだけど」

「……先日のダンジョンの件がどれだけ影響したかによりますが、今からだと五年半ぐらいです」

『花コン』の三年目、卒業シーズンとなるとそれぐらい先だ。改めてタイムリミットが迫ってきていることを実感し、心に重く圧し掛かってくる。

「なるほど……それがわかっただけでも助かるわ」

俺の言葉をどこまで信じたのか、それはわからない。『召喚器』によって俺が人間で今の話に嘘がないとわかったとしても、オリヴィア側が 信(・) じ(・) る(・) 理(・) 由(・) が(・) な(・) い(・) のだ。

こちらの話を信じさせるには『花コン』の主人公が召喚されるのを待つしかなく、アイリスに前倒しで召喚してもらうのも『花コン』の設定では不可能だったはずだ。だからこそ現状では参考程度に聞いてもらえるだけでも御の字のはずである。

それでも納得した様子で頷くオリヴィアの様子から話が終わったと判断した俺は椅子から立ち上がり――ふと、返してもらった己の『召喚器』を軽く叩く。

「ところで俺の『召喚器』、使い方がわからないんですがあなたなら何かわかったりしますか?」

俺にとっては相変わらず謎の『召喚器』だが、別の人物、別の視点から見れば何かわかることがあるかもしれない。それも、魂を見ることができるというオリヴィアなら期待できるだろう。

そう、思ったのだが。

「……『召喚器』というのは自分で使い方を見つけるか、『召喚器』の方から 教(・) え(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) のを待つしかないわ」

「つまり?」

「わたしにはそれが『召喚器』だとしかわからないわね……今日のお詫びよ。何か聞きたいことができればまたここに来なさい。逆に何か聞きたいことができれば使いを出すわ」

どうやら、大陸中に影響力を持つオレア教の教主であるオリヴィアでさえよくわからないらしい。

「……では最後に一つ、先ほど俺が見た銀髪の少女については?」

「オレア教の秘密事項よ」

存在を否定しない……つまりメリアはきちんと存在するってことだ。こちらが未来予知を可能としていると本当に思っているなら、メリアのことも知っていると判断した上で敢えて隠したのか。

それを聞いた俺は一礼すると、予期せぬオリヴィアとの遭遇と問答によって疲れた体を引きずって王立図書館を後にするのだった。