軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話:問題点を探せ その2

アンヌさんと別れた俺は、退屈そうにしていたコハクとモモカに声をかけて屋敷内の探索へと乗り出していた。モモカはもちろん、コハクも大喜びである。

サンデューク辺境伯家が所有するこの屋敷だが、滅茶苦茶でかい。ある程度の間取りはわかっていても正確な部屋数は知らないし、床面積もどう計算すれば良いかわからないほどだ。

三階建てで作られた屋敷は正面から見ると左右対称の構造になっており、レンガや石材、コンクリートを用いて壁や床を作り、光量を意識して設けられたガラス窓は一体何枚になるのか。部屋数と同様にわからないし、数えようとも思えないほどである。

屋敷の一階には大きな玄関ホール、百人は収容できそうな広間、応接室に食堂に厨房に画廊に図書室に遊戯室に兵士の詰め所、執務室や政務室、その他諸々と多くの部屋がある。

二階には使用人や身分があまり高くない客が泊まる際の客室があり、三階は俺を含めたサンデューク辺境伯家の人間の居住スペースや高位の貴族用の客室がある。

なお、全階にトイレと風呂があるし、二階と三階にも一階ほどの広さはないが食堂や厨房、執務室や政務室、図書室や遊戯室が作られていた。

部屋数が多いということは当然ながら住む人間も多いわけで。家令や執事、メイドさん達家政婦、護衛の兵士等々、軽く百人を超える。二百か三百か、そのぐらいだろうか。庭の手入れを担当する者や屋敷の裏手にある兵舎に常駐している兵士まで含めれば一体何百人になるのか。

(大勢の人がいるし、探せば人間関係での問題点が一つや二つは簡単に見つかりそうだけど……さすがに五歳児に出す課題じゃないよな)

仮にそうだとしたら、五歳児に任せるんじゃなくて自分で解決に乗り出してほしいわ。

さて、そんなこんなで屋敷の中を歩き回る俺である。子ども目線での問題点を、と思いながら見ていくけど、そう簡単に問題は見つからない。

家具は俺達が怪我をしにくいよう角を丸めたものしか置かれていないし、壷や絵が飾られている棚は倒れないよう固定されているし、絨毯も躓かないようきちんと伸ばされている。

それならばと低い位置にある段差に指を滑らせてみるが、指が埃で汚れるようなことはなかった。どうやらきちんと掃除がされているようで、埃もカビもシミも見当たらない。

いやぁ、うちのメイドさん達は優秀かつ職務熱心だなぁ。普通こんなところまできちんと掃除する? しゃがむか膝を突かないと拭けないよ?

それが仕事だから、と言われてしまえばそれまでだけど、この滅茶苦茶広い屋敷を隅から隅まで掃除していくのって苦行過ぎると思うわ。

「おにいさま! あっちにいこうあっち!」

思いつく限り問題点を探し出そうとする俺だったが、モモカに手を引かれた。そのためコハクの手を引いて一緒に歩いていくと、進路上に執事さんやらメイドさんやらの姿があった。

メイドさんは掃除を、執事さんはメイドさんの一人に何やら相談しているようだったけど、俺達に気付くと洗練された動きで道を空け、一礼までしてくれる。

「ありがとう。仕事中にすまないな」

俺は一声かけて通り過ぎるが、どうにもむず痒い。ミナトとして生活をして五年経つが、近くを通る度に一礼され、行き会えば道を譲られ、何かあれば敬語で話しかけられるのだ。

俺も敬語で返したいけど立場上それはできない。労うのは問題ないものの、声をかける際はどうしても 上(・) に(・) 立(・) つ(・) 者(・) として振る舞うよう求められてしまう。

(でもなぁ、元社会人としては敬語で話す方が楽なんだよなぁ)

敬語で話す幼児は不気味かもしれないが、敬語って誰が相手でも口調を変えなくていいし、個人的にはすごく楽なのだ。服装に困ったらスーツを着るようなものである。

「おにいさま、どうしておれいをいうの?」

執事さんとメイドさんの傍を通り過ぎると、モモカが不思議そうな顔をしながら聞いてくる。純粋に、心の底から何故と思っていそうな顔だった。

その問いかけを受けた俺は、僅かにしゃがんでモモカと目線の高さを合わせる。

「んー……そうだなぁ。そうした方がいいって思ったから、かな? 邪魔をしちゃったっていうのもあるけど、普段から世話になっているしね」

「そーしたほうが、いい?」

「うん。いいかい、モモカ。それにコハクも。この屋敷で働く人達はそれがお仕事だけど、それを 当(・) 然(・) の(・) こ(・) と(・) って思っちゃ駄目だ。感謝の気持ちを持たないとね」

コハクにも声をかけるけど、四歳児にはまだ難しいかもしれない。それでも兄として、可愛がっている弟妹にゆっくりと、言い聞かせるようにして話す。

「食べるものを作ってくれたり、服を用意してくれたり、掃除をしてくれたり。俺達にとって当たり前のことかもしれないけど、それを『ありがとう』って思う気持ちは大事だと思うんだ」

露骨にこびへつらうとか、過剰に感謝しろって意味ではない。立場上限度はあるけど、何かしてもらったらありがとうって感謝して、悪いことをしたらごめんなさいって謝る。

そんな、人として当たり前の話だ。

コハクもモモカも理解したような、理解していないような、きょとんとした顔をする。そんな二人の顔を見た俺は口元を緩めると、二人の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

「なぁに、二人なら大丈夫だ。なんたって俺の弟と妹だからな」

そう言って二人の手を引き、俺はゆっくりと歩き出すのだった。

次に足を向けたのは屋敷の外だ。屋敷をぐるりと囲うように設けられた庭はこれまた広く、それでいて屋敷内と同様に手入れが非常に行き届いている。

屋敷の正面には玄関から外界を隔てる門まで白い石畳が敷かれ、その左右には刈り込まれた植え込みや色とりどりの花が咲き誇る花壇が設けられている。それだというのに石畳の上には落ち葉の一つ、花弁の一つも落ちておらず、太陽の光が石畳をより白く輝かせていた。

屋敷の左右も手入れが行き届き、観賞用の木々と花壇がバランス良く配置されている。

屋敷の裏手に回ると様相が変わり、これまた手入れが行き届いた家庭菜園が作られている。

更に裏手を進めば裏門があり、その先には兵舎と練兵場があった。以前、コハクとモモカを連れて魔法を覗きに行った場所である。練兵場は小さなグラウンドぐらいの大きさで、主に休暇中の兵士が自主訓練を行うためのものだ。本格的な訓練は町の外で行うらしい。

あとは錬金術師が使う工房が兵舎に併設されているけど、こっちは調合に危険物を使うこともあるため立ち入り禁止だ。完成物を見るだけなら屋敷にポーションがあるんだけどね。

(うーん……こういう場所でも人が多くいるんだよな)

屋敷の敷地内を巡回する兵士、庭の手入れを行う庭師、家庭菜園の手入れを行う者達。それぞれが己の職務を全うしているが、俺達に気付くと手を止めて一礼してくる。

(この作業を中断するのが問題……じゃないよな。俺としては面倒だけど、こういった部分を疎かにするとまずいだろうし)

他所から訪れた貴族相手に失礼な真似をしたら、と思えば普段から意識しておいた方が良い。

そうやって問題点を探す俺だったが、モモカが急にしゃがみ込む。俺とコハクはズボンにシャツだからいいけど、子ども用のドレスを着ているモモカは裾が汚れるのにもお構いなしだ。

「おにいさま、これはなぁに?」

「その前にドレスが汚れるから立とうな? って、どれどれ? ああ、それはシャベルだよ」

モモカを立たせながら確認すると、そこには園芸用のシャベルが置いてあった。片手で持って使うタイプのやつだ。モモカが使うにはちょっと危ないかな? 取り上げた方がいいかな?

「あにうえ、それはスコップだよ」

すると、コハクがそんなことを言う。それを聞いた俺はもう一度見てみるけど……うん、これは小さいしシャベルだよな? あれ? 小さい方がスコップだっけ?

「え? どっち?」

モモカが不思議そうに尋ねてくるけど、こうやって尋ねられると断言するほどの自信がない。いっそのこと移植ごてじゃ駄目かな?

俺は近くで畑の手入れをしていた老いた使用人に話しかけると、どう呼ぶかを尋ねる。

「それはスコップでございます、若様」

あ、スコップなんだ。 俺(・) の(・) 記(・) 憶(・) だとシャベルなんだけど、本職の人が言うなら間違いはないだろう。最後に使ったのって前世で小学生ぐらいの時だしな。

「ごめんなモモカ、それはスコップだよ。兄ちゃん間違えちゃった。それとコハクはよく知ってたなぁ、偉いぞー」

俺は興味深そうにしながらスコップで地面をつつくモモカに言うと、コハクを褒めて頭を撫でる。コハクは照れ臭そうにしていたけど、それに構わず俺は褒め倒した。

「ふぇー……おにいさまでもまちがうんだ」

するとモモカがそんなことを呟くのが聞こえて、俺は思わず吹き出してしまう。

「そりゃそうさ。誰だって間違うし、俺だって知らないことは知らないよ」

問題なのは間違いを指摘されても認めないことだろう。絶対に自分が正しい! なんて認識を持つ人は前世でも何人もいたし。いや、それは認識がどうというより意固地なだけか。

「それじゃあ今度は向こうに行こうか。ほらモモカ、そのスコップも返しなさい」

俺がモモカにそう言うと、モモカは何を思ったのかパッと花咲くような笑みを浮かべ、老いた使用人にスコップを手渡した。

「ありがとうっ! おじゃましましたっ!」

「おじゃま、しました」

そして元気良く言い放ち、モモカに続いてコハクも小さいながら声をかける。老いた使用人は驚いたように目を見開いたものの、すぐに相好を崩して返事をしてくれた。

それを見た俺は、くすぐられるようななんとも言い難い気持ちが胸の中に広がるのを感じる。

さっき教えたことをすぐに実践できる。これが子どもの成長か、なんて思う俺だった。

その後もモモカとコハクを連れて回り、そろそろ昼寝をさせた方が良いと思った俺は屋敷内に戻ると二人の部屋に送り届ける。

「それで若様、御当主様の課題は……」

「うん、わからん」

それまで傍にこそいたが口出しを控えていたナズナが尋ねてきたため、俺は素直に認めた。

わからないものはわからない。というか、そもそも答えが本当にあるのかすらわからない。強いて挙げるならモモカが触れることができる場所にスコップがあったことぐらい、か?

でも、レオンさんが求めているのは違う答えのような気がする。正確に言うと、答え自体は重要じゃない、というべきか。

「父上、問題点は見つかりませんでした」

というわけで、レオンさんの執務室に突撃した俺はストレートに告げた。執務をしていたのか机に書類の山を築いていたレオンさんは目を丸くしたが、すぐに険しい表情へと変わる。

「本当に何もなかったのか?」

「はい。あちこち見て回りましたけど、使用人は皆勤勉に働いていました。その仕事ぶりも文句の付けようがありません」

レオンさんから見たら問題があるのかもしれないけど、俺じゃあ何が問題なのかわからない。だから素直にわからないと言う。コハクとモモカにも似たようなことを諭したばかりだしね。

「…………」

そんな俺の答えをどう思ったのか、レオンさんが無言で見つめてくる。

いや、見つめられても困るよ。逆さに振っても何も出てこないよ? 本当に。

「そうか……それなら良いんだ」

一体何秒見つめていたのか、レオンさんは目線を切るなりそんなことを言う。それと同時に雰囲気が柔らかくなったように感じられ、俺も伸ばしていた背筋から力を抜いた。

「それで父上、今回の課題の答えはなんだったのでしょうか?」

ついでに答えを求めて質問してみると、レオンさんは苦笑を浮かべる。

「お前が何かしらの答えを出すことが答えだった……そう言えばわかるか?」

「えー……っと?」

やっぱり答えはなかったのか、という安堵が半分。あとは何故そんな問題を出されたのかという疑問が半分。俺が首を傾げていると、レオンさんは机に肘をついて両手で口元を隠す。

「些細なことでも問題だと捉えて報告するか、本当に問題を見つけてくるか、お前が答えたように何も問題はないと判断するか。それを確認したかっただけさ」

俺が出す答えならどんなものでも良かったってことか? そうなると、 問(・) 題(・) は俺が出した答えに対してレオンさんがどう思ったかってところになるけど。

(俺の性格を分析するため? もしくは嫡男に相応しいかのテスト? それとも本当に俺がどんな答えを出すか確認したかっただけ?)

口元を手で隠しているから表情で判断することはできない。というか五歳児に出す課題じゃないだろコレ。そうなると五歳児かどうかを疑われている? でも今から改めて何も知らない子どもの振りをすると、それはそれでまずいだろう。五年遅いぞ。

「嫡男たるもの、普段から周りのこと、家臣のことに気を配っておきなさい。今日は何もなかったが、明日には何かがあるかもしれない。それに気付いて対処できればいいが、気付かずにいれば後々大きな問題になることもある」

「……そんなものですか」

「そんなものだ。もしも何かあれば相談に来なさい。もちろん、可能なら解決してもいいがね」

俺が反応に困っていると、レオンさんは苦笑しながら立ち上がる。そして壁際にあった本棚に向かったかと思うと、一冊の本を抜き取って俺の方へと近付いてきた。

「それと、少し早いと思ったがこれを渡しておこう」

「これは?」

そう言って差し出された本を俺は見る。まだまだ小さな俺の体では両腕を使って抱える必要があるぐらいに大きなその本は、どこか見覚えがあった。

「『 想書(メモリア) 』というものでな……お前は既に文字が書けるし頭も良い。これからは毎日、この本に日記を書きなさい」

手を出しなさい、と言われて俺が右手を出すと、レオンさんは『想書』の表紙に俺の手のひらを押し付けた。すると、言葉では表現できない 何(・) か(・) がつながったような感覚が俺の体に宿る。

「嫌なこと、不満に思ったこと、なんでもいい。毎日忘れずに書くようにしなさい。いいね?」

真剣な表情でそう告げるレオンさんを見て、俺は思った。

――あ、これオレア教が作ってる対『魔王』用の道具だ。