作品タイトル不明
第59話:報告 その3
ガタゴトと音が響く馬車の中。
レオンさんと向き合っていた俺は先ほどまでとは異なる理由で大量に冷や汗を掻いていた。そんな俺を見てどう思ったのかはわからないが、レオンさんは報告書をめくりながら口を開く。
「騎士や兵士を指揮し、防衛のための設備が整っていない村を防衛した結果、怪我人や病気になった者はそれなりにいるが死者はゼロ……素晴らしい戦果だな?」
「…………」
父親としてというよりも貴族として、サンデューク辺境伯家という大領を預かる者としての鋭い視線を受け、俺は目こそ逸らさないが何も答えることができない。
理由は一つ。レオンさんが怒るに足ることをやらかしたと自覚しているからだ。かといって謝罪をしようにも、 俺(・) に(・) と(・) っ(・) て(・) 最善だと判断した部分もある。
「ウィリアムに指揮権を委ねてアルバの町を守らせる……これに関しては別にいい。同じ条件なら俺もそうする。騎士と兵士の分け方についてはウィリアムの負担が大きいが、これもまあいいだろう。実力と経験の差があるからな」
沈黙する俺をどう捉えているのか、レオンさん本人じゃないからわからない。それでもこちらに向ける鋭い視線の中に心配の色が混ざっている以上、反発することなく黙って話を聞く。
「村の防衛設備が貧弱で、すぐさま土魔法が使える者を総動員して壁を築く。見張り台を作り、民は村の中央に集めて一括で管理。雨に備えて代官の屋敷に手を加える……この辺りの判断は的確だ。代官屋敷以外は突破されたがモンスターの数が異常だったし、途中の大雨がなければもっと余裕があっただろう」
淡々と、俺の選択を評価するようにレオンさんが言う。俺の判断が正しかったと認めてくれたけど、それは前置きみたいなものだろう。
「だがミナト、お前は指揮官として打つべきではない手をいくつも打った。そうだな?」
「はい」
「……そこで素直に頷くぐらいだ。何か理由があったんだろう。お前の考えを聞かせてくれ」
もっと頭ごなしに怒るかと思ったが、レオンさんはこちらの考えを話すよう促してくる。
「俺の考えを話すのは構いませんが……俺が下手を打ったと明確に理解しているのは四つです。合っていますか?」
「さて……内容を聞かないことには判断できないから聞かせてくれ」
探るように尋ねてもレオンさんは揺らがない。俺の話を聞くというのは嘘ではないのだろう。
「一つ目は俺が村を離れてキドニア侯爵家の者達を救助に向かったことです。騎士長のマーカスか他の騎士に全権を委ねて救助に向かわせ、俺は村に残るべきだった……そう理解しています」
「理解した上で危険を冒した理由は?」
救助対象がカリンだった場合、『花コン』が成り立たなくなるから――なんてことは言えない。そのため俺は用意していた建前を口にする。
「父上は御存知でしょうが、キドニア侯爵家は錬金術の素材を多く産出する家です。助けることができれば当家にとって大きな利益になると判断しました」
きちんと理由があってのことだ、とアピールする。本音は別として、傍目から見ればあり得ないことではないだろう。
「救出に向かう前はキドニア侯爵家の家紋を掲げていたとしかわかりませんでしたが、軍役に向かう前に侯爵家の娘であるカリン嬢と王都のパーティで出会いまして……救助した相手がカリン嬢だった場合、婚約者候補になることができれば当家に有利な条件で取引ができるでしょう」
「ふむ……」
「俺が直接救助に向かったのもそちらの方が強く印象に残ると思ったからです。誰かに任せるべきだとは思いましたが、救助を断念して見捨てる可能性を減らしたかったんです」
最後に本音を混ぜ、嘘だと思われないよう声に力をこめる。そしてレオンさんに何かしらの指摘を受ける前に次の話へと移行する。
「二つ目は余裕がある状態にもかかわらずモンスターを倒すべく打って出たことです。俺は指揮官ですし、部下に任せるべきでした。しかし、死霊系モンスターの魔法を斬って対処できるのは俺だけでしたし、安全な対処方法を確立するためにも無茶をしました」
獣系モンスター相手に戦って怪我もしたが、それは伏せておく。
「三つめはボスモンスターと戦ったことです。ただ、これに関しては言い訳をさせてください。ボスモンスターの方から向かってきたのと、集団で叩こうとしたら上級魔法でこちらの戦力が削られてどうしようもなかったんです」
いや本当、なんであのボスモンスターは移動して襲ってきたのやら。この世界が『花コン』の世界でこそあるものの、 現(・) 実(・) に(・) 即(・) し(・) た(・) 行動を取ったと思えば納得もできるが。
そこまで話した俺は僅かに呼吸を整え、最後の失敗を口にする。
「最後の一つはポーションや薬、回復魔法の運用について失敗したな、と……運良く死者が出ませんでしたが、救助があと一日遅れていたら一気に死者が出ていたと思います」
治療に必要となる物資が枯渇し、回復魔法を使える者がMPを使い果たしてしまったのは痛かった。MPに関しては時間の経過で回復していくが、少しでも回復すれば回復魔法を使わせていたから本当に限界だったのだ。
俺としては初日にキドニア侯爵家の者達がリッチに殺され、死体がゾンビになったあの一件がなければ、とも思う。死んだらモンスター化する前に死体を火葬する必要があったし、火葬のためには多くの燃料が必要で、なおかつ人手を取られるのも痛かった。
怪我人はまだしも、死者を出すと士気に大きく障ってしまう。その上で物資も人手も必要になるという、指揮官としても避けたい事態に陥るのだ。
(本当に運が良かっただけ、なんだよな……途中から薬を節約してたけど、初日からやってればもう少し余裕があったはず……)
ポーションを使う相手を重傷者以上に限ったり、軽傷者は通常の手当てで済ませたりと節約を意識していた。それでも死者が出そうなら治療のリソースをガンガン注ぎ込んでいたわけで。
(その点、ウィリアムは死人を出したけどポーションも薬もまだ残っていた……長期戦になることを見越して判断していたんだよな)
アルバの町で行われた防衛戦に関して、俺もウィリアムから報告を受けているし報告書にも目を通している。
ウィリアムは俺と比べれば少ない、限られた数の騎士と兵士を効率的に運用し、アルバの町の守備兵や冒険者、民兵を指揮して守り抜いたのだ。
オレア教の助力もあったようだが、騎士だけでなく兵士を守備兵達の上に置くことで指揮官不足をカバーし、二千人もの住民を守り抜いた。
ただし兵士は兵士でしかなく、指揮官としての訓練は積んでいない。そのため隙を晒してしまったり、町の住民を庇ったりで死傷者が増えていったようだ。
ウィリアムはそんな状況でも揺らがず、治療のリソースを適切に割り振っていた。町の者達から死者を出さないよう、それでいて援軍が来るまで守り抜けるよう、防衛が可能な日数を最大化するべく指揮を執っていた。
逆に、死者を出さないよう治療のリソースを注ぎ込みすぎていたのが俺である。
結果だけを見れば俺は死者がゼロ人。ウィリアムは十六人と大きな差があるが、これは運良く援軍が間に合っただけだ。間に合わなければ一気に瓦解していた可能性が高い。
(そう考えると、指揮官として一番悪手だったのは大事なところが運任せだったことか)
本(・) 当(・) は(・) 指揮官として冷静に、冷徹に、助ける命を選別するべきだった。長期化することを想定し、備えるべきだったのだ。
一応、最短なら一週間程度で援軍が到着するという見立てはあった。それを思えば完全に根拠のないギャンブルだったとは言えない――が、結果論だと言われれば頷くしかないだろう。
「部下に任せるべき時に任せず、指揮に徹するべき時に自ら動き、危険なボスモンスターと戦い、ウィリアムと違って救助が長引いた場合に備えきれなかった。以上の四点が指揮官として失敗だったと思います」
最後にそう締め括り、レオンさんの反応を待つ。するとレオンさんは大きく息を吐いたかと思うと、俺を目をじっと見つめてくる。
「ああ、そうだな。たしかにそれらは指揮官として悪手だった……が、お前は言い訳だと言ったが、他に手段がなかった、手を打つ暇がなかった、という面から見れば悪手と断言するわけにはいかないだろう」
「……そう、ですかね?」
思ったよりも柔らかいレオンさんの反応に、少しだけ戸惑いながら首を傾げる。
「たしかに、全体の指揮を執る者が一兵卒のように前線に出てモンスターと戦うのは下策だろう。だが、士気を上げるという観点で見れば間違いとも言えん。部下を統率するために 強(・) い(・) と(・) こ(・) ろ(・) を(・) 見(・) せ(・) る(・) というのは単純だが効果的な手段だしな」
そう言われ、それもそうだと頷く。というかダンジョンが異常成長した直後にトーグ村へ向かった時、村人を掌握するためにやったことと同じだといえば同じだ。
「ボスモンスターに関しても報告書を読んだが、接近せずに遠距離から火力を投射して仕留めようとしたのは正解だ。防衛網が崩壊して騎士達が各個で動いていたし、最初に気付いたお前が各騎士から戦力を抽出してボスモンスターを叩こうとしたのは間違いじゃない」
「結果は散々でしたがね」
「指揮官なら全てに備えろと言いたいところだが、初めて遭遇したボスモンスター、初めて体験した闇属性の上級魔法……それらにまで完全に備えろ、対処しろというのは無茶だろう。俺やウィリアムでも無理だぞ」
そもそも闇属性の上級魔法なんて実際に見た者がこの国に何人いるか、なんて付け足すレオンさん。たしかに上級魔法自体、使える人間もモンスターも限られている。それが闇属性となると限りなく少ないだろう。下手するとランドウ先生ですら見たことがないかもしれない。
「傷病者の手当てに関してはそもそもモンスターの発生数が多すぎたからな……この状況で長期戦を見越すなら一日ごとに使用できるポーションや薬の量を決めて治療を行い、 そ(・) れ(・) 以(・) 上(・) は最初から切り捨てるしかない」
ウィリアムがこの方針だった、とレオンさんは語る。たしかに、一日ごとに使えるリソースを最初から限定しておけばそれで済む話だ。
(……あれ? なんかこう、もっと怒られそうな気がしたんだけどな……実戦でミスしたことへの指摘だけ? これも次期当主としての勉強の一環だったのか?)
思ったよりも冷静な話し合いになり、俺は内心だけで首を傾げる。自分でも失敗したと認識しているし、これを今後に活かせってことだろうか?
そんなことを考える俺だったが、レオンさんの眼差しが相変わらず鋭いことに気付いて背筋を伸ばした。
「ミナト、今の三つは状況の悪さ、運の悪さもあって 改(・) 善(・) が(・) で(・) き(・) る(・) 失(・) 敗(・) だった。だけど残り一つ……これだけが俺にはどうしても理解できなかった」
そう言いつつ、レオンさんは鋭い雰囲気に困惑を混ぜる。
「キドニア侯爵家のカリン嬢……彼女の救出に関してだが、これだけがどうしても腑に落ちない。お前自身、マーカスか他の騎士に任せれば良かったと言ったな? それでもカリン嬢を助ければ当家の利益になる、お前が助けることに意味がある、と」
「……ええ。それが何か?」
何か変なことを言っただろうか? レオンさんが疑問に思うようなことを言った覚えはないんだが。
「理由としては筋が通っている。窮地の御令嬢を助けるべく奮闘したと美談にもなるだろう。その場にいたのがカリン嬢以外の一族の者でもキドニア侯爵に恩を売れるし、その後カリン嬢の婚約者候補になれれば大きな利益が見込める。たしかに危険を冒す価値があるように思える」
「そう……ですよね?」
念を押すように言われると何かやったのかと自信がなくなる。いやうん、たしかに指揮官としては下策だと思って強行したから や(・) ら(・) か(・) し(・) て(・) い(・) る(・) のは事実だけどさ。
「リスクとメリットを理解していて、実際に助けに行って、助け出して……そこまでの危険を冒したというのに、お前からは本当にカリン嬢の婚約者候補になりたいという思いも熱意も感じないんだ。何の考えもなく、助けられる者を助けたかったと答える方がまだ理解できたよ」
「――――」
レオンさんの言葉に俺は思わず絶句していた。咄嗟に表情が動かないよう顔面の筋肉を意識したが、俺の反応はしっかりと見られただろう。
(やばい……やばいやばいやばい。嘘だろ、見抜かれた? 指揮官としては下策だったけどメリットがあるのは本当だし、カリンを助けに行くことが不自然だと思われないよう理由を作っておいたのに……)
国王陛下にアイリスの婚約者候補にならないか、なんて言われた時と同じか、それ以上に冷や汗が噴き出てくるのを感じる。
「……指揮官としては、何の考えもなく動いてしまう方がまずいと思うのですが」
黙っているのもまずい。そう判断して言葉を返したものの、レオンさんは揺らがない。
「俺は別にその判断が悪いと言っているわけじゃないんだ。ダンジョンが異常成長した際、王国法では民の保護に関する規定はあっても巻き込まれた貴族の保護に関する規定はない。見捨てるのも助けるのも現場の指揮官次第だし、メリットがあるから助けるのもおかしな話じゃないんだ」
そう言って俺を見るレオンさんの表情は、なんといえば良いのだろうか。理解できないものを理解しようとするような、苦悶するような顔だった。
「本当に、理屈でいえば筋は通っているんだ。お前は指揮官としてダンジョン内に取り残された貴族とその配下を助けようと判断し、ベテランの騎士長に村の防衛の準備を任せた。連れて行った戦力も手練れの斥候を多めにしたし、優れた魔法使いで神童と名高いユナカイト子爵の次男も連れて行った」
何故ここまでレオンさんに疑問を持たれているのか、俺にはわからない。レオンさんが言う通り、下策ながらもそうするに足る相応の理由があったのだから。
「ただ、どうにもお前の中に 通(・) 常(・) と(・) 異(・) な(・) る(・) 基(・) 準(・) が存在しているように感じてならないんだよ。その基準をもとにして窮地にあるのがカリン嬢だと判断して救出を決断し、それらしいメリットを後から付け足した……そう感じるんだ」
そう語るレオンさんはそれまでと異なり、どこか悲しそうで。
「なあミナト……これは俺の気のせいなのか? 初めての軍役で予想外のことが起きたのに、それを必死に乗り越えてきた息子に疑問を持った、馬鹿な父親の勘違いなのか?」
それはきっと、貴族としてではなく父親としての心配と疑問だった。
たしかに俺は通常と異なる基準――カリンが『花コン』に登場するヒロインで、死なれると困るから助けに行った。
さすがにそこまでは見抜かれていないだろう。しかし報告書を読んだだけで疑問を抱いたのか、久しぶりに再会した俺の様子から疑問を覚えたのか、その両方か。
(こうなったら『花コン』のことを話して……いや、話してどうなる? いくらミナトの父親といってもレオンさんは『花コン』にも登場していない 無(・) 関(・) 係(・) の(・) 立(・) 場(・) だ。『花コン』だと辺境伯っていう立場よりも学園で主人公に接触できて、影響を与えられないと意味がない)
パエオニア王国の東部国境線を預かるサンデューク辺境伯というのは、相応に権力も武力も財力もある。だが、それらの力が『花コン』にどこまで影響を及ぼせるかというと――。
(レオンさんを経由して陛下にまで話を通せれば……いや、性別はどっちでもいいから『花コン』の主人公が召喚されないとどうしようもない……それに主人公が『魔王』を倒すには学園でヒロインやヒーローとの仲を深めて特定のエンディングに入る必要があるから……)
レオンさんの言葉を受け止めた俺は必死に思考を回転させる。息子として 父親(レオンさん) の心配に応えたい、全て吐き出してしまいたいという思いを、理性と理屈がギリギリのところで抑えきる。
レオンさんに話して、仮に国王陛下まで話が伝わって、『魔王』への対策をしようとするには最早遅い。それに情報が『魔王の影』に漏れたら? 俺が『魔王の影』なら何が何でもアイリスを殺して主人公が召喚されないようにする。それだけで人類が勝てるルートはほぼ潰れるのだ。
だけど……だけどだ。レオンさんの悲しげな表情を前にして、このまま黙っていて良いのか? 激しく怒るでもなく、怒鳴るでもなく、 息(・) 子(・) の(・) こ(・) と(・) を(・) 理(・) 解(・) し(・) て(・) や(・) れ(・) な(・) い(・) と嘆くレオンさんに、このまま嘘を吐くのか?
加速したままの思考が、本当にこれで良いのかと責め立ててくる。心臓や胃といった内臓が丸ごと素手で掴まれたようにキュッと縮こまった気さえした。
話したい。話せるなら、話してしまいたい。吐き出すだけでも気が楽になるかもしれない。ギリギリのところで抑えたはずの欲求が、今にも口から溢れそうになる。
でも――それで楽になるのは俺だけだ。
「そこまで心配してもらえるなんて、俺は幸せ者ですね」
だから、俺は笑った。レオンさんの言葉を喜ぶように、その心配が杞憂のものだと証明するように。心の底からの感情だと思われるように、頭を空っぽにして笑った。
「父上がそこまで腹を割って話してくれたんです。俺も腹を割りましょう」
そして意識して笑みの種類を苦笑へと変えると、困ったように頭を掻く。
「 指(・) 揮(・) 官(・) と(・) し(・) て(・) 通常と異なる基準で救助を選択したのは事実です。まあ、なんと言いますか……パーティで初めて会った時、俺の婚約者候補にしたいと考えた相手がダンジョンに取り残されたかも、と思うと……私情が入った選択でした」
話してもメリットはない。そんな判断と、レオンさんを安心させたいという本音。それらから俺は自分の気持ちをでっちあげる。
カリンに対する 特(・) 別(・) な(・) 感(・) 情(・) がそうさせたのだ、と。
「……そうは見えなかったんだがな」
「そりゃそうですよ。恥ずかしいですもん。全力で隠しますよ」
思春期の子どもらしく、親に対して気になる異性がどうこうと伝えるのが恥ずかしかったから隠した。そういう建前でいく。というかそれでいくしかない。
俺は馬車の窓を開けると、併走するようにして馬を操るゲラルドを呼ぶ。
「ゲラルド、以前パーティで俺が婚約者候補にしたいと言った相手を覚えているか?」
「え? なんですか突然……キドニア侯爵家のカリン殿ですよね?」
そう答えて首を傾げるゲラルドに何でもないと伝え、窓を閉める。そしてレオンさんに向き直ると、拗ねるように大袈裟に視線を逸らした。
「指揮官失格な真似をしたのは そ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) です。あとは察してください。というか、アイリス殿下の婚約者候補の件、国王陛下が相手なのになんでその場で断ったと思ってるんですか」
「…………」
敢えてレオンさんを見ずに話す。父親として心配してくれたのは嬉しいが、子どもには子どもなりの考えと隠したい感情があったのだと伝えるために。
「……わかった。そういうことだったのか」
するとどういう捉え方をしたのか、レオンさんはどことなく落ち込んだ様子で首を横に振る。
「家中のことはローラ達に任せているし、お前のことはパストリス夫人が乳母として育ててくれた……見れる限りの面倒は見たつもりだったが、親として目が節穴だったのか……」
レオンさんからは貴族として、大領の領主としての教育は受けてきたが、親と子という意味での教育はそこまで受けていない。俺としても実母のローラさんより乳母であるアンヌさんの方が親しみも家族愛もあるし、レオンさんも父親というより貴族としての先達という認識が強かった。
もちろん、何も感情を抱いていないわけではない。レオンさんもローラさんも両親だと認識しているし、きちんと家族だと思っている。
ただ、前世の一般的な家庭と比べると家族としての関わり合いが乏しい点を誤魔化しに使わせてもらっただけだ。
「俺からはなんとも……ただ、別邸に帰ったら御婆様には そ(・) う(・) い(・) う(・) 形(・) で縁談話を進めようと考えていると伝えていただければ……」
ついでに、別邸に帰ったら絶対に構い倒してくるであろうアイヴィさんに関してもレオンさんに託す。これで正式にカリンを婚約者候補にするべく動いてもらえるはずだ。
俺は感慨深そうに頷いているレオンさんを見て、そう思った。
――本当に誤魔化せたかは、わからないけれど。
そうして別邸に帰宅した俺は、先日の事件に関して心配していたアイヴィさんに抱き着かれ、安堵から泣かれ、ひたすら構い倒された。しかしそれは俺を本当に心配してくれたからで、アイヴィさんの気が済むままに受け入れる。
それでも夜になるとさすがに解放され、俺は別邸で私室代わりに割り当てられた客室で大きなため息を吐く。
部屋の中には俺以外誰もいない。『想書』を書くからと部屋付きのメイドさんにも遠慮してもらい、完全にプライベートな空間を作ってから脱力する。
(つ、疲れた……陛下はとんでもないこと言い出すし、レオンさんには疑われるし……)
勲章の件なんてどうでもよく思えるぐらいには疲れた。だが、レオンさんに関してはなんとかなったと思いたい。今の状況でこれ以上の面倒事は背負い込みたくないからだ。
俺は本の『召喚器』を右手に生み出す。そしてパラパラとページをめくって再度ため息を吐いた。
「やっぱり、何回見ても見間違いじゃないよなぁ……」
そこにあったのは、『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り切ったことで増えたページの数々である。
(滅茶苦茶ページが増えたし、アイリスの婚約者候補になったら今以上に予測ができなくなるからな……カリンの婚約者候補になったからって『花コン』が原作通りに進むとも限らないけどさ)
そんなことを思いながら、以前と比べて十四ページも増えた己の『召喚器』に対して頬を引きつらせるのだった。