軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話:報告 その2

アイリスの婚約者候補。

それはつまり、 上(・) 手(・) く(・) や(・) れ(・) ば(・) この国の頂点――将来結婚した上でアイリスを女王の座につければ王配として権力の頂点に立つことも可能となる立場だ。

アイリスの王位継承権は第四位。兄が二人に叔父が一人と障害は多いが実現の可能性ではゼロではない。上昇志向が強い者なら二つ返事で『はい喜んで』と頷くところだろう。

(いやぁ……ないわ……)

その提案を聞いた時、俺は反射的にそんなことを心中で呟いていた。

辺境伯家の嫡男という立場でさえいっぱいいっぱいだっていうのに、王族の婚約者候補になり、更に上を目指すなんて無理難題が過ぎる。

そもそも俺がアイリスの婚約者候補になったら『花コン』がスタート前から崩壊してしまう……うん、現時点でだいぶ崩壊しかけている気もするけど、俺個人や俺に関わる者達との関係が変わっているぐらいで、まだ致命的ではないはずだ。

しかしアイリスの婚約者候補になればそうも言ってはいられない。相手がカリンならミナトの婚約者候補としていくつかのイベントが『花コン』で発生したが、アイリスの婚約者候補になればそれらのイベントは全て消滅するだろう。

この世界がゲームではなく現実で、『花コン』で起きたイベントが起きない可能性を踏まえたとしても、アイリスの婚約者候補にはなれないしなりたくない。

「私がアイリス殿下の婚約者候補とは……いやはや、突然ですな陛下」

何の返事もしないのは失礼なため、とぼけるようなことを呟きながらレオンさんをチラリと見る。

レオンさんには既に話が通っているのか? それなら何故事前に教えてくれなかったのか? 話が通っていないとしても、何故何も言わずに黙っているのか? 後ろに控えていたから表情が見えないし、振り返ってよ。

(いくらなんでもレオンさんを通さずにまとまる話じゃない……ということはレオンさんも知っていて黙っていたのか、この場限りの冗談か、リップサービスか……いや、なんか俺の反応を見るための提案じゃないか、これ)

なんでこんなことに、と頭を悩ませる俺だったが、レオンさんが反応しないこと、それと国王陛下の表情からそんなことを思う。露骨に探っているわけじゃないものの、なにやら意味深な目で見られているのだ。

「アイリスと同年代でありながら、こうして頭角を現した若き俊英が相手だ。身分も辺境伯家の嫡男なら王女が嫁ぐ先としておかしな話ではないだろう?」

「話として聞く分にはおかしくはないですね……しかしアイヴィ御婆様も王家の姫君でしたし、一つの家に頻繁に王族が嫁ぐというのは他の家の方々がどう思うか」

レオンさんが何も言わないから俺が答えるしかない。これが公的な場での発言だったら 詰(・) ん(・) で(・) い(・) た(・) けど、咎める様子もないからなんとか穏便に断らなければ。

「ふうむ……アイリスに不満があるのかね?」

「陛下、どう答えても不敬になりそうな質問は御勘弁ください」

不満があるって答えたら失礼だし、不満がないって答えたらそれなら何故提案を断るのかってツッコまれるでしょう、ソレ。『花コン』が始まらないって意味じゃあ不満と言えるけどさ。

しかし、先日の戦いに関して何か言われるのは当然だし、関連して勲章を与える云々っていうのも話の流れとしてはおかしくないのに、アイリスを婚約者候補にって話が 浮(・) き(・) す(・) ぎ(・) て(・) いるから違和感が……いや、本当にそうなのか?

(俺が気付いていないだけでつながっている可能性は? そうだとすれば何が……アイリスを俺の婚約者候補にした場合、しなかった場合、その両方で何がある?)

仮にアイリスの婚約者候補になった場合、将来的にサンデューク辺境伯家に嫁いでもらうのか、あるいはアイリスが家を興して俺が婿入りするのか。そのどちらを選ぶとしても面倒事は多い。

王家――ひいては王都とのつながりが強まるが、祖母であるアイヴィさんがサンデューク辺境伯家に嫁ぎ、ジョージさんと共に王都で生活している現状でも十分な結びつきがある。

その点でいえばアイリスの婚約者候補になってもメリットが薄い。俺がカリンを婚約者候補に求めた建前のように、王都には何かしらの特産物があるわけでもない。王領全体で見れば色々とあるが臣籍降下したアイリスの伝手をあてにするのはやや弱い。

俺が女性で第一王子に嫁ぐのなら話は別だが、アイリスの婚約者候補になるのは俺の立場上メリットがないように思える。

アイリスが家を興して俺が婿入りするのはコハクとモモカが双子で、家が割れる危険性を思えば選び難い。というか一から興した家に婿入りするなんて面倒事が多すぎるだろう。

王家の姫君の婚約者候補になれば 箔(・) が(・) 付(・) く(・) けど……現状でも過剰なぐらい箔が付いているんだ。これ以上は俺が潰される。

逆に、婚約者候補にならない場合はどうだろうか。

これが公的な場での提案なら国王陛下の顔を潰すことにもなりかねないが、私的な場でアイリス本人も同席していない。提案されたが断ったで済む話だ。

つまりメリットはないがデメリットもない。国王陛下からの心証が悪くなる可能性は否定できないが、向こうから提案したことを断られたからといって露骨に態度が変わることはない……と、思う。

(……わからん。アイヴィさんがうちに嫁いでるし、アイリスまでうちに嫁ぐとなると他所の家からどんな風に思われるか……やっぱりデメリットしかないよな?)

そのデメリットを飲み込んででもアイリスを娶れという提案だろうか? それがあり得るとすれば、アイリスが強く希望していて実は親馬鹿だった国王陛下が断れなかった、みたいな平和な話が……さすがにないか。

(レオンさんは何も言わないし、これってどんな風に返すのが正解なんだ? 実はアイリスが俺に惚れててそれを叶えるため、なんてことはないだろうし)

以前会った時は多少打ち解けることができたと思っているが、それはあくまで遠い親族としてだ。アイリスの様子を見た限り、異性として好かれたなんてことはあり得ない。あり得たら何が起きたのか理解できなさすぎて怖い。

(『花コン』のことを考えると断るしかない……断るしかないんだけど、本当に断って大丈夫かわからない……本当に何を求められてるんだ?)

立場的にウィリアムやゲラルドに助けを求めるわけにもいかない。断っても問題はないと思考が結論を出しているものの、 そ(・) ん(・) な(・) 結(・) 論(・) が出ることをわざわざ国王陛下が提案してくる意図が読めなかった。

返答を保留して誰かに相談するのも一つの手だが、レオンさんが助け船を出してくれないため適切な相談相手がいない。そうなるとやっぱり、請けるか断るかの二択だが。

「話がまとまれば勲章の授与と併せて発表し、大々的に祝うことも考えているのだが」

「…………」

断ろう、と思った瞬間にそんなことを言われて思わず沈黙する。

(大々的に祝う……あー……今回の一件で負の感情が大量に発生したから、正の感情を発生させて『魔王』の発生を少しでも遅らせたいってことか)

死者はうちの騎士や兵士が合計十六人、それとカリンのところの八人を合計して二十四人だが、傷病者はそれ以上に出ている。

防衛戦の最中は『想書』を書かせたし、ダンジョンを破壊したことで負の感情の発生は一気に減少しただろうが、既に発生してしまった分はどうしようもない。

それを俺達への勲章の授与とアイリスが婚約者候補になったことを祝う――大々的にって言ってるし、おそらくは王都で祭りなりパレードなりが行われるのではないか。派手に祝って王都の民を楽しませれば一気に正の感情が増えそうだ。

(それでプラマイゼロ、人数差で考えるとプラスになるか? トーグの村とアルバの町で住民が二千五百人、戦った兵士達も含めれば三千人が一週間と少し不安に晒され続けたことで溜まった負の感情を打ち消すことぐらいはできるか?)

『魔王』の正確な発生時期を知る方法は『花コン』で描かれた範疇だと存在しなかった。

『花コン』のプレイヤーがルートによっていつ『魔王』が発生するかをメタ的に知っているとしても、この世界でも合っている保証はないし、ゲームのシステム上何月の何週というところまではわかっても正確な日付まではわからない。

前兆としてダンジョンが大量に発生したり、既存のダンジョンでも大量にモンスターが発生したりはするが――。

(そうか……ダンジョンが異常成長したし、モンスターの出現数もかなり多かったから『魔王』が発生する前兆だって思われてるのか? 『花コン』通りならあと五、六年経てば『魔王』が発生するから間違ってはいないのがなんとも……)

『魔王』の発生に備えるのは王族として当然の義務だろうが、派手に祝って正の感情が爆増するとそれはそれで困る。

『魔王』の発生が前倒しになるのもそうだが、後ろ倒しになると『花コン』の主人公が学園を卒業し、学園から離れるかもしれないのだ。ランドウ先生も学園での任期を終えていなくなっているだろうし、『魔王』に対抗できる者が国内にいなくて詰むかもしれない。

(その場合『花コン』の隠しキャラだけで『魔王』に挑むことになる……か? あれ? 主人公が学園からいなくなった状態だと あ(・) の(・) 子(・) 単独? 年齢的にコハクとモモカは学園にいるだろうけど、ルートによっては二人が力を貸す理由がないぞ……)

頭の中で次から次へと考えが浮かんでは消えていく。それと連動するように背中に冷や汗が浮かび、ストレスと不安で心臓が早鐘を打ち続ける。体の内側、内臓にすら冷や汗を掻いている錯覚すら覚えた。

「……民の不安を 払拭(ふっしょく) するような催しは必要だと思いますが、アイリス殿下との件に関しては……光栄なれど辞退させていただきたく」

やっぱり『花コン』が根本から成立しなくなるような事態は避けるべきだ。国王陛下に睨まれるかもしれないけど、『花コン』よりも先の未来が訪れなければどうしようもない。俺だけでなく人類が、世界が滅ぶのだから。

「ほう……理由は?」

「先日お会いした際の様子を見るに、私と殿下では性格が合いませぬ。民を安心させるための催しに必要とあらば、 貴(・) 族(・) の(・) 義(・) 務(・) と(・) し(・) て(・) 一時的に受け入れるのは吝かではありませんが……」

そう言って、会話のボールを国王陛下に投げる。

性格が合わないというのも本当だ。こちらがある程度合わせるとしてもアイリスの様子を見る限り上手くいかないだろう。仮面夫婦ならぬ仮面婚約者候補を演じるとしても、破談になった時にこちら側のダメージが大きすぎる。

それを許容できるだけのメリットがあっての話なら受ける余地もある――という建前で塗り固めた拒否だ。さすがにごり押しはしてこない……はず。

そんな俺の考えが通じたのか、国王陛下は小さく苦笑する。

「性格が合わないのなら仕方ないな。無理に娶わせても不和のもと、不幸になるだけか」

そう言って苦笑を深めた国王陛下は、どことなく安心したように見えたのだった。

応接室から退室し、王城を後にして馬車に乗り込んで扉を閉める。そして馬車が動き出して密室といえる状態になったことを確認した俺は対面に座ったレオンさんへ視線を向けた。

「それで父上。アイリス殿下の件、事前に聞いていたのですか?」

「ああ」

俺の質問に言葉少なく答えるレオンさん。やっぱり何かしらの意図があったのだろうが、その表情からは窺い知ることができない。貴族として生きてきた年数が違うし、腹芸で勝てるはずもないから当然といえば当然か。

「父上が何も言わないので判断を全て俺に任せた……そう思って答えましたが、あれで良かったですか?」

「ああ」

「……その割には表情が優れないようですが?」

レオンさんの反応が鈍いというか、淡白というか。親子として十二年ほどの付き合いになるが、こんなレオンさんを見るのは初めてだ。

「ミナト」

「はい」

短く名前を呼ばれ、俺も短く答える。何事かと思うが、レオンさんは眉を寄せて悩むような、苦悶するような表情を浮かべていた。

「陛下からの提案は突然だった……アイリス殿下の婚約者候補として求められるなど、お前にとっては予想外のことだっただろう。その割に冷静に考え、答えを出すことができたな?」

「冷静……いえ、父上。正直なところ全然冷静じゃなかったです。背中は冷や汗でいっぱいでしたし、これでいいのかって焦りましたよ」

それもこれもレオンさんが何も言わないからだ。そんな文句を込めて拗ねるように言うが、レオンさんの表情は変わらない。

「勲章の件は別として、殿下の件は何故断った?」

「何故って……当家にとってメリットがないからです。王都や王家とのつながりは必要ですが今の状態でも十分でしょう? 嫁入りはともかく俺が婿入りすることになったらコハクとモモカが大変ですし、殿下とは親戚付き合いができれば良いと思いますが……」

アイリスも王族だし、貴族としての 特(・) 別(・) 感(・) を周囲にアピールするならアイリスのはとことして振る舞うだけで良い。うん、やっぱり振り返って考えても断って正解だったな。

「はぁ……」

俺の言葉と態度をどう思ったのか、レオンさんが困ったようにため息を吐く。そしてすぐさま表情を厳しいものへ変えると、馬車に備え付けてある飾り棚から書類の束を手に取った。

「そうやって先々のことを考えることができるし、相手の事情を踏まえた上で断る理由を捻り出すこともできる……ああ、我が息子ながら大したものだと褒めてやりたいところだが」

「……だが?」

え、なんですかねその前振りは。その書類は一体……あっ。

「ミナト、これは先の一件の報告書だ。ダンジョンが異常成長してからお前とウィリアムが指揮した防衛戦に関して記してある」

そう言ってじっと、鋭いまなざしで見つめてくるレオンさんを見て思った。

――これ、滅茶苦茶怒られるやつだ。